第168話 タシャウス王国編 ダリナの短剣
2日前に侵入者が入り、
警備が厳重になったバシューダン寺院から煙が出たのは昼過ぎの事だった。
参拝者や警備兵が慌てふためき、寺院内部から口元を抑えた人々がたくさん出てきた。
「一般礼拝堂のお焚き場から異常な煙が!」
「火は!? 燃えているのか?」
寺院には衛兵100名が警戒についていた。
全員アグトレス指揮下の兵だった。
数百の参拝者を誘導し、同時に火の元を探る。
「アグトレス様。人手が足りません。城に増援要請を」
「だめだ。兄と姉には絶対に借りを作らん。
我が家は昔から親兄弟同士が血で血を洗う抗争を繰り返してきた。
弱みを見せたら俺もお前もはらわたまで食い尽くされるぞ。
我々だけで対処するんだ」
アグトレスは部下に指示を出しながらふと、
このままでは研究資料が燃えてしまうと気が付いた。
「おい! ついてこい! ドラグルはどこにいる!」
宰相は協力してくれた。
脳内通信でオスカーに相談し、カサス軍を国境付近に移動させた。
それを理由に宰相はタシャウス軍のほとんどを国境付近に向かわせ、
国中の視線をそちらに向けた。
ダリナはヤホンと共に寺院の研究室にいた。
ソーンとリハとは途中で別れた。
2人は子供たちを救いに実験室へ向かった。
今地上は大変なことになっているだろう。
ここにいられるのは長くて20分。
ダリナは乗り気がしないながらもヤホンを守るため弓を構える。
「これと……これと……あれもじゃ」
ヤホンはぶつぶつ独り言を言いながら、
机の下や本棚から書物を引っ張り出している。
「ヤホンさん、まだですか?
早くしないと敵が……」
言い終わる前に暗闇から人影が現れる。
「こんなところで何をしている……!」
アグトレスだった。
ダリナは反射的に弓を引いたが、周りの衛兵が構える盾に塞がれてしまった。
「有翼人の方か……【王の左手】はどこにいる?
……ん? 貴様、ヤホンか?」
「……いかにも。久しぶりですな、アグトレス殿」
「どの面下げて俺の前に出てくるのだ、裏切り者め!」
4人の衛兵が盾を構え近づいてきた。
ダリナは何度も矢を引くが全て盾で防がれる。
「ヤホンさん、逃げて!」
「逃がすかよ馬鹿が!」
アグトレスはダリナの弓を蹴り飛ばし、盾で突き飛ばした。
「あぅっ!」
転がりながらもダリナは腰の短剣を抜く。
「大国を倒して調子に乗っているのかキトゥルセン!
北の田舎者どもが……俺の邪魔をするな!」
アグトレスの剣が振り下ろされる瞬間、爆発が起こった。
「ぐおおおっ!!」
衛兵が吹っ飛び、アグトレスも前のめりに倒れる。
後ろから出てきたのはソーンだった。
「……遅くなったな」
ソーンはまだ息のあった衛兵にとどめを差した。
「大丈夫か、ダリナ?」
起き上がったダリナは「は、はい」と返す。
「子供たちは?」
「助けた。今はリハ達が輸送しておる。
ヤホン殿も無事か?」
机の裏からヤホンはひょっこりと顔を出した。
「貴様……俺たちに手を出してただで済むと思うなよ!」
血だらけのアグトレスは立ち上がりぺっと唾を吐く。
「本国が黙ってないぞ。お前たちは国ごと潰されるんだ」
「……知っているぞ、アグトレス。
お前たちダスケス家の権力抗争を。
増援は来ない、そうじゃろう?
そればかりか、宰相一派がクーデターを起こした。
お前の兄は時機に暗殺されるだろう。姉も幽閉か追放される予定だそうじゃ」
アグトレスはキツネにつままれたような顔で呆然としている。
「なん……だと……。くそっ、こそこそ動き回りやがって……」
ソーンがアグトレスとの距離を詰めようとした時だった。
横から飛び出したドラグルがソーンを襲った。
石化した腕と剣がぶつかり、ソーンは数歩下がる。
「……ソーンさん……ダリナ」
水晶で武装したドラグルは苦悶の表情だ。
「遅いぞ、ドラグル! ったく、役立たずが」
「申し訳ありません、父上……」
「ドラグル! やめて!」
ダリナの悲痛な叫びが研究室に響く。
「……ドラグル、退くのじゃ。さすれば見逃す。
来るのなら……容赦はしない」
ソーンは剣を構え、ドラグルを睨みつける。
今までに見せたことのない、
歴戦の猛者が放つ殺気に、誰もが言葉を失った。
「……い、行けドラグル!
例え死のうが俺の盾になるのがお前の仕事だ!
拾ってやった恩を忘れるな!」
アグトレスの言葉に促され、ドラグルはソーンに突っ込んだ。
「うわああああっ!!」
素早いドラグルの格闘攻撃を、冷静に剣で捌くソーンは、
少し距離が開いた一瞬の隙を突いて蹴りを見舞った。
「ぐっ……!」
後ろに吹っ飛んだドラグルが起き上がり、
もう一度突っ込もうとした時、強烈な爆発が辺りを襲う。
ソーンの機械蜂だ。
「ドラグル! もうやめて! ソーンさん、やめて下さい!」
ダリナは半分泣いていた。
「……戦士であるならば、こちらも戦士として迎えるのが礼儀じゃ。
忠告はした……わしの持ちうる戦力全てを使い迎え撃つ!
理解するんじゃ、ダリナ。これがわしらとドラグルの運命よ」
もう一度、機械蜂を向かわせ、爆発を食らわせた。
ソーンの足元に千切れた足が転がる。
アグトレスの足だ。
「ああ……ドラグル! ドラグル!」
大粒の涙を流すダリナは動揺して我を忘れている。
ソーンが足を進め近づいていくと、
身体を丸め、何とか身を守ろうとしているドラグルの姿があった。
体中の水晶が砕け、瀕死の状態だ。
「……殺してください。ソーンさん。
俺はもう誰も殺したくない……。もう疲れました……。
どのみちもう助からないし……」
腹が真っ赤に染まっていた。
「あなた達と出会えて……少しの間だったけど楽しかった……。
ありがとう」
弱々しくドラグルは笑った。
ソーンは頷き、剣を握る手に力を入れる。
その時、突風が吹いたかと思うとソーンの腹に短剣が突き立てられた。
「ぐっ……」
短剣を握っていたのはダリナだった。
「あ、あ、あ……ご、ごめんなさい……私、私、ソーンさん、私……
ごめんなさいごめんなさい……ソーンさん……」
ダリナは涙で顔をぐしゃぐしゃにし、正気ではなかった。
ソーンが倒れた拍子に素早くドラグルを抱え、
ダリナは飛び去って行った。
「……ダリナ……待つ……のじゃ……」
ソーンの伸ばした手は、やがて自身の血の海に落ちた。
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