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第188話 ペトカルズ共和国編 ナイトオブザデッド

ニルファーナ村にネグロス一行が来てから数か月後。




ペトカルズ共和国、首都




二十歳の青年タルヤはその日、仕事先の革工房から帰宅し、


途中で買った屋台の飯を食べ終わったところで、外の異変に気が付いた。


遠くの空はまだ赤く、夜が降りてくる寸前の時刻だ。


通りから複数の悲鳴が聞こえてくる。


二階の自室の窓から顔を出すと、


店の片づけをしていた商人たちが大勢何かから逃げている。


「なんだ……あれ?」


タルヤは目を細めた。


たくさんの黒い大きな塊が人々を襲っている。


その間には血を流した人たちがうめき声をあげて人々を喰い殺していた。


グール! 


噂でしか聞いたことが無かったが、タルヤは即座にそう判断した。


じゃああれは魔物か……? 


黒い虫みたいな大きな塊は全身に何本もの棘を生やし、


口から長い触手のようなもので人を捕えて喰っている。


悲鳴は街の至る所から上がり、グールのうめき声が多くなっていく。


タルヤにはピネという婚約者がいた。


幼馴染で、今は街の反対側で暮らしている。


軍の駐屯地のそばだ。結婚したら新居を構える予定だった。


両親や兄弟は違う街に住んでいるのでとりあえず心配しなくてよさそうだが、


ピネには危機が迫っている。


こうしちゃいられない。


外に出るには勇気がいる。タルヤは慎重な性格だった。


しかし、今は動かなくてはいけない時だ。


カバンに必要な物を詰め、タルヤは深呼吸を一つすると、玄関の扉を開けた。




襲ってきたグールを拾った剣で倒す。


空はもう日が落ち、辺りは薄暗い。


至るとこで火事が起きているので視界は何とかなった。


それにしても、グールと言っても感染したてはまだほとんど人間だ。


剣を振るうにはいささか抵抗があった。


このあたりに腐樹の森はないはずなのに、一体どこから……。


そう思ったがタルヤは考えるのをやめた。


とにかく今は生きてピネに会いに行く、それだけを考えるんだ。


そう自分に言い聞かす。


グールに見つからないよう、建物の間の細い路地を進んでいると、


料理人らしきおばさんと出会った。


血まみれの包丁を握りしめながら木箱の影からいきなり出てきたのだ。


「うわ!、ちょと待って!」


「あ? なんだい、生きてるやつかい」


タルヤは危うく刺されるところだった。


おばさんはジラと名乗った。


「あたしは2番街から。あんたは?」


「6番街です」


「はぁーどこもかしこもかい! 


もうこの町はダメだね。さっさと脱出しなきゃ」


ジラは大柄でさばさばした性格らしい。


「僕は軍の基地に向かいます。婚約者がその近くに住んでいるので……」


「あー北へ向かうんだね? 


町を出るならその方向が一番いいか……てことで一緒に行ってやるよ」





出来るだけ裏道を通ったので最小限のグールとしか遭遇しなかった。


二キロほど進み、どうしても大きな通りに出ないと進めない場所に出た。


「9番街に抜けるにはここしかないのかい?」


「ええ、他はずっと塀で遮られてて……ってなにしてんですか?」


ジラは死体から何やら漁っている。


「ん? 金だよ」


あっけらかんとした顔でジラは答える。


「今まで集めただけでも70万リルくらいだ。


死んだら金は使えないからね。代わりに使ってやるのさ」


そういえば暗闇で何やらごそごそしていた。


てっきり使える物を回収しているのだと思ったが……。


「……た、逞しいですね」


二人が通りの手前で話している時、


数体の魔物に追われている集団が目の前に現れた。


こちらには気づいてないようだ。


兎人族の兵士が3人に民間人の子供が男女2人。


合計5人。


子供の一人は有翼人だ。折り畳まれた白い翼がちらりと見えた。


兵士たちは弓を放つが、魔物の外皮には刺さらず絶望の表情だ。


後ろから大量のグールも迫る。


兵士たちはへとへとに疲れているようで、よく見ればボロボロだった。


三人は剣を抜く。


「私たちもここにいちゃ危険だよ」


「だからと言ってもうどこへも行けないですよ。


とりあえずこの店の中なら……」


ふと、子供が前に出た。少年の方だ。


タルヤは目を疑う。少年の全身から竜のような鋭い鱗が生えたのだ。


同時に少女の方は翼を広げ宙に飛んだ。


なんだ、あの子たちは! 


「ありゃ魔人……? 初めて見たよ」


ジラが感心したように言うと、


魔人の少年は俊敏な動きで向かってくる魔物に攻撃を加えた。


何をしたのか早すぎて分からなかったが、魔物は建物に吹き飛んだ。


兵士たちは驚いて呆然としている。


有翼人の少女も上空からとてつもない精度で、


迫りくるグールに次々と矢を放つ。


魔人の少年は魔物を片っ端から叩き潰していた。


そのうちの一体がタルヤ達の方に吹っ飛んできた。


「うわっ!」


派手な音を立てて店の入り口を壊し、


タルヤとジラを隠す物は何もなくなった。


「おい! 大丈夫か! こっちに来るんだ、早く!」


二人を見つけた兵士たちが手招きして呼ぶ。


合流したと同時にグールが数体襲ってきた。


タルヤは切れ味の悪い剣で、


一番近いグールから順に頭をかち割っていった。


ジラは包丁で頭を突き刺す。


兵士たちも最後の力を振り絞って応戦する。


「こっちだ!」


基地に続く道に移動しながら、グールを殲滅し、


しばらく進んだところで止まる。


皆の視線の先は魔人と有翼人の少年少女だ。


少女が地上に降り、かがんだ。


「……何やってるんだ?」


兵士の一人が呟く。遠くてよく見えない。


やがて翼を広げ倒れた少年を抱き上げながら飛び、こちらにやってきた。


「し、死んだのか?」


「いえ、まだ魔素をうまく扱えなくて、


力を解放すると疲れて寝ちゃうんです」


人間の姿に戻った少年を抱えた少女は静かに着地し、


「黙っていてごめんなさい」と兵士たちに言った。


「いや、別に謝ることではない……」


兵士たちも歯切れが悪い。


魔物とグールを片付け、タルヤ達は歩きながら自己紹介をした。


兵士の隊長はガイス、有翼人の少女はダナ、魔人の少年はラグルと言った。


ラグルはタルヤがおぶった。


ダナからラグルが魔人だということは秘密にしてほしいとお願いされた。


これまで悪い大人に利用され、何とか逃げてきたらしい。


生き残り、共に戦った者同士の連帯感が生まれていたので、みな承知した。





夜も深く、軍の基地に着いた。


繁華街から離れた森の近くなので人口が少ない故、グールも少ない。


一回だけ戦闘があったが、それ以外は静かなものだった。


軍の建物は半壊していた。


恐る恐る中に入ってみると大勢の兵士たちは死んでいる。


「ちょっと待て……これは魔物にやられたのではないぞ……」


ガイスは松明を死体の一つに近づけた。


「なんだ……土?」


気が付けば通路や壁には大量の土がついていた。


まるで土石流が通った後のようだ。


「こっちはもっと不可解だね」


ジラが離れた所で上を見ていた。


天井と壁が大きく崩れ、夜空が見える。


「なんか、大きな力が外から入ってきた感じ?」


魔物やグールの前に、この建物が何かに襲われた。


多くの兵が感染者を一人も出さずに息絶えている……


そう思うほかない。


タルヤの婚約者、ピネの姿はなかった。


てっきりここに避難していると思ったが……。


「くそ……ここにいると思ったのに……」


タルヤは眉間にしわを寄せた。


「僕、ピネの家に行ってきます」


「……その子の家はどこだい?」


さっき曲がった通りを真っ直ぐ行った住宅街。


そう言うと全員に止められた。


「グールの群れがいただろ。自殺行為だ」


ガイスはこのまま北に向かおうと提案する。


逃げた人々もきっとこの道を行ったと予想した。


確かにピネも地理的にそう判断した可能性が高い。


「皆さん、グールの群れがこちらに」


外を見張っていたダナが押し殺した声で警告する。


「行こう」


タルヤ達は駐屯地を出た。


普通に進めばグールよりこちらの方が早い。


魔物にだけ注意し、一行は北の街道をひたすら進んだ。


空が白み始めた頃、下り坂の前方に軍勢が見えた。


「助かった……救助部隊だ」


ガイスは安堵のため息を吐く。


「ん? あの旗……タシャウスにキトゥルセン、カサス、レジュ……凄い、集結してる」


周辺国の軍が勢ぞろいしていた。


それほど魔物の数が多かったのだろうか。


「あ、あの! 私たちこの辺で失礼します!」


ダナは急に焦り出した。タルヤがおぶっていたラグルを半ば強引に奪い去ると、


「助けて頂いてありがとうございました!」


そうペコリと頭を下げ、慌てて脇の森へ入っていった。


「ちょっと待ちな!」


ジラは去り行くダナに叫ぶと、持っていたカバンを放り投げた。


「あんたら二人で生きていくのは大変だろ?


その中に100万リルと生きていくのに必要なものが入ってる。


まだ若いんだ、上手くやんな!」


ダナは顔を崩し、涙を流した。


深々と頭を下げ、やがて二人は森に消えた。


「何者だったんでしょうね……」


「あの魔人の少年の事は聞いたことがある……が、


我々は命を救われた身。


約束通りあの二人とは会っていないことにするよ」


ガイスはそう言って二人の消えた森を見つめている。


軍勢に近づく。


手前に集まっているのは避難民か。


あそこにピネがいるかもしれない。


タルヤはひとり速足になった。






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