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第126話 笑う影


南東部を治めるファンリール城はザサウスニア内では中規模の城だ。


城下町には3000人の国民が暮らし、常駐している軍も200名を超える。


戦時中でなければ常に500人は常駐していた。


ここは前線から離れているし、


南のマルヴァジアとカサスの間には複数の城があり、


比較的安全な場所だった。


おまけにファンリール城主、ラモール・ファンリールの妃は、


マルヴァジア王家から嫁いできた女だった。


もしマルヴァジアが攻めてきても、


この町と城には攻めてこないだろうというのが、


ファンリール市民の大方の予想だった。



ファンリール城、裏方にある業者出入口に行商人、タイタスはいた。


荷車に今日納品分の酒や干し肉、はちみつなどを乗せ、


同じ行商人たちと並んでいる。


「なあおいタイタス、いま戦争してるんだろ?


敵はここまで来るかな? どうかな? なあ?」


顔なじみの行商人、テームが不安そうに話しかけてきた。


「さあ、大丈夫じゃないですか? 


ここは戦地から遠いんで」


「お前は独り身だからいいよな。俺は嫁と子供4人いるからよ、


なんかあったら逃げるのも一苦労だよ」


「なんかあったら逆にキトゥルセンの方に行くといいらしいですよ」


「なんでよ? 殺されちまうだろ?」


「いえ、それが殺されないみたいですよ。


なんでも反乱しないって同意書を書いて簡単な検査をすれば国民にしてくれるって噂です」


「ほんとかよ? どうも胡散臭い話だな」


「ま、本当に危なくなったら僕は行ってみますよ。


テームさんも一緒に行きましょうよ」


「おっかねえ話してるのにニヤニヤしやがって……


まあでも、そうだな……考えとくよ」


門を潜り、知り合いの兵士に書類を渡していつも行く厨房の方へ。


途中でテームとは別れた。


彼が主に取り扱ってるのは布類だ。搬入の場所が違う。


コックのロゴスにあいさつし、荷物を厨房の中に運び入れた。


昼食が終わった時間で皿もきれいに洗ってあり、


厨房の人間は休憩に入ったらしい。


ロゴスだけ仕込みと受け取りで残っていた。


数年前から顔見知りで、数回だが共に釣りへ行った事もある仲だった。


世間話をしながらタイタスは腕に仕込んだ飛び出しナイフの安全装置を外した。


「ねえ、ロゴスさん、こっち向いて」


「なんだよ、ちゃっちゃと終わらせて……」


ガシュッと鋭い音を出した細長い刃は、


ロゴスの顎から脳天までを一気に貫いた。


眼球が別々の方を向いたロゴスはその場に崩れ落ちた。


「バイバイ、ロゴスさん。楽しかったよ」


タイタスはにっこりと微笑みながら、


飛び出しナイフを締め戻し、袖の中に仕舞った。


この飛び出しナイフは一カ月前、新装備として配給されたものだった。


ベサワンという陽気な連絡員が、


新しい合言葉と共に持って来たのだ。


腕にはまる革製の型に鉄の枠組みが付いており、


強力なバネで刃渡り20㎝の刃が飛び出す仕組みとなっている。


厨房を出てすぐの階段を上る。


ここから先は足を踏み入れたことがないが、


事前に渡された見取り図を頭に叩き込んであるので、


躊躇なく進めた。


誰がこの情報を持って来たのか、


この城に内通者がいるのか、


タイタスは知らない。


ただ、上から言われたとおりに動いているだけだったし、


「疑問を持つな」とこの仕事について父から教わっていた。


二階に着くと前から大きな木箱を持った一人の兵士が歩いてきた。


他には誰もいない。兵士は前方がよく見えていないようだ。


「危ないですよ。持ちましょうか?」


タイタスはにこやかに近づく。


「ああ、すまない……ん? お前誰だ?」


ガシュッという音が響き、兵士は崩れ落ちた。


木箱は落ちる前にタイタスが支えた。


「危なかったー。ん? 高そうなお皿だな。


欲しいけど……無理か、しょうがない」


その場に木箱を置いて、兵士を近くの倉庫に引きずった。


さほど広くない倉庫の中は、両面に棚があり、


たくさんの壺が並んでいた。


一つを手に取り匂いを嗅ぐ。


「酒か。ちょうどいいや」


タイタスは兵士の装備を脱がし、


血を酒で洗い流してから自分に甲冑を着けた。


「もっと緊張するかと思ってたけど、


本番ってこんなもんか……」


この日がタイタスにとって初任務だった。


5歳から12年間、来るべき日に備え、


タイタスは父から毎日特別な訓練を施されていた。


父は遥か北の王国出身で、商人の他に別の仕事を持っていた。


母は祖国にいると聞いたが会ったことはない。


本当にいるのか、今となっては知る由もない。


父は去年死んだからだ。死因は不明。


ただ父の仲間からそう聞いただけだった。


城の兵になりきったタイタスは更に3階へと続く階段を上る。


途中で王族の家庭教師とすれ違った。


妙齢の女性だ。


「ちょっとあなた」


振り返るといぶかしげな表情でこちらを見ていた。


「どこへ行くの? この先はお后様達しかいないわよ?」


棘のある言い方。今すぐ殺したいと思ってしまった。


「先ほど家具が壊れたと聞きまして。


回収しに来いと聞いたのですが……」


家庭教師は首をひねった。


「……そう、ならいいけど……」


納得できない表情で踵を返し、階段を下りて行った。


タイタスは飛び出しナイフを装着してある右手から力を抜いた。


「ひひ………今のは楽しかったー」


小さく呟いてからタイタスは足を進めた。


3階は長い廊下が奥まで続いており、


両脇にいくつか扉がある作りだった。


一か所だけ2名の衛兵が立っている扉がある。


王族警護の精鋭兵。目標の部屋だ。


この時間は多くの兵や使用人が休憩を取る時間で、


特別なことがない限り、一日の中で最も警備が薄くなる時間……。


父の代から出入り業者として近くで城を観察していたタイタスにとって、


人の動きを把握することは至極簡単なことだった。


父からは様々な事を教わった。


剣術、武術、変装術に、自分を殺し別の人間になる術や、人を言葉で操る術まで。


「おい、何しに来た? 貴様新入りか?


ここは一般兵は立ち入り禁止だぞ?」


背の高い兵が押し殺した声で咎める。


見たことある兵だった。確か部隊長だ。


「すみません、緊急事態なもので。


裏門で商会同士が揉めていまして、


そりゃもう殴る蹴るの大乱闘、


ウチの兵も巻き込まれて死人が出る始末で……


隊長を呼んで来いとジャッカスさんに言われたんです」


自分で笑いそうになるのを堪えながら、


本当に困った顔を完璧に作り、


タイタスはさりげなく右腕をいつでも動かせる態勢を作った。


「なにぃ……、仕方ないな。行ってくる」


もう一人の兵士にそう言うと、


隊長は「行くぞ」とタイタスを顎で呼んだ。


2階へ続く階段に出た所で、後ろから首筋に飛び出しナイフを刺しこんだ。


倒れて音が出ないように隊長の体を抑え、


ゆっくり壁に押し付けながら、階段に降ろす。


「あ、あの、すみません、隊長がですね……えっと……」


すぐに3階の廊下に戻り、小走りで少し慌てた様子を装い、


もう一人の兵士に近づく。


「なんだ? どうした?」


首に刺したナイフをすぐに抜き、


こちらも音を立てないように体を抑えゆっくりと床に降ろす。


タイタスは笑みを浮かべながらしばらくその兵士を見つめていた。


「いけないいけない、また笑ってた」


緩んだ頬を自分の手で直し、目的の部屋の扉を開けた。



部屋の中には城主の妻、マミラン・ファンリールと


その子供2人がいた。


9歳の長女キーラと5歳の弟ヤーロンは窓辺の机で本を読んでいる。


マミランは暖炉の前で編み物をしていた。


「あら、なに? 何かあったの?」


そう呑気に言ってから、タイタスの血まみれナイフに目をやり、


マミランは絶句した。


素早く動いたタイタスはマミランを押し倒し、


胸の上に馬乗りになった。


両腕は膝で抑え込み、完全に身動きの出来ない格好だ。


タイタスはマミランの口を押え、ナイフを子供たちに向け目を見開いた。


子供たちは金縛りにあったかのように固まり、悲鳴を上げず押し黙る。


「さて、あなたには2つの選択肢があります」


タイタスはゆっくり口を押えていた手を放す。


マミランもタイタスの目を見て押し黙った。


「一つは3人でこの城を出る。


もう一つは今ここで僕に殺される。


さあ、選んで下さい」


「あ、あなた、だ、誰に雇われてるの?」


マミランの声は消え入りそうなだった。 


「さあ、知りません。僕は上から指示に従って仕事してるだけですから。


今回の仕事はあなたと二人のお子さんを、


この城から連れ出す事。そしてそれが難しい場合は3人を殺す事。


それだけです」


「……い、行くわ。行かないと死ぬんでしょう?」


「理解が早くて助かります。


分かってると思いますが、旦那さんには二度と会えません」


拘束を解かれたマミランは、


すぐに二人の子供を抱きしめた。


「ではこのシーツを使って2階の屋根に降ります。


テラスに出て下さい」


テラスから見える城の裏道に馬車が止まっていた。


この城の兵の格好をしているが、


手筈通りなら同じ〝ラウラスの影〟の工作員だ。 


長女の方を背中におぶり、タイタスは先に下に降りた。


これで母親も来ない訳にはいかなくなった。


民家も人通りもない裏道だとしても日中だ。


早くしないと目撃される危険性もある。


「早くしないと見つかっちゃうなー。


でも騒ぎになったら殺せばいいだけだから僕はどっちでもいいんだけど」


背中が小刻みに揺れている。


「あははー冗談だよー」


やがてマミランも息子を背負って降りてきた。


「ご苦労様。じゃあ行きましょう」


城壁の古い扉を蹴り壊し、裏通りに出る。


馬車の兵に後ろから


「ルクト・ウラバル・ロース」


と聞いた。すると


「炎と影の死者達、冬の日、鹿の目、五つのラウラス」


と返ってきた。男が振り向く。


教わった通りの合言葉だった。


「ご苦労。あとは任せろ。それと長官から指令だ」


タイタスは紙を受け取った。


三人を馬車に乗せたところで、城から鐘が鳴り響いた。


「あ、ばれた」


馬車は静かに出発した。


「あーもう終わりか。もうちょっと刺したかったな」


甲冑を脱ぎ捨てたタイタスは


「あ、また笑ってた」


と緩んだ頬を元に戻し、ファンリールの町に消えた。


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