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~空白、最後の夜、最初の覚醒者

こんにちは、誄歌です


お久しぶりですね~


前置きで長々と話すのもあれですからとりあえずどうぞ( ゜д゜)ノ


2019年1/20(日)書き直し

2019年9/1(日)つい筆

目の前で何が起こったのか分からなかった。

理解ができなかった。

なぜなら─

「ここは、本当に………現実なの……かよ?」

視界に広がるのは建物が崩壊し、人間を喰らう怪物が蔓延っていた景色だからだ。その景色が幼い頃に見た景色と重なり鳥肌が立つ。

握っていた赤い物が手からこぼれ落ちる。

苦笑い。

分かっているのに俺の表情が表したのはそんな気持ちだけだった。



「…………」

雪吹は今、日本の最北端、北海道の中心都市とも言える札幌に修学旅行先、ということでモノレールに揺られながら向かっていた。

札幌には昔住んでいただけに柄にもなくうきうきしていたが、クラスメイトも居るがためにその思いは心の奥底に隠している。そう、彼は俗に言う、『ガラの悪いやつ』だった。髪は白く、顔立ちはどことなく威圧的。それが、鏡夜雪吹(カガミヤイブキ)である。

「雪吹~!な~に孤独に窓眺めてんだよぉ~♪」

「………うっせぇな。感傷に浸ってんだよ、どっか行け……星菜」

そんな外の景色を楽しんでいる雪吹に、背後から首に腕を絡めてきた幼馴染みの北山星菜(キタヤマセイナ)。やめろと言う意味を込めて睨む眼は、彼女には通じない。睨むことで促したつもりが、逆効果だったらしい。

頭に顎を乗せて更に抱き締めてくる。その際、地味に雪吹の後頭部を星菜の貧相な胸(………Bくらいか?)が包む。

多分、こいつが昔からこういう風なことをしていなければ今頃、雪吹は顔を真っ赤に染め頭から煙を出していたことに違いない。

至極簡潔に言えば、もう慣れたと言うことだ。お陰で女子に対してあまり興味を抱けなくなりつつもあるのが、ここ最近の彼の悩みでもある。

「えぇー?本当は嬉しいくせにぃー、冷たいなぁ」

そう言いながら絡めてきた腕を更に強く絞めてきたかと思えば、胸を押し付けるようにしてくる。

「(………わざと当ててきたのかよ……)はぁ…お前な、ここどこだと思ってんのよ」

星菜と話すこと自体がめんどくさくなり、視線を窓に戻す。

そこには海の景色が─既になくなっていた。

つい先程まではここの窓から見れていたのに、星菜と話をしているうちにどうやらその景色は過ぎ去ってしまったようだ。

あっちの方ではなかなか見れないだけにもっと見ておきたかったのだが、それは叶わなかった。

「んー?移動手段として使っているモノレールの一番後ろの席だぞっ☆」

「…………はぁ」

そう言うことを言いたかったわけじゃねーんだがな。そう心の中で呟き、耳にイヤホンをさす─と星菜の没収対象になるので、雪吹は自らの手で耳を塞いだ。もう、話をするつもりはない意思を表したつもりだ─

「ここなら別に何をしてもばれないぞっ☆」

「……………………………………………」

が、当然声は聞こえてくるし、それには答えなければならない。

何故なら、無視を続ければ精神的にかなりくる、あれが待っているからだ。

過去に今と同じように無視を続けたこと何度となくあった。しかし、星菜は全てにおいて『とても大きな声で言い始める』─中にはとても女子が言っていいような言葉ではないものも当然含まれていた─と、言う手段を使ってきている。

だからこそ、高校生活の初っぱなからそんなことをかまされては、こちらの今後の生活に関わってくる。ということが過ったため、阻止するべく、今回は珍しく即答した。

「あー、そーですかー(知らねーよ、景色を楽しませてくれ)」

「例えば雪吹が私の胸を触ってもばれないぞっ☆」

「へー、それはいいなー(さわんねーよ?てか、触る以前に押し付けられてるから結構です)」

「例えば、雪吹が私を押し倒してもばれないぞっ☆」

「へー、それはいいなー(んなスペースねぇ)」

「例えば……」

「お前、…………めげないな」

「てへっ☆」

このまま適当な回答だけしていても永遠に終わらないのではないか、という恐怖にかられ、雪吹は四つ目を言われる前に割り込む。

昔からそうだったが星菜はとてもしつこい。他人に対してどうかは知らないが、雪吹が知っているこいつは今のようにうるさく、かつ延着質な彼女だけだ。しかし、これでいて人望は厚い。

「てか、星菜。そんなに強く押し付けたら左腕痛めるぞ」

もしかしたら、自分にだけこのような態度をとっているのかもしれないと、少し考える。だとしたら、差別。ではなく心の拠り所に星菜は幼馴染みを選んでるのだろう。

「ん、それはだいじょーぶ。ちゃんと加減してるから」

ならば、それに答えるだけだ。

「……そうか」

まぁ、苛つかない、範囲内での話だが。

「あん?つか、お前クラス違うだろうが。なんでここにいるんだ?」

「………今更~?私隣のクラスだから隣の車両に乗ってたんだけど?この席の真隣の」

星菜がここに居ることに疑問(星菜は隣の四組で雪吹は三組である)が湧き、問うとご丁寧にも目の前で、手でピストルの形を作ると指先で隣を差しながら言われる。

一応、隣を見るが壁があるため隣の車両のことなど全然見れない。

「そうだったのか」

視線を前に戻し、もう一度窓の向こうを眺める。もうすでにモノレールは駅構内に入っていたようで沢山の人が視界に入る。この次の運行は、逆に北海道から道外へ向かうものに変わる。だから今荷物を持って、そこにいる人たちは皆向こうへ出る予定の人たちか。あっちは特に見るものがないけどな、と想像していると、金属が擦れるブレーキ音が車両内にこだました。

「あんた、知らなかったの?てか!先生の話を聞いてなかったのかっ!」

別に担任の話を聞くつもりなく聞いていたわけではない。

眠たかったのだ。

仕方がないだろう。

そう思っていた矢先─やっと離れたかと思えば星菜は右手を高く振り上げフルスイング。

雪吹の頭を強く、叩いた。

「あでっ!?…………にゃにすんじゃ、てっめぇ!!!」

おかげで、雪吹は舌を噛み「なにすんじゃ」が可愛らしくなってしまう。

少し、恥ずかしい。

自分でも頬が赤く染まっているのがわかる。

「はっはっ☆じゃ、着いたようだから私は行くとするよ、バーイ、後でね~♡」

「あ!てっめぇ逃げんな!星菜!」

「こっらぁ!鏡夜ぁ!着いたから座れ!」

反撃を恐れたのか。星菜は後ろへ数歩下がるとクルリと身を翻し、笑顔を炸裂させて自分の車両へ戻っていく。当然、雪吹はそれを追う形で立ち上がるが、そこを担任の西澤玲子(ニシザワレイコ)に名簿の角で頭を追撃される。

「っ~~てぇー!?先生!それ暴行!」

「集団行動を乱した生徒への罰は暴行には認められませ~ん」

キッと睨み、頭を押さえながら言うと教師としてどうなんだろかと、疑問が残る回答が返ってきた。

完全に開き直っているようにしか聞こえない。

「あんたそれでも教師か!」

名簿の角と言うのはどうしてこんなにも痛いのだろうか。

そう思いながら立ち上がって叫んだ。



札幌に着くとすぐに旅館へ向かった。

そこでは校長からの挨拶が待っていた。

内容としては、どうして一年のクラスにまだ馴染めていないこの時期に、修学旅行を行う理由─簡潔に言うと親睦を深めるにはもってこいのため─と、あまり羽目を外しすぎないようにとのことだ。

「んー、懐かしいな……………この景色」

「ん?あー、そうかそうか、お前は元々ここ出身だったな」

初日は移動だけで約八時間程─モノレール内で子供たちを打ち解けさせるためにあえて時間をかけている─かかったため、これから四日間泊まる旅館『檜の湯』─純和風な檜の香るとても心地よい旅館だった─のロビーでくつろいでいると、後ろから玲子に話しかけられる。

「……そーですよ。それにここの旅館は家族で昔一度来たことありますから。……なおさら、懐かしいっすねー」

窓から景色を眺めながらの返答になったが、玲子はさして気にした様子もなく隣に立つと口を開く。

「あの事件を思い出す………のか?」

「……まぁ、それなりに思い出しますね。親が、家族が一瞬にして消えた出来事ですから」

反射的に眉をピクリとあげ睨みかけた。が、入学した当初のことを思い出し、雪吹はどんな表情をして良いのかわからなくなった。

同時に、昔のことを思い出しつつ、口を開く。

その言葉を玲子は腕を組み、目を瞑りながら無言で話を聞いていた。そして─

「私もね、家族ではないけど親友を二人あの場所で失ったんだ。だから、何だかんだ言ってもお前の気持ちはわかるよ」

「……とくに何も言ってないじゃないですか先生は。それに、その話は入学したときにも聞きましたよ」

玲子の言葉に苦笑を浮かべ、その場を去ることにした。

これ以上話せば多分、泣く。同じあの忌々しい事件に巻き込まれ目の前で見た光景を共有できる人間は滅多に居ないからだ。

その分、気持ちが緩んでしまう。

「では、俺は部屋に戻ります─失礼します。先生」

「おう、元気出せよ!あ、そうだお前、明後日と最終日、私に付き合え、約束だぞ、一〇時に玄関で待ってること、良いな!」

これ以上関わりを持つのは危険だと思いわざわざ話を切り上げたのだ。仮にそんなことが実現してしまえば何のために今、辛いことを思い出してまで話したのか、意味がなくなってしまう。

その上、なんて言ったって明後日と最終日は自由行動の日。

どこに行っても時間内に戻ってくれば良いとのことだからどうせなら、こっちに置いてある家族の墓参りに行きたいと思っていたくらいだ。それに、なんのメリットも無いであろう先生の付き添いなどごめんだ。と、言うか─はっきり言おう、面倒だ。

そのため自分は─

「わかりました。余裕があればそうさせていただきます。では……」

適当に返事を返し足早に部屋へ戻った。


──その時、既に絡んでいながらも動きを止めていた彼らの歯車が動き出していたことに、彼らは気づかずにそれぞれの普通の人間としての最後の一夜を過ごすことになった。




小さい頃に誰かから渡された赤い不思議な機械が起動したことにも気づかずに。

その日、雪吹は眠りについた─はずだった。

「ぐっ……うぅ。なんだ、これ身体が、熱い!!」

全身に痛みを伴う熱を感じて雪吹は起きた。

自分の意思には関係なく震える手先、吹き出す汗。

なにより、呼吸がしにくい。

両肩に爪をたてる勢いで掴み、布団の上でのたうち回る。

「が、ぁぁぁぁぁああああ!!」

今までで一番の激痛が足先から脳天を駆け抜ける。

途端、スッと痛みが引いていく。

「はぁ、はぁ、くっ…………今のは、なんだ」

左手を突いて上体を起こし、真剣に呼吸をする。額から顎まで滴る汗で布団がじわりじわり濡れていく。

呼吸が落ち着いてから辺りを見た。

偶然にも一人部屋だったため、苦悶の声で起こしてしまったやつは居なさそうだが、なんだかばつが悪い。誰にも見られなくてよかったと思う気持ちの反面、痛みが引いて冷静に考えるとなぜか恥ずかしく思えてくる。

「くそが……夜風でも浴びるか」

ぞろりと布団から這い出て立ち上がる。

ベランダに出るために鏡の前を通り過ぎた。

瞬間、自分の顔に奇妙な線が入っているのを見た。

今までで見たことのない不思議な光沢を放っている。

「なんだ、これ」

鏡に写る自分の顔に触れ、擦る。分かってはいたが鏡の汚れではなさそうだ。もっと言えば、動きに合わせて動いてる時点で分かりきっていた。

「俺の顔に付いてるのか……?」

今度は直に顔に触れ、確かめた。

特に凹凸があるわけでもない。

触れて痛みが走るわけでもない。

「い、雪吹~、いるの~?」

声がした方を見るとそこには星菜がいた。なぜ、とも思ったがそれよりも先に俺は

「お前、その痣……!」

痣とは言ったものの星菜の顔にも、似たような線が入っていた。

彼女のはうっすら輝く碧色だった。

雪吹の黒っぽい紅とは対称的に綺麗な色をしている。

彼が鏡に見入った理由の一つに綺麗ではあったが、血っぽい色だったからだ。

「私、もう……限界……」

「あ、おい!!」

ドアに寄りかかった状態で力尽きた星菜が意識を失った。

同時に、雪吹は焦って手を伸ばし、畳を弾く。

「うぉあ!?」

が、気づけば眼前にドアがある。視線だけ動かすと腕の中に星菜がいる。

反射的に星菜を抱き込み、雪吹は頭からドアに突っ込んだ。

受身をとる形で転がり廊下に出る。

「うぅ。ぐぅ……い、たくな……い?」

後ろを見ると、中を雑にくり貫いたような穴が空いているドアがそこにはあった。

だが、それだけで身体には怪我の類いは見つけられない。

星菜も同様だ。と言うよりこいつは爆睡していた。

束の間の安心。

そして、雪吹は星菜のでこに一撃入れる。

それでも彼女は起きない。

完全に寝ている証拠だ。

「……でも、なんでどうなったんだ?」

ドアを突き抜けた事実もそうだが、そもそもあの痣はなんなのか。

星菜のはもう消えていた。

自分のも──多分消えているだろう。

「…………考えてもわかんねぇよなぁ」

人一人抱えて立ち上がった。

律儀にドアノブを捻り部屋に戻る。

「この穴どうすっかなぁ」

閉めても廊下が見えるこの状況。

翌朝まで、とても寝る気にはなれなかった。



「あー。ねむてぇ……」

眉間を抑えつつ、外の空気が吸いたくなったためこっそり抜け出た。見晴らしの良い山道で愚痴をこぼしつつも、深呼吸。

肺に北海道の自然の仄かな香りが─そんな気がするだけ─する冷たい空気が入ると少し気分が和らいだ気がした。が─

「アホ、鏡夜ぁ!」

いつの間にか俺の後ろを取っていた玲子は名簿帳の角でまたもや脳天直下の振り落としを炸裂。

雪吹はその場で倒れ頭を抑えながら悶えた。

「んなっ!?何すんだこの暴力バカ女!」

起き上がりながら言ってはいけないことを口走ってしまう。

もちろん、そんなことを運良く聞き逃したと言うアニメチックな展開がある訳もなく、玲子の目が一瞬にして怒りに染まったことは言うまでもないだろう。


「っ………」

「起きたか?鏡夜、意外と寝てたなぁ」

目が覚めるとなぜ─か、拘束されており車の二列目に乗せられていた。意識が戻ったと同時に声を発したのは玲子だから俺を乗せた車を運転しているのはどうやら彼女のようだ。

「……あんたが頭を強打してこなければこんな寝てねーよ、っ…………いてぇ」

もちろん、誘拐の類いではない。強打されたところを擦りたい気持ちに駆られながらも隣に視線を移すと星菜が居た。

その顔には昨晩の痣が浮かんでいる。

「……って、おいまてまてまてまて!なんで星菜がぐったりしてるんだ!あんたなにしたぁ!!?」

「なにもしてないわよ。さっき街の方で事故があったみたいなんだけど、その話を聞いたら今の状態になってね。そしたらあんたも同じようになったから連れてきたのよ……。あ、拘束してるのは他意はないから。というより、意識がないはずなのに暴れたからよ」

焦り、呆れつつ理由を問うと、冷静に、そして簡潔に玲子は教えてくれた。

同じようになったからとはどういうことを示すのか。

少しだけ考えてから理解した。

顔に、痣が浮かんでいるということなのだろう。

その上、無意識で暴れたらしい。

「事故って、うちの生徒は巻き込まれてなかったのか!?」

「安心して、うちの学校の生徒は死者はまだ出ていないわ」

「まだって……なら、重傷者は!?」

俺は多分この時どうにかしていた。

そんなことは聞かなくたってわかるはずだ。

その事を玲子はわかっていたのだろう。

だから、何も言わずに─

「……言葉の通りよ」

ただ、それだけを冷たく、無機質に残した。

「あぁぁあ!もう、解け!とりあえず、縄をとって!!」

「そこにナイフ入ってるからご勝手に~」

一人で開き直り、とりあえず、車を揺らすだけの力で暴れた。

それに対してまたもや冷静に対処………ではなく冷静に丸投げしてきた。

言われた通り、目の前にある座席のポケットには何故かサバイバルナイフが入っていた。

取ろうにも手が伸ばせなくて─

「この状況でナイフなんて取れるかよ!」

「がんばれ、次カーブに差し掛かるから取るなら今のうちな」

ふざけんな!!そう心の中で叫びながら、右足の靴を脱ぎ捨ててポケットに足を突っ込んで、苦戦しつつも雪吹はなんとかナイフを掴んだ。

そして、ナイフを座席の間に挿し込み、左腕の皮膚を切ったような感覚があったものの縄を解くことに成功。

がむしゃらに縄を引っ張った。

「俺ちょっと行きますわ!」

脱いだ靴を履く。

ドアノブに手を翳したとき、数秒遅れて玲子が叫んだ。

「……はぁ!?お前なに言ってんだ、今止まれないぞ!」

その言葉に一瞬躊躇したが、構わずドアノブを掴む。

「俺、今ならこの状態でも行ける気がするんだ、だから!」

昨晩のことを思い出す。あれは明らかに俺がドアをぶち破ったあとだ。だというのに痛みは一切なかった。今もだ。少し皮膚を裂いた気がするが、痛みはない。

グッと力を込めて押す。だが風の影響なのかドアはなかなか開けることができない。

「……くそ、曲がった瞬間にあけろ。少しだけお前が受けるショックは和らぐはずだ」

「え!?あ、わ、わかったっ!」

慌てて手を離し俺はタイミングを見計らった。

その時、玲子が小さな声でカウントを始めていたことに俺は気づけなかった。

だから─

「3、2、1─いけ!」

「え?あ、はぁ!?」

ドアノブを押し開けると言う正当なやり方をとらずに蹴った。

ドアはとても硬く足の骨が流石に悲鳴をあげたが構わず、押し切った。

ドアが吹っ飛び、目の前の視界が晴れる。

「ナイフ………、借りる!」

ナイフをズボンとベルトの間に差し込み、車の外へ飛び出したと同時に空中で回転。

遠心力のお陰で前に飛び出したはずなのに後ろへ引っ張られる、今まで感じたことの無い感覚に違和感を覚えつつも両足をしっかりと地に着け足腰に力を入れ止まった。

同時に体から力が抜け片足をつく。

「はっ、…………はぁ………くっぁ」

痣が消えたのか右足に激痛が走る。

しかし、それに構っている余裕などない。

今は、無理にでもその場所へ走らねばならない。

「にゃっろぉぉおおおおお!!」

小さくなった状態での叫びだったが、覇気は充分だった。

そして、場所など聞いていないにもかかわらず、事故の場所へ直感的に走り出した。




「いっててて………どこだっけここ??」

ボーッとする頭を振り起こしながら辺りを見渡す。

辺りには大きな瓦礫やガラスの破片。そして人体の一部のようなものが多く散乱していたがその状況が理解できない。

五秒ほどの時間を要してから、ビルが崩れてきたことを桜山杏鶴(サクラヤマアンヅ)は思い出す。

「よく死ななかったな……私…」

距離的にはざっと五メートルも離れてはいないところから、喘ぎ声が聞こえた。

その声の持ち主は、苦しそうに暴れて、瓦礫の影から飛び出してきた。

燃えている。

火だるま、という表現がまさに目の前で起こっている。

杏鶴を視界に入れると助けを請うようにして、ゾンビを思わせる歩き方で、だるまは近づいてくる。

右に揺れ、左に揺れ、それの繰り返し。

「い、いや………こ、来ないで!」

「アァァァ、あ、あつい、み、水をォォォ」

耳に届く声にすら、杏鶴には恐怖の音にしか聞こえなかった。

頭では逃げたいと思っているのに足がすくんで動けない。

「うっ!?」

と、言うか脚がひどく痛いかった。

とても痛かった。

痛かった。

「ぅ……な、にこれ?……血?」

逃げようと思い動かすと地面に脚が縫い付けられたかのような感覚に襲われる。

もちろん、そんなことはない。

ただ、ただ─先程崩落したビルの鉄骨が、自分の右脚を深く貫き、コンクリートがその上に乗っかっていただけの話だ。

「あ、あぁぁ………ぁぁぁぁぁぁあ!!」

心が恐怖に染まった瞬間だった。

回りには誰もいない。

居るのは動いている火だるまの人間とふとももを貫かれている自分だけ。

回りには、誰もいない。

「ぅ、うぅ………私は………まだ死にたく…………ないよぉ~」

振り絞ったが出てくるのは助けを請うものではなく今の素の気持ちだけだった。

本当に死にたくない。

私は、まだやりたいことがあるんだから、やれることがあるはずなのだから。

その時─何処かでギィ、ギィィィィイっと長年使われていなかった金属同士が擦れ、動き出したような音が聞こえた。それは、まるで大きな歯車が回り出したかのような音で─

「ガルルルルル………!!!」

「ぅ、あぁ!ぁぁぁぁぁぁあ!!!?」

どこから湧いたのか、気がつくと火だるまになった人間を喰らう一匹の虎がいた。

しかし、それは見たことのある虎の形をしていなかった。

頭の頂点には角が生えて、牙も異常に大きい。

それに、なんと言っても火を喰らう生物などこの世には存在しないはずだ。

虎と言ったのだってそれが一番虎に似ているからと言う理由だけだった。

「ガルルルルル………?」

「や、やめて!来ないで!」

火だるまを喰らい尽くした虎は杏鶴を見据えると徐々に、ゆっくりと近づいてくる。

次の獲物は自分のようだと、本能的に理解する。

牙をちらつかせている口が大きく開かれた。

確実に終わったな、そう覚悟を決め目を瞑った瞬間。

「じゃっまだぁぁぁぁぁあ!!!!!どけぇぇぇぇえ!」

遠くから少年の叫び声が聞こえる。

声の方を見ると何やら黒い影がこちらへ走ってきていた。

その光景に、虎までもが止まった。そして─

「おりゃあぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

虎から直線的距離六メートル手前で、力強く踏み込むと少年は普通の人間とは思えない跳躍を見せ、空中で一回転したかと思うと、蹴りを虎に放った。

「ガフッ!!」

少年よりも遥かに大きい虎が吹っ飛ぶ。

ざっと三〇メートルは飛んだだろうか。

数回バウンドしてから、崩れ落ちてきていた瓦礫に衝突し、止まった。動かない様子からして、死んだのだろうか。

「かは、………はぁ………はぁっは……今のって………なんだ?……はぁ、置物……かと思って……蹴ったけど、なんか……感触が柔らかかったな………」

どれだけの距離を走ってきていたのだろうか。

少年は目の前で膝に手をつき荒く息をしばらく吐き続けた。しかし、決して膝を地に着けようとはしなかった。まるで、何かを探し求めているかのような。そんな、感じだった。

「それに、あの形…さっきも死骸みた、いなのみたな…。この辺り…は……もう、誰も居ない……のか?」

「!!あ、あの!」

少年の一言に跳ねるようにして応えた。

目の前で起こったことに頭が追い付かなかったが、そうだ、目の前に自分以外に生きている人間(・・)が居るのだ。少年も他に生きている人間を探していたようだからどこか、運命を感じる。

いや、そんなことはないのだろう。

ただこの状況で生きている人間に会えたという嬉しさを、今は勘違いしているだけなのかもしれない。けど、それでも、誰かにすがりたい気持ちは、あった。

「……他は……まだ行ってないところってどこだ………?」

「え?」

しかし、目の前の男はストレスと疲労が貯まっているせいか、視野や聴覚の機能が正常に働いていないようだ。

ほぼ、真隣にいると言うのに、『私』と言う存在に気づいた様子はない。

「はぁ、良し彼処へ行こう」

「…………ぁ」

走り出す彼の背に手を伸ばした。

当たり前だが掴むことはできない。

だから、杏鶴は─

「気づけ馬鹿!!!!」

そう叫んだ。

「………へ!?」

男の方から間抜けな声が聞こえる。

どうやら、流石に気づいたようだ。

猛突進といっても過言ではないスピードでこちらへ戻ってくる。

「……良かった!生きてる人間いた、今助けるぞ!」

「あっ、でもこれが………」

近寄りながら手を伸ばす彼に、太ももへ深々と刺さっている鉄柱とその上に乗っかっているコンクリートを指差す。

これを避けることができない限り、自分はこの場から動くことができない。

だが、これは人が一人、それも同い年であろう彼一人で動かすことは不可能に思える物だ。

「お願い、消防とか警察に連絡を取ってほしいの!」

「………携帯は無いよ、部屋に起きっぱになってたみたいでな」

杏鶴の言葉に申し訳ない。と言う気持ちが籠っている声で囁きながら、彼は腰からナイフを抜き放った。

「や、やめ…………て………っ!!」

ナイフを見た瞬間。

私はまたもや恐怖に心が染まった。

今度は、せっかく会えたと思った生きている人間に対して。

彼はナイフを裏手に持つと高く振り上げ─杏鶴はこの瞬間目を瞑った─振り下ろした。


──ガキン!!!!


金属が、何かに弾かれた音が聞こえる。

「え?君……何をしているの?」

何てことを質問しているのだろう。

杏鶴自身、こんなことを聞くとは思ってもみなかった。

だが、それしか言葉は思い付かない。

「何って………見ればわかるだろ」

彼もあきれたような顔をしながら即答すると、再度振り上げコンクリートに向け振り下ろす。

「そうだけど、わかるけど……そんなの終わるわけないよ!」

何故か叫んでしまった。多分、ここで死ぬんだと勝手に思い込んでいたのだろう。

また、さっきのような虎に襲われたらと言うことを考えてしまったら、気持ちがブルーになるのは仕方がないかもしれない。

彼はそんなことを露知らず。

今度は、ナイフを地面と水平に構えると、切っ先を左側へ向け、目を閉じた。

「そんなの………………」

言葉を紡ぎ、そっと目を開けた。その瞳は何故か─黒紅に光輝いていた。

ナイフが何か、透明な波紋に包まれたように見えた。

彼の顔には、先ほどまでなかった線が入っている。

「やってみなきゃわかんねーよ!!!」

そう言い放ちながら腕を横に振った。

ナイフを包んでいる波紋が鉄柱に触れた瞬間、鉄柱が中程から斬れる。同時に支えを失って崩れ落ちてきたコンクリートを彼はナイフの塚の部分で突き飛ばした。

「………ほらな?」

「え?」

自慢気な表情で、彼は手をさしのべてきた。

「え、えぇーーー!?」

普通ならあり得ないことを、さも当然とばかりに言う彼にただ、絶句するのであった。



生きている人間がいないのかどうか。

とりあえずその事だけを考えて走っていると一人の少女を助けた。

その少女は白い生地に蒼い線が特徴的なセーラー服に身を包んでいて─個人的にはとても似合ってると思った─残酷にも右脚を鉄柱に貫かれている状態で出会った。

「なぁ、そう言えば、お前の名前聞いてないよな?何て呼べば良い?」

もちろん、そんな状態の多分年下であろう少女を見捨てれる訳もなく自分のワイシャツを破いて鉄柱を抜き(迷ったが本人の意思)、応急手当とまではいかないが彼女の、太股に巻いて現在、この雪吹、星菜以外の女子を人生初でおぶっていた。

その為、会話がないとすごく、気まずい空気になる。

彼女も彼女で、まさか見知らぬ男子生徒におぶられる日が来るとは考えていなかったのであろう。

「(安心してくれ、俺も考えてなかったぞ)」

そう心の中で呟きながらこのタイミングでなら一番の話題になるであろう、名前を聞いた。

「あ、私…は……さくらやま………あんづ……です」

しかし、あんづはボソボソとだけ答えて力尽きたのか、背中に顔を埋めてきた。……この状況の方がとても恥ずかしいと思ったが、それを口に出すことはなかった。

「桜山杏子?」

「…杏仁豆腐の杏に……鶴の恩返しの鶴で、杏鶴です……」

「へー、画数多そうだな、鶴とかさ」

多分杏子のニュアンスが、なにかおかしなことに気づいたのだろう。とても分かりやすい訂正を入れ彼女は顔を上げた。

馬鹿ながらも何故か「鶴」と言う漢字はすぐに脳裏に浮かんだ。

そのためその事を言ってみるが桜山は少し悩むような顔をして「わかりません、書き慣れちゃいました」っと少し舌をだし笑顔を作って見せた。

「それもそうだな」

それにつられ俺自身こんな状況ながらも大声は出さずとも笑う。

「そう言えば……貴方の名前は?」

「俺?俺は鏡夜雪吹だよ」

「鏡夜いぶ……き?」

今度は桜山の「雪吹」のニュアンスになにか違うなと感じ、これまた俺は肩を揺らした。

「雪に吹き矢のふで、雪吹」

桜山の説明にならい、説明をしてみると桜山は一瞬目を丸くさせクスッとまた笑顔を作ってみせた。

その表情はとても自然で多分一番素の彼女に近いのではないだろうか。

「吹き矢の吹って……もう少し分かりやすいの無かったんですか?」

そう言って手で口元を押さえながら笑う様子を見て、それを確信した。


しばらくして見晴らしの良いところに出た。

周りの様子は隕石でも落ちたのか如く何もかもが吹き飛んでおり、決して綺麗なものではなかったが──少なくとも死体が無かったことだけは幸いなのかもしれない。

「大丈夫か?」

「大丈夫……多分だけど」

「そっか、なら良いさ」

質問の意図を正しく受け取ったかは、雪吹にはわからない。

この景色を見て吐き気がしないかどうか聞いたつもりだったが、桜山はもしかしたら傷が痛まないか?、と聞かれたと思ったのかもしれない。が、それはどうでもよくなった。何故なら──

「やぁ、諸君」

「──ッ!?」

脳内に直接響くようにして声が聞こえたからだ。

その声に驚いた自分は反射的に腰を落とし、身構える。

その行動に、背負われていた桜山は震えることなく逆に背中を力強く掴んでくる。単純に振り下ろされないようにしたわけではないのは、明らかだった。

桜山の脳にも誰かの声が木霊したからだろう。

顔色からはそうとしか受け取れない強ばった顔をしていた。

「桜山……聞こえたか?」

確認をとるために小声で言うと、彼女は震えながらも首を縦に振った。つまり、雪吹だけが聞いた幻聴ではない。

「………………」

正体不明の声はなおも脳へ直接話しかけるようにして響き俺はナイフを無意識に強く握った。そして──

「…………やぁ」

次の瞬間今まで脳内で木霊していた声が、突然耳元で呟かれた。

「んなっ!?」

単純に驚いた雪吹は、桜山を落とさないよう飛び退き、その場で止まった。白衣を着ている男から変な雰囲気を感じ取っていなければ、雪吹は攻撃の一つや二つ、していたかもしれない。

「僕が昔好きだった曲の歌詞なんだぁ。これ」

そう呟くと男は上を見上げ体を揺らし始める。

無造作に白衣の両ポケットに手を突っ込みながら揺れる。

男が何を考えているのか雪吹には全くわからなかった。

「……っと自己紹介がまだだったね。お久しぶり鏡夜君、桜山ちゃん……僕は藤野祐介(フジノユウスケ)だ」

ピタッと止まった男はなにかを思い出したように笑顔を浮かべ自己紹介と称し彼は自分の名を名乗った。

だが、俺は──これからの生涯、この男の名前を決して忘れることはなかった──興味はなかった。

いや、持てなかった。

その暇は与えられなかったからだ。

「……じゃあ、とりあえずどれ程成長したのか見せてもらおうかな」

そう言って藤野は指を鳴らす。すると俺たちを囲むようにして宙に亀裂が走り、裂ける。

「鏡夜君、君が覚醒しきらないとこれから訪れる死を避けることはできないよ」

それが一瞬光輝くと同時に中から虎のような、なにかが出てきた。数は──八。

「この子達はファングルって言うんだ。まだ完成してないから形は虎に見えるかもしれないけど……」

そう言って藤野は一番近い虎のようなものを優しく撫でて見せた。

「……そんなことはどうでも良い。これから死ぬんだから…………君たちは」

「…………チッ、さっきから黙って聞いてりゃてめぇ!!!!」

誰かも知らない人間に唐突に死ぬ。死ぬ。死ぬ。

そう言われると腹を立てるのは当然だろう。

腹が立った雪吹は背負っていた女を少し乱暴に降ろして裏手にナイフを構える。

そして、自分が自覚している痣を感覚的に体に這わせる。

「…………へぇ、魔力生成。そして残しておいたコードの一部を纏うことができるのか」

「あん?てめぇ……これについて知ってんのか!!」

魔力。それはファンタジーの世界において不可欠のもの。

俗に言うMP。

それは理解した。

だが、コードとはなにか。

わからない。

理解ができなかったため思考が鈍る。

そのせいか線がぶれる。

その隙をファングルとやらは逃さなかった。

「ガルァアアア……!!」

「──ッ、くっそがっ!!」

運動神経。反射だけは良かっただけに、ぎりぎり心臓を狙って突き出された爪へナイフの切っ先を触れさせ、軌道を反らす。

「鏡夜くん!大丈夫!?」

「お、俺は大丈夫だ!桜山は!無事か!?」

「わ、私は大丈夫!」

桜山の声で我に返り、キッと虎を睨んだ。

今思えばさっき桜山の前で蹴り飛ばしたやつとこの虎は似ていた。

さっきは不意に蹴ったような形だったが今は正面からこの得たいの知れないものから生きなければならない。

桜山を背負いながら逃げるのは、この数では無理だ。

そう考えた上で、線を這わせると地面を蹴った。

「あぁぁぁぁあぁあ!!」

白衣野郎へ向けた一撃は庇う形で飛び出してきたファングルの特異な皮膚に阻まれ切ることができない。

「(なら!!)」

白衣野郎の言う魔力とやらを、先程同様感覚でナイフに込める。

直後、ヌっと皮膚を裂いていきナイフは胴の中の硬い何か─核─を突き砕いた。

「ガァルルルルァア!!」

「ぐっ…………」

耳に痛い嘆き声を間近で聞こえたちめ、一瞬目を瞑った。

その瞬間──ファングルの蹴りが腹を穿ち、桜山よりも更に後方へ吹き飛ばされる。

「カハ…………ッ!!」

その場にあった瓦礫へ突っ込んだお陰で遠くへは飛ばされなかった。しかし、同時に肺から絞られた酸素は多く意識が飛びかけ、手からはナイフが滑り落ちる。

「雪吹くん!?んぁ…………!!」

飛びかけている朦朧とした意識の最中、自分のことを必死に呼び泣いている少女を見た。

それは先ほど出会ったばかりのセーラー服の彼女。

桜山杏鶴だ。

首元を掴まれ足がつかないだけ白衣野郎に掲げられる桜山は、抵抗しているが非力な女の抵抗は気にされている様子はない。

時間は一分もかかっていないだろうか。

次第に桜山の手から力が抜け、だらんと片腕が、乱暴に垂れた。

「う…………ぉ!!」

その光景を見て飛びかけた意識を、呼び起こした。

若干埋まっていた瓦礫から飛び出す。

この不思議な力が野郎の言う通り魔力ならばそれを受け入れよう。

なんだって良いんだ。

誰かを守るためにならなんだって使ってやる。

「うぉぉおおおぉおお!!!!」

あまり力の入らない体は足場の悪い地面に着いた瞬間、膝が曲がった。

さっき車のドアを蹴り破ったのが、今になって響いてきているのかもしれない。だが、そんなのはどうでも良いと、思考を振り切った。

「くっ!」

よろけたのと同時に足元に突き刺さっていたナイフを引き抜き、地面スレスレを走った。切っ先を藤野へ向け加速する。

「…………そうか、君は想いで力を進化させるのか。そうなんだね。理解したよ……はは。楽しませてくれるなぁ!鏡夜君!!」

しかし、狂った男は愉快そうに言葉を奏でると空いている手を鳴らし虎に指示を出した。それは二匹で壁になり藤野を守り、残りの五匹で攻撃すると言う最悪の状況。だが、

「さぁ、覚醒してくれ!!!このコードをその身に宿して!」

と、叫びながら男は右手の甲を見せた。

手袋の模様なのか。

それとも特殊な刺青なのか。

なんなのかはわからない。

独特な模様をしたそれは全部で七つあるように見えた。

うっすらとだが微かに見える色はとても綺麗なものだ。

この男には似合わないほどに綺麗な七つの色。

だが、確実に言えることは一つ。

それは人が背負えるものではなかった。

にぃっと男の口許が上がるとそれが煌めき、スゥッと浮遊してくる。

鼓動するかのように脈を打ちつつ近寄ってくる七つの模様は、一つ一つから確かな圧を感じる。それほどそれらは神々しかった。

だが──

「うぉ!?……止まった?」

あと一歩で触れると言うところで、模様は止まり光続けた。

──俺から触れろってことか……?

そう考えている内に攻撃を仕掛けられ、反射的に息を止め線を体に這わせて、魔力を流して心臓を的確に狙った攻撃から身を守り、その場から転がるようにして離れた。

少しだけだが今ので確信した。あいつの話からしてなんとなく気づいてはいたが、この線は全身に這わせることはできない。一部だけだ。

遠心力につられてポケットから赤い物体が飛び出し転がっていく。

「…………なによりも先に桜山だ」

そう思考を振り切り地面に転がっている手頃な石を立ち上がると同時に握り、今度は腕に線を這わす。

瞬発力が強化され、石を男へ向けて投擲。

ワンテンポ遅れてから自分も走った。

力なく垂れ下がっている桜山の腕はまだ微かに震えている。

しゃくな話だが多分、あえてそうしているのだろう。

俺があれに触れるように仕向けるために。

「…………ざーんねーん。鏡夜君、僕はそこまで気が長くないんだ」

しかし──心を読んだのか。

男は突然が弓の弦を引くかの如く、腕を曲げると桜山を虎たちの真ん中へ高く放った。

一人の少女を軽々と片腕で投げるその様は異様だが、どこか普通に見えた自分が怖くなった。

「さく…………杏鶴!!」

叫ぶと同時に大きな瓦礫を踏み、ナイフを手放し、上へ跳んだ。

線によるブーストを受けていたため一瞬にして三〇メートルほど上空へ身を踊らせていた。

その高さに身震いをしながらも杏鶴を抱き寄せる。

「っ…………て、展開出来ない……?」

頂点に達し降下を始めた俺はすぐに線を展開させ杏鶴だけを纏おうとし、息を止めた。

が、やはり線は一部以上に伸びない。

「……ぐっ」

多分、魔力が切れたわけではないのだろう。

「……う……雪吹くん、私は……良いから……」

「っ!良かった、意識はあったか!」

暗い顔を浮かべていると弱々しいが確かに杏鶴は腕を上げ、頬をそっと撫でてきた。

安堵が一番に出た。

今の状況を忘れ、杏鶴の瞳を覗く。

まだ焦点は合っていないようだが命の輝きは感じられた。

だが、何よりも嬉しくなおのこと杏鶴をここで殺してはだめだと思いもう一度息を止める。

──ドクン。

自分の心音が妙に聞こえ、それに重なるようにして杏鶴の小さな心音が伝わってきた。

──ドクン。

同時に鼓動に合わせて線が徐々に身体を覆っていくのがわかった。

さらに何かに呼応するかのように湧いてくる魔力とやらは暖かい。

────今なら……!

ほんの一瞬。ファングルが群がる地面にぶつかる直前。

線を左脚のみに集め一瞬、限定展開。

一番近くに居たファングルを台にし、野郎から二〇メートル程離れた場所に着地した。

「っ……てぇ」

「大、丈夫…………?」

「お、おう!大丈夫だ」

着地してから線が消えたとは言え、脚にかかった負荷は消えるものではなかった。なかなか線を維持するのが難しい。

しかも、片足だけと言う無理な着地をしたため実際は関節を痛めている。

しかし、ここで弱音を吐くわけにもいかない。

「杏鶴……そこに絶対居ろよ」

静かに平らな瓦礫の上へ杏鶴を寝かせ、手頃な硝子片を掴む。

そして、痛む足にムチを打ってファングルに向かって小さな一歩を踏む。

「……ちっ」

ただ歩いているだけだと言うのに痛みが一々走ることに、腹を立てながらも腰を落とし、走った。

とても重い鉛のような体を揺らしながら。

劈く激痛が走る体を鼓舞しながら、五メートルをきった所で腕を引き、破片を突き出した。切っ先がファングルの皮膚に当たり、沈みこそするが先ほどとは違い刺さらない。

「ぐぅ………………な、がはっ!?」

無理矢理押し込もうと魔力を込め始めるが、判断が遅かったか。怪物の尻尾に砕かれ、膝を狩られる。

倒れながら拳を握り、振りかぶる。

だが、妙に体の反応が鈍い。

もしかしたら痛覚が死んだのかもしれない。

そう思えるほどに痛みがすでにわからない。

「ぐぬぅっ」

と、そこで腹をいつの間にか現れた藤野に蹴られる。

「くそが……!」

腕を伸ばし、白衣に触れようとした。しかし、触れるよりも速く身体が後ろへ下がっていく。

「…………」

無言の笑みを見てから瓦礫の山に突っ込み、さらに転がる。

何かにぶつかる形で止まった。

「ぐっぷぁ」

口から吐き捨てた血が地面にかかる。

まだ垂れる血を制服の袖で拭い、だらしなく腕を垂らした。

目の前に居るファングルを睨むと、囲むようにしてじりじりと近寄っているのがわかる。

──ここで死ぬのか。

抵抗したい気持ちはあるが、体が言うことを聞かない。だからか、目を瞑り死ぬことを覚悟した。

殺されるくらいなら、先に死んでやろうとも考えたが、自殺の方法など思い付くはずもなく、ただただ俺は死を覚悟した。が─

「…………雪吹くん!!!!」

自分の名前を呼ぶ声にファングルたちが止まる。なぜなら、その本人から俺と同じようなものを感じるからだ。

「…………杏……鶴?」

驚いた俺は杏鶴を視界に一瞬納めて直ぐに前を見た。だが、もう俺の前には一匹も居ない。

『ガルルルァァアアアア!!』

全てのファングルが彼女を目指して一斉に走り出していた。

「く、こいつらなんで杏鶴を!!」

震える右手を差し出した。掴めないとわかっていても必死に腕を伸ばす。

「…………杏鶴!!!」

ファングル達が一斉に飛ぶ。その先に居るのはこちらに手を伸ばして倒れる彼女。顔に線が入っている。

それは、雪吹や星菜同様の。

──桜山が喰われる。

その瞬間、視界に光輝く模様が眩しく写った。

神々しく光るそれに顔を向ける。

あれはなんなのか。

左手で目の前に落ちていた赤い機械を握る。

すると脳裏に妙なイメージが流れ込んできた。

砂嵐が激しいが確かにわかるのはそれは、雪吹自身が小さい頃に見ていた景色だ。藤野のような白衣を着た大人に腕を捕まれ、拘束され、なにかを刺され、なにかを抜かれた。その後、外に出されたときにこの赤いやつを渡されている。

と、そこでイメージは切れる。

だが、頭の中には声だけがそのあとも再生されていた。

『もしものことがあったらこれを握って…………と言うんだ』

浮かんだ言葉を雪吹は無我夢中で叫ぶ。

「アーチャー!!!!」

瞬間、七つの模様の内一つが弾けるようにして消え、手の甲へその破片が集まる。そして─

「ッ──うぉぉぉぁあ!!」

いつの間にか立ち上がった自分は赤い機械を握りながら、腕を交差させるように突き出している。

なぜこんな体勢なのか理解はできない。だが、やるべきことは分かる気がした。

桜山も助けるために、怪物を吹き飛ばすこと。

わからぬまま、身体から溢れでる力を飛ばした。

「イージス・アクタ!!」

自分を中心に広がっていく白い壁。それはファングルに当たると、杏鶴を残してそれ以外を弾き出す。

直後、途端に体から力が抜ける。

「ぶ、じか。桜山…………?」

目の前の景色が歪む。

今の出来事を考える間もなく、その場に倒れた。

「アーチャーコード。完成だっ!!すっばらしぃぃい!」

「………い……くん…!!……雪吹くんッ!?」

誰かが名前を呼んだような気がしたが、それを考える時間は、


無かった。




デジリアルワールド Zero


どうでしたか?


新作…………と、言いたいところですが

これは前まで投稿していた「デジリアルワールド」の本当の始まり。凜たちが十代目というなら、初代たちを描いたもので、実は一年前には書き起こしてありました。

しかし、その時に携帯を破損してしまい本文は失われこのストーリーはお蔵入り。

長らく自分自身もう諦めていました。

ですが、去年の冬友人に携帯内のデータを取り出してもらうと全文ではなかったのですが半分近くのデータを取り出すことができたのです。ありがたい話でした。

お陰さまで今こうしてあります。


と、話がそれまくりました。


この話は新作であり、新作ではないです。

投稿順的には新作なのですが、実際は三作目に考案されたもので企画的にはデジリアルワールドのスピンオフ版として書かせてもらいました。

なので、前置きでも書いた通り世界観は類似してます。

ですが、初代の時代の設定なので少し文明的には劣化してます。たまに作者の想像でなにかが出来てたりします。


一回の投稿は一万字を越えてからにする予定です。

(だいたい今回のように3本一投稿)

なお、キャラの設定を一人一人順次載せていこうと思ってます。

初めは主人公くんからいこう。←今決めた


その次はストーリーor二人目


だと思ってください。



ではまた次の投稿でm(_ _)m

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