第277話 王と鬼
混戦のさなか、後方で白い煙玉が上がる。
「援軍だ!!」
興奮した兵達の中で誰ともなく叫ぶ。
戦場に現れたのはミュンヘル軍、
ウェイン・ホブス率いる第二軍だった。
しっかりとした陣形を維持したまま、
前線部隊と入れ替わる。
約一万の精強な正規兵の軍団。
彼らは一糸乱れぬ動きで、
オークの攻撃にひるまず、
燃える海に押し返す。
歩兵も騎兵も重装甲兵ばかりだ。
オークの荒い武器の攻撃では、
一人倒すのにでさえ骨が折れるだろう。
戦況は何とか持ちこたえている、
と言ったところか。
海に並ぶ大型船の間には、
焼け爛れたオークの死体が隙間なく浮かんでいた。
友軍の前線にほころびが出た箇所は、
後部に待機している部隊を投入。
上陸してきたオークと、着岸した船には、
投石器で油を染み込ませた藁玉を放り込み、
とにかく焼却する。
弓兵たちは、
準備している在庫をすべて使う勢いで矢の雨を降らす。
ズキンと頭が痛んだ。
「うぅ……」
「大丈夫ですか、オスカー様」
背中に乗せてくれているホノアが、
ちらりと振り返る。
魔素が減ってきている。
ここらで一旦区切るか……。
俺は魔剣の力を収めた。
同時に、海岸線に沿って、
オークの大軍を根こそぎ燃やしていたカカラルが、
すっと消える。
『私も一旦退くわ』
ネネルから通信が入った。
この戦いは持久戦だ。無理はしない。
「王子、飛ぶ奴がいる。注意しろ」
真横を飛ぶリンギオが指差した空には、
誰かと戦っている異形のオークが見えた。
視界にルガクトと表示される。
ソーンが上から横に移動してきた。
「海軍艦隊も戦闘を開始したようですぞ」
ケモズの海域に待機している艦隊から、
映像が視界に送られてきた。
荒い海域を突破されてもいいように、
残った海軍船を配置しておいたが、
やはり正解だった。
オーク共はリスクを取ってでも、
北の海岸線に直接来たいのだ。
「この映像を見る限りでは、
40隻くらいか。
上陸前に叩けそうだな」
「そのようですな。
向こうに任せましょう」
その時、通信が入った。
『分かった、許可する』
『ありがとうございます、オスカー様』
鬼化剤の申請をしたラウリンゼに、
上空から青いラインの入った機械蜂が降りてきて、
首筋に針を刺した。
「何を一人で喋っている?」
ザンギは訝しげに顔をしかめると、
一際強い力でラウリンゼを弾いた。
踏みとどまったラウリンゼはゆらりと立ち上がり、
力を解放した。
「グオオオオオオオオオっっっ!!!!」
身体がメキメキと大きくなり、
全身から蒸気が立ち伸びる。
瞳孔が開き切り、髪がわさわさと伸び、
犬歯が大きくなって、爪も獣のような形に変形する。
「なんだ、それは……。
お前は何者だ?」
ザンギは明らかに警戒している。
『ラウリンゼ……感謝している』
リンギオから通信が入った。
『誰かと思ったら……
リンギオ……
お前はダルク一の出世頭。
同郷の奴らは皆、
お前の事を誇りに思っている。
お前は生きろ。
……王子の傍にいてやれよ』
通信を切るとラウリンゼはその場から消えた。
瞬間、ザンギが後方に吹っ飛んだ。
たくさんのオークが将棋倒しに倒れる。
友軍からは歓声が上がった。
周りのオークがラウリンゼ目掛けて押し寄せるが、
圧倒的なパワーでミンチ肉に変えてゆく。
オークの腕や首や臓物が宙に舞い、
化物じみたラウリンゼの咆哮が戦場に響き渡る。
「〝ジュグ〟を感じるな……。
だが何かが……
まあいい。楽しめそうだ」
立ち上がったザンギは、
身体中に骨を形成、
〝骨の王〟というその名にふさわしい鎧を纏った。
両者は激しくぶつかり合った。
常人には計り知れない速さと力を駆使し、
命を燃やす。
ラウリンゼの打撃がザンギの骨の鎧を砕いた。
だがザンギの骨の剣がラウリンゼの肩を貫く。
ほとんど互角の攻防がしばらく続いた。
周りの兵士達とオーク達も巻き添えにし、
ようやく決着がついた時には、
両軍合わせ、周りには大勢の屍が転がっていた。
ラウリンゼはザンギの右腕を切断した。
しかし、ザンギはラウリンゼの腹を刺していた。
血を吐き、鬼化剤が切れて元の姿に戻る。
「はははっ! 人間は面白い!
久々に本気を出した」
「……の、呑気な野郎だぜ……
これでも食らえ」
ラウリンゼは最後の力を振り絞り、
素早く短剣を抜いて、
ザンギの右目に突き立てた。
「なんて速さ………
最速のジェイド以上だ」
〝翼の王〟ギュルドと戦っていたルガクトは、
相手の速さについてゆけず、防戦一方だった。
後方から襲い掛かるギュルドの二刀流を、
毎回機械の翼を丸めるようにして、
自身の身を庇い防いでいるが、
これではやられるのも時間の問題だ。
「知っているぞ!お前のその翼!
機械というやつだろう?」
愉快そうにギュルドは話しかけてくる。
「俺の大陸にも同じような奴らがいた。
だいぶ殺したからもういないかもしれないけどな」
そう言ってぎゃははと空に笑い声を撒き散らした。
次に攻撃されたときは、
羽の先から電撃を出してやろう……
怯んだ隙を突いて斧手を振り下ろす。
さあ来い……。
だがギュルドは空中で止まっていた。
何をしているかと思えば、
あさっての方を見たまま動かない。
これはチャンスか?
しかし、ギュルドの視線の先にいたのが、
オスカー王子だと気付き、
慌ててその場から動いた。
ギュルドが気付きこちらを向いたが、
いやらしい笑みを浮かべ、
オスカー王子の方へ飛んでいった。
『オスカー様! そちらにオークが向かっていますっ!!』
ルガクトは焦って叫んだ。
あの速さならあっという間だ。
しかしオスカー王子は反応しない。
『オスカー様っ!!』
ギュルドは内から湧き出る興奮に、
笑みを抑えきれなかった。
あれはおそらく人間の総大将だ。
相当な〝ジュグ〟を感じるし、
鎧も豪華。
おまけに護衛もたくさんついている。
他にこのような集団はいなかった。
こいつをやればもう勝ちじゃないのか?
むこうはこっちに気がついていない。
呑気に背を向けて下を覗いてやがる。
取り巻きも上に下に散らばって隙間だらけだ。
背後から一撃。
首を飛ばして終わりだ。
あっけない……もう終わりか。
ギュルトの剣が風を割いて、オスカーの首に迫る。
獲った……。
しかし、ギリギリのところで、
オスカーが身体を反転、
攻撃を躱した。
「なっ……!!!」
がら空きになったギュルトの腹に、
猛烈な熱さが走る。
気付いた時には、
赤く燃える剣先が刺さっていた。
「残念……王将ってのはな、
序盤に獲れるもんじゃないんだよ」
その男のしてやったりという顔を最後に、
ギュルトの意識は途絶えた。
「上手くいきましたね」
「ああ、ひやりとしたが倒せてよかった。
ホノアのおかげだよ」
「オスカー様の作戦が全てです」
護衛達が再び俺の周りに集結する。
「お見事です、オスカー様」
「機械蜂があるからな」
奴の存在は事前に把握していた。
なので敢えて隙を見せてこちらに誘導したのだ。
気がつかないふりで背中を見せていれば、
必ず一直線に突っ込んでくる。
ルガクトとの闘いを見ていて分かったが、
対面していると予測不能の動きをしてくるからな。
あとは周りに配置した機械蜂で、
背後をウォッチして、
タイミングを合わせればよかった。
『悪い、ルガクト。
返事をする間がなかった』
『いえ、お見事でした』
下の戦場は徐々に押され始めている。
決壊して背面を取られている箇所もあるくらいだ。
罠も投石器も弓ももうすぐ底をつく。
『頃合いだ。バルバレス、撤退の合図を』
『はっ!』
『ネネル、いけるか?』
『いつでも』
撤退の開始と同時に、
ネネルが戦場に降り立った。
波打ち際にしゃがみ、海水に手をつける。
気がついたオーク兵達が周りを取り囲んだ。
上空には部下の有翼人兵たちが待機している。
「……眠りなさい」
ネネルは最大出力の雷撃を放った。
強烈な閃光が戦場の一角を照らす。
海水を伝って感電した周囲の船は100隻を超えた。
周りに集まっていたオーク兵もバタバタと倒れる。
とてつもない数の敵勢力を削ったネネルは、
その場で意識を失った。
「お見事でした、将軍」
部下たちがネネルの身体を抱えて上空へと飛び上がった。
ラウリンゼ 【護国十二隊】十一番隊隊長 元ダルク兵 魔物と共生していた種族出身 今までは各腐樹の森にて駆除作戦を担当していた。
ルガクト ネネル軍副将 有翼人の戦士で無くした腕に斧を嵌めている 斧手のルガクトとも呼ばれる 片翼が機械式で先端から炎や電撃を出せる
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