2日目その1
「怖い夢見て泣くってどうよ。」
俺の頭をヘッドロックしながら、
フォークに刺さった朝食バイキングのソーセージをリクが齧っている。
「ちょっとリク行儀悪いわよ。」
ユキコがリクに注意する。でも確かにリクの言う通りだ。
成人して、まさか夢が怖くて泣くなんて思いもしなかった。
クミにも幻滅されただろう。
「悪夢で泣いちゃうなんて、ちょっと可愛いかも。」
笑っているクミ。もしかして、クミはアホの子なんだろうか。
いやそんなことはないだろう。たぶん、俺を気遣ってくれているんだ。
優しさが痛い。
こんな気持ちのままじゃダメだ。せっかくの旅行が楽しめない!
切り替えよう!
皿の上のロールパンを手に取りかぶりつく。
冷めていて不味い。
「また魔導列車だね。次はケスタレアかな。」
・・・
4人でケスタレア駅に降り立つ。
「本日のホテルはここですのでお間違えの無いように~。」
例のごとく、ツアー案内が看板を持って連絡事項を述べている。
「今日はここか~。やっぱ栄えてるね~、ケスタレアは。」
辺りをキョロキョロするユキコ。
「なんかユキコ田舎者っぽいよ。」
「あ、自分がヒサイア出身だからって調子乗ってるな~?」
そういうと、ユキコの両手がクミに襲い掛かる。
「ちょ、やめてよ。」
ユキコに体を擽られて、クミが体を左右にくねらせている。
なんだかエロい。
「おい、ダイスケ。何かエロいな。」
リクがこそこそと耳打ちしてくる。
やはり同じ男同士、感じるものも同じようだ。
「うん。」
「お前、クミちゃんと付き合い始めたんだろ?上手くいくといいな。」
そこそこでかい声で言った後、リクが親指を立ててくる。
やめろ。クミに聞こえたらどうするんだ。その天に向かって遠慮なくそそり立った親指、
二度と空を仰げないようにしてやろうか。
などと言いたい気持ちを押し殺して、
「ああ、ありがとう。」
と小さい声で答えておいた。
リクは基本的にいいやつだが、たまに空気が読めない時がある。
この旅で彼が何かを学んでくれたらいいな。
と悪夢で泣いてしまった22歳の成人男性が心の中で思う。
「ケスタレアに来たんだからやっぱり城跡かな?」
クミがパンフレットを見ながら悩んでいる。
「うん、俺もケスタレア城跡は見たいかな。」
「11日目にももう一回ケスタレアで泊まるんだよね?」
ユキコもクミが見ているパンフレットを覗き込む。
「確かそうだったよ。」
「んじゃ、ゆっくり見てまわれるな。まわり損ねても11日目に見ればいいんだし。」
「ああ。リクは見たいところあるか?」
「特にない。」
「だろうな。」
「んじゃケスタレア城跡でいいかな?」
ユキコが確認する。
「賛成。」
「はーい。」
「俺は基本拒否しない。みんなについてくから。」
・・・
「へ~。ここに王様が座ってたんだな。」
珍しくリクが興味を示している。
ケスタレア城跡内の謁見の間に飾られている、玉座に惹かれているようだ。
「リク、ケスタレア王朝に興味があるのか?」
「王朝にっていうか、何となくかっこいいだろ?王様だぜ。」
「お、おう。そうか。」
思いのほか浅い理由を熱烈に語るので少し引いてしまう。
「座っていいかな?」
「バカチン!あれが読めないの?」
「痛い痛い、千切れるから!冗談だから!俺の大切な耳!お願い千切れないで!」
ユキコに耳を引っ張られながら、
玉座のそばに立てられている、
立ち入り禁止の看板の前まで連れていかれるリク。
「痛そ~。」
「自業自得でしょ。ふざけるからだよ。」
引っ張られていくリクをクミと二人で眺める。
これがリクではなく、流れ星だったらロマンチックだったのに。
そんなことを考えていた。
「昔の勇者達はここで王様とお話してたんだね。」
「そうだね。どんなことを話したんだろうね。」
「やっぱり国の行く末についてとか、魔女の討伐についてとかかな。」
「案外馬鹿な事とかも話してたりしてね。」
「ふふふ。そうだったら面白いね。」
「ダイスケ、クミちゃん。助けて。右耳無くなっちゃう。」
「大丈夫だ。お前には左耳があるだろ。」
「どっちもあってほしい!切に!」
・・・
「スターフィッシュだって!」
カラっと揚がった魚にあんかけが掛かっている。
「俺食ったことないや。」
「俺も俺も。」
「昔はよく食べられてたみたいだよ。ラキラキ湖で捕れるんだって。
最近は主に観賞用みたいだけど。」
「観賞用?」
クミに聞き返す。
「キラキラ光って綺麗でしょ、この魚。
別名宝石魚って言って、鱗の光り方によっては10万ガル以上するのもあるんだって。」
「マジ?俺この旅終わったらラキラキ湖に捕まえにいくわ!」
目を輝かせたリクがワクワクした顔で腕まくりする。
「だめだよ、リク君。今はスターフィッシュ許可なく獲ると捕まるよ。
獲っていいのは許可を得た漁師さんだけ。」
クミが優しくリクを諭している。
「マジかー。でも漁師かー。ありっちゃありだな。」
一体何がありなのか。
そもそもクミの発言はそういう意図で言ったのではないというのに。
まあいいや、めんどくさいからほっておこう。
「美味しい。くだらないこと言ってないでみんなも早く食べたら。」
ユキコが先にスターフィッシュに箸を付けている。確かにそれが賢そうだ。
パンも魚も冷めるとまずいからな。
・・・
「んじゃ寝るわ~。」
そう言ってリクが隣のベッドに潜り込む。
「おう、おやすみ。」
「今日は怖い夢見ないといいな!」
布団から顔だけを出し、ニヤニヤした顔でこっちを見ている。
「はいはい。おやすみ、また明日な。」
リクの前では平静を装ってみたが、本当は瞼を閉じるのがすごく怖い。
またあの変な明晰夢をみるんじゃないかという恐怖。
俺は布団の中で震えながらゆっくりと目を閉じた。
・・・
覚悟はしていた。
していたつもりだった。
それでもやはり、実際にそうなってしまうとがっかりするものなんだ。
俺はまた例の明晰夢の中にいた。
辺りは見た感じ、賑やかな繁華街のようで、
この間の夢のように白黒ではなく、現実世界と同じようにカラーだった。
なんだこれ。自分が右手に何かを持っていることに気づく。
『モンスター闘技場ケスタレア支店本日開店!』
どうも看板のようだ。
眼の前を緑色の髪の女の子が横切る。
「あ。」
間違いない。白黒じゃないが、昨日の夢でブローチを買っていった女の子だ。
この子が、昔話に出てくる勇者『山尾ナモミ』なんだろう。
この時おれは、子供のころ母さんに読んでもらった昔話を、
頭の引き出しの奥から必死に引っ張り出そうとしていた。。
そうだ。確か勇者ナモミはケスタレアでギャンブルをして、素寒貧になってパーティ内でケンカするんだ。
それを思い出した俺は慌てて俺の目の前を通り過ぎていくナモミを呼び止める。
「あの、ちょっと!」
「ん?お兄さん何?」
「今日開店のモンスター闘技場です。面白いですよ?いかがですか?」
「ん~。あたし今からアイス買いに行くから忙しいんだよ。」
「そんなこと言わずに!お願いです。俺が困るんです!」
必死だった俺はナモミの肩に思わず両手を掛ける。
「!!ちょっと、お兄さん怖い、やめて!」
そう言うと、ナモミは俺の手を振りほどき、走って逃げて行ってしまう。
俺はこの後どうなるのかを少し考えた後、地面に崩れ落ちた。