第308話 地下都市での戦い
地下の滅びた都市で、
ネネルとザヤネの戦いは始まっていた。
共にギカク化し、
化物のような姿の二人は、
朽ちた廃墟群を蹴散らしながら、
激闘を繰り広げていた。
ザヤネの両手から影が伸び、
百の刃と形を変えてネネルに襲い掛かる。
いくつもの遺跡がスパンッと、
まるでケーキを切るかの如く、
簡単に真っ二つになってゆく。
ネネルは光の速さで避け、
レーザーを放った。
だがザヤネに当たる寸前で影の穴が出来て、
漆黒の中へとレーザーは消えてゆく。
闇と雷光がいくつも衝突し、
地下都市全体が震え崩れる。
「はぁはぁ……
これじゃ埒が明かないわね。
雷魔ネネル相手なら、仕方ない。
奥の手よ!!」
ザヤネの背後から一段と大きな闇が広がり、
地面から天井までかなり広い空間を、
急速に闇が覆ってゆく。
全方向から影の糸が蜘蛛の巣のように伸びてきて、
雷の速さで回避しようとしたネネルを絡めとった。
「くっ!……しまったっ!」
ネネルは凄まじい放電で影を消し飛ばそうとする。
「このっ……おとなしくしなさい!
私がなんで〝夜喰い〟って呼ばれてるか知ってる?
夜よりも深い闇で、全てを覆いつくせるからよ!!」
ザヤネが手をかざすと、
周囲の影がネネルに収束、覆いつくした。
全ての影が一つの球体となり、
徐々に小さくなってゆく。
「このまま……っ! 私の中で……っ!
餓死しなさいっ!」
ザヤネが両手をぱんっと合わせると、
影の球体は完全に消失した。
ガクンとその場に膝から崩れ落ちたザヤネは、
ギカクを解いた。
苦しそうに肩で息をしながら、
心臓の上に手を置く。
「これで……生きられる」
そう独り言をつぶやくと、
目尻にじわっと涙が溜まった。
いつまでこんなことをするのだろうか。
そう思った時、
唐突に自分の影が広がった。
自らの意思ではない。
まるで胃の中のものを戻した感覚に近い。
目の前に広がる影に亀裂が入り、
そこから光が漏れた。
「なんで……まだ動け……
うっ!! なんて魔素量!」
ザヤネの身体からも光が漏れ始める。
「くっ!! やばい、このままじゃ……」
……死ぬ。
ザヤネは慌てて影を解放、
途端に光が内側からあふれ出し、
弾けた。
地面にはギカク化の解けた二人が倒れていた。
先に意識を取り戻したのはザヤネだった。
「私は……負けられない……私は……」
ずるずると這いながら、
仰向けに倒れているネネルのところまで行く。
ネネルも気がついたが、
魔素を使い果たし、
動くこともままならない。
ザヤネはネネルの上に馬乗りになり、
顔面を殴った。
「観念しなさい。
私の方が……強いんだから」
拳を振り下ろすザヤネも、
だいぶ息が上がっていた。
「……何なのよ、その目は!」
殴られながらもネネルは、
ザヤネから目を離さない。
「……あなた、
何を勝手に追い詰められてるの?」
ザヤネは手から影の刃を出した。
「だまれ!」
ザヤネは影の刃を、
ネネルの首目掛けて振り下ろした。
刃先がネネルに達する直前で、
突然、赤く光る剣が割って入り、
ザヤネの手を弾いた。
「そこまでだ。ネネルから離れろ」
魔剣フラレウムをザヤネに向けながら、
俺は睨みつけた。
「……オスカー。
姫を救う王子さま登場ってわけね」
そう冷たく笑うも、
ザヤネは動こうとしなかった。
「早くどくんだ!
お前にもう魔素は残っていない!
焼き殺されたいのか!?」
俺の感情の高ぶりと呼応して、
フラレウムの刀身が一段と大きくなる。
凝縮された炎は赤く光り、
かなりの高温になっている。
目と鼻の先に剣先を持ってこられたら、
かなりの熱でとても冷静ではいられないはず。
ザヤネは鋭い目つきで俺を数秒睨む。
コイツはまだあきらめていないのか……。
「ま、いいよ。降りたげる。
ここはオスカーの席だもんね」
一触即発の空気は、
おどけた表情を作ったザヤネによって解かれた。
「ネネル、こっちへ来れるか?」
魔剣をザヤネに向けながら、
慎重に手を伸ばした。
「うっ……」
ネネルは血だらけながらも、
何とか地面を這い、俺の手を取った。
「あ、ありがとう、オスカー」
俺の腕を支えにゆっくり立ち上がる。
「ネネル、よく頑張った。後は俺に任せろ」
「き、気を付けて」
ネネルが後ろに下がったところで、
ザヤネが口を開く。
「見せつけてくれちゃって……
ここが何処だか分かってんの?
……私の相手もしろよ」
そう言うや否や、
ザヤネは何かを口の中に入れた。
途端に魔素が急激に上がる。
魔素増幅剤の類か。
ユウリナが作れるなら、
ウルバッハも作れると考えるのが妥当だ。
「あー凄いね、これ。まだまだいけそう」
カッと目を見開いたザヤネは、
十本以上の、影で出来た触手を飛ばしてきた。
俺はフラレウムの刀身を3倍ほどに伸ばし、
襲い掛かってくる触手をぶった切った。
全部を切り落とし、
ザヤネ本人に向かって横一文字に魔剣を振るが、
自らの影の中に飛び込み交わされた。
影の中に刀身を突っ込んだ時、
中から黒い槍が飛び出してきた。
ほとんどを薙ぎ払ったが、
左腕に一撃食らってしまった。
俺は痛みを無視し、
影の中に最大出力の火炎放射を見舞った。
しばらくすると、
別の場所からザヤネが飛び出してきた。
身体が半分燃えている。
俺はすかさず魔剣で攻撃を仕掛けた。
力づくで押して押して押しまくる。
ザヤネは防戦一方になってきた。
魔素増幅剤の効果も薄れてきているのだろう。
もう触手は出せず、
手から伸ばした剣を作るのが精いっぱいのようだった。
ガッとひときわ大きくザヤネの剣を弾いたところで、
俺は熱波の壁をぶつけた。
「うぐっ!」
ザヤネは勢いよく吹っ飛び、
背後の壁に叩きつけられた。
服は焦げ、髪や肌も赤く火傷している。
「終わりだ」
俺は魔剣の剣先をザヤネの顔に向けた。
コイツこんなに強かったっけ……?
自分に赤く光る剣を向けている目の前の男を見て、
ザヤネは昔の事を思い出した。
【千夜の騎士団】が設定した敵の脅威度ランクでは、
オスカーはAランクだった。
Sランクのネネル、クロエ、ベミー、ユウリナより、
やや劣る存在。
……見誤っていたということか。
たとえ私の魔素がフルでも、
結果は分からないと感じた。
ザヤネは爆弾の埋め込まれた心臓に手を添え、
ゆっくりと目を閉じる。
……もういいや。
何をそんなに必死になっていたんだろう。
これ以上、生きていて何があるんだろう。
ふと、リユウの事を思い出す。
あんたのところに行くのも、
……悪くないかもね。
ザヤネは最後の力を使って、
影の刃を自分に向けた。
だが寸前のところで、
オスカーがそれを止めた。
この速さにも反応するか……。
「……なんで止める?」
「なんで自殺する?」
お互いにらみ合って数秒後、
オスカーは小さくため息をついた。
「心臓に爆弾が入っているな。
俺たちのは取ったはずだろ?」
なんで知ってんのよ……。
そう思ったが、敢えて流した。
「……またウルバッハに入れられたのよ」
オスカーは少し考えた後、
『ユウリナ。
ザヤネの爆弾解除、遠隔で出来るか?』
と独り言を言った。
向こうの機械人と通信しているのか。
『全部か? 25匹いる。
……ああ、わかった』
「ザヤネ。
俺たちの元に来るなら、
その爆弾を今解除しよう。
拒むのなら骨まで灰にしてやる。
どうする?」
オスカーはそう言って、
私に手を差し出した。
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