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act.10_ライバルと書いて友とは読まない

尼僧はヨアンナと名乗った。尼僧ヨアンナ、いかにも狂信的だな。だが名前に反して目のまえの人物は理知的だ。

教義についてなんの心得もない俺に対して、軽蔑した態度をとらない。


「この教会はどのようなものを信奉しているのでしょうか? たいへんぶしつけで申し訳ございませんが、なにぶん田舎者なものでして……」


俺は慎重に、謙って訊く。


「うむ。そなたのような身元もわからぬ遠い異国の地より来た者は、そのようなこともわからないかもしれんな。よかろう、ワレがいくらか教示してしんぜる」


ヨアンナ曰く、他にすることはないのですか?

ではなく、この教会の奉っているのは、チキュウでいう宇宙船地球号だ。


「ホシ」としか呼ばれていない、名前を持たぬこの世界は、1つの意思を持った生き物で、「ホシ」の中心とすべての生き物との命は、生命力の本流、ライフストリームで繋がっている。

人間もライフストリームから生まれて、死ねばライフストリームに帰る。あまねく生き物は、「ホシ」の意思で存在し、「ホシ」の意思で死んでゆく。

生命は「ホシ」の贈り物であり、あらゆる生き物は「ホシ」の子でもある。


だから、ライフストリーム教会は生きるための闘争を認めている。生きるための、その人間の条件、得手不得手、人を騙したりすることも含めて、推奨するわけではないが、否定もしない。

それが無駄な殺生や、快楽のためでない限り。


いろいろな教派があるが、このムンド村に赴任している尼僧ヨアンナは、自らが武器を持って戦うことも辞さないし、村が盗賊や獣のたぐいに襲われれば、率先して戦うのだという。


そもそも、教会には武器を持って戦う組織がある。

それらの戦士は、厳格な師弟制度で成り立っていて、教義の維持と普及のために各地で働いているという。

もちろん、生きるための闘争の為として、殺傷することも否定しない。


それらはすべて、「ホシ」に祝福された生き物の、闘争だから。教会はそれを尊いものだと考えているし、否定するものがいれば、説いて聞かせるであろう、云々。


俺は目のまえの荘厳なオブジェクトを観察した。


3メートルほどの石像で、いまは外が暗いから、壁面からのランプの光を浴びて、天井に揺らめく陰をつくっている。像そのものは人型を象ったものではない。スプラッシュ!って感じの力強い流れを感じさせる、地底から、天へ向けた、噴流のような形をしている。滝のようなまっすぐなものではない。如来像の光輪によく似ている。


それがつくっている陰は、ランプの揺らめきに相俟って、俺とヨアンナの頭上に幻想的な模様をつくり出している。まるで海の底から水面を眺めているようだった。


正直言って、こんな田舎の村で、このような美しい景色を見ることになるとは思わなかった。

それに尼僧ヨアンナの漂わす雰囲気も俺の気に入るものだ。

この光景の元で、ヨアンナと一緒に繁殖したい。


ライフストリーム教会はどういう経緯で創立したんだろうか? どんな歴史を持っているんだろうか? 俺の興味は尽きない。


だが、その日はすっかり陽が落ちてしまったので、俺は再訪を約束してから教会を去った。



∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



翌朝。

俺は商隊の洗濯物をまとめて預けられて、近くの小川まで何往復もしている。奴隷の身分だからしょうがないが、正直なかなかハードだ。

樹皮を編んでつくったカゴを背負って、汚物としか言いようのない汚れた服をいれる。重さは30キロぐらいあるかな。大人の身体なら耐えられるが、10歳の身空だと、つらいんだぜ。


だが、好奇心に刺激がないってのがいちばんつらいかもな。

そして、もうひとつ……。


「おい、ドュクシ!? この汚れた肌着も、真っ白になるまで洗ってこいよ?」


なにがドュクシやねん。

なにかしら馬鹿にしているんだろうが、俺には意味がわからない。


言いながら汚物を投げ寄越すのは、商隊メンバーの子供、ディナクだ。このあいだソーナと一緒にオオグチの解体をしているところを邪魔されて以来、しつこく嫌がらせをしてくる。いるんだよな、こういうやつが。


しっかしだ、俺は見た目は10歳、中身は29歳だから、正直、それほど頭にこない。


ただ、こいつのしつこさにいらいらしてくるのだ。ディナクは人族の少年で、たぶん俺よりいくつか年上だろう。チキュウのその年齢の少年に比べると、かなり体格がしっかりしている。

そして、目がすさんでるな。

大人になったら商人になるか傭兵になるか、思い悩んでいる年頃、といったところか。


で、俺のようにどこから来たのかしれない弱そうなやつが、商隊内でそれなりに扱ってもらえて、あまつさえソーナといまにも結婚しそうなのを見て、いらついている、というわけだ。


俺は投げ寄越された肌着を空中でつかんで、身体から離した状態でそのまま川へ向かって歩く。


「おい、無視すんなよ」


と、ディナクさんは、その態度が気に入らないと仰せだ。

俺は立ち止まって、ディナクを睨みつける。


「おまえ、うぜんだよ?」


は? って感じでディナクさん、硬直する。まぶたをぴくぴくさせて、顔を真っ赤に染める。


それから……、ナイフを出しやがった。


本人も躊躇があるのかもしれない。ただ襲うにしては意味もなく、ゆっくりと警戒しながら近づいてくる。

こいつ、どこまでやるつもりなんだ?


俺にもディナクの緊張が感染して、時間がゆっくりと感じられる。


ディナクが足下の草を踏み分けて、一歩、また一歩と近づいてくる。遠くの鍛冶屋から、鉄を軽快に叩く音が響いている。


だれか見てないのかよ?

子供同士で行き着くところまで行っちゃう感じだけど……


俺はしかたなくシャーリーを手に取り……、マントから出してみせる。


ディナクはちらりとそれに視線を送り、口を閉じ、目を細める。

また、一歩、近づいてくる。


ち、とまらないか。


俺はしっかりとした足場を求めて、横に移動する。河岸の湿地だから、革のブーツがわずかに沈み込んで、張り付いたように動きにくい。


カーン! カーン! カーン!


金槌の音が二人の運命のように響いている。


ディナクが、重心を、下げ……


跳ぶ!!


アホやろう!


俺はやつの腕を振る先にシャーリーを向かわせて、衝撃に備える。


ガツッ!!


っと、重い音が鳴り、腕に衝撃が伝わる。


ディナクはシャーリーをたたき落とすつもりだったらしい。

俺はそれに耐えて、飛び退る。


が、追従する早さでディナクが追ってきて、もう一度、ナイフを振る。


シャーリーが受け止める。


上段から振り下ろしてくる、シャーリーに食い込んで止まる。


ディナクがナイフを強引に引き抜いて、シャーリーがつられて持って行かれそうになるのを防ぎながら、もう一度距離をとる。


俺たちは再び、一定の距離で向かい合う。


十代前半の少年とは思えない、俺に向けられる、2つの黒い目。いま、こいつの心に、俺は永遠の敵として刻みつけられてるんじゃないか? 本意じゃないが……


「おまえ、どこかで剣術を習ったのか?」


と、ディナクが憎々しげに訊いてくる。


「べつに」


「ナイフを何度も防いだじゃないか」


「おまえみたいにただ振り回すだけなら、剣術の心得なんてなくても、防ぐことはできるんだよ」


「っ! なめやがって……」


煽っちまったか。


これ以上悪化したら、どちらかが怪我して動けなくなるところまでいくんじゃないのか?

そのとき、俺は勝っても負けてもろくなことにならないだろう。


俺は状況をどう打開しようかと、周囲に神経を張らせる。


集中していないことをなるべく悟られないように、音を聞き、だれか、止めてくれそうな人の気配を……


!!


川に沿った道上に、だれか立って、こっちを見ている。あれは……、俺は一瞬の隙をついて、そちらへ視線を逸らす。あ、ソーナちゃんじゃん!

みてたのか。じゃあ、ディナクのやつも気がついていたのかもな。


「おーい! ソーナ! ディナクが洗濯の邪魔をするんだけど、カトーかオースン呼んでくれないか!?」


……


……


ソーナは返事をしない。

いけずやんっ。


だが、一定の効果はあった。

ディナクは俺が大声でソーナに声を掛けたことを警戒して、ナイフを鞘にしまう。


「デュクシッ! いつか追い出してやるからな……」


捨て台詞を残して、立ち去っていく。

よし、状況は打開したな。


てか、デュクシってなんだよ。



∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



ディナクが去ったあとに、ソーナは躊躇いながら河岸に降りてきた。私、そこへ行く必要あるの? って感じだ。

まぁ、あるんじゃないかな……


「ソーナ、ありがとう。おかげで無駄な争いを避けられたよ」


俺はとりあえず礼を言った。


「ディナクは会計の仕事を狙っているから、デュクシが邪魔なのよ」


「デュクシって、俺のことか。なるほど……」


俺は納得して、彼が気の毒になる。会計係になるつもりなんて、ぜんぜんないのにな。

とはいえ、ソーナは、ディナクが俺を嫌うのが、仕事の得るための競争相手だからと思っているらしいが、実際は、ソーナを巡っての恋敵でもあるはずだ。これは俺の直感でしかないけど、直感と言うほど予想できないことではない。


商隊の中に他に子供なんていないからな。ディナクだって、このまま成長したとき、だれが自分の妻になるかぐらい考えたことがあるだろう。

俺がおもったよりうまくやっているから、奴隷の身分でいるうちに、つぶしておこう、ってわけだ。


さて、どうするか。


「なぁ、ソーナ。君はディナクのことが、好きなの?」


俺様、いつだって直球!


「ディナクは俺が、君と仲良くしているのが嫌なんだよ。君をとられるんじゃないかと思ってる。だから……」


ソーナは目を見開いて俺を見る。

か、かわいい。


「な……、なに適当なこと言ってるのよ。そんなこと、ディナクが言ったの?」


あ、多弁になった。


「いや、言ってはないけど……。男の勘ってやつだ」


「そんなこと……、デュクシはどう思うの?」


え、俺? うーむ……


「俺はソーナが好きだよ。これからも仲良くして、いろいろ話したりしたい。でも、そのたびにディナクに襲われるのは――」


「な、な、な、な!!……」


と、言いながらソーナは腕で身体をかばいながら、後退していく。

さすがに襲わないよ?


俺があっけにとられているうちにソーナちゃんは自然堤防を越えて村のほうへ逃げていった。


俺は一人取り残されて、ぽつねんと風に吹かれている。


あ、洗濯物カゴ、背負ったままだったな。洗濯、洗濯……

すっかり洗い物に時間が掛かって、干すまでに時間が掛かってしまった。

ララに少し心配された。



∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



その夜……

俺は再びライフストリーム教会へ赴き、尼僧ヨアンナに話を聞く。


今夜は風があって、教会のどこか、立て付けの悪い木枠が、がたがたと音を立てている。


石造りの建物だから、このくらいの風で倒壊はしないだろうが、なかなか不気味な音だ。この教会でどのくらい過ごすのか知らないが、ヨアンナだって、気分の良いものじゃないんじゃない?

僧侶の精神性というのが、ちょっと気になったりする。


「教会の武力は、ウィタ騎士ナイトと呼ばれておってな、それぞれ範士、教士、錬士という称号をもっておる。いま協会に在籍してる範士は十二人、教士は、たしか200人ほどおる。錬士というのは教士の下について、教義について学びながら、それぞれの武術の道を極めるのでおじゃる」


「遠い宇宙の理力使いみたいでおじゃるな」


俺は昼間使った筋肉をほぐしながら、ヨアンナの話に感心する。


「この国の民衆はライフストリームを心から敬服しておるから、ウィタ騎士にも、相応の敬意を払う。だからウィタ騎士たちも、彼らを助けて、それぞれの命が、彼らなりの業を果たすのを手伝うのじゃ」


「教会はどのように運営されているのでしょうか? その、食べ物や、運営にかかる費用といった部分は」


「ふむ。浮き世はままならぬところもあるでな。ナレの関心は当然のものじゃ」


ヨアンナは質問されたことに、心地よさげに何度も頷く。やはりこの人は知識の探求者、こうした話題は大好きなんだろう。


「主な収入は王国からの喜捨でおじゃる。じゃが、それはあくまで、どこぞの開拓村であたらしく教会を建てるといった、普段でない出費が発生したときに遣われる。ワレの生活にかかるような些細なものは、もちろん、この村の住人からの喜捨である」


なるほど……。


「あ、話は戻るんですが、ウィタ騎士の「ウィタ」って何のことなんですかね?」


俺の質問にヨアンナは改めて驚かされたのか、片目を見開いて怪訝そうにする。


「ナレはそおんなことまで、忘れてしまったのか。何とも気の毒なことじゃの。それでこのさき業を全うできるものかどうか。難儀なことじゃ。……、ごほん。ウィタとは、つまり、魔素のことじゃ。魔術を働かせる、素となる力じゃ」


魔術、ここででましたか。



          to be continued !! ★★ →

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