act.100_俺vsオースン 其の1
朝。
俺たちが仮の宿営地にえらんだ場所は、神殿前の園庭だったらしい。そこは廃墟の絶妙な配置によって周囲の汚れた空気から守られていて、隊長であるカトーの判断の良さを窺わせた。
この先にまた気安く休める場所があるかどうかわからないということで、キャラバンは時間をつかって準備を整えることにする。
とはいえ、一日半のあいだ、交易品を再梱包し、駄獣と騎獣の世話をするくらいのはなしだ。
雨は止んでいたが、上空の暗いうねりは相変わらずだ。戦闘奴隷の俺は周囲の探索に駆り出される。
陽の出ている間は陰惨な廃墟を見て回り、危険なもの、だいたいの地理、ひょっとして見つかるんじゃないかという金目のものを探した。
しかしそこには完全に朽ち果てたものしかなく、腐り果てた住居の跡が、延々と続くだけだった。
昼頃になると、俺たちはなんの成果もなく重い足取りで宿営地に戻った。
昼。
廃都パラポネアの昼は、上空に渦巻く濁った空気のせいで、暗く重い。
俺は予感に支配されて、上の空で干し肉を囓る。駄獣の胃袋をつかった水筒から、配給されたわずかな水を飲む。別のことを考えているのだが、身体はその潤いを一滴として逃さないように、自然と飲み口に唇を当て続ける。
アイラインとウーは朝昼晩のつとめと説明して、廃墟となった神殿の前で正座をしている。ニホンの座禅と違うのは、両手を拳にして、屈伸した脚の外側に下ろしていることだ。その姿勢で半時ほど瞑想する。
二人とも背が高く厳つい体格をしているから、そいつらが心と身を静めてじっとしていると、こんな場所にあってもいくらか神聖な何かを感じる。
二人を視界の端に見るともなく捉えながら、俺は例のグーパーを始めている。
「緊張もわかるけど、すこしはリラックスした方がいいんじゃない? 見ているこっちまで息が詰まる……」
ソーナが言う。
俺の周りにいるのはいつものメンバープラスαだ。ソーナ、ララ、ヨアンナ師、それから女性班の荷車だから、レオナがいる。遠巻きにサイネアとタービィが肩を組んで、聞かなくてもわかるなにかくだらない話をしている。離れたところでは、竜族のリュリュとザビエルのドゥシャンが背中を見せている。身振りを交えながら、古傷を見せ合ったりしている。
あいつら仲良かったっけ、とちょっと興味を惹かれるが、いまはその気持ちに乗り切れない。
だんだんと焦燥感に囚われてじっとしていられなくなる。用もなく立ち上がる。
ソーナが何かと見上げるが、声をかけてはこない。グレーのマント、薄紫の埃に汚れている、に身をくるんで、カトーから特別に渡されたマスクをつけている。チューブと背嚢の突いた人工肺みたいな構造で、背負ったうすべったいフィルターのついた構造だ。カトーのやつ、娘には甘いと見える。
……
……
ショートソード。
キャラバンの予備として置いてあったものをソーナからもらったやつだ。
刃とぎの練習とか調理とかにつかっていたと言うが、譲り受けたときはなかなかの業物にみえた。いま見てもつくりはいいものだと感じさせるが、いかんせん、度重なる酷使で刃こぼれが激しい。
ようやく馴染んできたその剣の柄を握り、眼前で鞘から抜き取る。ララに教わってなんどか砥石に当てていたから、鈍い光りを保っている。鋼鉄じゃあなかろうが、不純物を含んだ鉄なんだろう。磨かれた色は鈍い銀色で、重さもまた見慣れた金属のものだ。
この剣でオッスとの模擬戦を迎える?
ないな。……ということは。
俺は脇に置いていたシャーリーを手に取る。同じく眼前に掲げて、廃都の光りをそいつに吸わせる。なんだかだんだんと渋みを増してきてないか、こやつ。
荒れた樹皮の外観だったが、いまは度重なる戦闘で酷使されて、なめらかな木肌を見せている。汗と油と涙とよだれを吸い込んでか、所々変色してはいるが、そいつは武勲なんだぜ。
それにしてもこの質感、やはり、いざというときには「私を呼んでね」ってことかな、わかったわかった、やっぱりお前は頼りになる女だ。
「獲物の血で磨かれて私は輝くのよ」か? こええ女だな。ふ……。今宵のシャーリーは血に飢えておるわ。
「まさかその棍棒でオッスと戦うつもりなの?」
馬鹿なの? ってかんじでソーナちゃんが茶々を入れる。
「普通はそう思うよな。だけどシャーリーと俺とは固い絆で結ばれているのさ。運命を決めるような戦いには、けっして離れられないと言うことだ」
「そんなにその武器が気に入ってるのね……。わからないけど……」
shitしちゃうってか。ソーナちゃんには難しかったかな。だがこいつはおそらく、俺がこの世界に転生したときに、糞女神がくれた武器なんだと思われる。同時にくれたローブはジョブツ川でディナクを助けるときに失ってしまったから、シャーリーは俺を知っている最後の女だ。こうなったら、上り詰めようぜ、てっぺんまでよ……。
よし、なんだか気持ちが落ち着いてきた。
「本当にその棍棒でオースンと戦うつもりなの?」
ララが心配した声で言う。
「なんだかんだでいちばん長くつかってるからね。そりゃあ、ただの棍棒だけど、だけど、いちばん馴染んでるんだよ」
「そう。傭兵には、武器との運命じみた付き合いというのもあるというわ。あなたにとってはその棍棒がそうなのかも知れないわね」
さすが、ララ。わかってる。
「で、本気でその棍棒でオースンと対峙するのでおじゃるか?」
「はい。決めたのです」
ヨアンナ師の問いかけに俺は力強く答える。
「ナレの拘りには理解できぬところもあるが、それもカルマの導きでおじゃるか? ……難儀よのう」
そう、難儀。ダンシィの道は険しい急坂よ。だが、そのほうが燃えるというものだ。いや、本当はちゃんとした武器で戦いたいが、ないじゃん。実際のところ。
だから、シャーリーでやると決めて、モチベを上げていかないと気持ちで負ける。気持ちで負けて戦える相手じゃない。
3人の視線を浴びながら、俺は少し離れたところで気持ちを整理すべく、オッスを思い浮かべた肩慣らしをする。
あの髭ビーズの体術、舐めきった武器捌き、近づくだけで襲いかかってくる覇気。心を静めてそれに対峙する。
できる。いまの俺になら、落ち着いて見極められる。
……
……
鎧竜の蹄鉄を調整する作業に時間が掛かっていた。
それは想定されていた手持ちぶさたではなかったが、理由なんかはどうでもいい。ともかく、俺たち傭兵はわずかな自由時間を得た。そしてそれは俺だけの気づきではない。
4人でそれぞれ思い思いなことをしているところに、のっそりとふてぶてしい影が現れる。
砂埃をまとい、垂れた鬣、そのなかに鉱石のビーズを揺らしている。鋼板と襤褸の複雑な組み合わせに、コリー族特有のなめらかな体毛が押さえつけられている。
そいつの両腕は不遜なまでに鍛え上げられている。
そいつの頸筋はまるで大樹の株元だ。
腰に下げたロングソードは1メートルはあろうか。柄尻には組紐じみた赤と緑の裂が結ばれていて、絶えず吹く風に揺れている。巌のような掌がその柄を緩くつかんでいる。
「いい頃合いだろう」
と、オッスがいった。
「ですね。待っていたところです」
俺は答える。
静かに振っていたシャーリーを地に突いて、胸を張ってオッスを迎える。
それを虚勢と思ったのかもしれない。オッスは肩の体毛を逆立たせて眼光を鋭くさせる。わずかに開いていた長い顎に、犬歯をむき出しにして口角を上げる。
「粉々にしてやる」
あー、なんだ、戦士として、尊敬してるんだけどね。沸点低すぎる。
「まったく。敬意を持って対峙できぬのか、ナレどもは……」
ヨアンナ師がため息をつきながら立ち上がる。どうやら立会人を務めてくれるらしい。前にも見たことのあるスタッフを杖にして、考え事をしながら開けたところへ歩を進める。オッスがそれに素直に従うので、俺も遅れて後を追う。
かつては建物から突き出た回廊のようなものがあったのかもしれない。広場に延びるその残骸を回り込んで、俺たちは宿営地の広場からいくらか離れる。回廊跡をはさんで反対側にもそこそこの広場がある。ヨアンナ師は倒れた石柱に左手を置いて、具合を確かめるようにしばらく摩ってみせる。振り返り、俺とオッスの目を見る。
「ナレどもにどれほどの因縁があるのか測りかねるところもあるが、この際余計なことは言わぬでおじゃる。……準備はよいか?」
「いつでも」
「……」
オッスは下げていたロングソードを抜いて、利き手に下げる。腰を低くして、全身の神経を確かめるように右に、左にと身体を伸ばす。歯を食いしばりながらのど元を伸ばし、深く顎を引っ込める。
見開いた目が俺を睨みつける。
「よいか。ナレどもは同じキャラバンのメンバーでおじゃる。このような僻地を抜けるまでは、お互いの力に頼むところもあるじゃろう。くれぐれも殺めるでないぞ?」
俺は頷いて答える。てか、俺にはオッスを殺せるイメージがない。
オッスは確実に聞いているが、怒らせた顔のまま反応がない。師は念を押すようにその顔をしばらく見るが、オッスが返事をしないのを認めつつ、一定の了解をしたと見なしたらしい。それぞれが立つ方へ手を伸ばし、上空を眺め、聞き取れない声で何事か呟く。その視線が廃墟の中に帰ってきて、息を吸う。
「では、始め」
「ぉおおおおおおおおお!」
オッスの懐へ俺はつっこんでいく、何度もイメージして、結局えらんだのは接近戦だ。4メートル、3メートル、2メートル!
長剣を握った拳がマッハで眼前に突き込まれる!
ふ、と、こ、ろ、えぇ!
やつの体毛がかすりながら、すさまじい風圧が頬を撫でていく。もはや棍棒を振るだけの距離もないところで、俺はウィタを纏った掌底をオッスの胸に伸ばす。
が、下から突き上げられる岩塊じみた膝を感知して、さらに身体を1回転させる。
だが、それもオッスのワナだ。前回はこれでやられたっ!
オッスは上半身を捻りながら、自分の膝を殴るかのような体勢で左の拳をねじ込んでくる。
もう、一回、転!
ほとんど力学的な限界を感じながら、俺は足首で地面をねじって、身体を回転させる。ナックルをつけているらしいやつの左拳が、ボヒュ!っと音を立てながら鼻先をかすめる。
俺は突こうとしたまま中途半端になった左の手を、肩から後ろへ引っ込めるようにしてマントの中にしまい込む。オッスは左脇を抜けていく俺を目で捕らえて、素早く向き直ろうとバックステップを踏む。
に、が、さんぞ!
この瞬間的で一触即発の舞踊を継続することを俺はえらぶ。ふたたびオッスのふところへつっこんで、左手に残るわずかなウィタを掌に張る。
直線的にそれを伸ばして、さっきやり残したのばかりにオッスの胸を狙う。
「オオオオオオッ!」
オッスは胸を引かせながら、地際の俺を見下ろすかたちで上体を曲げる、顔と顔とが近づき、あらぬ方向へ飛び散っていくようなやつの鬣が影をつくる。
こいつを待っていたんだよっ!っと、俺は突き入れようとしていた拳の軌道を、縦方向へとねじ曲げる。
「ショォリュウケェーッ!」
ぐっと、周囲が暗くなり、それがオッスの頭がつくる影だとわかる。
ウィタを纏った左手が輝き、それは本当に瞬間的なことだ、重い手応えが腕にかかる。
「ふんぬぅぅぅぅぅ!」
肉も骨も砕けろとばかりに、俺は全身を梃子にして腕を突き上げる。側にあった毛むくじゃらの巨体が緊張をみなぎらせながら後方へよろめく。
よっしゃ、きま……
ドブゥオ!
「ゲェェェ!」
すさまじい衝撃を受けて、身体がくの字になる。その衝撃は俺の身体を突き抜けて、なおも背後へと突進していく。
なされるがままに身体が浮いて後方へ吹っ飛ばされる。あーまだ飛んでる、俺吹っ飛んでる、とか脳裏に言葉をよぎらせながら、やがてなにやらの硬いものの中に墜落、背中にばしばし何かが当たり、後頭部にがつんと衝撃を受け視界に星が飛ぶ。パンチ? キック? わかんねぇ……。
が、涙をちょちょぎらせながら、全身を叱咤激励して立ち上がり、シャーリーを構える。唇を切ったオッスの顔がもう一歩手前まで突進してきている!
やつの長剣が問答無用で振り下ろされる。
「どうみても殺す気だろうがぁ!」
軋む身体を筋肉で支えて、その攻撃をシャーリーで受ける。
ガァン!
ぐぅぅ! バットでお寺の鐘を殴ったみたいな衝撃が指先から踵まで走っていく。いや、そんなんしたことないけど!
オッスが半身を引いて、お次は波動砲みたいなミドルキックが飛んでくる。
「だからどう見てもぉぉぉ!」
シャーリーにウィタを薄く張って頭上に構えながら、その蹴りの下に身を潜り込ます。蹴りの角度が微妙に修正されて、ウィタの飛沫をほとばしらせながらシャーリーとレガースがすれ違う。
「フンヌ!」
オッスはそれも予測していたらしい。軸足を軽くステップさせ、振り抜いた脚でそのまま回し蹴りにはいる。
食らったら地面に3メートルくらいめり込みそうなパワーだ。
空中に逃げたらまた吹っ飛ばされそうなので、俺はそれを再びシャーリーで逸らす。今度は素早く軌道の外へ移動し、斜め下に向けてウィタを張る。ファッっと、ウィタが魔素となって空中へ四散する。
オッスはその勢いのまま長剣を叩きつけてくる。
その攻撃に雑なところを見てとって、俺はそいつにシャーリーを真っ向からぶつける。
全力で振り入れたその攻撃は、コンクリの壁を殴ったみたいにアホみたいな反動を受ける。が、そこで、2つの武器が止まった。
即座に後方へジャンプすると、さっきまで俺のいたところに、標的を失ったオッスの拳が空振りする。
俺たちは距離をとって振り出しに、対峙して構えるところに戻る。
「「「おおおおお~!」」」
「すげぇ!」
「まじか、カナエ!」
いつの間にか集まってきていた傭兵、雑役たちが声をあげる。
人垣の中にカトーの姿を見つけて、ドクン、と、心臓が高鳴る。あ、いや、胸キュンしたんじゃないからな。
穴が空いたみたいにしびれて感覚のない腹をさすりながら、俺は手応えを感じている。
いける、ような気がする。
to be continued !! ★★ →




