第284話 スラヴェシ攻防戦
クロエとレイガンの二人が、
スラヴェシ城壁の上から敵の攻城塔を狙撃する。
レイガンは腕に岩石射出装置をつけた、
ミルコップ軍の部隊長でサイボーグ兵だ。
壁の下は敵兵で溢れている。
が、城門はまだ耐えている。
塩を操る魔剣ゾルティアークを持つ、
敵将バルロックはまだ前線に来ていない。
様子を見ているのか、後方の軍にいる。
敵東軍は予想に反して山脈を越えてきたので、
合流予定だったマーハント軍と、
マルヴァジア軍が急遽引き返した。
戦力が分散するのはかなりの痛手だ。
攻城兵器から岩が飛んでくる。
轟音と共に壁が抉れた。
だが崩壊には程遠い。
スラヴェシは城郭都市だ。
町全体を高い塀が囲っている。
この壁はかなり頑丈に作られていた。
元々古くから争いが絶えない要所にあり、
その頃から積み上げた壁は強度が高い。
更にキトゥルセン領になってからは、
ユウリナの持つ技術と資材で補強工事をしてあった。
今のところ侵入された報告は上がってきていない。
本軍、西軍は合流し、
陣形を整え目の前の平原に布陣している。
今攻撃をしているのは全体の三分の一の兵力に過ぎない。
敵本軍は余裕の佇まいで、
必死で戦っているこちらを眺めているのだろう。
加えて【千夜の騎士団】、
クガとパム率いる東軍2万は、
現在こちらに向けて進軍中である。
指揮を執るのは七将帝ミルコップだ。
こちらの兵力はおよそ3万。
魔戦力は東軍が到着すれば、
向こうは5、こちらは1。
しかし、なぜ向こうは全戦力で来ないのか?
ミルコップは腕を組み、
城壁の上から敵陣を睨み思案した。
こちらは防衛なのだから、
援軍が集まる前に仕掛ければいいものを。
それともこちらの魔戦力を警戒しているのか?
いや、お互いの軍に間者を送り合っているのだ。
ある程度の情報は向こうにも渡っている。
対策や作戦を考える時間はあるはずだ。
だとしたらなんだ?
クロエが強すぎて、なのか……?
ベミーも狂戦士化したら、
ユウリナ神でさえ圧倒する強さだ。
それもあり得る。
……が、敵の指揮官は慎重な性格なのかもしれん。
そうでないとするなら、
やはり……あの軍は前哨部隊で、
本命の大軍が後ろに控えている、
ということか?
あの規模で……?
オスカー王子はいない。
ネネル軍と共に極秘作戦中だ。
その結果次第でこの戦況も変わる。
それまでは出来るだけ籠城して、
戦力を温存して戦う様にと命令されている。
それまで俺が踏ん張らなければならない。
城壁の上で敵陣を見据えながら、
ミルコップは頭をフル回転させていた。
周囲には岩や矢が飛んでくるが、
彼は微動だにしなかった。
「……まぁしかし、俺は俺の仕事をやるだけか……」
周囲に待機させていた伝令兵を呼び、
ミルコップは各部隊に命令を下した。
近くに迫っていた攻城塔が一つ、
けたたましい音を立てて崩壊した。
「レイガン!
お前はここに残って全ての攻城塔を破壊しろ!
クロエ!出るぞ、来い!」
城壁の下から梯子がひっきりなしにかかる。
登ってくる敵兵に上から弓兵が矢を射る。
石を落とし、油を撒く。
梯子を破壊した兵が矢で射ぬかれ落下した。
ミルコップの前を行く数人が飛んできた岩に潰される。
それでもミルコップは足を止めず、
凄まじい戦闘の怒号と、
阿鼻叫喚もさらりとした顔で通り過ぎて、
階段を下りて行った。
城門に破城槌をぶつけていた敵は、
いきなり降ってきた赤毛竜に陣形を崩された。
その竜達は剣も槍も通さぬ固い皮膚を持っており、
成す術もなくあっという間に全員が嚙み殺された。
同時に城門が内側から開いた。
周りのテアトラ兵達がここぞとばかりに群がるが、
氷のつぶてが広範囲に飛んできて、
一斉に倒れる。
出てきたのはクロエ、ベミー、
魔獣化した赤毛竜たちに乗ったミルコップら精鋭の騎竜兵だ。
「クロエ!作戦通りに!」
「了解」
「ベミー、獣人兵は任せたぞ」
「はいよー。リューズ、右側は任せた」
騎竜兵団を走らせ、
ミルコップは一人、グリオンから飛び降りた。
「グリオン、お前はみんなと行け!」
こちらを振り向き、
クーワッ!と一声鳴いたグリオンは、
その鋭い爪と牙を光らせ、
敵軍の中に飛び込んだ。
ミルコップは怒声を上げながら迫りくる敵兵達を前に、
機械の足を戦闘形態に変えた。
バシュゥゥゥゥゥ!!!と蒸気が噴き出し、
つま先から細長い刃が飛び出る。
ミルコップはその場で足を一閃した。
向かってきた敵兵たちが血しぶきを上げて倒れる。
続けて何度も蹴りを繰り出し、
亀甲型密集陣形で近づいてくる敵兵たちをも、
風の刃で粉砕した。
ベミー達は敵の獣人兵をピンポイントで狙っていく。
「あれは、ベミー将軍!?」
「まずい、七将帝だ!」
「何でここに……」
敵兵はベミーを見ただけで震えあがっていた。
〝ベミー・リガリオン〟の名は、
敵軍にまで轟いていた。
本来人間より力のある獣人兵は、
戦場で重宝され期待されている。
だがその屈強な獣人兵達が、
バッタバッタとなぎ倒され、
壊走する様を見た敵一般兵達は、
絶望の表情だった。
士気は著しく下がった。
クロエは氷の破片を広範囲に撃ち込み、
一気に何百もの兵を無力化する。
飛んでくる矢も突っ込んでくる勇敢な兵も、
一定の距離で凍って動かなくなった。
クロエはある程度のところまで進むと、
その場で立ち止まり、前方に手をかざした。
丁度、敵軍の最後尾の辺りが、
広範囲に渡って凍り始める。
パキパキと音を鳴らしながら、
氷は凄まじい速さで縦に伸び、
あっという間に巨大な氷の壁を築いた。
敵本軍を物理的に遮断し、
作戦の第一段階を終えたクロエは、
主に投石器や弩砲などを破壊して回った。
氷の壁で退路を断たれた敵軍は、
スラヴェシ城壁から降り注ぐ矢と、
城門から出てきた5000の騎馬兵によって、
瞬く間に殲滅させられた。
マーハントから戦場の各員に連絡が入った。
東軍は何者かに襲撃されてほぼ壊滅。
行方は途絶えた。という内容だった。
そしてほぼ同時刻、ミルコップの視界に、
ミュンヘル王国第三軍が、
こちらに向かって進軍中と情報が出た。
約5000の兵らしいが、
それでもこの状況ではありがたい。
もうかなり近くにいるようだ。
第三軍と言うと確か凄腕の女将軍か。
ミルコップは聞いた情報を頭に思い浮かべた。
どちらにしても吉報だ。
敵は減り、味方は増える。
その時、氷の壁の一部が爆発した。
多くの者が一瞬止まり、
轟音がした方向に顔を向ける。
壁は崩れはしなかったが、
穴が開いたようだった。
煙の中から現れたのは多くの兵を率いた、
敵将バルロック、
そして魔剣を持つナルガセ、ラドーだった。
脳内チップを入れている者全員に、
敵情報が表示された。
将軍ラドーは魔剣ランドスケープ、
自在に爆発を起こせる能力。
ナルガセは魔剣オキトリア。
こちらは情報が無かった。
「クロエ、ベミー、
敵の能力が分かるまでは慎重に頼むぞ」
ミルコップは城門前に再び兵力を集めた。
この戦いはあくまで防衛戦。
地の利を生かし、
持久戦に持ってゆくのが勝利への道筋だ。
なのでこちらから攻め込むことはもうしない。
攻撃されたときにカウンターを狙う。
それに、もし動く時があるとしたら、
ミュンヘルからの援軍が来てからだ。
「ん?……なんだ?」
視界に機械蜂からの映像が映し出される。
敵軍後方に新たな軍勢が現れた。
援軍、もしくは敵軍の本命部隊……
そう思い肝を冷やしたが、
その謎の軍勢は敵軍の後方に突っ込んだ。
「どこの軍だ? 味方か?」
「分からない。表示が出ないから、
機械蜂でも分からないのか?」
ベミーもクロエも首を傾げる。
映像は謎の軍勢にズームしてゆく。
「これは……ナザロ教の僧兵団か!」
副将ディアゴが声を上げる。
「あ、あの旗、ナルヴァ旅団だ」
ベミーも思い出したようだ。
一度は氷の壁に穴を開け進軍してきた敵軍も、
正体不明の勢力に後ろから責められ、
流石に撤退を決めたようだ。
ミルコップはベミー軍以外の兵を城門の中に戻し、
籠城を決めた。
「いいのか、ミルコップ。ベミー達だけで」
クロエは心配そうだった。
「まずは様子見だ。
我らが同盟を結んでいるのは北ブリムス連合。
国家と国家だ。
あの二つは国家の勢力ではない。
我々の敵対勢力ではないと確証が取れたら出陣する。
それまで休め」
確かにそうだなと、クロエは納得したようだ。
その夜。
赤く燃えている氷の壁の向こう側を、
城壁の上から眺めているミルコップに、
ベミーからの報告が届いた。
『なんかよくわかんないんだけどさ、
ナザロ教の人達みんな興奮して、
話通じないんだよ』
ミルコップは眉間にしわを寄せた。
……俺が行った方が良かったか。
考えてみればベミーは十代。
交渉事はまだ早そうだ。
『どういうことだ?
指揮官とは会えてないのか?』
『なんかさ、
〝ナザロ教の唯一神、クラーク様が復活した〟
しか言わないんだよ』
ミルコップ……キトゥルセン連邦軍七将帝 最北の国ノストラの元国王 戦場で失った片足は機械化されている。
ベミー・リガリオン……キトゥルセン連邦軍七将帝 豹人族の少女で獣人族を束ねる類まれなる戦士 狂戦士化すればユウリナ神ですら圧倒する。心臓は機械化している。普段は俺っ子でアホの子。
クロエ・ツェツェルレグ……オスカーの護衛【王の左手】 氷を操る魔人 貴重な大戦力ということでフリーで各戦線を回っている。過去に力の暴走でノストラ王国を壊滅させた。その責任を取るため片足を差し出す。無くした足は氷の義足になっている。
グリオン……群れのリーダーでミルコップの愛竜。フォルムは毛の生えたヴェロキラプトル。白毛竜と呼ばれる種だったが、ユウリナにより魔獣化され、赤い毛が混じる見た目となった。魔獣化された10体は赤毛竜と呼ばれる。
バルロック……テアトラの将軍。塩を操る魔剣ゾルティアークの使い手。長髪で気弱な性格だが、戦場に出ればしっかり結果を出す。
ナルガセ……テアトラの将軍 ウルバッハから酸素を操る魔剣オキトリアを授かる。ラドーと共にザサウスニア軍、ギバ軍、シャガルムと渡り歩く。知将として知られる。
ラドー……テアトラの将軍 ウルバッハから爆発を起こせる魔剣ランドスケープを授かる。短気で好戦的な性格。
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