第20話 油断と末路
遅くなってすみません。
すっかり夜も更けて、満月が夜空を薄く照らしている。
1羽の大きな鳥が、その光を全身に浴びるように飛んでいる。この鳥はシルクバード。夜行性の鳥で、鷲ぐらいの大きさがあり、その羽毛は「バードイペック」と呼ばれる上級な絹の原料になる有名な鳥だ。
その鳥は夜空を舞いながら、街道を歩く2人の人間を見つめる。見つめるというよりは「見下す」という表現の方が適しているかもしれない。シルクバードはとてもプライドが高く、空を飛べない生物を侮蔑していると言われる。
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「どうしてこんなことになった…」とマクスは何度も思い、そして後悔していた。いくら後悔してもし切れず、自身への怒りと焦りばかりが募っていく。
盗賊団のことは十分警戒していた。だから弟のリフスをはじめ、部下達の中でも特に信頼できる者達で今回の護衛を編成したのだ。しかし予測していないことが起きた。まさかグリトフ・パー自らが出張ってくるとは…。
いや、たとえ奴がいたとしても、こちらも簡単に負けるはずがないと思っていたし、その自信もあった。しかし、奴の弟であるキルス・パーとその一味もいた。正直言って多勢に無勢だった…。みんな殺されると思ったが、結果としてはまだ全員生きている。
今はまだ…。
彼をはじめ、商団員とその護衛は洞窟の奥に閉じ込められていた。洞窟の入口には盗賊団2名が警備として残っている。その他は宴会を開いて盛り上がっている。
「グリトフのアニキ、今日は大収穫でしたね。」
腰から2つの手甲鈎をぶら下げている長身の男、彼はキルス・パー。最近になって白金貨1枚の賞金首となったグリトフ・パーの弟だ。
「ああ、これでラドンの奴の弔いの足しになったな。」
「ええ、もちろんでさあ。それにしても誰ですかね?ラドンとその一味を全滅させた野郎は…?」
「わからん。カリフス伯爵の護衛に殺られたようだが、そんな手練れがいたのか…。どちらにしても、次は奴のところを狙う。奴の娘もなかなかの上玉だと聞く。我等『ヴァン盗賊団』に楯突いたことをあの世で後悔させてやるっ!!」
そう言いながら、グリトフは酒を呷った。
「キルスさん、そろそろ刻限ですぜ。」
「ああ、わかった。今行く。」
「キルス、抜かるなよ。」
「わかってますよ、アニキ。あんな腰抜けどもの主人なんて、どうせ大したことありませんや。オレと手下だけで十分でさあ。そもそも奴に交渉に応じる度胸があるかも怪しいですぜ。」
「ふっ…、そうだな。」
「行くぜっ!野郎ども!」
キルスの掛け声に、その手下達は雄叫びを上げて宴会場を後にした。
まもなく夜中0時を迎える…。
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カラドキアからギルークへ向かう街道、その名も「カラドキア・ギルーク街道」を2人の男性が急ぎ足で進んでいる。ひとりはカラドキアの警備兵隊長を務めるミグロス。そしてもうひとりは、この世界への転属者であり、今回の誘拐事件において重要な使命を負ったユウキだ。
もうすぐで夜中0時を迎えるという頃、2人は「ヴァン盗賊団」に指定された場所に到着した。
「もうすぐで指定の時刻を迎えるはずだ。いまの内に準備しておこう。」
「わかった。その方がいいな。」
ミグロスの指示を受けたユウキは、早速、例の魔法を唱える。
「ミラージュ」
その魔法を唱えた瞬間、ミグロスの目の前には、ひとりの可愛らしい女性が現れる。そう、今回盗賊団から人質の身代金とともに要求された、フェネル商会の会長カラブゾン・フェネルの一人娘、テレジア・フェネルだ。
「どこから見ても、テレジアお嬢様だな。」
「そうか?なら問題ないな。」
「いや、その声とその話し方はやめろ。」
「…そうですわね。気を付けることにします。これでよろしいですわね?」
「…まあ及第点といったところだな。」
こればかりは仕方ない。いくら魔法で姿や声はごまかせても仕草までは変えられない。
「とりあえず、ここで待つことにしよう。」
ミグロスは周囲を警戒している。作戦は立てているが、相手次第というところがあるから、臨機応変に対応できるようにある程度は緊張感を持っておく。向こうがこの場で襲ってくる場合も想定しておこう。
それから少し経ち、月夜を羽ばたいている鷲の鳴き声が聞こえた頃、森の奥に人影らしきものを見つけた。人影はざっと20人程確認できる。これはいきなり戦闘開始という流れか?月光が人影の姿を明らかにしていく。両手に手甲鈎をはめている人物が笑っているのが見えた。
「おい、もしかして来たのは2人だけか?確かに身代金と商会の娘をよこせとは言ったが…。はっはっはっは!商会の会長とやらもひでえな!大事な一人娘に大金を預けて、たった1人の護衛を付けただけなんてな。同情するぜ、お嬢ちゃん。」
開口一番がこれだった。確かに盗賊団との人質交換で2人だけって、ちょっと怪しかったかな…?一応、向こうを油断させる狙いがあったのだが、少しやり過ぎたか?
「まあ、いいや。おい、そこの護衛野郎。オレら相手にひとりで来た度胸に免じて、この場は見逃してやる。さっさとお金を置いて消えろ。」
「……商団員はどうなる?」
「ああっ!ちゃんと解放してやるよ。まあ不慮の事故ってこともあるからな。生きて帰れればいいな。」
この発言で彼らが人質を解放する意志がないことは明確だった。但し、いまこの場で戦闘をしても、アジトの場所がわからないから、あまり利口な判断とも言えない。
「さあ、早く行きましょう。商団員の無事を確認させてもらうわ。」
「おお、いいねえ~お嬢ちゃん。お嬢ちゃんがおとなしくしてくれりゃ、商団員も早く解放されるってもんだ。」
「あなた、もう帰っていいわ。大丈夫、安心して。商団員は絶対帰ってくるから。」
なかなかの演技でしょ?大根役者のちょっと上ぐらいの力量はあると思うよ。
「…わかりました。お嬢様、どうかご無事で。」
ミグロス…笑うのを堪えているな…。ちゃんと演技しろ。
アジトはそこから小1時間歩いたところにあった。聞いていた通り、小高い丘と洞窟を利用している。盗賊と私は小高い丘の上に建てられている小屋に入った。
「アニキー!いま帰ってきましたぜ!」
「キルス、早かったな。うまくいったみたいだな。」
こいつがキルス・パーだったのか。ということは、アニキと呼ばれたこの男がグリトフ・パーか。確かに強そうだな。
キルスは待ち合わせ場所での出来事を話すと、グリトフは手で顎をさすりながら黙ってしまった。
「妙だな…。カラブゾン・フェネルは家族はもちろん、商団員を家族のように思っているという話だ。それがいくら人質との交換とはいっても、大事な一人娘をそんな簡単に差し出すとはな。
おい、キルス。そこの女は本当にテレジア・フェネルか?」
「まさかアニキ、あの女が偽物だとでも。」
「ああ、娘の身代わりに奴隷でも使うってなら、こんな簡単に手放したのも頷けるからな。」
油断しているとは思ったが、四天王クラスともなるとそうでもないらしい。ある程度の慎重さを持っているようだ。
「だけどアニキ、仮にあの女が偽物だとしても、あれぐらいの上玉だったらいくらでも利用できますぜ。金は本物みたいですし。」
「ああ、まあそうだな。どうせ商団員を解放するつもりはないからな。即戦力として一味に入れてやってもいいが、最悪は奴隷商人に売ってしまおう。
くっくっく…。今回は大儲けだったな。」
私のことはもう忘れたかのように、話は進められていく。さてどうしたものか。当初の計画では、寝込みを襲うかと思っていた。たぶん味見だとか言って、こっちを襲ってくると思っていたから…。その時にひと思いにグサッと的な感じで考えていた。
だけど、よくよく考えたらそうならない可能性もあるからな…。油断しているところを襲うという意味では、いまが絶好のチャンスだと思う。ここには私を含めて3人しかいない。しかも密室。2人とも武器は持っていない。……よしっ!やるか。
「レストレイント、サイレンス」
魔法の同時詠唱で、2つの魔法を同時に発動する。同時詠唱は高度テクニックだ。レストレイントは呪縛魔法の中位に位置する。相手の動きを封じる魔法で、その拘束力は大型の魔物でも有効だ。
一方、サイレンスは音を遮断する特殊魔法だ。大声を上げられて助けを呼ばれても困るからな。小屋全体にサイレンスをかけたから、小屋からは何も聞こえないはずだ。
「なんだこれはっ!くそっ!動けん。てめえ、ただの奴隷じゃないな。」
私はミラージュを解いた。
「残念でした。奴隷じゃないし、女でもない。」
「てめえ、何モンだ!」
グリトフは顔に青筋を立てて叫んでいる。キルスは状況が飲み込めない様子で、だまってこちらを見ている。
「私が何者かは知らなくていい。…そうだな、地獄で弟に聞いてみるんだな。」
地獄で聞いてみるんだな、これは私の好きな漫画「ザ・チャンピオン」に登場するフレーズだ。ちょっと言ってみたかっただけなんだけど…。少し恥ずかしい…。
「何が、地獄で弟にだ。弟のオレはここにいるぜ…。はっ、もしかしてラドンのアニキを殺ったのは…。」
キルスの質問に、微笑みで答えた。ここまでだな、そろそろ終わりにしよう。
「てめえがラドンを…。ゆる…えっ?」
グリトフはおそらく「てめえがラドンを…ゆるさねえ!」的なことを言おうとしたんだろうが、その瞬間に一筋の光が見えた。それと同時にグリトフの目には私の足が映ったのだ。そう、たったいま、彼の首と体は今生の別れを迎えたのだ。
「あっ…あっ…アニキ…。うわー。アニキがー、アニキがー、アニキー!」
キルスは我を失っていた。それに失禁もしているようだ。床が濡れている。哀れだな。しかし、同情する余地はない。彼らは多くの人に同じようなことをしたのだから…。
「地獄で後悔するがいい。」
キルスの首はそのまま床に落ちた。ちなみにこれも漫画から拝借。
それにしても元いた世界では考えられないぐらい、恐ろしいことをしている。いくら凶悪な犯罪者とはいえ、人を殺しているのだから…。だけど後悔だけはしないようにしよう。覚悟はしたのだから…。
小屋を出た後は、当然のように盗賊団と戦闘になった。戦闘と言えば聞こえはいいが、それは一方的な展開だった。彼らにグリトフとキルスの首を見せると、戦意を喪失して一目散に逃げ出したのだ。
だけど、このまま逃がすわけにはいかなかった。「ヴァン盗賊団」はまだ健在だから、彼らが他のグループに合流しても困ると思ったからだ。
彼らが逃げられないように、アジトの敷地全体に呪縛魔法「アンチフィールド」を発動して、ここから出られないようにした。その後はさっき言った通り、盗賊約50人を相手に無双した。ただ殺しはしなかった。ある程度痛めつけてサンドワイヤーで縛った。生きて罰を受けることも大事だと思う。
盗賊団のひとりから、捕えられている商団員の場所を聞いた。
これで任務完了かな?
気付けばウルダー山の方の空が白んでいた。
読んで下さり、ありがとうございます。
シルクバードの話は思い付きで入れてみました。
もう少し話の展開を早くできればと思います。




