第57話 ルレ隊の〝青肌〟討伐
〝青肌〟が出た、と知らせが入ったのは夜分遅くだった。
ルレの隊は警備任務で北のイズコ村に駐屯していた。
ムルン山脈のふもとにある一大採掘エリアから救援要請が出て、
ミルコップ軍団長から出撃を命ぜられたのだ。
〝青肌〟と聞いて、ルレと部下たちは半信半疑だった。
「ほんとに青肌か?」
「何かの間違いだろ」
「実在するのかよ? 昔話でしか聞いたことないぞ」
現場に向かう馬車の中では、早朝にも関わらず、
部下の兵たちがやや興奮した面持ちで囁いていた。
それもそのはず〝青肌〟はノストラで古くから語られてきた伝説上の化け物である。
識者の間では、北極海の海底に棲む青い肌の亜人と言われ、
本当に実在するのか確証はないが、言い伝えや文献には度々登場する。
中でもノストラにいるのは、昔に海から地上に上がった一族の末裔で、
川や湖に生活の場を移した者たちらしい。
海獣のような厚い皮と脂肪があるので、
半裸のような格好で雪の中を一日中動き回ることができる。
ウソかホントか定かではないが、去年死んだじいさんが若い頃一匹仕留めたらしい。
情報はそれしかないから信じるしかない。
しかし、ルレや部下たちも小さい頃に言う事を聞かないと
〝青肌〟に連れて行かれるとよく聞かされていたのは事実だ。
掘削場周辺の小屋は窓や扉が杭で止められ、外は荒らされた形跡があった。
人々は疲れ果て、ルレ達30名の兵士が到着すると安堵して崩れ落ちた。
「助かった! 助けが来たぞ!」
頭に血の滲んだ包帯を巻いている代表のリエイが、
一番大きい建物の集会場に案内してくれた。
中にいた沢山の負傷者や布に包まれた死体を見て、
半信半疑だったルレや部下たちも信じざるを得なかった。
「軍の者は? 報告によると十名派遣されていたはずだが……」
「全員〝青肌〟を追って森に入り、出て来なかった……」
リエイは首を振った。
「本当に〝青肌〟だったんですか?」
そう聞いたのは副隊長のシボ・アッシュハフだ。
「ああ、見間違えるはずはねえ。襲われた家の周りに足跡も残ってる」
「どんな体つきをしてましたか?」
「俺たちよりもだいぶ大きかった。猫背で、槍を持ってて、腰みのだけだった。
あと顔は……魚と人間を足して二で割ったような顔だ」
「ふむ、恐ろしそうですね。そもそもなぜ〝青肌〟はここを襲ったんですか」
「知らねえよ。奴らは人間を食料程度にしか思っちゃいないんだろ」
「奴ら? 一匹じゃないんですか?」
「最低でも3匹いたよ」
「それ最初に言って下さい」
シボはむうとむくれた。イース出身の彼女は都会人らしく全ての事に細かい。
「ですってルレさん。討伐しますか?」
「手強そうだけど、やんないと帰れないしな……」
「相変わらずやる気ないですね」
じとっとした目つきでシボはルレを睨んだ。
「やる気ない訳じゃないよ、ほら、あれ……慎重ってやつ」
「……やってくれるなら何でもいいですけど。
白毛竜は4頭いますし、大狼も2頭います。場所が分かれば山狩り出来ますが?」
「……そうだね。それでいこう。半分は場所特定の調査、半分は休憩させて」
「ご自分で指示出して下さい。私は足跡を見てきます。
……ルレさん、この任務は特別報酬が出るって言ってましたよね?
私、それ狙ってるんで。お願いしますよ?」
シボは長い金髪をはためかせて行ってしまった。
おそらくその腰に携えてる高そうな剣を新調して懐がカツカツなんだろう。
確かに豪華でかっこいい剣だ。部下の間でも話題になっている。
「……ゆ、優秀な部下を持って僕は幸せだナー」
ルレは周りに誰もいないことを確認すると大きな溜息をついた。
翌日。
足跡、目撃情報、血痕、そして地政学的に見てルレ達は一つの山に標的を定めた。
採掘場裏の小さな山だが、そこには小さな洞窟があり、
奥には水の溜まっている場所がある。〝青肌〟はそこを根城にしている可能性が高い。
まずルレ率いる4名が白毛竜に乗り、大狼2匹と共に山頂からジグザグに降りた。
一対一では勝てるか分からないので一緒に行動する。
大狼には襲撃現場の匂いをかがせたので、
もしこの山にいるのなら見つけることは容易いだろう。
山の中腹には兵を隠れさせ、〝青肌〟を見つければ煙を出す手筈になっている。
そして山の麓のシボ率いる本隊がその煙の方角に向かい〝青肌〟を殲滅させるという作戦だ。
ルレ達は山の中腹にある洞窟に辿り着いた。大狼は鼻をヒクつかせたが反応しない。
ここにはいないようだ。
また山をジグザグに降り始める。
岩場に差し掛かった時、突然隣の騎竜兵に槍が飛んできて絶命した。
「どこからだ!?」
「左です!」
白毛竜の向きを変えると岩場に3匹の〝青肌〟がいた。
本当に実在した……ルレは一瞬感動したが、すぐに部下に指示を出した。
「全員左のやつを狙え!」
ここは一匹でも仕留めて確実に数を減らした方がいい。そう直感した。
3本の槍が一匹の青肌に命中、その後すぐにルレは弓を構え、脳天に一発打ち込んだ。
〝青肌〟たちは、まさかこちらが全力で攻撃してくるとは思わなかったみたいだ。
前回は人間をただの捕食対象としてしか見ていなかったので、明らかに油断していた。
両側に大きく開いた目に驚きを浮かべながら、残りの2匹は麓に向かって逃げ出した。
「逃がすなよ」
近くの茂みから煙が上がった。潜んでいた部下も〝青肌〟を発見したらしい。
これで麓の本隊も場所が分かる。大狼2匹は激しく吠えながら両側から追い立てた。
やがて〝青肌〟は山を下り、開けた岩場にて本隊に包囲された。
ルレ達が岩場を見渡せる山の斜面に着いた時、
副隊長のシボが、複数の矢を受け弱っていた一匹の首を落とす所が見えた。
「結構あっけないもんですね」
部下の一人がそう呟いた。
到着した時、最後に残った一番大きな〝青肌〟は満身創痍でこちらを睨んでいた。
周りには5人の部下が死体となって転がっていた。
やがて〝青肌〟は背中を向け、小さくうずくまって身を震わせ始めた。
「なんだ? こいつ怖がってんのか?」
「どうした? 村人は簡単に襲えたのに、今回は上手くいかないか?」
部下たちは失笑を漏らした。
その時、〝青肌〟の皮膚から無数のトゲが生え始めた。
いや、トゲじゃない。鱗だ。
先端が鋭く尖っている鱗が、逆立つように全身に現れたのだ。
ぞくりと、ルレの背中に悪寒が走った。
「全員伏せろ!」
次の瞬間、ボッという音と共に、〝青肌〟の身体からそれらの鱗が四方に飛び散った。
「ぐああああ!」
「うぐっ……」
「ぎゃあ!」
距離を詰めていた兵が大勢倒れる。
ルレは無傷だった。ルレの声に反応した数名の部下も軽症のようだ。
シボは……
ルレは副隊長の姿を探した。
いた。〝青肌〟のすぐ近くにうずくまっている。
よろよろと立ち上がったシボの脇腹が血に濡れていた。
「動ける者はいったん下がれ!」
約半分の兵が一瞬でやられた。
〝青肌〟はだいぶ弱ったようだが、立ち上がりまだ戦う気でいる。
だが幸いなことに鱗はもう無い。
「行くぞ、〝飛び爪〟だ」
ルレは両隣の騎竜兵に合図した。
「はっ」
意を決した表情で返事をした部下二名は槍を構えた。
ルレは白毛竜の手綱を引いて駆け出した。
鞍の上に片足をかける。〝青肌〟に近づいた瞬間、三人は鞍を蹴って宙に飛んだ。
そのまま全力で槍を投てきする。
一本は外れ、一本は弾かれた。最後の一本は左肩に刺さった。
間髪入れずに三頭の白毛竜が手足に襲い掛かり、〝青肌〟の動きを止める。
そして空中で抜刀した三人は着地と同時に〝青肌〟に向かって剣を振り下ろした。
鮮血が舞う。
〝青肌〟は膝を折り、地面に倒れた。
ルレ隊の生き残りは負傷者の手当を掘削場近くの集会場で済ませ、
つかの間の休息を取っていた。
半分以上の兵を失ってしまったのは痛恨の極みだ。
目の前で横になっているシボは腹に包帯を巻いている。
命に別状はないが、長期療養が必要な傷だった。
「申し訳ありません。私の指揮が甘かったせいで……」
血の気の引いた顔でシボは眉間にしわを寄せた。
「いいよ。まさかあんな攻撃をしてくるとは思わなかった。
僕が指揮をしていても同じだっただろう」
「ルレさん。すごかったです。
そういえばルレさんの戦っているところ、初めて見ました」
「ふっふっふ、そうだろう? 優秀だろう?」
「自分で言いますか?」
「うっ……」
シボは弱々しく笑った。
「これでもオスカー様と共に戦ったことがあるんだぞ」
ルレはわざとらしく胸を張った。
「知ってます、聞きました。でもただの陽動ですよね?」
「うっ……」
ルレは目線を逸らしてお茶を一口飲んだ。
「お前は可愛くないな」
「兵士に可愛さはいりません」
「もう少し物腰が柔らかければモテそうなのに」
「色恋沙汰に興味ありませんので」
一人の部下が手紙を持ってきた。たった今、伝書カラスがやって来たらしい。
「……なんですか?」
シボが上目使いで聞く。
「次の任務だ。ケモズ共和国に遠征が決まった」
「いつですか」
「明日発つ。シボ、残念だがお前はここまでだ。治るまで大人しくしてろ」
「……了解です。あの、よければ私の剣、連れて行ってくれませんか?」
「え、いいの?」
「はい。あの子にもっと活躍の場を与えてあげたいんです。
ルレさんになら安心して託せます」
剣を人のように扱うとは。やっぱちょっと変な奴だ。
「じゃあ遠慮なく」
立てかけてあったシボの剣を手に取る。
鞘から抜いて刀身を眺めた。やはりかっこいい。
自然と口角が上がってしまう。
「まだローンが残ってますので、刃が欠けたら弁償ですよ?」
ニタっと笑うシボを見て、上がっていた口角が下がる。
……ハメられた。
「面白いかも」「続きが気になる」と思った方はブックマーク、評価頂けると大変ありがたいです。
執筆の励みにもなります。宜しくお願いします。




