第198話 ジョルテシア連邦編 思い出は心の中に
「ん? なんだ? こりゃ俺たちの他にも襲撃者がいたってことか?」
壁を破壊し、突風と共に乱入してきたのは、
魔剣フォノンを持つ風使い、ゴッサリア・エンタリオンだった。
武装した私兵がテラスに次々登ってくる。外は竜巻が荒れ狂ったままだ。
「情報は正しかったが、これは予想外だ。
……それにしても人気者だな、ネネル」
床に押し付けられているネネルを見てゴッサリアは笑顔を見せる。
「僕ら相手に乱入とはいい度胸だね……」
そう言って近づいたクガの背後に、
ゴッサリアは一瞬で移動、肩から腹にかけて深く剣を入れていた。
ふん、と鼻で笑うゴッサリア。
「……〝境壊〟」
カフカスが呟く。
「……それとも自首しに来てくれたのかな?」
斬ったはずの男が何事もなかったかのように話し、
ゴッサリアは驚いた。クガはシェイクルーパを向け、
振動波を放つがゴッサリアはその場から消えた。
代わりに私兵数人がはじけ飛ぶ。
そして部屋中に突風が吹き荒れる。
天井が落ち、部屋のある塔全体が崩れた。
自由になったネネルは上空に飛んだ。
体中が痛い。呼吸も荒かった。
ビュオッ! と風が吹き、
気が付けばゴッサリアがネネルの後ろにいた。
翼の付け根に手をかけ、首に手を回す。
「さあ、俺と行こうネネル。
お前はキトゥルセンより俺の元でより輝く」
自信たっぷりの言い方に腹が立つ。
「……私の気持ちは無視なのね。私は荷物じゃないわ!」
振り向きざまネネルの出した雷剣と魔剣フォノンがぶつかる。
それを予想していたネネルは、腹部目掛けて片手でレーザーを発射した。
ほぼゼロ距離射撃だったが、レーザーはゴッサリアを貫くことなく横に逸れる。
驚いたネネルだったが、
ゴッサリアの腹部から黒霊種の黒い手が生えていた事に気付き、苦い顔をした。
「ふう、焦ったぜ……ぐおっ!!」
空中にいた二人は急に地面に引っ張られた。
カフカスの重力に捕まったと気付いた時にはすでに遅く、
半壊した城の瓦礫に叩きつけられた。
「お主、中々危険な奴じゃの……」
カフカスの元にクガもやってきた。
「やられましたね……予定が大幅に狂ってしまいました。
あー、あちゃーもう来ちゃったかー」
クガの視線の先には大軍を率いたセトゥ将軍の姿があった。
ゴッサリアの私兵、ハイガーの部下と、3つ巴の混戦が始まり、
カフカスとクガも戦乱に巻き込まれる。
重力ですりつぶされる兵士、シェイクルーパではじける兵士、
血と臓物が降り注ぎ、辺りは地獄と化す。
ネネルにも大量の血が降り注ぎ、
あっという間に頭からつま先まで真っ赤に染まる。
しばらくすると物量作戦が効いたのか、
カフカスの力が弱まり、
その隙を突いてゴッサリアのかまいたちがカフカスに入った。
重力が解け、ネネルとゴッサリアはその場から逃れる。
ゴッサリアの前にはクガが立ち塞がった。
「せっかくの作戦が君のおかげで台無しだ。
でも……よりにもよって君とはね。
君、今もうちらの捕獲対象なんだよ。
その魔剣くれるなら許すけど、どうする?」
クガは笑みを浮かべながらシェイクルーパをゆらりと構える。
「お前ら【千夜の騎士団】だったか……
俺が以前始末した二人の魔人も大したことなかったぜ……
お前も逃げるなら今のうちだぞ」
ゴッサリアもニヤリと笑う。
逃れたネネルはカフカスと対峙した。
「……もう敵ってことですね」
険しい表情のネネルは両手に電気を纏った。
バチバチと青白い光が爆ぜる。
ドシャっと、近くに兵士が落ちてきた。
「腹を括ったか。将軍になって大人になったようじゃな」
かまいたちを受けたカフカスだったが、腕に血がにじんでいる程度で、
それほど深手ではないようだ。
「私はあなたに救われました。心より感謝しています。
……ですが今は、キトゥルセン軍の将軍として行動します」
カフカスは穏やかな表情だった。
「お主と大陸を廻った思い出は忘れぬよ。
子供は持たなかったが、お主は自分の子のように思っておる。
わしもお主から学んだことは多い。
だが、思想が違うのであれば仕方ない。
……思い出はお互い心の中にしまおうぞ。
最後の授業をしてやろう、来い!」
ネネルは勢いよく宙に舞い、上空から雷撃を放った。
しかし、全てカフカスの周りに落ち、一つも命中しない。
自身の周りに強力な重力渦を発生させ、空間を捻じ曲げたカフカスは、
飛び回るネネルに手をかざした。
重力に捕まり、ぐんっと引っ張られ慌てたネネルは機械蜂を放ち、自爆させる。
爆炎が上がり、重力から解放されたネネルは、間髪入れずレーザーを発射した。
放たれたレーザーはカフカスの肩を貫く。
「ぐうぅぅっ!!」
思わず傷口に手をやり膝をついたカフカスだったが、
強力な重力波でネネルを引き寄せ、
その勢いのまま、腹に重い拳を見舞った。
「いかんいかん、死ぬところじゃった。
手加減するともはや危ういとは……
成長したようでわしは嬉しいぞ、ネネル」
カフカスは口元の血を拭い、
あまりの激痛に息が出来ず、喘いでいるネネルの肩を持ちあげた。
「お主は〝夜喰い〟との交換用らしいからの」
だがネネルは隙を突いて辺り一面に電撃を放ち、
カフカスを振りほどいて、上空へ逃れた。
空中戦の中を潜り抜けるとき、誰かの血しぶきが顔にかかった。
少しだけ周囲の状況を確認する。
セトゥ将軍の軍はハイガー達を数で押している。
だが地上に落ちる兵の比率が違った。
ハイガー兵1人に5~6人が犠牲になっている。
城の右側では竜巻が発生して、次々と建物が崩れていた。
ゴッサリアとクガが激しい戦いを繰り広げている。
ネネルはギカク化した。
周囲に電気の渦が発生し、上空に雷雲が渦巻く。
戦場が一瞬止まり、多くの兵が上を向く。
ゴロゴロと黒い雲が唸り声を上げ、
無差別に落雷を落とし始めた。
同時に豪雨も振り出し、視界が悪化する。
「ギカク化したようじゃな……わしもこのままじゃまずいかの……」
その時カフカスの傍に落雷が落ちた。
そこにはギカク化の解けたネネルがいた。
ゆらりと立ち上がり、カフカスに向き直る。
そこで初めて、カフカスは自らの身体に大きな裂傷があることに気が付く。
遅れて肩から腹部にかけて激痛が襲った。
「まさか、雷に乗って……」
驚いた表情のまま、カフカスはその場に倒れた。
少し離れた所にルガクトが倒れている。
青く光るネネルの右目にルガクトの心肺が表示された。
目と腹の傷を、変形した機械蜂が覆い、
止血と応急措置をしてくれたようだった。
かろうじてまだ生きている。
ネネルはフラフラのまま、倒れたカフカスを見つめる。
吐き気と頭痛で目が霞む。魔素はほとんど使ってしまった。
土砂降りの中、ネネルはその場に膝をついた。
頭の中にカフカスとの思い出が溢れる。
魔素を感じるのでまだ生きているのだろう。
だが、既に敵同士。
もう駆けつけることは出来ないのだ。
心が張り裂けそうだった。
ネネルは自らを抱きしめる格好で、肩を揺らして咽び泣いた。
声は、雨に消された。
全身に浴びた兵士達の血は、既に洗い流されていた。
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