第134話 シキ軍包囲戦
信頼とは何なのか、たまに悩むときがある。
城の者たち、そして最近併合した国の者たちを前にして、
俺はたまに怖くなる時がある。
こんな短い間に、俺なんかのために命を懸けてくれている。
俺が気まぐれに、ある部隊を激戦地へ向かわせれば、
その人たちの運命は大きく変わる。
例えばこんな風に。
「バルバレス!! 右から新たな部隊が来る!!
100名ほど向かわせろ!!」
「はっ!!」
千里眼で森の方から新たな騎馬部隊が向かってくるのが見えた。
俺は目の前の牙亀族三人をフラレウムの炎で燃やす。
「アーシュ!! あまり出すぎるな!」
「は、はいっ! 戻ります!」
敵騎馬兵に下から剣を突き刺しているアーシュは
既にゾ-ンに入っていてキレキレの動きで戦っている。
周りにはスノウ率いる護衛兵団とバルバレス兵、
俺の両隣にはリンギオとソーンがそれぞれ剣を構える。
「あまり離れるな!」
「こっちに人を送ってくれ!」
「誘われるな!」
「固まれ固まれ!」
混戦の中は砂ぼこりが舞い、視界が悪い。
キトゥルセン軍はザサウスニア南部地域にて、
〝六魔将〟シキ軍と衝突していた。
敵は1万5千を超える。
周辺から下位将軍の軍勢が3つ合流し、
なおかつ牙亀族という種族も加わり、
敵勢力は強大だ。
牙亀族は二足歩行の肉食のカメ、と言えばいいだろうか。
とにかく狂暴な外見で、表は甲冑、裏は甲羅と、倒すのがとにかく厄介だ。
インディアンに近いような格好をしていて、
ザサウスニアが建国される前からこのあたりで生活していたらしい。
ミーズリーは剣を折られ、ベミー達獣人族でも倒すのがやっとだ。
唯一善戦しているのは白毛竜か。
鋭い爪と牙で飛び掛かり、頭を噛み砕いている。
更に悪い事に背後には土猿族の住む区域があり、
地面の穴から豚のような顔の茶色いイエティが襲い掛かってくる。
こちらは牙亀族のように知性があるわけではない。
本能のまま行動する猿人で、
大きくて強いのでザサウスニアもほったらかしにしていたようだ。
バルバレス、ミルコップ両軍も土猿族に手こずっている。
そしてこんな状況なのに、いまだシキ軍本隊は離れた所で静観していて、
ナルガセ海軍を屠って帰ってきたネネルは力を使い果たして目を覚ましていない。
最悪も最悪。
どうしてこうなったか?
もちろん敵軍の配置は全部見えていた。
動かないシキ軍に狙いを定め進軍、
周囲の下位将軍率いる軍も別の方向へ進んでいるのを確認していた。
で、この場所に到着した途端、
全軍が急に方向転換、3方向から一気に向かってきた。
下がったら土猿族のエリアに侵入してしまい、
もたついている間にこんな状況だ。
理由は分かっている。
さっき見つけた。
遥か上空に浮いている島があることを。
正確には古代文明の遺跡なのだろう。
よく見てみるとザヤネの姿を見つけた。
一緒にいるのは【千夜の騎士団】だろう。
上からこちらの位置は丸見えだったらしい。
しかし、俺が地面の下と空まで見ていれば、
この状況は回避された話だ。
俺のミス……。
連戦で疲労の溜まっているキトゥルセン軍に、
約5倍の敵戦力を相手する力はもはや残っていない。
こんな状況でも愚直に俺の命令を聞いてくれる皆には本当に頭が下がる。
俺に一体何の価値があるんだ。
逃げ出しても俺は怒らないのに……。
ダルハン……お前もだ。
なぜ死にに行った?
なぜ自ら命を散らす。
引こうと思えば引けたはずだ。
一度は覚悟した。戦争だ、こちらも無事では済まないと。
しかし、いざその死を目の前で見ると……
自分がその原因を作ってしまったと考えると……
とてもじゃないが平常心を保つのは難しい。
近しい者が一人また一人死ぬたびに、
俺の足には死者たちが纏わりつくのだ。
「オスカー様!!」
スノウの声に思考を戻す。
血まみれの剣を振り回す護衛兵団たち、
息の合ったコンビネーションで牙亀族を次々撃破する【王の左手】の三人。
「伝令が来ました!
敵騎馬部隊はクロエ殿が粉砕!
また、氷の壁で前線の半分を封鎖しました!」
「分かった、ありがとう。
ここが踏ん張りどころだ、もう少し耐えろ」
俺は足元の穴に炎蛇を放ち、土猿族の巣を焼いた。
あちこちの穴から炎が上がり、一呼吸おいて燃え上がる土猿族が飛び出てきた。
シキ軍の騎兵部隊が少数に分かれて周りの森から次々と奇襲を仕掛けてくる。
それらをネネル軍とカカラルが空から各個撃破し、
更に機動力のある【骸骨部隊】も散らばって迎え撃つ。
『ベミー軍はもっと右に展開、
ミーズリー軍、出すぎるとクロエの邪魔になる!
位置をよく確認しろ!
ミルコップ! 森側が手薄だ、100名ほど向かわせろ!
それから……えーと、それから……』
混戦の中、千里眼で次から次に状況を見ていたら、
頭が真っ白になってしまった。
続く言葉が出てこない。
リンギオ、クロエ、バルバレスが立て続けに
どうしたんだと聞いてくる。
みんな俺を守り俺の言うことを聞いてくれる。
一瞬それがとても奇妙なことに思えた。
『……おかしいよな、こんな時にダルハンの事を考えていた。
ボサップも……リーザもそうだ。俺を守るために死んだ。
……それがどうしても納得できない』
『……オスカー様はやさしすぎるのです』
バルバレスは珍しく言葉に詰まった。
『いや、覚悟がないだけだ』
「王子、立て続けに犠牲が出て辛いのは分かるが……」
敵兵を斬りながらもリンギオはフォローしてくれた。
『オスカー、分かるよ』
クロエの声だ。
『自分のせいで多くの国民が死んでいるって思ってるんでしょ?
でもさ、それ、私の前で言わないでよ。
私は……私は国を潰して、たくさんの人を殺してしまった。
そりゃ圧し潰されそうになる夜もある。
何度死のうかと考えたか……。
でも、こんな私を……オスカーが救って、認めてくれた。
だから生きてる……。
だからここにいる……。
半島を統一なんて誰も出来なかった。
ザサウスニアと戦うなんて誰も出来なかった。
みんながオスカーを認めてる。
……王族の立場は分からないけど、
きっとすごい重圧があるんでしょ?
オスカー、
強くなくていいんだよ、私たちが支えるから……』
涙が込み上げてきた。
こいつらは、まったく迷わない。
俺を信頼してくれている。
クロエにここまで言わせるなんて……なんて情けないんだ。
近くで護衛兵が斬り倒された。
はらわたが飛び出し地面の泥と混ざり合い、
踏まれ破裂しても這い進み、短剣で敵の足を刺した所で絶命した。
涙が止まらない。
「うおおおおっ!!!」
気付けば俺は叫びながら炎弾を撃ちまくっていた。
何十もの敵兵が一気に崩れ落ちる。
「戦に犠牲はつきもの。ここでは多くの兵が死ぬでしょうが、
戦わなければ国の女子供が遊び殺されます。
我々は、ダルハンたちの死を無駄にするわけにはいきませぬ。
……迷いは晴れましたかな?
オスカー様のその葛藤は、若い将に必ず襲い掛かる病のようなもの。
さあ、行きましょう」
ソーンはやさしく微笑んだ。
まったく、この老剣士には敵わない。
「……すまない。心が折れそうだったが、もう大丈夫だ」
『オスカー』
クロエだ。
『……ほら、見えたよ。またオスカーの声に応えた人たちが』
千里眼を発動する。
シキ軍の左後方からマルヴァジア軍、
そしてカサス軍が進軍してくるのが見えた。
やっと来てくれたか……。
俺は泣きながら笑った。
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