第288話 二十回目の夢
局長の要請を承諾してから数日経った日。
お腹の傷も大分良くなってきたが、
未だに病室から出させてもらえない日々が続いていた。
部屋の中には私一人しかいないが、
ドアの外には常に2人の護衛兼監視役がいる。
私の素性などまだみんな知らないだろうから、
知り合いなら少し外出出来るかも、
と考えていたが甘かった。
何度か人員は交代したが、
ことごとく面識のない人間だった。
――――なんて狡猾な奴。
頭の中には憎たらしい局長の顔が浮かんだ。
完治しないと出さないつもりなのは理解した。
この部屋を出たら……私は私でなくなる。
玖須美飛鳥という人間は死ぬのだ。
そして……私は人でなくなる。
でも、耐えられないほどじゃない。
昴やかぐやが助かるのであれば。
窓の外は赤く染まっていた。
最近は日が落ちるのが早い。
そんな時タワー内放送が入った。
『こちらは保安局です。
緊急避難指示が発令されました。
タワー住民の皆さんは落ち着いて各ビルの上層階、
もしくは新港地区へ避難して下さい。
保安局各員は完全武装にて待機。
繰り返します……』
廊下の外が騒がしい。
緊急避難指示とはいったい何が起こったのか。
大規模な事故か、
大規模な【ワーマー】の侵攻以外考えられない。
もし後者ならこんなところで寝ていられない。
私は点滴棒を押しながら扉の前まで移動した。
「誰かいる? 開けて!」
しばらく待ってみたが誰の返事も返ってこない。
試しにドアノブに手をかけたが案の定施錠されていた。
もう一度呼んでみる。
結果は同じだった。
扉に耳をつけて廊下の様子を探る。
多分護衛兼監視役の二人はいない。
たまに人が走る気配があるくらいだ。
ここはタワー上層階だからもう避難していることになる。
それでも何か体を動かしていないと不安になる。
みんなは危機に対応しているというのに、
自分は安全な箱に閉じ込められている。
これからは一生こんな生活が続くのか……。
何が起こったにせよ、避難指示なんて初めてだ。
昴は、かぐやは、秋人は、小夜は、命を懸けている。
ベッドに腰かけ、握りしめた拳に涙が落ちた。
あんまりだ。仲間の命を救えないなんて。
その時扉の外で人の気配がした。
複数だ。鍵を開けようとしている。
もしかしたら昴かもしれない。
可能性は低い。そんなことは分かっている。
おそらく、局長たち上層部だろう。
しかし、人は不安な時ほど理想の希望を描くものだ。
一縷の望みを抱いて扉が開くのを待った。
そこにいたのは……
考えうる最悪の顔だった。
「やあ、飛鳥さん、お待たせ。
ごめんね、待ったよね」
そこにいたのは、粘着質な笑みを湛えた、
物流管理局の局長補佐官、中田雄太郎だった。
「……あんた、何で入って来れるの」
後ろから保安局の隊員が二人入ってきた。
護衛の二人ではない。武装していないからだ。
「この時をずっと待ってたんだよ。
今、下ではみんな大騒ぎさ。
鍵かければ問題ないと思ったのかねえ。
でも飛鳥さんを、
こんなしょぼい部屋に閉じ込めるなんて、
失礼な話だよ、まったく」
「何があったの! 避難指示が出たでしょ」
「ああ、【ワーマー】の大群がここに向かってるそうだよ。
でも大丈夫。飛鳥さんは僕が守るから。心配しないで」
中田は真っ黒な目で、両手を広げ近づいてくる。
全身に鳥肌が立った。
「いい、自分の身は自分で守れる! 近寄らないで!」
中田の手を防ごうとしたとき、
保安局の二人に腕を掴まれ口を塞がれた。
本来あるはずの隊章が肩についていない。
どこの誰か分からないようにしている。
つまりそれは正規の任務ではない、
ということを意味していた。
「悪いけど、ちょっと眠っててくれるかな。
色々準備しなくちゃいけないんだ」
気が付けば腕に麻酔薬を打たれていた。
視界が揺らいで意識が朦朧とする。
身体は動かないが意識はあった。
ストレッチャーに乗せられ、移動している。
「補佐官、避難指示が出てますが……」
「いいんだよ、うるさい!
お前らは僕の言う通り動いてればいいんだ!
僕は保安局にも顔が効くんだよ!
お前らなんて新米どうにでもなるんだぞ!」
会話が頭の中に入ってくる。
気分が悪い、吐きそうだ。
「おい、まずいんじゃないか」
「これってまるで誘拐……」
「しかも有名人……この人、飛鳥さんだよな?」
布をかけられどこを移動しているのか分からない。
結構な人とすれ違っているように感じる。
誰も気付かない。
「ずっと待ってたんだ、ずっとこの日を……
これからは僕の時代だ……大切にするよ飛鳥さん。
見たか、僕は特別なんだ、やっぱりそうだったんだ、
いつもバカにしやがって……
すごいんだ僕は、凄いって言わせてやる、
僕の血は特別なんだ、くそ庶民共に分からせてやる……」
中田は正気じゃない。
朦朧とする頭の中、それだけは理解できた。
どこかの部屋に入った。中田の部屋か?
怒鳴っている声、3人が自分の周りを動き回る気配。
「こんなことして……正気じゃない、今すぐ離せ……」
「そんな汚い言葉使っちゃだめだ飛鳥さん。
仕方ない、僕がゆっくり教えてってあげるよ。
ああ、それにしても君の血筋に僕の血筋が入るなんて、
先祖の誰もが出来なかった一大事だよ!
ありがとう飛鳥さん、今夜僕らは結ばれるんだ。
二人そろってブルータグ申請しに行こう。
そしたらいっぱい子供を作ろうね。
人類に貢献するんだよ。
もう誰もバカに出来ないぞ、ふふふふ」
気付いたら手足を拘束されていた。
その時近くで銃声が聞こえた。
すぐにドアが開く音。
完全武装の数人が一気になだれ込んでくる。
あっという間に新米二人は制圧された。
「動くな!」
「飛鳥!」
「昴!」
〝ロメオ1〟の三人だ。
「何だお前たち!ここは僕の部屋……」
「お前は!何を!してくれてんだ!」
昴が中田の顔面を殴り飛ばした。
「ぐぎゃ!」
床に倒れる中田。
「飛鳥! 大丈夫か?」
紐を切ってもらい自由になれた。
「昴……」
ほっとして涙が出る。思わず昴に抱きついた。
昴は戸惑ったようにゆっくり背中に手を回し、
そっと私の頭に手を置いた。
「なんだよ、何なんだよ急に……
人の部屋に入ってきて!
いつも僕の事を邪魔する! みんな邪魔する!
だからうまくいかないんだ!
邪魔されなければ僕は凄いんだ、
だって僕の家系は……」
「うるせえよ」
パンっ!と銃声が一発、部屋に響く。
かぐやが中田の足に発砲した。
「ぎゃああああああ!!!」
「おい!」
二人に銃口を向けていた秋人が叫ぶ。
「何撃ってんだ! さすがにまずいだろ!」
昴は何も言わない。
「なんでだよ、
殺されてもいいような事しただろ、こいつ」
そう吐き捨ててかぐやは、
中田の被弾した部分を踏んづけた。
「ああああ!があああああ!!!!」
「死なねえよこんなんじゃ、だまれ」
「立てるか?」
「……うん」
昴に手を引かれ、ベッドから立ち上がった。
すこしふらふらする。
「放送聞いたか?
【ワーマー】の大群が攻めてきた。
飛鳥は上層階へ避難しろ」
「昴たちは? 行くの?」
「当たり前だ。総力戦になる。
今までにない規模の戦いだ」
「私も……後ろ!」
視線の先には銃を向けた中田がいた。
顔は引き攣り、眼球は小刻みに揺れている。
いよいよ本格的に正気じゃない顔つきだ。
「てめえ、何でそんなもん持ってんだよ」
「うふふふ、僕は物流管理局の局長補佐官だぞ?
何でも持ってるさ、お前たちが持ってないものも……」
得意げに喋る中田の隙を突き、
素早い動きで昴が銃を押さえ、腕を捻り上げた。
「いっ!!ああああっ!
分かった分かった、離す離す!!」
昴は顔色一つ変えず、
思いっきり腕を逆方向へ捩じった。
骨の折れる生生しい音が部屋に響く。
「ああああああああああ!!」
「お前、やり過ぎだよ」
昴の目を見て思わず鳥肌が立った。
別人ように冷たい。こんな表情は初めてだ。
入り口付近では、
顔面蒼白で今にも泣きだしそうな二人に、
秋人が「お前らの隊長はどこだ!」と怒鳴り、
すっかり怯えた表情だ。
「けど、それはお前のせいじゃない。
自己中で承認欲求が強い、
その性格を作ったお前の親と、周りが悪い。
お前は悪くない。
お前はただの可哀相な人間だ。
だから殺さないでやろう」
「お前ら……あ、頭おかしいぞ。
こんな事して……ぅぐ……犯罪だ、いや反乱だ」
まだ言うか――――――。
「ちょっと待って」
かぐやは渾身の右ストレートを、
中田の顔面に叩きこんだ。
「ぶふうっ!」
「よかったな、クズ野郎。
私一人だったら殺さないように拷問して、
耳も目も歯も指も全部なくなってるところだ」
かぐやの場合、これは脅しではなく事実だ。
昴はベッド脇の大きくて重そうなテーブルに、
中田の手を手錠で繋いだ。
それから昴は私の腕を肩に回し、
ゆっくりと立ち上がった。
顔が近くて、一気に体温が上がる。
「おい、俺はまともだが、この二人はサイコパスだ。
次からは相手を選ぶんだな」
去り際、秋人は一瞥してドアを強く閉めた。
その音に二人は可哀相なくらい肩をビクつかせた。
「おら、行くぞ! さっさと歩け!」
「ねえ秋人、
かぐやはいいとして僕もサイコパスってどういう事?
ちょっとひどくない?」
「いや、そうだろ。
かぐや程じゃねえけど、こればっかりは折れねえぞ」
「おいてめえら、人の事をなんだと思ってる?」
「うるせえ、かぐや。お前は自覚してるじゃねえか。
ていうか普通撃つか、あそこで」
「なんで? 撃つだろ、普通」
「……そういうとこだよ、よく真顔で言えんな。
瞳孔ガン開きじゃねえか。引くわ」
「僕も足か腕くらいは撃つつもりだったけどな。
秋人がおかしいんだよ。
ああいう壊れちゃった奴には、
本能に訴えかけるレベルの恐怖を与えないと、
理解出来ないんだよ」
「はあ、俺はお前らが怖いよ……」
秋人は額を手で押さえ、頭を横に振った。
「大丈夫。多分問題にならないから。
それより戦争だよ、切り替えて」
ガシャの夢の登場人物、設定
来宮昴〈キノミヤ スバル〉二尉〝ロメオ1〟隊長
発症していない感染者。
ワーマーと感覚を同期できるが副作用に苦しむ。
愛する人を殺した過去を持つ。冷静沈着で柔らかい物腰。
剣道経験者。回収した日本刀を装備している。
玖須美飛鳥〈クスミ アスカ〉三曹〝ロメオ1〟隊員
狙撃手
小柄で無口だが男性からの人気が高い。
〝ロメオ1〟には後から入った。
秋人〈アキト〉一曹〝ロメオ1〟隊員
少々怒りっぽく口も悪いが常識はある優秀な隊員。
副隊長。
昴、かぐやとは同級生。
夏目かぐや 二曹 〝ロメオ1〟隊員
本能に忠実で気に入らない奴を殴る癖がある。
命の駆け引きをすると性的興奮を感じる変態の戦闘狂。
過去に傷害事件を起こし、階級を一つ下げている。
昴、秋人とは同級生。
柳瀬和寿 保安局局長 一佐。海自出身。
冷静沈着で計算高く、時に無情とも思える判断を下すが、
純粋に人々を守りたいという想いも持ち合わせている。
赤沢智也 三佐〝シエラ1〟隊長
元警視庁警備部。管理職より現場を選ぶ。
理性的だが胸の内に熱いものを秘める。
二瓶龍臣 三佐。保安局局長補佐官
長澤塔子 医療局の医師。
ワーマー研究室の室長でもある。
明るくてあっけらかんとした性格。
男の筋肉が好き。やや変態。
吉岡智春 三佐 鬼の訓練教官
中田雄太郎 物流管理局 局長補佐官。
典型的なお坊ちゃん。世間知らずで利己的な性格。
飛鳥のストーカー。
函南雅哉〈カンナミ マサヤ〉〝ウィスキー1〟隊長
昴たちと旧知の中。柔和な顔つきだがモテるらしい。
木崎ウルナ 〝ビクター2〟隊員
二等陸士。容姿端麗で水着写真集も出している有名人。
松川 ”シエラ1〟隊員
赤沢の部下。
元警官。
江口 〝エクスレイ3〟隊長
20歳。松川と仲がいい。
飛鳥のファン。
小森巌 二尉〝シエラ2〟隊長
一ノ瀬小夜……一曹 〝ジュリエット4〟の隊長 弓を装備している
飛鳥の親友で共に横浜まで逃げてきた
基地のシステム
医療局……人々の健康管理や医療面を担当する。
ワーマー研究室もこちらの管轄。
農水局……農業、畜産、養殖、それらの加工と、
回収してきた食料品等を管理。
物流管理局……回収してきた生活用品、
機材等の物資の保管及びマーケットの運営。
総合開発局……車両、船舶、電子機器、
システム保全、インフラ管理、その他修理開発を行う。
保安局……【ワーマー】から人々を守るための、
軍と警察を担う武装組織。
保安局の戦闘チームは四人一組で一小隊。
AからZまでの小隊を
「NATOフォネティックコード」で呼称している。
数字コードは1~4まであり、
4隊の合計16名で中隊となる。
例 アルファ1~アルファ4=アルファ中隊
第1チームの隊長が中隊指揮官となる
数字の若い方がベテランが多い。
ほとんどの隊長が尉官クラスだが、第4チームには曹官クラスの隊長もいる。
〝シエラ中隊〟は自衛隊や警察の生き残りで結成される、いわばアグレッサー部隊。
〝ロメオ1〟は昴の能力のおかげで生存率、任務達成率が全チーム中トップを誇る。
別名〝インビシブルチーム〟(無敵部隊)と呼ばれることもある。
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