第268話 アイレン
目が覚めると目の前に見知らぬ少女がいた。
ここは……自分の部屋だ。
ぼやけた視界で辺りを見回すと,
リンギオとソーンもいた。メイドも何人かいる。
「オスカー起きた? ほら薬飲んで」
めちゃくちゃユウリナに似ている。
けど背も低いし顔も幼い。
雰囲気もどことなく違う。
ていうか馴れ馴れしい。
「……ユウリナなのか?」
「私はアイレン。ユウリナは母だよ」
いかん、頭がこんがらがる。
ユウリナは機械人だ。
子供は産めない。
しかし何でもできるユウリナの事だから、
この子の言っていることは本当なのかもしれない。
「お前も機械人なのか?」
「何言ってんの。私は人間よ。
母の遺伝データから作られたクローン体。
……って言っても分かんないか。
……この時代風に言えば、母の化身ってとこ。
母の代わりに、
この国とオスカーに協力することになってるの」
結構とげとげしい口調だ。
というか精神面に幼さが見える。
「……ユウリナは死んだのか?」
あいつが簡単に死ぬはずがない。
ボディがバラバラになったって……
「母は死んでないよ。
身体は壊れたけど、中身は生きてる。
今は再構築中。
完全復活には時間がかかるんだ。
それまで私が代わりになるよ」
やっぱり。よかった。
「アイレン殿はユウリナ様が出来ることの、
ほぼすべてを代行できるそうじゃ」
ソーンが説明してくれた。
「機械の身体じゃないから、
すぐには動けないけどね」
「アイレンは、その……戦えるのか?」
「魔剣を使えるらしい。
回収した〝モスグリッド〟だ」
リンギオは事前に聞いていたらしい。
植物を操れる魔剣モスグリッド。
「ギルギットを狙撃したのもアイレンだ」
そうだ、あの時の声と同じだ。
「礼を言うのが遅くなった。
アイレンの助けが無ければ勝てなかった。
ありがとう」
「当然よ。
あの魔素抑制弾を作ったも私なんだから。
……まぁ母のデータを元にだけど」
何だか単純そうな奴だな。
頼もしいっちゃ頼もしいけど。
「ユウリナと話せるようになったらすぐに教えてくれ」
「わかったわかった」
「それとベミーはどうなった?今どこにいる?」
「城の医務室に。
血が流れ過ぎていましたが、
輸血して今は安定しています」
メイドのヒナカが答えてくれた。
その時、脳内通信でラムレスから声が届いた。
『オスカー様、お目覚めになられたと聞きまして!
お体は大丈夫ですか!?お怪我はありませんか!!』
こ、声がデカい……。
『大丈夫だ。心配をかけたな、ラムレス』
ラムレスはユウリレリア大聖堂から、
馬車で戻ってくる途中らしい。
『オスカー様、申し訳ありません。
ずっとそばにいたのに、
気が付きませんでした……。
まさかモルトが……』
ラムレスの声は今にも消え入りそうだった。
『ラムレス、お前のせいじゃない。
俺だって近くにいたのに気が付かなかった。
過ぎてしまったことは元に戻せない。
これから考える事は、どう落とし前をつけるかだ』
『……左様ですね。
我々が前を向いて進まなければ、
死んでいった者たちに顔向けできませんな。
まずは葬儀の準備を進めます。
モリア殿は特別葬に……』
『いや、一緒でいい。
皆と一緒の方が寂しくないだろうし。
そちらは任せる。
俺はモルトの方を片付けるよ』
俺はすぐに脳内チップ経由で、
〝ラウラスの影〟長官ユーキンに、
モルトの行方を探るよう命令を下した。
一息ついたところで、
モリアの最後が脳内に浮かんだ。
もう少しで立派な医術師になるはずだった。
そして生まれてくるはずの俺の子が、
腹の中にいた。
何という結末なんだ。
守れなかった罪悪感で、胸が痛い。
思い出すだけで血の気が引く。
突き落としたギルギットは片付けた。
だが合図を送ったのはウルバッハだ。
怒りが込み上げてくる。
千夜の騎士団は半数以上倒した。
なのにあの余裕は何だ?
あの憎らしい薄ら笑いが、
脳裏にこびりついて離れなかった。
あいつは必ず、俺が倒そう。
声には出さず、胸の奥で固く決意した。
視界に動きがあった。
「ネネルか」
マップの俺の位置とネネルの位置が重なる。
同時にバルコニーに有翼人の白い翼が見えた。
ガラス戸を開けるや否や、
ネネルは足早にやってきて、
俺に抱き着いた。
「よかった……生きてて……」
泣き出しそうな声だ。
「大げさだなぁ……
脳内チップ経由で情報はいってただろ?」
ネネルは身を離し、俺の顔をまじまじと見て
「そういうことじゃない」
と頬を膨らませた。
ネネルの顔や首には血や汚れがついていた。
純白の翼にも真っ赤な返り血がある。
よく見れば肩の鎧は砕け、
少しやつれた顔つきだ。
前線から一昼夜かけて飛んできたのだ。
本当に頭が下がる。
「ネネル、ありがとう」
ネネルは眉間にしわを寄せ、
難しい顔をしたかと思うと、
静かに涙を流した。
「私がもっと早く到着してれば、
モリアを助けられたかもしれない」
ネネルの言葉に部屋にいた誰もが下を向く。
「お前のせいじゃない。自分を責めないでくれ」
俺はネネルの頭を胸に引き寄せて抱きしめた。
そうだよな……ネネルお前は、
モリアと仲良かったもんな……。
ああ、くそ……
平静を装っていた心が、崩れる。
喉元から込み上げてくる熱い塊を、
抑えることが出来なかった。
自分の意志とは関係なく、
両目から涙が溢れた。
後日
ユウリレリア大聖堂
アイレンの部屋にネネルが座っていた。
「カフカスの魔石よ」
机の上にコロンとした光る石を置いた。
「ご苦労様。大切に保管しとく」
アイレンは銀色の容器に魔石を入れた。
「ねえアイレン。
ここに戻ったらユウリナに訊こうと思ってたの。
……アイレンは〝球史全書〟って知ってる?」
アイレンは斜め上を向いて少し考えた。
「聞いたことはあるよ。母に教えて貰った」
黒いショートボブの髪がサラリと揺れる。
……ほんとにユウリナにそっくりね。
中身は全然似てないけど。
「カフカスはジョルテシアの議長だった。
なのに裏切って【千夜の騎士団】に入った。
彼は死ぬ間際、
〝球史全書〟を調べてみろって言ったの。
……そこには何が書かれているのか。
カフカスは何を知って考えを変えたのか。
……私はそれを知りたいの」
「ふーん……そっか。
ネネルはカフカスの弟子だったのか」
アイレンの右目が青く光っている。
個人情報が出ているのだろう。
「……それは気になるだろうね」
「知っていたら教えてほしい」
「私も詳しくは知らないけど……」
アイレンに教えて貰った球史全書の概要はこうだ。
読んで字のごとく、
この星の過去から未来における、
すべての出来事が書かれた預言書のようなものであり、
それは多くの人が思い描いているような本の形ではなく、
小さなプレート状をしている。
厚さは3㎝ほど。
横に指先が入る小さな穴が開いており、
そこに指を入れると、
脳内に景色が浮かんでくるという。
脳内で時間と場所を思い描けば、
この星の出来事を隅から隅まで知れる、
というものらしい。
もちろんこれから起こることも。
「……そして驚くべきことに、
これは母たちの古代文明が作ったものではないらしいわ。
構造が全く違うらしいの」
「じゃあ誰が?」
「私たちでも知らない別の文明……」
私たちは目を合わせたまま黙ってしまった。
ユウリナたちでも分からないことがあるなんて。
そっちの方が衝撃だ。
「〝球史全書〟はいくつかあるのかな?」
「確か数えるほどしかないって言ってたなぁ。
ごめん、私もこのくらいしか知らない」
「ああ、うん、ありがとう。
参考になったわ」
その時、アイレンの後ろの壁から、
小さなピーッという音が聞こえてきた。
何かの機械の音らしい。
「あ、やった。出来た」
「できたって、なにが?」
「腐樹化を解く薬を精製中だったの。
母から引き継いでてさ。
一緒に行こう」
「それってまさか……」
「城の地下に腐樹があるんでしょ?
オスカーの特別な護衛の人って母から聞いてる。
ほら、治しに行くよ!」
アイレンはバタバタと支度をし、
私の手を取って窓を勢い良く開けた。
「私ずっと有翼人の背中に乗って、
空を飛んでみたかったの!
ねえ、背中乗せて!」
何て可愛らしい……。
キラキラした目で歯を見せて笑うアイレンは、
街中にいるような普通の少女に見えた。
アイレン初登場……第193話 リンギオ・ダリルヴァルの魔剣
「面白いかも」「続きが気になる」と思った方はブックマーク、評価頂けると大変ありがたいです。
執筆の励みにもなります。宜しくお願いします。




