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第139話 氷の左足

同じ軍内にあって、クロエとミルコップ軍は未だに気まずい関係だ。


会議などでミルコップとは普通に話せる。


むしろそこは話せないと議題が進まないし、他の人にも迷惑だ。


しかし、他の兵たちとはほとんど話したことはない。


それでも野営地ではミルコップ軍の衛生兵が訪れてくれたし、


この遠征で距離は近くなったと感じる。


余計なことは話さないし、笑顔も見せない。


でも同じ仲間だと意識し合えている感覚が確かにあった。



数日前の夜。


クロエは炊事場のテントにいた。


そこで人とぶつかり、夕食のスープをこぼしてしまった。


見上げるとその人物はオルゲだった。


クロエの足を剣で落とした強面の老戦士だ。


オルゲの甲冑はお腹から下がスープで濡れてしまった。


「……お前か、小娘」


オルゲの低い声に周りも凍り付く。


「ご、ごめんなさい……」


私はこの人の家族を殺したんだ。


改めて考えると胸が痛くなる。


そのせいか自分でも驚くほど委縮してしまった。


この人なら、おそらくどんな命令でも聞いてしまうだろう。


それで少しでも罪が軽くなるのなら。


慌てて拭こうとすると「触るな!」と怒鳴られた。


「このローブは娘が編んでくれたものだ。お前が殺した娘だ!


……お前だけは触るな」


大勢の兵がいるにもかかわらず誰も喋らない。


オルゲは怒って去っていった。



クロエはその晩、オスカーの豪華なテントの一角で、


アーキャリーとオスカーの三人で談笑した。


数時間前の出来事は話さなかった。


それでも、沈んだ気持ちが幾分誤魔化せた。







戦線の中央、敵将シキは、精鋭の重装甲兵を率いてクロエの元へ進軍していた。


「そろそろ氷の魔人は消耗したかしら」


微笑みながらキトゥルセン兵を斬り、シキは悦に浸っている。



クロエは一発づつ氷弾を撃つのが精いっぱいだった。


壁を作り、前線でおよそ三千の兵を一人で仕留めたのだ。


今はミルコップ軍の白毛竜に乗せられ、前線から引くところだった。


それまでクロエのいた前線で一際大きな声が上がった。


見ると赤い甲冑の敵の重装甲兵が押し寄せてきた。


「魔女さ~ん! どこ~?」


中央にはシキの姿。


「お、降ろして」


クロエは白毛竜から降りた。


再度、前線に向かっていく。


「ここだ」


クロエは到着するや否や氷弾を放った。


シキは素早く動いて部下を盾にして避けた。


重装甲兵は氷弾を食らっても半数くらいしか倒れない。


真正面から急所に当てないとダメらしい。


クロエは体力の消耗が激しく、肩で息をしていた。


「あらー、初めて見たけど、美人さんねぇ。


勝手に疲れてるけど、容赦しないわよ」


シキは重装甲兵の隙間から短刀を投げて攻撃してきた。


クロエの顔面ギリギリで氷が防ぐ。


貴重な魔素を使って放たれた氷弾は分厚い盾と装甲で止まってしまう。


ミルコップ軍の兵士達も中々崩せないでいる。


時折白毛竜が敵の隊列を乱すが、


数人を仕留めた所で、隙間から出てくる槍で突かれて死んでゆく。


かなり統制の取れた熟練兵たちだ。


その甲冑の隙間から次々と短刀が飛んでくる。


氷で防ぐが埒が明かない。


ギカク化できる魔素も残っていないし、


そもそもこの混戦状態じゃギカク化は出来ない。


そうこうしてる間に敵は隊列を解き、一斉に襲ってきた。


剣と剣がぶつかる音、悲鳴、怒声、馬のいななき……。


戦況はシキ軍が優勢だ。


分厚い盾と鎧に矢や剣は通りにくく、こちらは次々と餌食になっていく。


クロエにも数人の重装甲兵が襲い掛かる。


氷弾を多めに放ち、何とか全員倒したが、


魔素を使いすぎて眩暈がしてきた。


おまけに鼻血がぽたぽたと地面に落ちた。


いよいよヤバい。限界が近づいている。


その時、一瞬の隙を突いてシキがかなり近くから短刀を三つ投げてきた。


二つは何とか防いだが、一つが肩に刺さりクロエは地面に倒れた。


「ぐうぅぅ……」


「今よ!」


シキの掛け声に周囲の敵兵が、クロエに向けて一斉に槍を投げる。


自分を中心に薄い氷の膜を発生させて、


刃先が触れるギリギリで攻撃を防いだクロエだったが、


吐き気と頭痛で意識が朦朧とし、もう魔素はこれでほとんど使い果たした。


キトゥルセン兵はずいぶんやられて、


クロエの周囲にはもうほとんどいなくなっていた。


「随分辛そうね、魔女さん。


あ、言い忘れてたけどその短刀にはたっぷり毒が塗ってあるから。


いい加減死んでくれたら助かるんだけど。うふふ」


気付けば近くにシキがいる。


「……死ぬのは……お前だ」


弱々しく返したクロエにシキは真顔になった。


「見苦しいわよ……もういいわ殺して」


周りの兵士が槍を構え、一斉に投げる。


クロエは手を上げ、最後の力を振り絞って氷を出そうとしたが、


指先から出たのは僅かなダイヤモンドダストだけだった。


襲い掛かった槍はしかし、クロエには届かなかった。


視界にぼんやりと人の顔……これはオルゲ?


「この間は悪かったな……小娘」


腹から複数の槍が飛び出ている。


クロエは驚いて目を見開いた。


「あ……ぁ……」


「お前は死ぬな。……戦場にて、お前の力を……見せつけられた。


多くの兵が……その力に救われ、その家族もまたお前に……救われている。


ずっと、後悔……していた……お前の……足を、斬った、ことを……」


強面のオルゲが苦悶の表情で自分を見つめている。


クロエにはとても信じられない光景だった。


「すまなかっ……」


そこでオルゲの口から剣先が飛び出した。


「邪魔しないでよ、名もなきお爺さん」


シキは笑いながら剣を引き抜く。


絶命したオルゲは地面に転がった。


「あ……ぁ……あああああああああああああああああ!!!!!!」


クロエの氷の足が砕けたかと思うと、


シキを含めた周りの敵兵が後ろへ吹き飛んだ。


だがどういうわけか地面に落ちない。


そこでシキ達は気が付いた。


何十本もの細い氷柱がクロエの手から生えていることに。


自分たちがその氷柱に串刺されていることに。


気付けはクロエの無くなった左足は、


オルゲが娘に編んでもらったというローブで覆われていた。


「クロエーー!!」


どこかでミルコップの声が聞こえた。


クロエはそこで意識を失い倒れる。


頬を流れる涙は凍っていなかった。




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