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第293話 死の雨

ムルス城 (旧ザサウスニア帝国軍の要所 ムルス大要塞)




城の南側にて、進軍してきたテアトラ軍と、


キトゥルセン軍はにらみ合っていた。


オーク軍はまだ来ていない。


だが数時間で到着すると、


監視の機械蜂は警告している。


どうやら相手側に、


ウルバッハとザヤネはいないようだった。


住民はノーストリリアや、


コマザ城地下のラグウンド城に避難している。



ガラドレスでクロエが死んだ。


大陸を二分した戦争だ。


もちろん誰も死なない訳はない。


親しい人を亡くす覚悟は当然してた。


そして自分が死ぬ覚悟も。


でも……クロエはその中に入っていなかった。


あの圧倒的な強さだ。


あいつは死なないものだと勝手に思っていた。


「オスカー様」


「ミルコップ……」


「ひどい顔です……寝てないのでは?」


両軍を見渡せるテラスの上には軍師や伝令兵などが、


慌ただしく出入りしていた。


「あの時、我々がクロエを処刑しようとした時……、


オスカー様がなぜ止められたのか。


なぜ仲間にしようとしたのか。


多くの者は懐疑的でした。


……私は思うのです。


人は生まれながらに役割があると。


彼女はオスカー様を生かすために、


あの力を持って生まれた。


人知を超えた大きな力によって、


きっとすべては決まっているのでしょう。


オスカー様、


あの娘は……クロエは……


ノストラの民でした。


私の民でした。


元国王として、


本来は私が授けなければならなかった。


彼女の人生を。


……代わりに与えてくれまして、


ありがとうございました」


風が強い。無意識に拳に力が入っていた。


「戦いばかりの人生だったな。


彼女の人生は……」


目を閉じると、クロエの顔が浮かんでくる。


「こんな時代だ、皆そうさ」


諭すように、疲れた顔でリンギオは言う。


『けど終わりにする、こんな時代を。


オスカー、あなたが』


ネネル。


唐突に割って入ってきたその声に、


頭のもやが晴れた気がした。


脳内チップを入れてる全ての将が、


ネネルの一言を聞いて、


こぶしを握り締めた。


『……ああ、その通りだ。


俺は振り返らない。


皆、俺に力を貸してくれ』







両軍がにらみ合う中、


テアトラ軍から一人の兵が出てきた。


「雷魔ネネルッ!!! 


私と一騎打ちをしろッ!!」


拡声器のようなものを使ったのか、


声が城の上の方まで届いた。


オーク軍が来るまでの時間稼ぎ……。


キトゥルセン軍の将たちはすぐにそう気づいた。


だがその兵は敵側の機械人でシャガルムの皇帝、


レゼルヴだと判明した。


『出るな、ネネル! 罠だ!』


『私は行くわ、オスカー。


いずれぶつかるのよ。


それに……


ここで私を使わなかったら、いつ使うの?


言ってたじゃない……


私はレゼルヴかザヤネだって』


『だがお前まで失ったら……』


ネネルはオスカーの制止を無視して、


戦場のど真ん中に飛んでいった。


『クロエは立派に役目を果たしたわ。


次は私の番。


心配しないでオスカー。


私が死ぬのは……今日じゃないわ』







「どうも初めまして。


あなたがレゼルヴ皇帝ね」


「フフフ、さすがに〝雷魔〟は迫力が違うな」


両軍の間にて二人は対峙した。


早速、レゼルヴは身体を戦闘形態に移行した。


背中から四本のアームが出現し、


腕はブレードに変形する。


「トーリンの仇討ちだとしたら、


随分感情的な機械人ね」


「それもあるが、


この場面は既に決まっていることなんだよ」


「意味が分からない」


ネネルも魔素を一気に解放、ギカク化する。


手足は獣のようになり、


髪は真っ白、目は妖しく赤く光り、


翼は巨大化した。


空には雨雲が発生し、ゴロゴロと雷が鳴る。


「天候をも変えるか……。


これはトーリンを超えるかもしれんな」


レゼルヴは余裕そうな声色だ。


顔が髑髏のような機械なので表情は読めない。


早速、空から雷がレゼルヴ目掛けて降ってきた。


腹に響く轟音と閃光に両軍兵士はどよめく。


レゼルヴは常人には捕えられない速さで横に移動、


同時に黒く小さな機械を大量に撃ってきた。


ネネルは手をかざし、


圧倒的な放電でそれらを灰に変える。


「今の……魔素抑制装置ね。


私には効かないわよ」


レゼルヴの発光するブレードと、


ネネルの雷剣がぶつかる。


「あいさつ代わりだ。


それはそうと、氷の魔女は死んだなぁ。


トーリンが倒されるとは正直驚いたが……


お前を落とせば、


キトゥルセンはほとんど終わりだ」


剣同士がバチバチと爆ぜ、


とてつもない光量で、


まともに見てられる者はいなかった。


「私の他にも、まだ強者はたくさんいるわ」


「ふん、誰がいる?


脅威なのはオスカーのフラレウムくらいだ。


他にも魔剣使いが複数いるようだが、


ミュンヘルの新国王含め、まだ日が浅いだろう。


我らの敵ではない」


レゼルヴは四本のアームを使い攻撃するが、


ネネルは器用に避ける。


「キトゥルセンはお前と、


氷の魔女の二人が肝なのだよ。


【千夜の騎士団】にいたら、


間違いなく上位の団員だ。


ザヤネと同クラスだろう。


お前たちが前線の至る所に出没していたせいで、


予定通りに進軍出来なかった」


「よく喋る機械人ねっ!!」


ネネルは隙を見て雷撃を放つ。


最大出力に近い電気量にもかかわらず、


レゼルヴは機能停止しなかった。


「無駄だ。この程度で俺の身体は壊れんよ」


レゼルヴの後ろの空から、


何か粒状の物が大量に飛んでくる。


近くまで来ると、


それは機械トンボだと分かった。


こちらの機械蜂と同様の物だ。


数は圧倒的に少ないが、


1匹駆除するのに機械蜂が2、3匹必要になる。


それらがレゼルヴの背中に集まり、


蠢きながら形を変えてゆく。


「……つまり、脅威なのは今現在、


お前一人ということだ、雷魔ネネル」


すぐに巨大な光る輪が形成され、


レゼルヴは宙に浮いた。


また、身体中の装甲が新たに増え、


重装甲兵のようになった。


ネネルはレゼルヴが空に上がったタイミングで、


下からレーザーを放つ。


地上では防がれた場合、


友軍に被害が出る可能性があったため自重していた。


だがレーザーは、


レゼルヴを覆うように発生した、


青い半透明のシールドで弾かれ空へ消えた。


……これも防がれるか。


「そう思いたのなら、そう思っていればいい」


そこから先は壮絶な空中戦だった。


強烈な光と轟音が空中に響き渡り、


両者とも目に見えないほどの速さで衝突を繰り返す。


剣が交わるたびに周囲には小さな雷が落ち、


レーザーや炸裂弾が飛び交う。


数分後、ネネルは吹っ飛ばされ、


地面に大きなクレーターを作った。


だがあまりダメージはない様で、


立ち上がったネネルは、


とてつもない魔素を両手に集約し始める。


レゼルヴも背中のアームが2本折られていたが、


大した損害はないように見える。


ドンッッ!!!と腹に響く衝撃と共に、


光りの筋がネネルから発射され、


レゼルヴの全身を包みながら、


上空へと伸びていく。


光は一瞬で消えたが、


それは過去に山を消し飛ばした、


広域レーザーだった。


しかし、まともに喰らったはずのレゼルヴは、


少し表面の装甲が溶けただけで、


変わらず空中に浮かんでいた。


ネネルはギカク化を解いた。


「まさかもう終わりじゃないよな?」


まだ余裕を見せるレゼルヴと違い、


ネネルは肩で息をしていた。


だが、ネネルは不敵な笑みを浮かべた。


途端、身体が白金に光り、放電し始める。


同時に空から落雷がレゼルヴに何度も落ちる。


ネネルから伸びた電気の筋もレゼルヴに向かっていた。


「おいおい、何度やっても、


この身体をショートさせるのは不可能だ」


レゼルヴはその場から動こうともしない。


「そろそろ終わりにしようか」


レゼルヴが腕から、


光るワイヤーのようなものを飛ばす。


それは先が幾本にも別れ、逃げ場をなくした。


当たる寸前、ネネルは消えた。


全ては光の速さのごとく一瞬だった。


自らを雷化させたネネルはレゼルヴに衝突、


ボディの内側に入り、内部から雷剣を振り抜いた。


装甲の僅かな継ぎ目から、


レゼルヴのボディは大きく裂けた。


「なッ……!!」


レゼルヴは地面に落ちた。


上半身が大きく二つに引き裂かれ、


バチバチと放電していた。


ネネルも地面に降りた。


「固いのは表面だけでしょ。


油断したわね」


「なぜだ……。


〝球史全書〟では……


ここでお前は死ぬはず……」


キュゥゥゥゥゥンと音を出し、


レゼルヴは機能を停止した。





魔素を使い果たしたネネルはその場に倒れ込んだ。


「ネネル様!」


待機していた部下の護衛達がすぐに飛んでいく。


キトゥルセン軍から割れんばかりの歓声が上がる。


その時、上空に水の塊が現れた。


「なんだ、あれ?」


兵士たちが気付き始め、空を見上げる。


水の塊は生き物のようにうねうねと動きながら、


体積を増やしてゆく。


やがてぽつぽつと雨が降ってきた。


あの水の塊からだと兵達が気付いた時、


「痛っ!」と声が上がった。


「熱っ!」


「なんだ、痛いぞ……」


雨に当たった皮膚が赤く爛れている。


すぐに雨は勢いを増した。


前衛に布陣した軍は、


阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


「毒だ!」


「いや……これは酸だっ!!」


皮膚はおろか、兜や甲冑も溶け、


兵達は悲鳴をあげながら瞬く間に崩れ落ちた。


逃げ出す時間もない。


周りも助けることが出来なかった。


皆が呆然とする中、軍の後方から、


一人の有翼人兵が雨の中に飛び込んだ。


向かった先はネネルが倒れ込んでいる場所だ。








護衛達は既に溶け死んでいた。


ネネルに覆いかぶさるように、


翼を広げ包み込むように、


5人が折り重なっている。


機械の翼を傘替わりにし、


先の戦闘で受けた重症の身体を引きずりながら、


ルガクトは部下たちの遺体をかき分けた。


「……ネネル様、今お助けします」


ルガクトは機械の翼を、


ネネルの真上に持っていき、


丁寧に抱き寄せた。


ぐったりと意識を失っているネネルには、


たくさんの生傷があった。


ルガクトはそれらを見て、


悔しそうに眉根を寄せる。


背中には酸の雨が容赦なく当たっていた。


「ぐっ……!!」


ザァァァァっと降りしきる死の雨の音の中に、


ジュウゥゥと鉄や皮膚が溶ける音が聞こえてくる。


ルガクトは歯を食いしばりながら痛みに耐えた。


ネネルを大切に抱きかかえ、


ゆっくりと城の方に歩き出す。


「……ずっと、思っていました。


やはり、ネネル様の能力が……


暴走した一因は、私にあると。


あなたはいつしか……


私に、言ってくれましたね。


……自分を、責めるなと。


……ふふ、優しいお方だ。


あの一言に救われました。


ですが、ずっと心の奥に……


後ろめたさを感じていました。


生涯あなたに……仕えると誓ったのも、


そんな自責の念の裏返し、かもしれません」


足元には溶けた自軍の兵が折り重なっていた。


足を一歩踏み出す度、激痛が走る。


「ネネル様、あなたは……死んではならない。


今まで辛い思いをしてきた分、


これから幸せに、生きてほしいんです。


願わくば、オスカー様とこの国を……


いや、この大陸を……」


もうすぐ城に着く。


雨の切れ目が見えてきた時だった。


突然の突風で雨が吹き飛ばされ、


周囲に光が差した。


兵達の声が微かに聞こえてくる。


敵軍の後ろに巨大な竜巻が現れたらしい。


だが振り向くのも億劫だ。


……ゴッサリアか?


だとしたらさっきの突風も……?


ルガクトはその場に膝をついた。


ネネルの顔を覗き込む。


酸の雨は一滴もかかっていない。


「頑張ったね」


朦朧とする頭の中に声が響く。


通信は酸の雨でとうに壊れていたはずだ。


その声は亡き妻、フェネに似ていた。


「ああ、フェネ……来てくれたのか……」


ルガクトは空を見上げ、微笑んだ。


そこには青白く発光する、


人型の精霊が飛んでいた。


ルガクトは空を見上げたまま、


静かに息を引き取った。

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