雨に咲く花
宮路敦史。みんなからアツとかあっちゃんとか、呼ばれてる。
ちょっと不真面目だけど、陽気で気さくだから、男女ともにモテている。
男でも惚れ惚れするような完璧なルックス。
彼女がいないことなんて、ない。次から次、彼女なのかそうじゃないのかさえわからない女の子が彼の周りにいつもいる。
だからちょっと下世話な噂も耳にする。
本人も知らないところに子どもが3人いるとか、実は年上の奥さんがいる、とか。
一時、ハリウッドスターとのラブロマンスさえ浮上した。
さすがにありえない。
「でもさ、実際、どうなの。」
「・・・何が。」
「エンちゃんよ!エンちゃん、本当にアツのこと・・・」
「それ以上言わないでっ!」
「でも・・・」
「歩く精子放射人間よっ?ありえない、ありえないっ!」
「・・・だよ、ね。みんなのエンちゃんだもんねっ!」
「そうよ。エンちゃんは、エンちゃんに相応しい男じゃなきゃ!」
「でもさ。」
「何よっ?」
「いやね?あっちゃんがあーゆー男になったのも、エンちゃんが原因っていうのを聞いたことある。」
「・・・何それ。どういうこと?」
「あのあっちゃんがコクって、で、振られたのが、エンちゃんだ、って。しかも、初恋。」
「・・・まさか。」
「・・・ないでしょ、それは。」
「だーよな?好きだって言ってるのは、エンちゃんだし・・・。」
「「言ってないっ!!」」
みんなのエンちゃんと、彼は、小学校からの幼なじみ。
あ、雨。
今日は暖かいから濡れて帰っても平気かな。
なんて、ただ、傘を忘れただけだけど。
うん、よし。
いち、にぃ・・・と屈伸して、走る準備、オッケー。
では・・・
「遠藤、クン。」
カバンをグッと抱え込んで、走り出そうとした足が、止まった。
「傘、あるよ?」
ボクの隣で黄色い傘をがポンッと広がった。
傘の中から、花、花、花。
花の下で、伊沢さんが微笑む。
「一緒に帰ろ。」
栗色の瞳にボクが映ってるのが恥ずかしくて、むず痒かった。
伊沢さんの家をボクは知らない。
ボクの家を伊沢さんが知るはずもない。
「遠藤、ユウ?」
「うん。優勝の優。」
「優秀な優。」
「・・・優良な優。」
「優柔不断、な、優。」
「やだなぁ、それ。」
「優しいの、優。」
伊沢さんの左肩が濡れないように、くっついて歩くことが出来ればいいけど。
ボクは出来るだけ、出来るだけ、傘を左に傾けて、歩いた。
今日が暖かい日で、良かった。
「それじゃ、ここで。」
ボクの家はここを曲がって、また曲がって、横断歩道を渡って・・・ちょっと距離がある。
「ありがとう。」
傘を渡す。一瞬、手に触れた。
伊沢さんは、傘を下ろして、ツッと、空を見上げた。
ボクも同じように、空を見た。
小さな雨が、落ちてくる。
「遠藤、クン。」
傘を閉じた伊沢さんは、ボクを見てた。
困ったような、顔。
少し口を開けて、言葉を探す。見つけた言葉を飲み込んで、また探す。
見つかるまで、ボクは待つ。
栗色の瞳は、ボクを越えて、ずっと遠くを見てた。
「わたし、あっちゃんが、好きなの。」
伊沢さんは、泣きそうな顔で、笑った。
小さな小さな雨粒が、ボクには痛くて、上手に笑えなかった。
だから「伊沢さん」って、代わりに呼んだ。
「アツも伊沢さんのこと、好きだよ。」
伊沢さんの左肩は、思ってたより、濡れていた。
ボクって傘を差すのが、ヘタクソだ。
「そうかな。」
「うん。」
「そう、かな・・・。」
「そうならいいなって、思うよ。」
きっと、そうだよ。
そう願う。
好きな子の幸せは、願うものだ。って、そう、思うから。
伊沢さんは、花開く。
ボクにそっと差し出した。
「遠藤は、優しいね。」
「だって、優、だから。」
雨は止んだかもしれない。
だけど、今度は上手に差せるといい。
また一瞬、手に触れた。
伊沢さんと目が合って、小さく笑った。
さっきより少しだけ、近づいて、歩く。
曲がらずに、真っ直ぐ歩く。
ボクは今日、伊沢さんが中学の頃にバスケ部だったことを知った。・・・ちょっと意外。
アツは”ケンカ部”、らしい。・・・妙に納得。
ボクがバスケ部部員ということを伊沢さんは、知ってた。嬉しかった。
「あの家。」と、伊沢さんは赤い屋根の家を、指差した。




