第262話 因縁
ノーストリリア城
「ほーう、いい城じゃねえか。
南のよりかは小せぇが」
高い城壁を拳一発で崩し、
ギルギットが城内へ足を踏み入れた。
「侵入者だ!」
「兵を向かわせろ!」
「全部隊を中庭に!」
城の窓からたくさんの顔が覗いていた。
すぐに衛兵が集まってくる。
「あの……私もいないとダメですか」
モルトは戻りたくなさそうだ。
「いや、別にいいけどよ……
でもここからあんた一人は無理だろ。
逃げるタイミング見誤ったな、ははは。
俺の近くにいるのが一番安全だ。
なに、命の恩人だ、必ず守ってやるよ」
城内広場はあっという間にキトゥルセン兵が集まった。
「ほーう、さすが本丸。
よーく訓練されてるなぁ」
ギルギットは楽しそうに指を鳴らした。
以前レオンギルトによって奇襲された苦い経験から、
ノーストリリア城周辺には、
常時最低でも1000の兵は稼動できるようにされていた。
内訳は……とモルトはざっと兵達を見回す。
ミーズリー軍の生き残り、
バルバレス軍から少し、
ユウリナ傘下の機械化兵達、
……獣人もいるな。
あれはケモズから来ている戦士たちか。
アラギン軍、ケタル軍の兵も……
有翼人達も少数いる。
大層なものだが、この男の前では数は無意味だ。
モルトはこれから散ってゆく数多の命を想い、
そっと瞼を閉じた。
恨みはない、許してくれ。
「モルト殿、ここは危険です! こちらへ」
顔見知りの部隊長が手招きしている。
脳内チップを入れていない者には、
まだ裏切ったことがバレていないらしい。
「あ、ああ……助かる」
モルトは通りがかりに偶然巻き込まれた様子を演じ、
兵達の後ろへと移動した。
「上手いことやってるな。
んじゃ遠慮はいらねぇか」
ギルギットは振り返ってモルトを確認すると、
不敵な笑みを浮かべ、兵士の中へ入っていった。
「怯むな! これ以上奴を進めるな!」
キトゥルセン兵達も士気は高い。
モルトの位置からは、
あっという間にギルギットの姿は見えなくなったが、
どこにいるのかは分かった。
兵達が空中に吹き飛ばされているからだ。
大量の血飛沫と臓物、千切れた手足が、
まるで噴火している火山から飛び出る溶岩のように見えた。
「なんて奴だ……」
兵士の一人が呟いた。
「槍兵!前へ!」
部隊長の一声に、
呆然としていた兵達がはっと我に返った。
「一班から四班、突撃!」
モルトの前にいた兵列が、勢いよく動く。
人海戦術で削ろうとしている。
いや、これしか方法はないのか。
モルトは胸の奥が苦しくなった。
止めろ、退け。
お前たちでは勝てないぞ……。
兵の数が半分になり、
さすがに自分たちでは止められないと、
誰もが思い始めた時、
ふいにギルギットが吹っ飛び、壁に突っ込んだ。
「ベミー将軍だっ!!」
先ほどまでギルギットがいた場所に、
七将帝がいきなり現れ、兵達は沸いた。
続けて牛人族の副将リューズはじめ、
精鋭の小隊長たちも、
その強靭な運動能力を駆使し、
塀の上から次々と着地する。
「全員退け!あいつは俺がやる」
ベミーの全身から白い蒸気が上がる。
「ベミー・リガリオン……逢いたかったぜ」
ギルギットが瓦礫の中から立ち上がり、
心底嬉しそうに笑う。
巨大化した爪を出し、
指をパキパキ鳴らしながら、
ベミーもまたニヤリと笑い
「俺もだよ。前回の俺と思うなよ」と挑発する。
狂戦士化したベミーに、
上空から青いラインの入った機械蜂が降りてくる。
その機械蜂はベミーの腕に針を刺した。
ベミーはここに来る前、
移動しながら鬼化剤の申請を出していた。
ユウリナがやられたことを知ったオスカー、
バルバレス、マーハントは、
一番距離の近いベミーにすぐ許可を出した。
身体がさらに巨大化し、歯の本数が増え、
目が真っ黒になり、尻尾も長く十数本に増え、
もはや異形の化物にしか見えない。
「将軍、ご無事で」
部下の声に
「俺の心臓は機械式だ。絶対壊れない」
と、恐ろしい声色で答えたベミーは、
その場から消えた。
同時にドンっ!と、
衝撃が生き残っている兵士たちの五臓を震わせる。
ギルギットとベミーの拳が衝突し、
周囲の兵が後ずさる。
「おおっ……お前、俺の全力を受けれるのか……」
ギルギットは心底驚いた表情だ。
「ここまで成長して……うぅ……」
「何泣いてんだ、気色悪い」
ベミーの拳がボディに入り、
ギルギットは息を呑んだ。
「うぐっ……いてぇ……」
更にベミーは畳みかける。
目にも止まらぬ速さで拳の打撃と爪の斬撃を見舞った。
ギルギットの身体の至る所から血しぶきが舞う。
「うおおおおおおおっ!!!」
ベミーは手を休めない。
あまりの威力に地面と壁に亀裂が入った。
「おい、下がれ下がれ!」
「巻き込まれるな!」
兵達が慌てて距離を取る。
一際大きな衝撃。
しばらくの無音。
粉塵の中、ゆらりとギルギットが立ち上がる。
「これは効くぜ……はははっ!!
おい、今度は俺にもやらせてくれよ!」
少年のように笑うギルギットは、
傷だらけにも関わらず、
かなりの速さでベミーに拳を振い返す。
ほとんど互角の戦いだった。
一発入れれば一発食らう。
二人共、踏ん張る足元は地面にめり込んでいる。
「俺は嬉しいぞ、ベミー・リガリオン!!
こんな本気の殴り合いが出来るなんて!」
「うるせえ!早く倒れろ! 化物め!」
「どっちが化物だ!
お前すげえ声とナリしてるぜ!」
ベミーの拳がギルギットの顎を捉えた。
よろけた隙に、
ベミーはその剣山のような歯で右腕に噛みついた。
「があああっ!!」
ゴリュッという音と共にベミーは腕を食い千切った。
「ぐあああ……はははははっ!!!!
腕喰われちまった! はははははっ!!
これだよこれ!
俺が長年待ち望んでいたのは、
こういう血みどろの殺し合いなんだよ!」
ギルギットの目はランランと光り輝いている。
痛みよりも悦びの方が勝っているようだ。
「お前みたいな奴にこれ以上付き合ってられない。
一気に……ぐああっ!」
突然ベミーの背中から血しぶきが上がる。
「おい、ギルギット」
塀の上に現れたのはウルバッハだ。
手には魔剣メタフレイル。
黒い砂鉄のような刀身を変幻自在に操る能力を持つ魔剣だ。
「いつまで遊んでるんだ」
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