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第六章 失踪

 シノンの邸では、テミスがパーティーの準備に追われていた。外はすっかり夕闇に包まれており、後はマーンとナターシャを待つばかりとなっていた。

 シノンは忙しく動き回るテミスを、部屋の隅の椅子に腰掛けて眺めていた。

( 偶然かな? )

 シノンはテミスを見てそう思った。彼女とは、久しぶりに訪れたガイア大学でたまたま知り合った。そして彼女の名を知って驚いたのだ。テミスという名は、彼の元妻の名前と同じなのである。しかし、二人は似ても似つかない。カシェリーナにテミスを紹介した時、彼女もその名を聞いてギョッとしていた。しかしカシェリーナは一切その事には触れず、テミスとも「大学では講師と学生の関係」という約束をしていた。

( 何かの巡り合わせか? )

 無神論者のシノンが、そんなことを考えてしまった。

( 下らんな。偶然さ )

 その時、玄関の呼び鈴が鳴った。テミスは手を止めて、玄関に走った。

「いらっしゃい……」

 満面の笑みでドアを開いたテミスは、そこに立っていたナターシャを見て仰天した。髪は乱れたまま、顔は血の気がすっかり引いていて青いと言うより白くなっていた。服装も部屋着のままで、化粧もしていない。ナターシャは元々奇麗な顔立ちなので、それほど化粧はしないのだが、それにしてもその時の彼女は、本当にスッピンだった。相当慌てて来たようだ。

 シノンもテミスがなかなか戻って来ないので、玄関に出て来た。そしてそこにいた嘗ての同居人の、あまりにも悲しそうな顔を見て、びっくりしてしまった。

「どうしたんだ、ナターシャ?」

 シノンに声をかけられて、ナターシャはいきなり大声で泣き出し、シノンにしがみついた。

「おい、ナターシャ、どうしたんだ?」

 シノンはもう一度尋ねた。しかしナターシャは泣きじゃくるばかりで、何も答えようとしない。シノンはテミスと顔を見合わせた。


 カシェリーナとレージンは、コペルニクスクレータから少し南に行ったところにあるホテルドームの中の一つのホテルに部屋を取り、レストランで食事をしていた。

「いつ以来かな、こうして晩飯を一緒に食べたのは?」

 レージンが尋ねた。カシェリーナは鼻の頭に右手の人差し指を当てて、

「うーん。いつ以来かしら? 忘れてしまうくらい、放っておかれた気がするわ」

「おいおい、他人聞きが悪いぞ。放っておいたのは、お前の方だろう?」

 レージンの反論にカシェリーナはペロッと舌を出して、

「ごめーん。ちょうど大学の講師になれるかどうかの瀬戸際で、どうにも動きが取れなかったのよ」

「ま、念願のガイア大学の教壇に立てるかどうかってことだったんだから、そのことをどうこう言うつもりはないけどさ。よく休暇が取れたな?」

 レージンはパンをちぎって口の中に放った。カシェリーナはコーヒーカップを手に取り、

「大学にとっても、式典出席者がいるのは大変な名誉ですからね。教授会も、理事会も、諸手を上げて賛成してくれたわよ」

「結局は損得勘定で許可された休暇ってことだな」

 レージンは、パンをコーヒーで流し込んで言った。

「そんな言い方されると、身もふたもないけどさ」

 カシェリーナは肩を竦めた。その時、彼女のバッグの中の携帯が鳴り出した。

「おい、バイブにしてないのかよ? 恥ずかしい奴だな」

 レージンの指摘にカシェリーナはムッとして、

「うるさいわね、ちょっと忘れただけよ」

と立ち上がり、化粧室に行きかけたが、人が何人かいるのが見えたので、仕方なくレストランの外に出た。

「お父さんから? 何かしら?」

 カシェリーナは不思議に思って携帯に出た。

「どうしたの、お父さん? マーン先生達と、パーティーの最中じゃないの?」

 電話の向こうのシノンの声は、とてもそんな楽しそうな雰囲気ではなかった。

「マーン君が行方不明になった。ナターシャの話では、何者かに拉致されたようだ」

「何ですって?」

 カシェリーナはつい大声を出してしまい、周囲を見回した。幸いそばには人はいなかったので、彼女はもう一度シノンに尋ねた。

「行方不明って、警察には連絡したの?」

「無論だ。しかし、現実問題として、彼が拉致されたという証拠がないし、犯人から何か要求があったわけでもないから、取り合ってもらえなかったそうだ。もう一日待って、それでも帰らなかったら、届けを出してくれと言われたそうだ」

「そんな。悠長過ぎるわよ」

「わしもそう思うんだが、警察の言い分も正当だからな」

「そうだけどさ……」

 カシェリーナは憤懣やる方ないという顔をした。

「戻って来られるか?」

「ええ、何とか」

「すまんな、大事な式典に出席するところなのに」

 シノンの言葉にカシェリーナは、

「何言ってるのよ。マーン先生がいたからこそ、今の私があるのよ。式典なんか、私がいなくたって何の支障もないわよ」

「そうか。気をつけて戻って来てくれよ」

「ええ」

 カシェリーナは携帯を切ると、大きな溜息を吐いた。

「どうしたんだ?」

 カシェリーナがいつまでも戻らないので、痺れを切らせたレージンは、さっさと会計をすませてレストランを出て来た。

「どうしたんだ、カシェリーナ? 何かあったのか?」

 カシェリーナは深刻な顔でレージンを見て、

「マーン先生が拉致されたらしいの」

「何だって? どういうことだ?」

 興奮して問い質すレージンにカシェリーナは冷静に対処した。

「まだ何もわかっていないわ。わかっているのは、マーン先生が行方不明だということ。ただそれは、ナターシャさんの話なの。それだけでは、判断しかねるでしょ?」

「そうだな。それで?」

 レージンは先を促した。

「私、地球に帰るわ。式典は欠席するかも知れない」

「仕方ないだろう。式典なんて、勝手に進めてもらえばいいさ」

「そうね」

 カシェリーナはすぐに部屋に戻り、帰り支度を始めた。

「俺は帰るわけにはいかないから、教授達によろしくな」

「わかったわ」

 二人は熱いキスをかわして、別れた。


 コペルニクスクレータの中枢に位置する大統領官邸には、新しく就任した大統領が登庁していた。その官邸の脇にある軍司令本部に、司令長官になったバラムイア・サランドはいた。

 バラムイアは、前任者のガルガロイ・ダンドルがゲスに暗殺され、ララルが核融合砲で蒸発してしまったために、司令長官に納まる事のできた、運のいい男である。しかし彼は、不安になっていた。

「過激派の連中が、鳴りを潜めているのも気になるが、地球にいるスパイからの情報の、半年前に地球で起こったクロノス盗難未遂事件の話も気になる。何者かが、噂に聞くサードモンスタープランを復活させようとしているというのか? )

 バラムイアは、回転椅子を軋ませて立ち上がった。

「もしそんなことになれば、今度こそ月は立ち直れないほどのダメージを受けるだろうな」

 彼は窓の外の夜景に目を向けた。彼がいるのは、司令本部ビルの百二十階で、コペルニクスクレータが一望できる位置にある。

「式典を六日後に控えて……。緊張するあまり、取越苦労をしているのか?」

 バラムイアは自嘲気味に呟いた。


 カシェリーナは、タクシーでホテル群からさらに南にある宇宙港に向かっていた。

( 先生がどうして拉致されたの? 一体何が起こっているの? )

 彼女は、ナターシャが嘘を言っているとは全く思っていない。マーンは間違いなく何者かに連れ去られたのだ。となれば、それは何を意味しているのか? 今の彼女には、それはわからなかった。

「何とか最終便に間に合いそうですよ、お客さん」

 妙に愛想のいい運転手が声をかけて来たので、カシェリーナはハッと我に返り、

「あ、ああ、そう。ありがとう」

と答え、窓の外を見た。

( 先生……)

 カシェリーナは、もう大学時代の恩師であるダウ・バフ・マーンに一年以上も会っていない。彼がナターシャと結婚したのが四年前で、二人の新居が完成したのが一年前。カシェリーナはその新居にお祝いを持って行って以来、マーンと会っていなかった。時折ナターシャから電話があって、彼女とは話す事はあったが、マーンとは話す事はなかった。マーンはナターシャと新居で暮らし始めると同時に、大学も辞め、執筆活動に打ち込んでいた。そのせいで会えなかったのかというと、そうでもない。シノンやその他の人間は、マーンと会っていたのだ。

( 私、避けられているのかな? )

 あまりマイナス思考ではないカシェリーナも、落ち込みかけたほどだった。しかし、これには驚くべき理由があったのである。

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