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act.1_花粉の季節

春。

毎年この時期になると花粉に悩まされる。処方された飲み薬である程度おさえられるが、油断すると鼻水が止まらなくなる。


講義の最中にくしゃみをするくらいならばいいが、鼻水を垂らしながらとなると人気に傷がつくというものだ。とくに女生徒はダンディな男に弱いからな。


俺は医者に処方された花粉症緩和剤、アレルロックを胃に流し込み、研究室の席から大学の敷地を眺める。女学生達が三々五々芝生に陣取って昼食を食べている。

見覚えのある娘、そうでない学部生、いろいろいるが、総じていえるのはみながお嬢様だということだ。


ブランド品、それも上品なパステルカラーのカーディガンなどに身を包んで、口元に手を添えて談笑する。実に優雅だ。

まぁ、なんだな。ちょっと直接的すぎる言い方になるかもしれないが、彼女らを汚してみたくならないというなら、そいつは男じゃない。それか病気だ。病気の男だろう。だって、美しい女性を愛したくなるのは、男の本能だからな。


俺は正常だから彼女らに惹かれて止まない。なぁに、独身だから大きな問題はないさ。

ところで、こんな花園で優雅に仕事にいそしむことが出来るなんて、夢のように思われるかもしれないが、世の中にはそういう仕事がそれなりにある。他の男がどうしてそういう仕事を目指さないのか、理解に苦しむが、能力のせいか?


俺はだいたい小学生の頃からいまのポジションを目指したので、こうして中庭で繰り広げられている優雅なひとときを、空調の効いた部屋でしずかに堪能することができるというのも、当然と言えば当然の結果なのである。もちろん才能もあるが……。


考えてみれば、俺は持てる能力をフルに活用してこのポジションを手に入れた。だれとでも物怖じせず話せる気さくな性格、実用的なボールペン字通信教育で鍛えた美麗な筆記、必要なことだけは2度と忘れることがないくらい脳にたたき込める記憶力。まぁ、天才と呼ばれるほどではないが、天才の端くれ? くらいには選ばれた人間かもしれないな!

そしていまや俺は幼小中高大一貫女子校の大学准教授だ。専門は風土・人間関係学。

Sランクの大学を卒業し、コネを使って著名教授の研究室に入った。


とはいえ、才能がある、という、それだけではこの花園に入ることは不可能だったが、そこの学部生だった南都女子大理事の娘を誘惑し、見事射止めたのである。つまり、女性相手の手練手管も、それなりに修行を積んできたということだ。


お嬢様を攻略するのは実に苦労したが、ついにご両親の許しを得て婚約者に収まった。

その信用もあって、俺はこの職を手に入れたのである。


もちろん、学問的な業績もアホほど積み上げた。

院に入ってからは日本に帰るのが年に数週間ほどで、ひたすら東南アジア、中国奥地を歩き回ったのである。


助教にまで上ってきたいま、業績をA4用紙に書き連ねたら4枚分にもなる。

ネイチャーにも2回論文が載った。ピンとこないかもしれないがネイチャーに2回載せたってことは、教授になるのも時間の問題だということだ。

そのくらい名前が売れている。当然だ。ほんとにアホほどフィールドワークしたからな。


俺様、大良木鼎、29才。

まさに文化人類学界の若手ホープといえよう。


俺は再び窓の外を眺める。マダガスカル高地から取り寄せたコーヒーを口に含ませる。優雅に昼の休憩をする女たち。

その一人に目をとめる。

院生の徳橋美央だ。


攻略中の女でなかなかガードが堅い。向上心の塊のようなきつめのお嬢様だ。


あわくまとめた髪をこめかみに垂らして、細い首筋がグレーのブラウスから伸びている。

つんと尖った胸。じっくりほぐしてやりたくなる。

女性ホルモンを全部絞り出してやりたい。



……何かの本を読んでるな。俺が薦めた学術書だろうか。


「何を見ているの?」


突然背後から話しかけられて、椅子から飛び上がりそうになる。


「うおっ」


びくっと筋肉に力が入り、コーヒーがこぼれ大腿にシミを作る。


「あちぃぇ!」

「ご、ごめんなさい!」


婚約者の芹沢亜衣だった。

視姦中に声をかけられた衝撃と、声をかけたのが亜衣だったことで、俺の心拍はマックスになる。だがダンディな助教はこれくらいでは馬脚をあらわさない。


「大丈夫ですか? あ、……すいません、わたしのせいで火傷を」


亜衣は慌てておれの膝元に身をかがめる。持っていたショルダーバックからハンカチを出してコーヒーを拭き取る。


「大丈夫だよ。淹れたばかりじゃ、ないからね」

「でも、湯気が出ているし、こんなにこぼれちゃって」


俺はエレガントに「フッ」と笑い、亜衣の手に自分の手を添える。

それからそっと息子のほうへ導く。


「あ、そ、そんな」


亜衣は完璧なお嬢様で当然未経験であるから、耐えられずに顔を背けてしまう。

たまらんな。玉だけに。


「すまない。こうしてくれたほうが痛みが和らぐみたいだ」


「そ、そうなんですか?でも」


「亜衣さん、怖がらないで。男はときどき、あなたみたいなかわいい子にこうしていて欲しいんだ」


「え、は、はい!」


ふ、いじらしいぜ、芹沢亜衣。

そしてむちむちかげんといい、最高級の女に育ったな。俺は息子に添えた亜衣の手を、押しつけたり緩めたりして刺激を楽しむ。

そしてたちまち剛直にさせてしまう。


それに気づいた亜衣はますますおののいて、全身を緊張させる。

顔も真っ赤になっている。


最高にかわいいな。

だが、これ以上はまだいかん。


「ごめん、亜衣。きみがかわいすぎて、つい失礼なことをしてしまった。許してくれ」


俺は亜衣の手を解放して、申し訳なさそうに謝ってみせる。

こういうときに本気度が伝わるように眉間にしわを寄せるのがこつなんだぜ。


これはミャンマー南部、バゴー山脈の麓で会った巫女が、深刻なお告げを話すときに使ってたテクニックだ。ちなみにいい話のときは眉間を拡げ垂れ目がちにすると村人の反応がいい。

依り代の表情と神意というのは密接に関係してる。


それはともかく。

亜衣はようやく緊張を解いて潤んだ目でこちらを向く。あきらかに続きを期待していた顔だ。まず間違いなく濡らしてるな。


俺も怒張させてるし、なんか、白鳥の交歓みたいだな。あの冬の屈斜路湖とかで首を反り返らせておどるやつだ。まぁ人間もちょっと前まで野生動物だったわけだから……。


まぁいい。

頭が良すぎると着想が豊富で困る。

亜衣は俺の顔が見たくて寄っただけらしい。食事がしたいというあちらの両親の言伝を残し、名残惜しそうに帰って行った。


急なイベントの時のため置いてあったスラックスに着替えてながら、亜衣のことを考える。


亜衣のふくよかなバスト、締まった腰に安産型の臀部、俺も名残惜しいよ。

だが婚前交渉をゆるさない家らしいから、しかたがない。結婚したら好き放題に調教できるしな。


家に帰ったら自分で慰めるんだろうなぁ。


徳橋美央はとっくにいなくなっていて、俺は学内薬局に鼻水止めの薬を買いに行く。

きかねぇよ、処方薬。

これなら使い慣れた市販薬のほうが信用できるな。


夕方になり学内に人影はまばらだ。

5限の講義も終わってるから、学部生はほとんど帰宅している。

理系じゃありえないが、文系お嬢様大学はこんなもんだ。


「あ、先生、失礼します」


「おう、おつかれさん」


たまに院生にすれ違い挨拶をする。どの娘も色づいちゃってて困るな。

人は選択肢が多すぎるとほしいものを選ぶことが出来ないというが、そんなことはない。

気に入った先からどんどん選択すればいいのである。

By大良木鼎


校舎から外に出たとたんくしゃみが連発で出る。

獣じみた低音のくしゃみをしてみせるから、周囲の女達がぼうっと俺のほうを眺める。

陸上の短距離で鍛えた身長182の体からでるうなり声だ、ハハ、無理もない。濡れぬれだろう。


大丈夫、と手を振って、俺はさりげなく薬局へと入っていく。


花粉対策の棚に並んだ薬の、使い慣れた青い箱に手を伸ばしたときにふと気がつく。

新商品が出てるのだ。信用できる製薬会社の一押しらしい。

試してみることにしてレジへ持って行く。いちおう薬効を聞いておくか。


薬剤師はみたことのない中年の男で俺が質問すると、ラベル読んでるだけじゃねぇか、っていう説明をした。


「これはですねぇ、ジクフェロロケロリン? っていう新しい成分使ってまして、あー、平たく言うと、粘膜を鈍感にして症状を抑えるという、まぁそういうやつですね」


「なるほど」


俺は思案顔で包装箱をチェックする。


「売れてる? いろいろ試したんだがどれもいまいちでしてね」


「一流メーカーですしお勧めですよ」


あんまり売れてねぇんだな。

ま、いっか。


ミネラルウォーターと一緒に1個購入し、俺は店先でその薬を飲んだ。

効きやすい薬と効きにくい薬が両極端で、なかなか体に合ったやつが見つからないんだよな。


明日は研究会の発表があるから、そのまえに薬効を確認しておきたい。


鼻の粘膜を鈍感にする、というのが体感できるのかどうか、などと考えながら歩いていると、なんだか腕がぞわぞわとしてきた。


肌が夏の日差しに焼かれているような……。

ん、なんだかおかしい。


い、いてぇ、肌が痛ぇ。


こ、これは……おかし、い。


「ぐぉぉぉ!」


俺は急激な全身の痛みに耐えかねて膝をついた。


ち、ちきしょう、変なもん飲んだぞ……。

い、痛ぇなんてもんじゃ……。


着てる服が肌にかすっただけで激痛が走る。通風? いやいや、明らかに薬の副作用だ。


粘膜が鈍感どころか、全身が鋭敏になってるじゃねぇか!

これはつまり大気中の微量な汚染物質に含まれるニッケルなどの重金属に肌の神経が過剰な……。


こんな時にまで脳がフル回転してしまうことを呪いつつ、意識が遠くなっていく。


「大良……先……?」


誰かが駆け寄ってくる。

が、視界が、真っ暗に、、、


まさかこれで最後か?


……まさ………


………まさか……


…………まさかこれ


……


……


……


……


……


……


……










……


……あ



……


……アイ


……あ


……アイ


……


……アイ、シャル、リターン


……ふざけんな! アイ、シャル、リターン!



          to be continued !! ★★ →

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