act.98_秘剣、文化人類学
たき火に当たって訓練を見守っていたララとヨアンナ師が素早く立ち上がる。ソーナは火に近づくかたちで後ずさりして、腕をかざして防御の姿勢をとる。
気持ちはわかるがそんなんでどうにかなる相手ではないのだが。
「他の方々には手を出さないでいてもらいたい」
いつものように腕を組んで突っ立っていたアイラインがみなを制止する。
「カナエ1人に任せるというの? さすがに分が悪いんじゃないかしら」
ララは構えを解かずに周囲に目を光らせながら反論する。
「いざとなれば私が助太刀します。とはいえ、それは本当に命が危うくなったとき。まずはカナエ少年が運命を切り開くだけの力があることを、いまいちど見届けさせていただく」
ええー、俺、泥だらけになって戦うの、嫌いなんだけどな。
よし、ここはなるべくカットイーターの攻撃がウーに向かうようにしてみるか。ちゃんと戦っているようでいて、実は防御に徹してるという。無理か、そんな器用なこと。
「聞いているな、カナエ君。いまこそ君の文化人類学をみせるときだ」
アイラインが吠えるようにいう。
いまかよ。さすがに無理だろ。
「フンカシィンルイカク……、聞クタケテ背スシカ凍ルヨウタ」
いや、凍らないし。
だがこれは何だな、全力でやっていいということか?
「禁忌の技、みせても良いということでしょうか?」
「いや、だめだ。あくまで剣術で対応するのだ」
「だめなのかよ!」
ったく……。
思いつつ俺はショートソードを構える。シャーリーは訓練に持ってきてないから、いまはこの一本だけだ。
訓練を重ねてすっかり馴染んだ重さで、自在に操ることもできるだろう。それにしてもちょっと刃こぼれがひどくて、頼りない。こんなんで対応できるかな、と、俺は再度カットイーターを確認する。
奴らは正確には6頭いて、いまは会話が終わるのを見守るように、輪になって威嚇を続けている。わしゃわしゃと口吻を動かしたり、胴を膝の伸縮で揺すったりして踊りにも見える。
チキュウのカマキリとちがうのは、連中の身体を小さい鱗が覆っていること、それに、鎌にはサメの歯みたいに切れ味の鋭そうなぎざぎざが生えている。あれに掴まったらそれこそハサミで切られたみたいに両断されてしまうかも知れない。
まして防具のないこの身……。俺はキャラバンの備品であった肌着と、レオナにもらったマント、いまは紐で要所要所身体に結びつけている、を、さする。
「イマハ防具ナトキニスルナ。ミヲ守ラレテイルト思ウトユタンヲウム」
「ノーガードですか。話としてはかっこいいですがね……」
カットイーターがしきりに揺する2本の鎌。6体いるから、得物は全部で12本だ。あれがぜんぶ大鎌なんだと思えば、死に神の一団と対峙している気持ちにもなろう。
「心を研ぎ澄ませるのだ。魔獣を倒すことに迷いは不要である。このホシから消滅すべき存在なのだ」
「カナエ、貴様ハ自分自身カ刃ニナッタトオモエ。コノチテ踊ル、一陣ノヤイハタ。コノヨルノ闇ヲオトレ……」
「闇を切り開き、カルマの大きさを知らしめろ」
瞬間、いちばん近くまで寄っていたカットイーターが、鎌を伸ばす!
電光石火の攻撃を反射的に躱しながら、視界の端には次の1頭が腕を伸ばすのを捉えている。
軸足が地面を捉える瞬間を狙ったらしいその1撃をショートソードで受ける。跳ね上げるようなベクトルに、武器が飛ばされないように両手で耐える。
剣の腹を滑るようにして逸れていく大鎌。
次はっ、と、視線を走らせると、ふと空の星々が闇に染まる。
見上げるまでもなく上からの攻撃だと悟って、ステップを踏みながら円周上に走り出す。さっきまで俺が立っていた場所に、大きく羽を広げた1体がふわりと着地し、次の瞬間には大きく背伸びし威嚇してくる。
身体を揺すり、相手に恐怖をすり込もうと踊らせる。
キシシシシシシシ……?
そいつは違和感があったのか、乗り切れない様子でダンスを減衰させる。
ピクリ、って感じで片足を上に上げる。その脚は人間でいう脛のあたりで両断されていて、切断面から青色の体液がこぼれ落ちている。
ギギョギヨギョギョ!
どこから音を出しているのか、わかりやすく怒りをあらわす。その感情はさざ波のように周囲に伝わっていき、6頭すべての脚が切られたみたいに集団で感情を高ぶらせる。
悪寒を感じて上半身を横に振る。
背後から風切り音とともに鎌が伸ばされて、レオナのマントをわずかに切り裂いていく。
「何するんだコラァ!」
俺は激高して、伸ばされた鎌を跳ね上げるようにして剣をたたき込む。
ガキンッ!
パパッ、っと飛沫と鱗とを頬に浴びる。
両断とはほど遠いが、それなりに攻撃が通っている。大鎌は反射的に引っ込められて、またもやマントをひっかいて闇に吸い込まれていく。
そいつをド突いてやろうと踏み出したところを、ふたたび暗い影が頭上を覆う。どうやらこれがカットイーターの群での攻撃パターンのようだな。
ふわっと、空気で軽く浮き上がりながらカットイーターの身体が迫ってくる。
俺は大鎌の射程を躱しつつ、たぶん弱点であろう腹の方へ移動する。そいつは空中で身をひねって射程に捉えようとするが、素早い方向転換についていくことができない。
油断したな、とばかりにショートソードを頭上に掲げてそいつの腹に突き立て、いっきに肛門の辺りまで走り抜ける。背後にどばどばと見たくもないものが飛び散っていく。
駆け抜けて距離をとろうとする俺に、別の大鎌が何本か延びてくる。身を転げさせ、両腕でジャンプし、ショートソードで逸らしてどうにかそれをかいくぐる。後ろを振り向くと、腹から贓物を垂れ落ちさせながら無感情な顔を向けるカットイーターがいる。
あー、なんだ、まさか、腹を上から下まで切り裂いても、死なない?
そいつは羽をいきり立たせながらよろよろ前進してくる。むしゃむしゃと口吻を動かして俺を見据える。
だめか、と思った瞬間に、ピコンっとばかりに脚で天をつく。あれ、っと首を傾げて、動かなくなる。突き上げた脚にバランスを崩して、何とも無様にひっくりかえる。
子供の頃よく見たあれだ。ひっくり返って、わしゃわしゃと脚を動かす昆虫。カットイーターもそうやって死ぬらしい。
まずは1頭。
次のやつは接近戦がお望みのようで、じりじりと間合いを詰めてくる。頭部を下げて地際に両鎌を展開させる。俺はショートソードを両手持ちにして、やつの攻撃に備える。
ヒュッヒュッ!
まさしく鎌で草刈りするみたいに、そいつは両手で襲いかかってくる。はるか夜闇のなかから灰色のノコギリが突進してくる、なかなかの脅威だった。
右上からの漸撃はおとりで、俺はそれを胴を傾けて避ける。本命の一撃は左から地面と平行に走ってきて、傾いた俺の身体を真っ二つにしようと延びてくる。それを、ぎりぎりまで引き寄せ、「ああっ」と思わず誰かが上げた悲鳴をききつつ、鎌にショートソードを押し当てる。
シュラララッ!
まるで回転する砥石に刃物を当てたみたいに、盛大に火花があがる。両手に激しい振動を感じながらも、避けきったことを確信する。大ぶりに振られた鎌のせいで、そのカットイーターの頸筋が俺の前に晒されている。
アケネーに、還れ、とばかりに、俺は素早く上下に一閃させてそれを斬る。強烈な手応えとともに、へし折られたかのようにそいつは崩れ落ちる。
しばらく震えたあとにピキーンと上げられた脚に、2頭目を屠ったことを理解する。残りは4頭だ。
「見事」
どこからかアイラインの声が聞こえてくる。
褒めているというよりも、警戒心の増した声に聞こえるのは俺の気のせいだろうか。
残った4頭のカットイーターは俺の眼前で首から先を上下させて警戒している。ファミリーがまたたくまに2頭倒されて、容易にいかないと感じたらしい。このまま立ち去ってくれればありがたいのだが……。
3頭が正面を向いたままあとずさり、半身を闇に溶け込ませる。残った1頭、群の中でもっとも体格の大きいやつだ。そいつは身体を揺すらずに、どこか理性を感じさせる歩みで距離を詰めてくる。
群のボスといったところか。唯一のオスだかメスなのかも知れない。そいつの全身に力がみなぎっていくのがわかる。
ジャブ、ボスの鎌が肩口を走ってくる。
ドギンッ!
剣の刃で受けるが、気持ちの悪い衝撃とともに身体に重みが加わる。
ボスは鎌で俺を地面に押さえつけようと、そのまま体重を込めてくる。
「う、おおおおお!」
そのパワーに抗しながら、鎌のぎざぎざをショートソードで支えながら身を逃れさせる。いやな間隔が刃物を通して伝わる。
どうにかその攻撃を避けると、有効だと思ったのか、そいつは切断よりも打撃で攻め始める。地面をドスドスいわせながら、太い両腕を叩きつけてくる。
しばらくその闇雲な攻撃を避け続け、やがてボスが動きを止める。
俺は1撃も食らっていなかった。舞い散った紫色の砂で、全身が汚れてしまったが、たぶん、地面で擦った傷くらいしか負っていない。
両手に握っていたショートソードを構える。刃ががりがりに欠けていて、さっきの一撃でかなりのダメージを受けていることがわかる。この剣で、やつに攻撃が通るかな……。
「コレヲツカエ」
見透かしたのか。ウーが片手に持ったロングソードを浮かすようにして俺に放る。
声のしたほうへ感覚を研ぎ澄まし、それを空中でキャッチする。
ボス、カットイーターが俺に狙いを澄ませる。
わかってるよ、決着をつける最後の1撃だな。
了解して腰を落としてみせる。ショートソードとウーのロングソードを眼前で交差させる。
他のカットイーターが動きを止める。
傭兵たちも身動きを止めている。
アイライン、ウー、どこにいるのか、気配を消す。
薪の弾ける音だけが、その場を支配する……
……
……
……パチン
大砲のような鎌が頬をかすり、後方へ突き抜ける!
顔を捻り、ぎりぎりでそれを躱す。
逆手に持った剣を跳ね上げるようにして、全力で上に振るう。
決まった、とばかりに振り切った姿勢で静止してみせる。
残心、だ。
背後でガサリと音が鳴り、足下にカットイーターの首が転がり落ちてくる。紫の大地に人の気配が甦り、魔獣の姿が闇に消えていく。
「文化人類学、とくと目にしたぞ」
厳かな声音でおっさんが言う。
だから違うっての……。
to be continued !! ★★ →




