第二十一章 意外な黒幕
デイアネイラの先端が開き、主砲が現れた。砲身が輝き出し、エネルギーの充填が始まった。
「コペルニクスクレータもこれでおしまいだ」
リノスは主砲の発射レバーを押した。砲身の輝きが増し、光束が放たれた。
「遅かったか!」
エウロスはその光を見て、キャプテンシートから立ち上がった。デイアネイラの放った光束は、コペルニクスクレータのドームを貫き、地面に突き刺さった。やがてクレータ全体が白く輝き、コペルニクスクレータの内部は一瞬にして燃え尽きてしまった。
「私の、私のこの五年間は一体……」
脱出用の宇宙船からコペルニクスクレータの惨状を見ていた大統領はひどく狼狽して言った。
「次はアルフォンススです、リノス」
サングラスの男が言った。リノスはしばらくコペルニクスクレータを眺めていたが、
「了解」
と答えると、ニヤリとした。
テセウス・アスはコペルニクスクレータの都市が消失したのを知り、中央の入り江から脱出する事を考え、母であるヘルミオネを伴い、パイアのいる神酒の海のアイトゥナへ宇宙船を飛ばしていた。
「貴方、まだあの女と付き合っていたの?」
少し痩せて老いた感じになったヘルミオネは美しさこそ保っていたが、疲れが見えていた。テセウスはムッとして、
「お母さんの偏見だよ。パイアはお母さんが思っているような女性じゃないよ」
「そうかしら……」
ヘルミオネは納得しかねるという表情で言った。
一方、そのパイア・ギノはアイトゥナ自体を発進させる準備を急がせていた。
「デイアネイラが動き出したんだ。奴は南下を始めた。中央の入り江か、アルフォンススを狙っているはず。ここへ来るより早くアイトゥナを展開させないと、私ら全員デイアネイラの餌食だよ」
パイアは部下に言い、仕事をさせていた。
( テス、うまくここまで来るんだよ。何かあんたのことが本当に愛しくなって来たよ )
パイアはそう思って苦笑いをした。
「コペルニクスクレータは壊滅した。すぐに準備にかかれ」
車椅子の男が言った。サングラスの男は、
「はっ」
と応えると、立ち去った。
クロノスは全速力で飛行していたが、ガールスもバカではなかった。他の支部にも命令を出し、まさに星の数ほどの戦闘機を出撃させていた。
「前から?」
シェリーは前方にいくつかの光点を見つけた。レーダーに反応はない。ステルスタイプの戦闘機のようだった。
「何、あれは?」
シェリーは唖然とした。肉眼で確認できるだけでも、百機はいた。恐らく実際にはその何倍もいるはずだ。
「たった一機のために、何て数で出て来るんだ……」
シェリーの額に汗が伝わった。
「レーダーから逃れるのは、何もクロノスだけじゃないんだぜ」
ステルスタイプの戦闘機ゲリュオンのパイロットの一人が呟いた。ゲリュオンは散開し、クロノスを囲んだ。
「クロノスがどれほどの化け物であろうと、もう五年も前に造られたものだ。だが、このゲリュオンは最新型!」
ゲリュオンの攻撃が始まった。クロノスにミサイルと機銃の弾が向かった。
「やられる……?」
シェリーは思わず目を瞑ってしまった。しかしやはりクロノスは化け物だった。前方、上方、後方から、ミサイルランチャーが現れ、ミサイルを乱射した。その上信じられない機動性で、ゲリュオンの放ったミサイルを全てかわし、機銃で破壊した。そして、ゲリュオンの機銃の弾は虚しくその分厚い装甲にはね除けられてしまった。
「バカな……」
ゲリュオンのパイロット達の共通した思いだった。次の瞬間、クロノスのミサイルは数百にも分散して弾幕を張り、ゲリュオンを一機残らず撃墜した。勝敗はたった二分で決してしまった。
「……」
シェリーは何が起こったのかよくわからなかった。ロイが、
「シェリー、敵は全滅したようだ。早くニューペキン空港に向かってくれ」
「りょ、了解」
シェリーは半分呆然としたまま、応えた。
ガールスは数百機の戦闘機が一瞬にして消滅したのを知り、驚愕していた。
「まさに化け物だ……」
彼は同時にデイアネイラのことを思い出した。
( デイアネイラは、クロノスの発展型。つまり、クロノス以上の破壊力を持っているのだ……)
ガールスはデイアネイラが地球に来ない事を祈っている自分に気づいた。
カシェリーナ達の乗るシャトルは、デイアネイラの攻撃が始まる直前に離脱していた。
「おや?」
シャトルの通信兵が計器を操作していて首を傾げているのにレージンが気づき、
「どうした?」
と尋ねた。通信兵はレージンを見て、
「何か強力な電波で映像が送られて来ています。地球のものでも、月のものでもありません」
「映してみろ」
レージンは言った。通信兵はダイヤルを回し、回線を合わせた。カシェリーナもモニターに目を向けた。
「うん?」
レージンは乱れていた画像がやがて正常になり、そこに現れた人物を見て、仰天した。
「ま、まさか……」
その人物は軍服を着ていたが、地球共和国軍の軍服ではないし、月連邦軍のものでもなかった。
「そ、そんな……」
カシェリーナは唖然としてモニターを見ていた。ロベルトも声を出さずに見入っていた。
「地球共和国並びに月連邦の国民諸君。私が本日より、両国の支配者となるダウ・バフ・マーンである」
髪を切り、オールバックにし、無精髭も綺麗に剃ってあり、目つきが鋭くなっていたが、その人物は紛れもなく、あのダウ・バフ・マーンであった。
「これは一体……」
シノン達もコンピュータでマーンの映像を見ていた。ロイが、
「マーン教授? どうして? 何だよ、これ?」
「一体どういうこと?」
エリザベスも唖然としていた。テミスも息を呑んでディスプレイを見つめていた。
「ダウ・バフ・マーンが? ディズムではなかったのか?」
パイアもアイトゥナの中で、マーンの映るモニターを見ていた。
「これは……」
彼女は眉をひそめた。