第177話 四回目の夢とラグウンド地下要塞旅行
「お疲れさまでした」
装甲車を降りると白衣を着た医師と看護師が立っていた。
医療局の人間だ。
「検査はすぐ終わりますので。
その後、問題無ければ入居窓口まで案内をお願いします」
看護師はそう言って山本さん達を、
駐車場の一角にある透明ビニールで覆われた簡易病室へ連れて行った。
詳しく感染していないか確認するためだ。
辺りには武装した他の隊員が行き来している。
僕らは知り合いに手を上げて挨拶した。
雅哉たちとはここで別れた。
「待つのか……」
秋人はぼそりと呟いた。
「あれ……前回は保安局の職員が対応したよな?」
かぐやの不満そうな声に僕は「人手が足りないんだよ」と返した。
飛鳥に至っては「……帰っていい?」と訊いてくる始末だ。
「だーめ」
諦めた飛鳥は装甲車のサイドミラーで髪を直し始めた。
「ていうか、私たち結構有名人なのに、案内なんてさせるかね、普通」
明らかにイラついているかぐやは上層部批判を始めた。
「かぐや、有名だから偉い訳じゃない。これも僕らの仕事だよ。
その考えは人生経験の足らない子供が、
下らないことでマウントを取り合うような本能的欲求と通ずるものがある。
それがエスカレートすれば、前時代の格差社会の種になるんだ。
心理的な基本構造は同じだよ。
生きてる時代が変わったんだから、
精神的にも変わらなきゃいけない。
みんな平等、お互い助け合うの」
「ち、うるせーな。そこまで考えて言ってねえよ」
「地球上の生き物で、もちろん【ワーマー】も含めて、
唯一理性を持っている生命が人間なんだ。
本能の赴くまま喋り、行動するのは人間ではない、ただの獣だよ。
かぐやは獣じゃないよね? 動物じゃないよね?
人間だよね? 二十二歳だよね? 大人だよね?
大人というのは相手の立場に立ってモノを考えられる生き物の事をそう呼ぶの」
「あぁ? 私がガキだって言いてえのかよ」
「違うよ。本当は分かってるだろうけど、
ちょっと忘れちゃってるようだから思い出させてあげただけ」
「おい、もうやめとけ、めんどくせえ。
こいつは屁理屈ドS野郎なんだから」
かぐやに耳打ちする秋人の顔は心底めんどくさそうだった。
「あとさ、どんな仕事にも優劣はないってことを思い出してほしいわけ。
前時代は本当に必要な生産業とかの賃金が安くて、
何やってるか分からない横文字の仕事が高給でさ、
そういった仕事は資本主義に必要ないって揶揄した本がベストセラーになってたんだよ。
どう思うこれ。
まあ、これは豊かな時代の話で、
今のシンプルな世界ではよく分からない仕事は無くなって、
全部が重要ってこと。たかが案内、されど案内。
どんな小さな仕事も与えられたらちゃんとやる。
というか小さな仕事ほどしっかりやり切るの。わかった?」
大きな溜息を吐いたかぐやは
「もういい、分かった……」
と下を向いてこめかみを押さえた。
どう思われてもいい、が隊長としての威厳は最低限持っておかないと、
いざという時チームは崩壊する。
理詰めで攻撃しとけばめんどくさがって相手は引くし、
その後あまり意見しなくなる。
最終的に隊長であるこちらの意見を押し通せば、
隊内の秩序は保たれるという訳だ。
引き金を引けば隣の者を殺せる武器を持っているのだから、
規律が何より大事だ。
しかし、かぐやと秋人は中学からの同級生。階級なんて関係ない。
それが他の隊とはちょっと違う所だ。
加えて二人とも性格が雑で好戦的だから余計始末が悪い。
今の状態になるまで結構苦労した。
「だからね、この先かぐやに部下が出来た時に、
ちゃんとその辺を理解した人間になっていないと保安局的にも困るんだよ。
とくにかぐやは前科持ちなんだから、
人一倍しっかりしないと失った信頼は取り戻せないよ」
だから数年かけて開発したこの〝理詰めめんどくさい手法〟で、
マウントをとるのが一番効率がいい。
その証拠にかぐやはぐぬぬといった表情で僕を睨んでいる。
これで何度目かの、何も言い返せない顔のかぐやだ。
「ブロークンウインドウ理論って知ってるよね?
それと一緒で、かぐやのそういう考えや姿勢が、
いやすごい小さなことだけど、それを馬鹿にしてはいけなくて……」
ちなみにこれは優越感に浸りたいためではなく、
生死にかかわるチームマネジメントの一環で、計算したマウントだ。
本当ならやりたくない。
でも部下が調子に乗ったり、自らの力を過信したりしたら、
こうやって強く出るようにしている。
なぜならこういうのは早めに芽を摘んでおかないと、
後々自分の首を絞めるからだ。
「悪かった、もう勘弁してくれ……」
かぐやはもはや手で耳を塞ぎ、目を瞑っていた。
「かぐやの負け」
装甲車に寄りかかっていた飛鳥の一言で、空気が変わる。
彼女が笑顔だったからだ。
そんなことをしていたら、検査が終わった様で、山本さん達が出てきた。
「大丈夫だったようですね。行きましょう、案内します」
僕たちは山本さん達を連れて移動した。
「前はご存知、横浜スカイマークタワーって呼ばれてたけど、
今はただ〝タワー〟って呼ばれてます。
ここと、隣のキングススクエアが人間の領地。
人口約1万人、他にも周辺のホテルやマンション、商業ビルに物資が保管してあります」
地下駐車場からタワー下層のプラザ内までの通路を進む。
通路にはこれから任務に向かう班が行き交い、
回収してきた物資の箱が至る所に山積みされている。
生存者に「ようこそ」と声を掛ける者もいた。
「人、いっぱいいるんですね」
山本さんは感心しっぱなしだ。他の三人も口が開いている。
「あと、電気は少し離れた敷地に周辺から集めた大量のソーラーパネルを設置してあるし、
水は海水を真水に変換できる装置が数台、
それと貯水池の水を引いてきてるんです。
ガソリンは神奈川の東エリアのを根こそぎ………………………」
目が覚める。
真夜中……ここはどこだっけ?
ああそうだ、ラグウンド地下要塞だ。
またあの夢だった……
頭痛がする。何人もの話声が頭の中にこだまして、
眼の奥で光がいくつも爆発している。
こめかみを抑え、しばらく待つと幾分落ち着いてきた。
浮遊していた思考を一点に集める。
えーと……隣にはマイマが寝ていて……
少し離れたベビーベッドには娘のルーナがいる。
あーはいはい、そうね、思い出した、みんなで旅行しに来たんだよな。
あと今日は、ザサウスニア地方南西部の争乱を収めた、
クロエとミーズリーがここに到着予定なんだったな。
マイマを起こさないようにベッドから出る。
ぐっすり眠っているルーナを眺めてデレてから、
窓際に立って外を眺める。
根人達の国を丸々接収し、軍事基地と十神教の神殿、小さな地下集落を作った。
夜行花の紫色に光る明かりと、町のろうそくの灯がぽつぽつと至る所で輝き、
幻想的で美しい。
巨大な樹の途中に城が建設されているので、地下空間を見渡せる。
中庭には【護国十二隊】の七番隊の隊員たちが見えた。
今回の王家の護衛だ。
七番隊の隊長はウォルタン・メイチャールという赤毛の小柄な女戦士だ。
元々はマルヴァジア軍の時期将軍と呼ばれていた部隊長だったらしい。
若いのに個人の武はもちろんの事、指揮能力も高いと、
レオプリオ王からの推薦で配属が決まった。
部下は全員マルヴァジア軍の精鋭兵だ。
ちょっと話してみたが、無口で人見知りだった。
仲間内では可愛らしい笑顔を見せるのに、
俺以外の人にも無愛想だったから別段俺に緊張してる訳でもなさそうだ。
「オスカー様? どうされました?」
振り返るとマイマが身を起こしてこちらを見ていた。
「マイマ、起こしちゃったね、ごめん」
「眠れないのですか? あ、もしかして例の夢を……?」
「……うん、まあそうだね……。でも大丈夫、心配しないでくれ」
「そんなこと言われましても……モルトはなんと言っていたんですか?」
「モルトもボッシュ・アーカムもお手上げだよ。
そもそも病気じゃないかもしれないんだから」
マイマは俺の隣にやってきた。
「ユウリナ様なら何かわかるでしょうか?」
「そうだな。この間帰ってきたから聞いてみるよ」
ギバ討伐に出たミルコップとユウリナは1週間前に帰ってきた。
出先でユウリナはショートしたが、帰路の途中で再起動したようだった。
「アーキャリー様とモリアも妊娠したようですし、
メミカももうすぐ出産です。
オスカー様の責務はより大きくなるんですから、
得体のしれない病気は早めに治してもらわないと……」
「うん、そうだね、その通りだ」
何だか姑みたいなこと言うな、マイマちゃん。
ぶく顔のマイマは寝癖をつけながら心配そうにため息をついた。
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