第2話 決意の儀
新年明けましておめでとうございます。
昨年は初回の1話しか投稿できませんでしたが、今年から本格的に投稿していきたいと思いますので、
宜しくお願い致します。
「さて、説明は以上となりますが、いまの状況が少しは理解できたでしょうか?あまりこの説明だけに時間を費やすわけにはいきませんので、続いて今後の流れを説明します。」
フローランが気を引き締めたかのように言う。
「この後は実際の転属に向けて導入研修を受けてもらうことになります。具体的には、『決意の儀』、『導入研修』、『誓願の儀』という流れになります。」
「決意の儀」…?それは何だろうか…?研修前に何かをするのかな?聞く限りだと、異世界に転属してもがんばります!的な決意表明のことかな。てか、転属は既定路線で話を進められているような…。
「まず『決意の儀』をこの場でして頂きます。具体的には今回の人材転属行為を受けるか否かを決めて頂きます。」
おっと…、既定路線じゃない!?
断ることもできるのか。まあ、こちらとしては、強制連行されたようなもんだし、当然といえば当然か。
「断ることもできるようですが、拒否した場合、私はどうなるのでしょうか?」
「拒否された場合は、ここでの記憶を抹消した上で、元いた世界にお返しします。今回の場合で言えば、ネコを見つける直前です。当然その時はネコもいなくなります。そもそもネコは私ですから。」
「その場合のペナルティみたいなものは…?」
「現時点ではペナルティは課されません。但し転属後の途中棄権については、ペナルティが課せられます。例えば、重いペナルティで言うと、動物や虫への即時転生とかですね。」
動物や虫って…絶対にイヤだ。拒否するなら、いまの内ということか。
「それでは転属を承諾した場合、元いた世界での私はどのような扱いになるのでしょうか。」
「その場合、あなたは元いた世界で不慮の事故により死亡したということになります。当然あなたの国家における戸籍の上でも死亡になります。」
なるほど。つまりこれは異世界への「転属」というより「転生」に近いな。ポジティブに考えれば、異世界とはいえ人生をやり直すチャンスをもらったような感じか。ふむ、そう考えるとちょっとワクワクするな。
本来であれば、こういうことは真剣に悩むべきなんだが、正直、心がある方向に傾いているのがわかる。そう、「承諾」という方向に。
だって、元いた世界のカツカツな生活に戻ることを考えると、ネガティブなことしか頭に浮かんでこない。そして親しい人も特別にいるわけではないので、未練というのも感じにくい。それに真剣に悩むといっても、時間を費やせば良いというわけではないし、思い切って今の自分の気持ちに素直になってみるのもアリか?
「あの……そろそろ回答を頂きたいと思いますが…。」
考え込んでいる私を見て、フローランが催促するように言う。どちらにしても悩む時間も十分にくれそうもない。よしっ、じゃあやってみるか。何とかなるだろう……。
「わかりました。今回の人材転属行為を受けることにします。よろしくお願いします。」
「承知致しました。まずはお礼を申し上げます。それでは『決意の儀』ということで、この言葉を力強く言って下さい。」
フローランがほほえみながら、1枚のフラットファイルを渡してくる。表には「決意の儀」と書いてあるな。ってか、日本語なんだ…。んっ?ページをめくると何か書いてある。
「それではお願いします。えっと、真東を向いて下さい。こっちですね。」
フローランに言われるがまま、真東と示された方向を向いて、直立不動の状態で言う。
「決意の儀
私、月代結城は、ここに宣言致します。
神々のお導きに感謝し、平和管理委員会の設立の精神を心に刻み、
異世界の人々の幸福と、世界の更なる発展のために、精神誠意尽力
することを。
すべては人々の幸福のために。そして自分の幸福のために。
異世界転属者 月代結城」
「はい!ありがとうございました!良かったですよ、初めてとは思えません。」
何これ?めちゃくちゃ恥ずかしかった。調子に乗ってやってみたが、すでに少し後悔している…。顔、熱い!それに初めてって…何回もやる人いるの?少し苦笑いをする。
「これにて『決意の儀』は終了となります。早速ですが、導入研修に入りたいと思います。では…」
フローランがそう言うと、右手の指をパチっと鳴らす。その瞬間、フローランと私の間で、ひとつの光が瞬き、気が付くとまわりの景色が変わっていた。部屋に机とイスがひとつずつ置いてある。そう、学校の教室みたいな場所に立っていた。おお、黒板と教壇もある。
「導入研修では、座学と実習を行います。主に転属先となる異世界に関する基本情報を習得及びそれを実践できるようになってもらい、その世界で生き抜くための基礎力を身に付けることを目的としています。」
そうか…いきなり異世界に行って、万が一にでも、すぐに死んでしまったら元も子もないからな。助かる。
「そうですね。世界をどうこう言う前に、まずは生き抜いてもらう必要がありますからね。」
フローランが、こちらの考えを見通したかのように付け加える。心を読まれてるのかな、もしかして…。
「導入研修では、もう一人職員を追加して、2人体制で実施します。座学担当は私です。そして、実習担当は…」
その時、教室の扉がガラガラっと開いて…。
「がはははは!今回の転属対象者はお前かっ!見た感じ、元いた世界ではあまり身体を動かしてなかったようだな。俺はオーレット。お前の実習担当だ。よろしくな!」
うわっ…。なんだこの、いかにも体育教師ですみたいな人は。しかも服装が、Tシャツにジャージって…。髪は白で短髪、髭も真っ白。身長高いな…、190cmくらいか?そして服の上から見てもわかるけど、筋肉隆々だな。お手柔らかに、筋肉爺さん。
しかし、オーレットの言う通りなんです。私は最近、というより大学に入ってから今まで運動という運動をしていなかった。高校卒業までは空手と剣道をしていたので、それなりに身体は引き締まっていたのだが。それが運動をやめてしまったのと、仕事なんかのストレス食いが原因で、メタボの仲間入りを果たしている。このままだと成人病予備軍ではなく、成人病の幹部候補になりそうだ…。そんなことを思っていると…、
「まあ、これはこれで鍛えがいがあるというものだ。楽しみに待っていてくれ。安心しろ、そんなに厳しくしないから。」
ああ、これは相当厳しく鍛えてやるというフラグな気がする。いやっ、絶対そうだな…。まあダイエットだと思って、健康のためにもがんばるかな…。異世界に行った瞬間、病気で死亡も嫌だしな…。糖尿病とかシャレにならないし…。
「オーレットさん、冗談はそのぐらいにして、話を進めましょう。導入研修は約1ヵ月、睡眠以外はすべて研修にあてますので、そのつもりでいて下さい。」
…………。さりげなくすごいことを聞いたぞ。睡眠以外は研修!?食事もないのか?まさかな…言葉の綾だよな…。食事休憩ぐらいゆっくり取りたい。
「ああ、食事はありません。というより、今の状態では必要ありません。ついでに言うと、本当は睡眠も必要ないんです。しかし、身体的には問題なくても、どうしても精神的な疲労はある程度蓄積されていくので、そういった意味での休憩時間は取ることにしています。まあ1日3~4時間程度といったところでしょうか。」
フローラン…、絶対に私の心を読んでいるよな…。それよりもそんなハードにやるの!?4,5回ぐらいは確実に死ぬな。走馬燈って見られるかな…。
「おい、それなら、早く研修を始めちまおう。エネルギー転換は済んでいるのか?」
オーレットがせわしく言う。何かすぐにでも研修、特に実習を開始したい感が丸出しだな。ちょっと…最初からとばさないでほしい…。
それにしても、エネルギー転換?なんだろう、それ…?ああ、精神エネルギー絡みのことかな、おそらく。たしか、精神エネルギーをその世界に適したものに転換するんだったよな。
「転換の儀式はこれからなんですが、実はそのことについて、平和管理委員会から通達がありました。何でも…」
フローランはそこまで言うと、私に背中を向けて、オーレットと小声で話し始める。
「何っ!?そんな運試しみたいなことをやるのか!まあ、もしも全部ハズれた場合は、必要最低限のものに転換して、研修で可能な限り鍛えるしかないか…。それにしても、委員会の連中も何を考えているのか…。」
オーレットが半ば哀れんだ顔でこちらを見ている。
「まあ、運も大事だという見解らしいです。しかし、これ自体が決して悪い方向に行くとは限りませんし、もしかしたらリターンの方が圧倒的に大きいかもしれませんよ。」
フローランもこちらを見る。あの顔は、期待と慰め半々という感じだな。
「それでは、エネルギー転換を行います。」
異様に明るい表情をしたフローランが、転換の儀式の開始を宣言したところで、目の前にひとつの大きな白い箱がポンっとあらわれた。
読んで下さり、ありがとうございます。
今後とも宜しくお願い致します。