高校生、夏のはじまり
「エンちゃん、ノート見せてっ!」
「うん、いいよ。」
「あ、エンちゃん、あたしにもっ!」
「うん。」
「お前ら、ずりーよっ。オレにも見せろって!」
「てゆーか、ここ、分からないんだけど、教えて、エンちゃんっ!」
「えっと、どこ?」
「エンちゃんっ!」
「うん。」
「エン様!」
「・・・はい。」
わたしは、伊沢円。みんなからエンちゃんって呼ばれます。
「エンちゃん、ここって・・・で、いい?」
「うん。あってる。」
「ほんとっ?よかったぁー」
「じゃ、じゃ、この答えってさー・・・」
「えっと、ここはね・・・」
「伊沢さん。」
「・・・うん?」
「ボクとつきあって欲しいんだ。」
・・・・・・・・・・・・え?
「伊沢さんのこと、好きなんだ。」
見上げた先に、遠藤、クン。下の名前は、わからない。確か、バスケ部。
少し長い黒い髪が目に入って邪魔なような気がする。目が大きいから、余計、そう思う。
「ええええええ、エンちゃんっ!」
静まり返った教室で、真っ先にわたしを呼んだのは、前に座るカオリちゃんだった。
耳まで真っ赤にして、鼻息が荒くなって、ちょっとビックリした。
ガツッと腕まで掴まれて、カオリちゃんは身を乗り出した。
「どどどどどどど、どうするっ!?」
うん、とりあえず、落ちついて、カオリちゃん。
でも落ちつかなきゃいけないのは、カオリちゃんだけじゃなくて。
教室にいた子、みんなが、騒ぎ始めた。
「えええ、遠藤っ!お前、ここここここんなとこで、何言ってんだよっ!」
「そうよ遠藤!場所、考えなさいよっ!」
「いや、遠藤、お前はよく言った!」
「よく言った、じゃないわよっ!エンちゃんが困ってるじゃない!」
困ってるけど・・・。この騒ぎに、ね。
「えええええ、エンちゃんが、付合うなら、それでいいけど、でも、あの、嫌なら断るとか、全然ありだよっ!?」
カオリちゃん、落ちついて。
腕をぐわんぐわん揺らされながら、もう一度、遠藤を見上げた。
あ。顔、赤い。
付合う。断る。嫌なら?
つきあって欲しい。というのは、どこに、とかじゃない。
好きなんだ。というのは、告白。
好きだから、わたしとつきあって欲しい。
きっと、これからの毎日を、わたしと。
遠藤、と。
「遠藤、クン。」
ぐわんぐわんと揺れてた腕が、止まった。
みんなの騒ぎも、一瞬で静まった。
キュッと結ばれた遠藤の唇が、綺麗だ。
「わたし、好きな人がいるの。」
とても好きな・・・・
「ななななななっ、何、それっ、それ何っ!?聞いたことないっ!!」
「エンちゃん、どういうこと!?」
「好きな人、いたのっ!?」
ぐわんぐわんと、今度は体が揺れ始めた。
カオリちゃんは見た目よりずっと、力があるんだなぁ。
「う、うん。」
揺れながら、かろうじて頷いた。
「誰、それっ!?」
体の揺れが止まると、カオリちゃんの顔がすぐ目の前にあった。
こんなに近くで見ることもなかったけど、カオリちゃんのつけ睫毛、すごく上手。
今度、わたしもやってみようかな。
「エンちゃんの好きな人ってっ!?」
「あっちゃん。」
好きな人名前を言った後の、カオリちゃんの顔は見応えがあった。
目も口も、鼻の穴も、もしかして毛穴までも、開いてたかもしれない。
大丈夫?って、声を掛けようとしたら、カオリちゃんはのけ反ってひっくり返った。
そして。
「ぴぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
そう、生まれて初めて聞いたような声で倒れこんだ。
「あっちゃん、って・・・」
「あの『あっちゃん』?」
「あの・・・?よりにもよって、あの・・・?」
「嘘だ・・・・・」
倒れ込んでピクリともしないカオリちゃんのことを周りは誰も気にならないらしい。
そっと、わたしはカオリちゃんの背中を叩いてみたけど、やっぱり動かない。
困ったなぁ、大丈夫かなぁ。って、見上げれば、みんな何故か頭を抱えてたり、ヒソヒソと何か喋っていて、こっちには気づかない。
だけど、遠藤は、目が合うと、笑ってくれた。
困ったなぁ。って、顔。眉を寄せて、少しだけ唇を突き出して、笑ってた。
「大丈夫。」
遠藤は、そう、言った。
みんなにそれは、届いてなかったけど。
わたしは、頷かないで、笑ってみた。
ガラッ。
開いた扉の音に、みんなの視線が一斉に一方向に動いた。
まだ、授業のチャイムは鳴ってない。
「っはよー。」
いまは、お昼を食べ終えた、お昼休み。
あっちゃんには、いまが朝、らしい。
「・・・オハヨ?何?みんなして。・・・なんかした、オレ?」
何かしたようなヤマシイことでもあるのかな。
額の汗は暑さからくるもじゃなくて、冷や汗かも?
なんて。ありそう、いっぱい。
「い、いやっ!っはよ、アツ!つか”おそよう”じゃねーかっ!」
「なな、なん、何だよ、まーた、彼女んチからの登校かよっ?」
「んー?それがさー、また彼女に振られてー・・・。あ、円、聞いてよ・・・」
「遠藤っ!」
倒れ込んでたカオリちゃんがいきなり飛び起きたわけだから、思わずわたしは引いてしまった。
あっちゃんも、他の子も、驚いたように立ち止まった。
呼ばれた遠藤も、固まったように、動かない。
カオリちゃんはそんなこと、気にしてない。
だから。
「あたしは、何も聞かなかった!みんなも聞いてなでしょ!」
みんなが、カオリちゃんの剣幕に、頷いた。
「あたしは、遠藤を応援するわっ!ゴメンね、エンちゃん!だけど、これがエンちゃんの為だからっ!」
わたしの為?
カオリちゃんはそう言って、最後にわたしの両手を握って上下に振った。
「あ、あ、あたしもっ!あたしも遠藤を応援する!」
「あたしもっ!何も聞いてなかったかも!だから遠藤、頑張れ!」
「あたしも遠藤!」
「よし、オレも遠藤に一票だ!」
「そうだな、遠藤だな!エンちゃんは何も言ってない!」
教室中に、遠藤コールが巻き上がる。
きっとカオリちゃんは日本を動かせる力があるような気がする。
あっちゃんは。
「よくわからんけど、じゃ、オレもエンドー。」
遠藤コールに一緒になって騒いでた。
わたしは。
呆然としてる遠藤とまた目が合ったら、また困ったなぁって笑うのかなって。
少しだけ、見てた。
遠藤は。
わたしを見ることは、なかった。




