第303話 ニ十二回目の夢
暗い通路を慎重に進みながら、
僕は局長の言葉を思い返していた。
「映像の通り、
この場所に〝マザー〟が存在している、
と確証が取れたら、
上空の無人戦闘機から、
バンカーバスターを発射する。
しかし、不測の事態に備え、
巣の内部にC4爆弾も設置する。
バンカーバスターは出来れば使いたくない。
地上班で始末できるなら、
それに越したことはない。
こちらから指示は出来ないゆえ、
現場の状況で臨機応変に対応しろ」
局長は作戦会議では事務的に説明していたが、
最後の方は含みのある視線を僕に向けてきた。
あれは多分、
お前はもう、ここには帰ってくるな、
ということだろう。
華々しい〝死に舞台〟を用意してやったんだから。
そう言われている気がした。
ただでさえ、
タワーの復旧作業で人手が割かれているというのに、
こんな大規模な遠征任務をよく実行したものだ。
武器弾薬、人的資源をふんだんに使う。
そりゃバンカーバスターくらいは、
出来れば節約したいだろうな。
こちらはもうずいぶん前から覚悟はしていた。
僕が局長だったら、
同じ決断をしたかもしれない。
思えば僕の人生はあの時、
感染した史帆をこの手で殺めた時に、
一度終わっていたんだ。
その後僕も感染し、
奇跡的に発症を抑えられたけど、
これまでの数年は、
いわば人生のボーナス期間で、
本来は無かったもの。
死期が近づいているのも感じるし、
もう悔いはない。
いいさ、どうでも。
過去の出来事と投げやりな想いと、
少しのめんどくささが混然一体となって、
僕の心を支配した。
でもどうしてだろうか。
出発してからずっと、
飛鳥の顔が頭に浮かんでいる。
「着いた。ここだ」
秋人の声にはっと我に返る。
「この先に〝マザー〟が……」
ドアが開き、通路が終わる。
僕達11人は、巨大な空間を前に唖然としていた。
でかい……写真で見るのとは大違いだ。
首都圏外殻放水路。
その調圧水槽内。
そして卵の数も半端ではない。
表面のコンクリートが見えないほど、
ぎっしりと産み付けられている。
〝タンゴ1〟それに〝ビクター2〟の隊員達が、
銃口と視線を一体化しながら、
慎重に散開する。
何人かが照明弾を撃った。
周囲が光に照らされる。
よく見ると卵の大きさが違った。
上の方にいけばいくほど大きくなっている。
足元にある卵などは、
くるぶしほどの高さしかない。
「気持ち悪……」
その通り。
僕はかぐやに心の中で同意した。
「ここまでくると1匹もいないな」
「さっき片付けたのも……
たかが知れてるけどな」
「油断しないで」
僕は小声で話す秋人達を制し、前方を見た。
低いうなり声のような音が聞こえる。
全員が耳をすます。
「〝マザー〟だ」
映像に映っていた【ワーマー】の親玉は、
〝マザー〟と呼称することが決まった。
姿は見えないが、どこかにいる。
この馬鹿でかい59本の柱のどこかに潜んでいる。
空気が冷たく、音が反響している。
「静かに。音を立てないで」
そう言い、
僕達は足元の卵を踏み潰しながら進んでいった。
プチュッという音を聞くたびに、
背筋に鳥肌が立つ。
それにひどい臭いがする。
僕達は銃身に付いているライトで、
柱を上から下までゆっくりと照らした。
びっしりと産み付けられた卵は、
上部の方だけ微かに動いていた。
ライトに照らされた卵は、
半透明で中が透けて見えた。
人型の【キケイ】か?
一瞬、膝を抱えた格好のように見えた。
「早くしないと……
孵る寸前じゃねえのか、これ」
秋人の声に、その通りだと思ったとき、
「ねえ、あれ!」
かぐやの声がし、そちらに振り返った。
そこには人間の骨の山があった。
その高さは4、5メートルにも及ぶ。
周りには、服の切れ端や、
腐った肉や骨の残骸が散らばっている。
〝マザー〟の食事跡だろう。
『こちら〝チャーリー3〟。
〝ロメオ1〟聞こえますか?』
音量を最小に絞った無線機から、
声が聞こえてきた。
『こちら〝ロメオ1〟』
『人型のキケイを仕留めました。
……ただ他の隊は全滅。
第3立坑に向かった、
〝エクスレイ1〟からも連絡がありません』
『……了解。君らは無事なんだな?』
『はい、無傷です』
『分かった、そこで待機してくれ』
『了解』
本来なら、撤退させた方がいいのだろう。
だが〝マザー〟が向こう側に行った時のことを考えると、
そうもいかない。
絶対に〝マザー〟をとり逃すわけにはいかない。
「よし、〝ビクター2〟はここに残れ。
〝タンゴ1〟はこのまま捜索。
僕達は上から探す」
そう言い、僕は外壁沿いの、
高い位置にある通路を指さした。
そこからならだいぶ広い範囲を見渡せる。
……逃げ道がないのが難点だが。
「行くよ」
僕は2人を連れ、階段を上がって行く。
ふと飛鳥の事が頭に浮かんだ。
今頃何をしているんだろうか。
この討伐軍に飛鳥の参加は認められなかった。
当然だ。
局長や赤沢さんから正式に話があったのだ。
僕の症状の事もある。
人類の最後の砦内に、
感染病のキャリアがいるなんて、
通常なら考えられないことだ。
もう飛鳥にも僕の症状の事が伝わっているだろう。
そんなことを考えていたら、
一瞬視界が歪み、意識が半分離れた。
あわてて手すりをつかみ、立ち止まる。
冷や汗と悪寒、少しの吐き気。
「昴……平気か?」
秋人が背中を支えながら、
僕の顔を覗き込んだ。
「昴……」
「そんな目で見ないでよ……これも運命だ」
なんともやりきれない表情の秋人に笑いかける。
「悪い、もう大丈夫。行こう」
この症状も回数が増えてきている。
僕の死神は、もう近くにいるのだろう。
再び歩き始め、
階段を登り切った丁度その時、無線が入った。
『こちら〝タンゴ1〟。
現在、中央部。マザーは確認できず』
『了解。引き続き捜索しろ』
あのでかい図体だ、
もっと簡単に見つけられると思っていた。
こんなに時間がかかるとは。
〝視る〟か?
いや、もうあと何回使えるか分からない。
慎重にならなくては。
まさか僕達の存在に気付いたのか?
あまり知能は無さそうだが。
「……どこにいる」
ゆっくりと3人が間隔を空けて、
慎重に足を進める。
辺りが暗くなってきた。
照明弾はもう地面につきそうだった。
目を凝らして見ているものの、
奥の方は、ライトで照らしても光が届かない。
「暗視ゴーグルでもあればな……」
後ろを歩く秋人が呟く。その通りだ。
だが姿は見えなくても、
確実にそこにいるという気配がある。
額に汗が流れる。
緊張のためなのか。
それとも、感染しているからなのか。
その時突然、静寂を切り裂く銃声が鳴り響いた。
考えるより先に体が反応し、
視線を周囲に走らせる。
グリップを握る手に自然と力が入る。
『こちら〝タンゴ1〟!
マザーです!……襲撃を受けました。
隊員2名死亡!現在追跡中……動きが速い』
『了解。あまり深追いするな』
その瞬間に僕達3人は間隔を広げ、通路に散らばった。
各自奥まで見渡せる位置につき、スコープを覗く。
銃声は聞こえるが、反響していまいち位置が掴めない。
銃声と一緒にマザーの低いうなり声もこの空間に響き渡り、
僕達の五感を震わす。
すると突然、かぐやが5、6発発砲した。
「ちっ……目標ロスト。右に行った」
かぐやの右には、秋人がいる。
秋人も〝マザー〟をそのスコープに捉えたらしく、
フルオートで2、3秒連射した。
『〝タンゴ1〟また一人やられました』
「仕留めた?」
かぐやが秋人に聞く。
「……いや、全弾当たったはずだけど……
効いてないのか?」
『こちら〝ロメオ1〝
もういい、撤退してくれ。
〝ビクター2〟と合流しろ』
『……了解』
納得のいかないような返事を聞いた後、
不意に覗いていたスコープを黒い影が横切った。
奴は柱を滑るように縦横無尽に移動していく。
僕は慌ててその後を追い、
ついにスコープの十字に〝マザー〟を捉えた。
「でかいのに早いな」
そう呟いた後、僕は引き金を引いた。
放たれた数発の弾丸は、
確実に〝マザー〟の頭部にヒットした……
はずだったが、奴の動きは止まらず、
そのまま柱の内側へ姿を消した。
「どう?」
「頭に当たったけど……効いてない」
三人共黙ってしまった。
「銃弾は効かないってこと?
やっかいだね」
「まさにボスキャラ」
二人が思い思いの事を口に出した時、
「外骨格とか……か?」
と僕は呟いた。
しかし外骨格であれだけの大きさなら、
その重みで動けないはず。
……いや、常識で考えるな。
もはやその程度のことは驚くべきことではない。
……でも僕達と同じ、
内骨格もあったとしたら。
そんなことを考えていたら、
急に秋人がM4A1カービンをぶっ放した。
それと同時に別の銃声も聞こえてきた。
〝タンゴ1〟だろうか。
『こちら〝タンゴ1〟!
逃げ切れません!
銃弾が効かない……』
『大丈夫か!?』
『〝ロメオ1〟……あとは任せました。
中央5個所にセムテックス、
セットしておきました』
すでに見失ったのか、
秋人の銃撃も止んでいた。
『〝タンゴ1〟!!』
フルオートの銃声も今や単発に変わっていた。
やがて銃声は途絶え、
繋がったままの無線からは、
生々しい肉を叩く音と、
〝タンゴ1〟の悲鳴、
骨が折れる音と共に、
かすかな咀嚼音が不気味に聞こえてきた。
オレは歯を食いしばって目をつむった。
『こちら〝チャーリー1〟……もうもたない。
この作戦の成功を祈ります』
『〝ズールー1〟より〝ロメオ1〟
……戦線を離脱する。あとは任せ……』
『〝キロ2〟から〝ロメオ1〟
現在地上の残存部隊は12隊!
敵が多すぎる!!
もって後10分から15分!』
「……」
悲しみに浸っている余裕はない。
皆覚悟の上で来ている。
彼らの命は僕達の肩に乗っている。
そう自分に言い聞かせ、雑念を振り払った。
その時、耳が痛いほどに静まり返った空間に、
再び銃声が鳴り響いた。
『〝ビクター2〟!
奴に銃は効かない!』
『……了解、関節部分を狙います』
相当近くで戦っているらしい。
じゃないと関節など狙えない。
『一旦引くんだ!』
『やりました!
関節です。足を落しました……
おい!逃がすな……』
『被害は?』
『無傷です。そちらに行きました』
『了解』
「来るよ」
三人に緊張が走る。
上下左右に視線を走らせながら、
注意深くあたりを観察する。
近くにいるはずだが、
それがどこだかわからない。
嵐の前の静けさ。
ピンと張り詰めた冷たい空気に、
全員の緊張が伝わる。
ここで僕は〝視た〟。
視界が赤く染まる。
脳裏に〝マザー〟の視点が流れてきた。
同時に目の奥に激痛が走る。
奴は壁を上っている。
目の前には通路……?
「……下だ!」
僕は叫んだ。
同時に通路の真ん中、
かぐやのそばに、
カマのような鋭い刃が下から突き出た。
「かぐや逃げろ!」
かぐやが横に飛びのいた瞬間、
その場所を突き破り〝マザー〟が現れた。
音を立てて崩れる通路の破片が、
下の卵を潰していく。
もっと早く〝視る〟べきだった。
いや、かぐやを救えたのだから十分か。
それにしても最悪の形になってしまった。
上から狙うつもりだったのに、
こちらが崩されるとは。
通路の真ん中に陣取られ、
僕達は二つに分かたれた格好になった。
ガシャの夢の登場人物、設定
来宮昴〈キノミヤ スバル〉二尉〝ロメオ1〟隊長
発症していない感染者。
ワーマーと感覚を同期できるが副作用に苦しむ。
愛する人を殺した過去を持つ。冷静沈着で柔らかい物腰。
剣道経験者。回収した日本刀を装備している。
玖須美飛鳥〈クスミ アスカ〉三曹〝ロメオ1〟隊員
狙撃手
小柄で無口だが男性からの人気が高い。
〝ロメオ1〟には後から入った。
秋人〈アキト〉一曹〝ロメオ1〟隊員
少々怒りっぽく口も悪いが常識はある優秀な隊員。
副隊長。
昴、かぐやとは同級生。
夏目かぐや 二曹 〝ロメオ1〟隊員
本能に忠実で気に入らない奴を殴る癖がある。
命の駆け引きをすると性的興奮を感じる変態の戦闘狂。
過去に傷害事件を起こし、階級を一つ下げている。
昴、秋人とは同級生。
柳瀬和寿 保安局局長 一佐。海自出身。
冷静沈着で計算高く、時に無情とも思える判断を下すが、
純粋に人々を守りたいという想いも持ち合わせている。
赤沢智也 三佐〝シエラ1〟隊長
元警視庁警備部。管理職より現場を選ぶ。
理性的だが胸の内に熱いものを秘める。
二瓶龍臣 三佐。保安局局長補佐官
長澤塔子 医療局の医師。
ワーマー研究室の室長でもある。
明るくてあっけらかんとした性格。
男の筋肉が好き。やや変態。
吉岡智春 三佐 鬼の訓練教官
中田雄太郎 物流管理局 局長補佐官。
典型的なお坊ちゃん。世間知らずで利己的な性格。
飛鳥のストーカー。
函南雅哉〈カンナミ マサヤ〉〝ウィスキー1〟隊長
昴たちと旧知の中。柔和な顔つきだがモテるらしい。
木崎ウルナ 〝ビクター2〟隊員
二等陸士。容姿端麗で水着写真集も出している有名人。
松川 ”シエラ1〟隊員
赤沢の部下。
元警官。
江口 〝エクスレイ3〟隊長
20歳。松川と仲がいい。
飛鳥のファン。
小森巌 二尉〝シエラ2〟隊長
一ノ瀬小夜……一曹 〝ジュリエット4〟の隊長 弓を装備している
飛鳥の親友で共に横浜まで逃げてきた
基地のシステム
医療局……人々の健康管理や医療面を担当する。
ワーマー研究室もこちらの管轄。
農水局……農業、畜産、養殖、それらの加工と、
回収してきた食料品等を管理。
物流管理局……回収してきた生活用品、
機材等の物資の保管及びマーケットの運営。
総合開発局……車両、船舶、電子機器、
システム保全、インフラ管理、その他修理開発を行う。
保安局……【ワーマー】から人々を守るための、
軍と警察を担う武装組織。
保安局の戦闘チームは四人一組で一小隊。
AからZまでの小隊を
「NATOフォネティックコード」で呼称している。
数字コードは1~4まであり、
4隊の合計16名で中隊となる。
例 アルファ1~アルファ4=アルファ中隊
第1チームの隊長が中隊指揮官となる
数字の若い方がベテランが多い。
ほとんどの隊長が尉官クラスだが、第4チームには曹官クラスの隊長もいる。
〝シエラ中隊〟は自衛隊や警察の生き残りで結成される、いわばアグレッサー部隊。
〝ロメオ1〟は昴の能力のおかげで生存率、任務達成率が全チーム中トップを誇る。
別名〝インビシブルチーム〟(無敵部隊)と呼ばれることもある。
「面白いかも」「続きが気になる」と思った方はブックマーク、評価頂けると大変ありがたいです。
執筆の励みにもなります。宜しくお願いします。




