第145話 風の中
キトゥルセン軍の野営地に巨大な竜巻が迫る。
既にバルバレスに指揮権を与え、
全軍の移動を命じてある。
『外側から管を通すワ。横ヲ向いて』
『ユウリナ……それ痛い?』
『痛くないわ。
腹腔内の血液を抜くのナんて私より旧式でも出来るわ。
それより肺ノ疑似素材が落ち着くまでの方が痛いかも』
喋りながら機械蜂は俺のあばらに小さな穴を開けた。
そこから先は見ないことにした。
人のは平気なんだが、
自分の傷口とか見てると血の気が引いてくる。
テントの外は兵たちが行き交い騒がしい。
『すぐに動けるようになるけど、無理はシないで』
竜巻を従えながら魔剣使いが歩いてくる。
突然、巨大な氷の氷柱が地面から複数生え、
勢いよくゴッサリアへ向かっていった。
しかし、ゴッサリアが魔剣を抜くと、
氷の氷柱群は一斉に砕け落ちた。
何が起きた?
クロエは不安を覚えた。
魔剣フォノンは風を操る能力を有し、
昔からザサウスニアの魔剣使いは、
かなりの使い手という情報は聞いていた。
氷弾は狙い通りの場所に飛ばないし、
氷吹雪はかき消される。
ギカク化できる魔素は残っていない。
「……どうしたらいいんだ、まったく歯が立たない……」
その時ぞくりと全身が総毛だった。
魔素だ。
咄嗟に氷の壁を作って防いだが、
ほとんどが崩されてしまった。
「これは……風の刃を飛ばしてるのか……」
そうクロエが気付いた時には、
別方向から向かって来たかまいたちが、
すぐそこまで迫っていた。
途中まで飛んで接近していたネネルは、
竜巻の風圧に阻まれ、地上に降りて進んだ。
踏ん張らないと立っていられないほどの強風の中、
翼が重い。
この時ばかりは体積の大きい翼がマイナスになる。
「うう……進みづらいわね……」
ネネルはゆっくりと敵の魔剣使いに向かっていった。
粉塵が舞い視界が悪い中、
前方に氷の氷柱が見えた。
クロエが戦っている。
「あそこね……」
ネネルの視界に敵の魔剣使いの姿が映った時、
氷と共にクロエが吹き飛んだ。
「クロエッ!!」
ネネルは電撃を放った。
しかし、いくつもの竜巻が魔剣使いの姿を隠し、
ヒットしたかは分からない。
ネネルは走りながら場所を変え、
竜巻の隙間に敵の姿を探す。
「いた! 今度こそ逃がさないわよ!」
ネネルはレーザーを撃った。
完璧な軌道。絶対に当たったと思った。
が、ゴッサリアはその場から一瞬で消え、
気が付いた時にはネネルの背後にいた。
「よう、雷魔ネネル。
思ったより可愛い顔してるんだな」
驚いて振り向くと赤い外套に身を包んだ壮年の男がいた。
「いつの間に!?」
反射的に手をかざし電撃を放とうとしたが、
腕を掴まれ阻止された。
ゴッサリアの腕には黒い痣があり、それが蠢いている。
「な、なにこれ……?」
その痣が黒い靄となり浮き上がって、
ネネルの腕を掴む。
「ひっ!」
「ふふっ、気に入られたようだな」
「なになに! 何なのよ!!」
電撃を出そうとしてもなぜか力が湧かない。
気付けばゴッサリアに重なるようにして、
黒い霧の人型が現れた。
ゴッサリアの痣はなくなっていた。
一瞬ザヤネかとも思ったが、すぐに違うと気付いた。
「お前たちの王はいいよな。
二人の強くて可愛い魔人と機械人まで手に入れて、
軍は統率が取れ、地政学的にも恵まれている。
まったく……同じ魔剣使いでも俺とは正反対だ。
嫉妬するね」
勝手に喋るゴッサリアにネネルは困惑した。
そこで気付く。時折ゴッサリアは僅かだが顔をしかめる。
よく見れば額に汗。
どこか痛みに耐えているように思えた。
「放しなさいよ! あんた何がしたいの?」
「まあ、焦るなよ。君が可愛いからゆっくり話をしたいんだ」
「え?」
ネネルの顔はすぐに赤くなった。
「と言うのは冗談で……」
「……」
赤くなった顔はすぐに通常に戻った。加えて目つきが鋭くなる。
「それ、取ってあげようか?」
「なんの事……」
ゴッサリアは急にしゃがむとネネルの足を掴んだ。
両腕はゴッサリアの背中から生えた黒い霧の人型に捕まれて、
身動きが取れない。
「ちょっと……ど、どこ触って……」
ゴッサリアはザヤネにやられた足の傷に手をかざした。
その掌から黒い腕が伸びてきて傷を掴んだ。
「もうヤダ! あんたなんなのよ!」
訳が分からないし、気色悪くてネネルは泣きそうだった。
黒い腕が離れるとずるりと何かが引きずり出される感覚。
「ほら」
ゴッサリアから生える黒い手が持っていたのは、
これまた黒く光る小さな球体だった。
「これでもう大丈夫だ。ザヤネだろ、これやったの」
ネネルの掌にその球体を落としたゴッサリアは立ち上がった。
「なんで助けるの……?」
ゴッサリアは笑顔を見せた。
それはどこか疲れた印象を受ける笑みだった。
「助けたと決まったわけじゃない。
お前を連れて帰る」
ゴッサリアは魔剣フォノンを抜いた。
咄嗟に雷剣を出したネネルだが、
気が付いた時にはとてつもない突風を叩きつけられ、
後方に吹っ飛ばされた。
有翼人の翼が役に立たないレベルの、
風の壁をぶつけられたようだった。
地面に転がるネネルにゴッサリアが近づく。
「ここは戦場、俺たちは敵同士。
油断するな軍団長よ。
俺の考えを君にいちいち説明はしない。
力のある方がしたいようにするんだ」
魔剣の剣先をネネルに向ける。
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ!」
聞き覚えのない男の声にゴッサリアは一瞬思考が止まった。
「ん? ……くっ! しまった、身体が動かん!
これはカサスの……」
ルレの駆る白毛竜の背中に乗りながら密かに接近していた俺は、
ゴッサリアが背中を向けたタイミングで、
同じくシボの白毛竜に乗るリリーナに合図を送った。
動きが止まったのを確認してから、
俺はゴッサリアの背中を、燃えるフラレウムで斬った。
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