0日目
実家に帰るのはいつ以来だろう。
大学1回生の時には帰ったんだっけ。
2年以上は帰ってないのか。
彼女出来たことも言わなきゃな。
実家へ帰省する夜道、俺はそんなことを考えていた。
ユウスケ、喜ぶかな。
左手に持ったビニール袋を上から覗き、さっき駅のデパートで買ったボードゲームが包装されて入っていることを確認する。
実家の明かりがついている。まだみんな起きてるのか。
帰るって言ってないからビックリするだろうな。
重い荷物を持ち続けたせいで、感覚のなくなっている手で玄関のノブを下げる。
「ただいまー。」
「おかえり。ダイスケ帰ってきたの?連絡くれれば、駅まで迎えに行ったのに。」
「ちょっとびっくりさせようかなと思って黙って帰って来たんだ。
ユウスケは?」
「ユウちゃん、さっき寝かしつけちゃったわ。お気に入りの絵本を読んであげたら、もうぐっすり。」
「まっしろ大陸?」
「そうそう。最近はだいぶ頑張って起きてられるようになってきたけど、お話が終わるまではまだ無理みたいね。」
「長いからね、あれ。俺も昔、よく母さんに読んでもらったよね。」
「そうだったわね。」
「あれがあったから大学でも歴史学専攻したんだよ、俺。」
「そうなの?じゃあユウちゃんも、将来は歴史学者さんになっちゃうのかしらね。ふふふ。
ダイスケ、ご飯はもう食べたの?」
「スズと父さんは食べた?」
「スズは今日から3日友達の家にお泊り、お父さんはまだ仕事。」
「そっか、じゃあ先に貰おうかな。あ、その前に風呂入ってもいい?めっちゃ汗かいたんだよ。」
「沸かしてあるわよ。入っておいで。」
・・・
チャポン。
「あぁ~。」
蝉の声が響き渡る暗闇の中、重たい着替えや土産物を運んできた手が、じんわりと感覚を取り戻す。
「ふぅ。」
湯船の中で明日からの旅行のことを考える。
明日から、同じゼミの同期4人で歴史跡地をまわる11泊の旅行に出かける。
1回生の時からずっと一緒に行動してるリクとユキコ。
そして、最近告白してオッケーをもらえたクミ。
クミとユキコは友達で、クミは、俺がリク達と3人でいる時、ちょこちょこ話し掛けてきた。
そんなちょこちょこが続いていくうちに、俺はクミのことが好きになっていて、一昨日気持ちを伝えた。
告白した時はすごくドキドキしたが、いい返事をもらえてよかった。
内心、明日からの旅行で何か進展があるんじゃないかと胸を躍らせている。自分が自分で情けない。
・・・
「ダイスケ、おかえり。」
風呂に入っている間に帰って来たのであろう。
父が食卓に付き、グラスにビールを注いでいる。
「あ、父さんおかえり。仕事おつかれ。」
「おう、お前もビールどうだ。」
「もらおうかな。」
「母さんも飲むかい?」
「いただこうかしら。」
そう言って、母さんがキッチンからグラスを2つもってくる。
「ダイスケどうだ、大学の方は。」
「単位も何とか取れてる。ゼミにも入ったよ。」
「そうか。順調そうで何よりだ。」
「あ、あと彼女できた。」
「彼女だって。聞いたか母さん。ダイスケも、もうそんな年なんだな。」
「今度一回連れてきなさいよ。どんな子か見てみたいわ。」
「出来たばっかりだからね。もっと仲良くなったら連れてくるよ。」
「いつまでこっちにいるんだ?」
「実はもう明日の朝、出ようと思ってる。ゼミの同期達と夏休みの間に、歴史の勉強がてら歴史跡地をまわる旅行をしようってなってさ。」
「そうか、忙しないな。その旅行は何泊ぐらいするんだ?」
「11泊。」
「11泊ってお前。」
「ツアーなんだ。ケスタレアとヒサイアほぼ全部まわるからね。」
「バイト代だけで足りるのか?ちょっとカンパしてやるよ。」
そう言って父さんが使い古した財布から30000ガルを取り出す。
「ええ、悪いよ。」
「いいよ。大学生のうちは親のスネ齧っとけ。」
「ありがとう。」
建前上一旦断りはしたが、
正直なところ、この旅行資金を捻出するために昼飯を抜いたり、
魔導列車賃を浮かすために徒歩で大学から下宿先に帰ったりしていた俺にとっては、
かなり有難かった。
「ねえちょっと。旅行はいいけど、もしかしてさっき言ってた彼女も来るんじゃないでしょうね?
ダメよ。男女で旅行なんて。」
「まさか。野郎4人の寂しい旅行だよ。」
「そう、ならいいけど。」
なぜこういう時に女は勘が鋭いのか。
女の勘ではなく、母親の勘なのか。
そんなことをもやもやと腹の中で考えながら、
母さんが作ってくれたサバの味噌煮と白米を口にかき込む。
「あ、そうそう。夏休み中に、ユウとスズも連れてお母さんの実家に行こうって話してるんだけど、
ダイスケも来る?」
「旅行が終わった後だったら大丈夫だよ。バイトは夏休み中休ませてもらえるように言ってあるから。」
「そう、じゃあダイスケも行くってことでいいわね。」
「5人で旅行は久しぶりだな。」
「ユウも喜ぶわよ、たぶん。」
「丁度良かったよ。このまま旅行行って、下宿先に帰っちゃうとユウスケと遊べないからね。
あ、そうだ。」
帰ってくる途中デパートで買ったおもちゃを思い出す。
「母さん俺の荷物は?」
「階段のところに置いてあるわよ。」
席を立ち、廊下を通って階段に立てかけられているビニール袋の取っ手をおもむろに掴み、ダイニングに戻る。
「これお土産に買ってきたんだ。ユウスケ喜ぶと思ってさ。」
「あら、悪いわね。何なの?」
「神様ゲームっていうボードゲーム。結構昔からあるみたいでね。
まっしろ大陸がモチーフになってるんだってさ。」
「ありがとう、ユウちゃんも喜ぶわ。でもボードゲームだとまだちょっとユウちゃんには早いかもね。」
「そうかもね。箱の裏に戦略性がどうのとか書いてたし。」
「すぐ大きくなるさ。ユウスケも。」
心なしかビールを煽る父さんが寂しそうに見える。
「んじゃ、そろそろ寝るわ。明日早いし。」
「おやすみ。旅行気を付けてね。」
「またばーちゃん家行くときにな。」
「うん。おやすみ。」
・・・
まっしろな建物の中にいる。足元がふわふわする。
なんだろう、建物の外から雷のような轟音が聞こえる。
初めて経験する。これは明晰夢って言うやつだ。
これが現実じゃなく夢だと、なぜかわかる。
左手に何かを感じて視線を左側に移すと、小柄な女性が俺の手を握っている。
「あなた、こうするしかないのよね。」
隣にいる女性が、眼の前にある水晶に触れようとしているようだ。
「あたし達の世界が救われることはなかったけれど、
次の世界で、あの子達はきっと平和な世界を取り戻してくれるはず。
あたし達の最愛の娘。どうか幸せに。」
そう言い終わると、女性は眼の前の透明な球にそっと触れた。
・・・
ミーンミンミンミン。
ミーンミンミンミン。
暑っちぃ。蝉の第九を聞きながら、怠い体をのっそりと起こす。
もう朝か。変な夢だったなぁ。
・・・やばい、集合時間に遅れる。急がないと。