第17話 ノーストリリア料理
城の厨房には料理人が3人いる。
双子のロミとフミ、そして料理長のマイヤー・ラトリウム。
今日は白鹿の肉を使っての新商品開発だ。
硬くてあまり評判の良くない肉をどう美味しく変化させるか、
これが成功すれば、流通量を増やし、害獣問題に悩む農業と、足らない食糧、栄養問題が
大幅に改善するだろう。
前世でもジビエ肉の扱いは、自分で獲っていた事もあって、一般の料理人よりはうまくやる
自信があった。
まず一番大事なのは血抜きだ。これがうまく出来ていなければ、どんな腕の立つ料理人が
料理しても、臭みが抜けず壊滅的な味になってしまう。
血抜きに関しては畜産担当者に徹底して理屈を教えたから大丈夫だろう。
そして次に大事なのは解体時、内臓を破らないことだ。膀胱や大腸が破れ、
肉についてしまったら臭いが移るし、食中毒の原因にもなる。
「国王様に教えて頂けるなんて、なんて光栄な事でしょう。ねえロミ?」
「ええ、私嬉しくて興奮しておかしくなっちゃいそうよ、フミ」
二人は素早い手つきで肉の筋や膜を包丁で取っていく。
一卵性の双子で顔はそっくり、髪型も同じショートカット。
唯一髪色が違うので何とか区別できる。兄のフミが銀、弟のロミが茶だ。
え? そうだよ、オネエだよ。
俺もびっくりしたよ。
見た目は中世的だが完全に男だ。若くて身体もバッキバキ。
そしていつも喋ってる。ふざけてる。ちょっと下品。
俺に対しても物怖じしないで、しっかり強烈なオネエでくる。
「さすが、手際がいいな。ロミ、フミ」
「やーだー! 褒められちゃったー! 震える―!」
「やだー! せーきーめーん―! せーきーめーんー!」
「お、おう、そうか……」
どう接していいか分からない。悪い気はしないんだが、こっちがタジタジだ。
鹿は意外に食べられる部位が少ない。モモ、前足、背ロース、首くらいだ。
その他、内ロース、タン、ハツ、レバーくらいだろうか。
バラ肉は野生だから薄い。
胃や腸はこの世界では、加工され水筒や水回りの備品として需要があったので、そちらに回した。
なぜ加熱すると硬くなるかというと、単純に脂肪が少ないからだ。
ほとんどが赤身なので逆に高たんぱく低脂肪、ダイエットやアスリートにぴったり。
ただしそれは前世の話。でも、この世界も多分同じだ。
下味をつけた背ロースを油に沈め、弱火で20分から30分煮込む。
作り方はコンフィに近い。70℃で20分。それが一つの目安だ。
本当は温度計が欲しいが、無いので感覚だ。果たしてうまくいくか。
「これが低温調理というのですね……初めて見ました」
料理長のマイヤーが近くに来た。長い巻紙を一つにまとめ、
二十代後半に差し掛かろうが、容姿端麗で誰もが振り向く美人だ。
はい、ドストライク。好みです。
美人過ぎて緊張する。あ、いい匂い、くんくん。
「いい匂いですね」
「え! ……ああ。そうだね」
油の中にはハーブとにんにくが入っている。
心の声が口に出た訳ではない。
ふう。焦った。
「ラードでもバターでもいい。南から入ってくるオリーブオイルでも」
「なるほど。しかし、どれも希少で高価です。一般的に普及するには時間が……」
「大丈夫なのよ! マイヤーちゃん! 今年は農業と畜産の生産量を上げるって
オスカー様が決めたんだから!」
低温加熱した壺を火から降ろし、肉を取り出す。硬さは耳たぶと同じくらい。
いいぞいいぞ。うまくいったかもしれない。
「あれ、オスカー様。切らないのですか?」
「ああ、少し冷めるまで置いておくんだ。そうすると切った時に肉汁が流れないし、
血が落ち着いて鮮やかでおいしそうに見える」
「……オスカー様は何でも知っておいでですね。これから色々と教えて頂けるとうれしいです」
「もちろん、時間を見つけてここに来よう」
後ろでロミフミが「やだ、あの女、国王を誘ったわよ」
「色々って何よ、いやらしい!」
「いつも私たちと下品な話して大笑いしてるくせに」
「見てよ、あんなに頬を赤らめて。しおらしい女演じちゃって。いやらしい!」
「下ネタ大好きなくせして」
「いららしい! あ、噛んじゃった」
「馬鹿ねえ、あんた。もうそしたら、あんたのも噛んじゃおうかしら! なんて」
「やだもー、震える―! いやらしくて震える―!」
などと話しているのが聞こえた。
マイヤーは何も言わず壺で二人の頭を殴る。
鈍い音だが大丈夫か?
いつもの事みたいなのでほっとこうと思った。
その後、俺はコロッケ、ピザ、とんかつ、ポテトチップス、マヨネーズ、
フィッシュフライ、ペペロンチーノ、カルボナーラ等を作ってみた。
パスタは麺の文化がなかったので、麺から手作り。
ブイヨンはマイヤー特製のがあったので助かった。
料理は楽しい。そしてうまい。マヨネーズはコマザ村にいるときに作り、
そこそこ普及させた実績があった。
「やだもー! 全部美味しいー!」
「うますぎて震える―!」
「うんまっ!」
あれ、マイヤー、口調が変わったぞ?
俺の前だから猫被ってたのか?
そんな一面があってもいいけどね!
「いやしかし、オスカー様に料理の才能があったとは。
あ、モルト殿、そのピザというやつにはこの辛いオイルをかけるといいですぞ。
マイヤー殿、その麺、私にも残しておいて下さいよ。
ロミ殿、フミ殿、ポテトチップとやら食べ過ぎじゃないですか? あ! もうない!」
「おい、ラムレス。なぜお前がここにいる?」
「は! オスカー様、申し訳ございません。いい匂いにつられ、
気が付いたらもう口が美味しくて」
なんだ、ただの食いしん坊か。別に構わないが。その腹も納得だよ。
しれっとモルトも混ざってるし。みんな食うのに夢中だし。
もう、一人で静かに鹿肉切ってよう。
ロースのブロック肉を真ん中でカット。
切り口は綺麗なピンク色。火の通り方は完璧。
薄くスライスすると、ローストビーフみたいだ。
岩塩をちょっとつけて一口。うんまー。柔らけー。
「あ、オスカー様、私にも一口下さい!」
あれ、マイヤー? 目が怖い。必死過ぎ。食べ物の前だと性格変わるのね。
「口を開けて」
「え? オスカー様? なにを……?」
恥ずかしそうに口を開けたマイヤーにロースト肉を食べさせた。
もぐもぐしながら顔が赤くなっている。ああ、この顔たまんない。
「う、うんま過ぎ! あ! お、おいしいです……」
手遅れだよ、マイヤー。
「あ、ちょっと、二人で食べようなんてずるいですぞ!」
うるさい、ラムレス。痩せろ。
「やだー、二人でこそこそ何やってんのよー、いやらしい! あ、美味しそう!」
キャラが濃すぎる、せめて一人になれ。
「このワインを開けてしまおう」
モルト、お前仕事中だろ。
勝手に始まった宴会を尻目に、俺は鹿ローストでサンドウィッチを作った。
チーズ、レタス、ピクルス、マヨネーズ、コショウ、オニオン。
鉄板にバターしいてパンを焼く。モデルはキューバサンドだ。
うんまー。
理想としてはマスタードとトマトが欲しい。けど十分だな。
「よし、これをノーストリリアの名物として売り出すぞ!
マイヤー! レシピを完璧に覚えろ! うまくいけば褒美を出す!」
マイヤーは頬張っていたピザを皿に戻した。
「代々、料理番として仕えるラトリウム家の者として、必ずやご期待に応えて見せます!」
口元に食べカス。
頑張れ。
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