第260話 栄光あれ
時は少し遡る。
ゼニア大陸 某所
前方の船を追っていけば、
ウルティア大陸に帰れる。
そう信じ、キャディッシュとミーズリー達は、
船をオークの船団の後方につけて、
注意深く海を進んだ。
既に夜は明け、
甲板の上でさえ細心の注意が必要だ。
まだ後方からも数隻の船が、
霧の向こうに揺らめいていた。
今のところバレてはいないが、
見つかったら逃げ場はどこにもない。
袋叩きにあって海の藻屑と消えるだろう。
敵の船団に紛れ込み、
見つからないように、
何日続くか分からない航海を続ける。
本当の修羅場はここからだった。
「リリーナ達は無事だろうか」
キャディッシュは空を見上げて呟いた。
「……わからない」
ミーズリーは剣の手入れをしながら首を振る。
「エイブ将軍はやられた……」
「確かなのか?」
二人は甲板に座りながら話していた。
「この目で見たんだ」
キャディッシュはため息を吐く。
「でも、魔獣と魔剣がある。
リリーナはきっとうまく逃げられる」
「そうだな。
リリーナのおかげで我々は無事なのだ。
このまま国に帰ることが恩に報いることとなる」
船には約50名が乗り込めた。
問題は食料だ。
オーク共の物資の中に、
木の実や果物らしきものがあったが、
それだけでは到底凌げない。
船内の檻の中に小型の魔物が複数いたので、
もしかしてそれが食料だったのかもしれない。
しかし幸いにも大きな網があったので、
漁をすれば何とかなりそうだ。
「将軍、来てください。
船底から異音がするのです」
部下に連れられミーズリーは階段を下りる。
ゴンッゴンッ、と大きな音が聞こえる。
「なにかいるな。オークか?」
最下層の廊下まで行くと、
音はかなりの大きさだ。
「入り口を探せ」
しばらくして部下が声を上げる。
倉庫の木箱や破材が積んである隅に穴が開いており、
そこから雑な梯子が下に伸びていた。
「灯りを」
ミーズリーは部下を数名連れて慎重に梯子を下りる。
ゴルルル……と不気味な鳴き声が聞こえる。
ガシャンッガシャンッと金具の音も。
「私が行きます」
一人の部下が灯りを手に奥へと進んだ。
ヒュンヒュンと何か風を切る音。
その時、部下が吹っ飛んだ。
「ぐあっ!」
「おい!大丈夫か?」
落ちた灯りに照らされたのは、
拘束された腐王だった。
「腐王……か?」
「まだ小さいが、おそらく」
何とか見えた半身はサソリのようで、
腹の下には無数の足、
二本の巨大なはさみは一つは拘束具が外れ、
もう一つもあと少しで鎖が外れそうだった。
「まずいぞ、もう外れそうだ。
おい、立てるか?早く戻るんだ」
ミーズリー達が梯子を上がり、
武器を持って来いと叫んだ直後、
床がメリメリと音を立て粉砕、
鎖を引きちぎった腐王が顔を出した。
五本ある尾の先端には鋭利な針がある。
ミーズリーは舞い上がる木片がスローに見えた。
目の前にいた二人の部下が、
相次いで尾針に貫かれる。
一瞬の出来事だった。
剣を抜こうとした時、
倒れた部下の向こうから、
真っ直ぐ尾針が襲い掛かる。
何とか身をよじり、
人の足ほどもある太い尾をぶった切った時、
横っ腹に衝撃が走った。
気が付いた時にはミーズリーは壁を突き破り、
廊下に吹っ飛ばされていた。
起き上がろうとしてわき腹に激痛が走る。
ドボドボと床に血が落ちた。
これは私の血か……?
妙に現実味がなく、
全身から力が抜けてゆき、
ミーズリーは意識を失った。
目を覚ますとそこは船尾の部屋だった。
視界には泣き出しそうなキャディッシュの顔があった。
「ミーズリー……」
何があった?
腹には包帯が巻かれていた。
意識した途端、痛みが走る。
「魔物……腐王は?」
「始末した。安心しろ」
キャディッシュの後ろから、
見知った部下たちの顔が覗く。
皆表情が暗い。
そうか、とそこで気が付いた。
私は感染したのだ。
こんなオークに囲まれた物資も乏しい船の上で、
大量の出血を伴って、
感染したのだ。
自分はここで死ぬ。
ここで私は終わりか……
しかし案外、冷静でいられるものだ。
「ミーズリー、君は……感染した」
悔しそうにキャディッシュは声を絞り出した。
「……理解している。あっけないものだな。
もう少し長く生きるものだと思っていたよ」
右腕を上げると、
皮膚の下が黒く変色しているように見えた。
気のせいかもしれないが、
まあもうどちらでもいい。
身体も頭もけだるくて、絶望する気も起きない。
……いや、もしかするとそうではないかもしれない。
自分は今までの人生に満足しているから、
絶望しないのではないか?
もしくは……。
ミーズリーは自らの顔を覗き込むキャディッシュを見つめる。
そうだ……お前だ、キャディッシュ。
私は最後にいい男と出会った。
お前に出会えたから、
お前に最後を看取ってもらえるから……
きっと悔いはないのだ。
「キャディッシュ……
約束を果たせなくて申し訳ない。
お前といつか食事できることを、
語り合えることを夢見てたが……」
「……いいんだ、ミーズリー。
いつでも君が僕の傍にいてくれた。
ここまで共に生きてこれたんだ。
ミーズリー、僕は君を愛……」
「待て、キャディッシュ。
それ以上は……言ウゥナ……」
頭の中に何かが侵入してくる感覚があった。
「それは……死に行くニンゲンニ対しテぇ、
言う、言葉、ジャない」
言葉が上手く話せない。
もう本当に最後らしい。
キャディッシュに、部下たちに、
手を煩わせたくはない。
それにグールになった姿を、
キャディッシュに見られるのは恥ずかしい。
「お前、タチ……世話になっタ」
「ミーズリー将軍……」
部下たちが咽び泣く。
いい部下を持った。
拳を握る。
まだ腕は思い通り動くようだ。
「キャディッシュ……生きろ」
一筋の涙を流したキャディッシュを、
ミーズリーは突き飛ばす。
「キトゥルセンにっ! 栄光あれっ!!」
一瞬出来た間に、
ミーズリーは長年愛用した腰の剣を抜いた。
そして自らの首に刃を当て、
躊躇いなく腕を引いた。
ミーズリー・グランツ
キトゥルセン軍の七将帝。元イース公国の将軍。大柄な女剣士。
キャディッシュ
オスカーの護衛【王の左手】。有翼人で二刀流の剣士
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