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第258話 シャガルム帝国編 終劇

「そろそろ潮時です。撤収した方が……」


ベサワンとバステロは民衆のリーダーと共に、


第4層の大通りにいた。


数々の任務をこなしてきたベサワンだが、


今日はなんだか嫌な感じがする。


順調に事は進んでいるのに、


なぜだが朝から胸がソワソワするのだ。


だめだ、集中しろ。


背後の壁には大穴が開き、


奥には火の手が上がる第3層が見える。


ベサワンはふと、


画面越しの長官が言っていた言葉を思い出す。


『超格差社会は崩すのが簡単だ。


演説の上手い代表を数名用意すればいい。


売れない役者を雇え。


そいつらにこちらから送る原稿を読ませ、


まずは平民街一区画の住民を洗脳しろ。


商会の商品と共に集会の知らせを記載した紙を渡し、


徐々に人数を増やすんだ。


憲兵が来たときは演劇の集会で通せ。


その時のための小道具も用意しておくんだ。


いいか、慎重に動けよ』


怒りの矛先を富裕層や貴族に向けさせ、


感情を焚きつける。


そして自分たちが正しいと肯定してやる。


長官とユウリナ様が書いたシナリオを、


忠実に再現すれば、


民衆を動かすのは簡単だった。


ある程度の波を作ってしまえば、


教育した代表たちの感情を揺さぶるスピーチが、


大波へと育ててくれた。


ベサワンらラウラス工作員は、


最初のきっかけをお膳立てしただけだ。


後は武器を運び、


機械蜂で壁を破壊すれば国は大混乱。


目標は達成された。


前方で巨大な火の柱が上がり、


民衆が逃げ帰ってくる。


「トーリン大将軍だ!」


争乱の音の中で誰かの声が届いた。


「ほう、軍部の最高責任者か。


ここでやっちまえば話は早い」


バステロは二本の斧の刃をシャンシャンと鳴らす。


「ダメです、逃げますよ。


トーリン大将軍は魔人です」


「何!? そうなのか。どんな能力だ?」


「オスカー様と同じ炎です。


ですがおそらく……


トーリン大将軍の方がより強力です」


至る所で火の手が上がる。


武装した民兵たちが絶叫と共に次々燃やされてゆく。


建物の間から動くモノがわずかに見えた。


あれは……炎が意志を持って走っている? 


炎自体が人々を襲っていた……?


ベサワンは背筋に嫌なものを感じた。


「と、とにかく、急ぎましょう」


足を動かそうとしたその時、


転倒している荷車の上に、


身体が炎で出来た狼が現れた。


目は無いが、確実にこちらを見ている。


火傷しそうなほどの熱い空気が頬を撫で、


ベサワンの額から流れた汗が、


生唾を飲み込みゴクリと鳴った喉を流れる。


……やはり今日は嫌な日だ。










ヘルツォーク達は、


ダスケンウェールを担いで昇降機に乗せた。


見上げると、小さな光がはるか上まで続いている。


「サテ、最後にココの動力回線ヲ切りまス」


「切るとどうなる?」


「魔物が自由ニなりマス」


「あの、私はどうなりますか?」


ジェラドリアは手を上げて尋ねた。


「消滅シマス」


「そうですか、残念です」


ジェラドリアは目を瞑って首を振ったが、


悲観さは感じなかった。


自分の事なのにどこか他人事だ。


「そんな……身体を持たない機械なのに……。


ダスケンウェール様、何とかなりませんか?


彼がいなければ、


私たちはここまでこれなかったんです」


モカルは必死に訴えた。


ダスケンウェールは指の先から細い糸を出し、


壁の機械の隙間とモカルの持つ魔剣に繋げた。


「これで彼はその魔剣の中に移りました」


「……え?」


モカルだけでなく、


周りの全員がきょとんとしている。


こんな簡単に……?


やっぱり機械人は神なんだ……。


モカルは静かに感激した。


「モカルさん、これからよろしくお願いします」


剣からジェラドリアの声が響いた。


「あ……うん。


よろしく……お願いします」


「訳が分からん」


ヘルツォークはしかめっ面で唸った。


「アナタ達は30分以内にここヲ出て下サイ。


私ハ自爆シマス」


「え、自爆?」


モカルはヘルツォークと顔を見合わせた。


「私ノ身体ハ修復不可能なレベルデス。


最後にレゼルヴを道連れニ出来れば本望。


アナタ方には感謝シカありまセン。


サア、行って下サイ」


モカルはダスケンウェールに歩み寄り、


二本しかない指を握った。


「ダスケンウェール様、


本当に……ありがとうございました。


何とお礼を言っていいか……


これはユウリナ様に必ず渡します」


「コチラこそでス。


アナタ方は私ノ解放者……


ユウリナにヨロシクお伝え下サイ」







ダンジョンの中ほどまで来た時、


前方から複数の光と人の声がした。


「見つけたぞ、キトゥルセンのネズミ共!」


そこは行きにジェラドリアと出会った場所だった。


幅の広い通路を兵士が埋めており、


その中心にいるのはこの帝国の将軍、ダシュルだ。


「アナタたち、何をしにこの中へ入ったのですか?」


妖艶なその顔は不敵な笑みを浮かべている。


よく見れば兵士の中に、


かなりたくさん機械兵が混ざっていた。


「……」


「誰も答えないのですか」


ヘルツォーク、ベティ、ネッドは、


狂戦士化に入る準備をした。


「……では、数名だけ捕虜にして、


残りは死んでもらいます!」


ダシュルがそういい終わると、


手に持っていた何かの機械を押した。


その瞬間、


足元を照らしていた周囲の赤や青の小さな光が消え、


頭上から大量の水が降ってきた。


まるで台風のような雨だ。


あっという間にこちらの松明が消え、


辺りは真っ暗になった。


「獣人の弱点は知ってるぞ」


その声を合図に強烈な光が高速で瞬く、


フラッシュライトが獣人たちを襲う。


「ううっ!」


「ぐっ……目がぁっ!」


ほとんどの隊員が目を抑えて屈みこむ。


身体機能が優れているところを、


逆手に取られた形だった。


ただ一人、モカルは冷静だった。


壁にもたれてしゃがみ込み、


光を直視しないように地面に視線を逃す。


そして貰ったばかりの魔剣グラスリムを手に取り、


力を発動させた。


モカルの前面の地面に、


パキパキと音を鳴らしながら、


凄まじい速さでガラスの水晶が生える。


それらを敵兵に向かって粉々に砕き飛ばした。


ガラスの破片を受けた手前の数名が吹っ飛び、


後方の敵兵を巻き込んで将棋倒しに倒れる。


「今のうちに火を!」


後方で一つ、松明に火がついた。


辺りがぼんやりと赤く照らされる。


「モカル、あんたやるじゃん。


後は私にまかせな」


ベティは狂戦士化、


周りの敵兵を一振りでなぎ倒す。


「隊長! 先に地上へ!」


ヘルツォークは頷くと隊を半分に分けた。


「モカルっ!!


……悪かったな。帰ったら飯でも……」


ベティさんの笑顔を初めて見た……


心が温かくなったモカルだが、


それも一瞬だった。


ベティの腹から槍が飛び出る。


「ベティさんっ!!!!」


モカルは咄嗟に魔剣を握ったが、


ヘルツォークに首筋を掴まれ、


力づくで引っ張られた。


「ダメだ!! 今を逃したら次はないぞ!!」


隊の半数は出口に向かって走った。


遠ざかる通路、暗くなる先で、


ベティ達の雄叫びが胸に響いた。





モカルたちが地下から脱出し、


第2層にたどり着いた時、


帝国の中心で大爆発があった。







火種燻ぶる瓦礫の上に、


レゼルヴ皇帝とトーリン大将軍が立っている。


ダスケンウェールの自爆により、


第5層と城は壊され、壁もなくなり、


地下の魔物実験場も破壊された。


「最後の最後でやってくれたな。


ダスケンウェール……」


海からの風でトーリンの銀髪が揺れる。


「再建……するのですか」


「いやいい。十分データは取れた。


国なぞいつでも作れる」


きっとこの機械人にとって、


国など、人など、子供のおもちゃ同然なのだろう。


虚しい想いがトーリンの胸の内を占める。


過去に何度も感じてきた感覚だった。


「……ダシュルは死んだようです。


ネズミもほとんど……


ナルガセとラドーより報告がありました。


敵勢はミュンヘル王国、


現在掃討中とのこと。


キトゥルセンはどうしますか?


全軍を率いて進軍致しますか?」


レゼルヴ皇帝は海を眺めていた。


この海の先にはゼニア大陸がある。


「時期にオーク共が来る。放っておけ」


「国民の今後は……?」


レゼルヴ皇帝はめんどくさそうにトーリンを睨む。


機械の顔なのに微妙な表情を読み取れるのは、


長い年月共にいるトーリンくらいのものだ。


「反乱したものは国外追放。


第4層の壁の修復を急げ。


残りはその中にしまっておけ」


それで満足か? 言われていないが、


そう聞こえた気がした。


足元の瓦礫の隙間から、


焼けただれた子供の手が生えている。


トーリンは無表情のまま、


その手を見ていた。


脳裏に息子の顔が浮かんだが、


すぐにかき消す。


このまま私は、


この機械人についていくことが出来るだろうか。



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