1.この世にさよなら
みんなは死後の世界はあると思いますか?
俺はあると思っていました。
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「おはようー!」
扉の奥から聞こえてきたのは元気な声だった。
「おっす。」
少しぶっきらぼうに応える。
学生カバンを手にしているそいつの名は萌乃。いわゆる幼馴染みだ。
「早くしないと遅れるよー。」
「わーってる。」
俺は急いで靴紐を固く結んで家を出る。
「いやー、今日からテストだね、学。」
萌乃が俺の顔を覗き込んでくる。
学は俺の名前だ。
「あぁ、面倒臭いなー。」
「今回は大丈夫なの?」
「前回のアレはただの凡ミスだ。今度はしくじんないさ。」
実は前回のテストの時、数学で覚える公式の一部を間違って覚えていて、まさかの赤点になってしまった。
「ならいいんだけどね。」
萌乃はまた、前を向く。
いつも通りの道。
いつも通りの人の声。
この風景はいつまでも変わらないのかなぁ、なんて自分に合わなそうなことをふと考える。
公園では小学生らしい子供たちがドッジボールをして遊んでいる。
「いいなぁー、小学校は休みで...」
「まぁ、このテスト終わったら俺達も休みなんだから、さっさと終わらせよう。」
「そうね。」
そんな事を話していた時だった。
公園の入口からボールがコロコロと転がってくる。
嫌な予感がした━━━
ボールを捕まえようと子供が出てくる。
予感はどうやら的中したようだ。
けたたましいクラクションの音が鳴り響く。
道路に飛び出した男児に大型トラックが突っ込んできていた。
「危ないっ!!」
望が叫ぶ。
その時、俺は。
自分でも思いもよらなかった行動をしていた。
カバンを放り投げ、そのトラックに突っ込んでいた。
こんなこと、よく本のストーリーであるよな、なんて呑気なことを考えながら。
何だか、周りがスローに見える。
周りの人達の表情もしっかり見える。でも何を言ってるかは全く聞こえなかった。
とにかく、男児を連れて早く逃げよう。
間合いが詰まっていく。
よし、捕まえた。
後は、このまま━━━
あ、
これ、間に合わねぇ
気づいて前を向いた時には、もう約5m前までトラックが接近していた。どうやら、もう止まれないらしかった。
くそ、
これで、俺の人生も終わりかよ...
それなら、せめて━━━
抱えてた男児を、思い切り歩道側へ投げ飛ばした。大きな怪我を追わないよう願いながら。
その直後だった。
視界が急激に歪む。
それと同時に、何か潰れるような気持ち悪い音が聞こえてきた。
そうか、ぶつかったか。
不思議と俺は冷静になれていた。
そのまま、体が浮き、俺は後ろへと飛ばされていく。
その時に、萌乃の顔が見えた。
呆然としていた。当然だろう、目の前で人が轢かれたんだから。こんな状況で冷静でいられる人なんか、自分だけだろう。
そして、地面へと叩きつけられた。
体を動かそうとしても動かない。とにかく、全身痛くてたまらなかった。
意識も朦朧としてくる。もうダメか。
視界が狭まっていく。もうちょっとこの景色も見ていたかったなぁ...
狭まっていく視界に、一瞬誰かが映る。
誰かはもう分かっていた。萌乃だ。
その目からは涙が流れ出ていた。
何か喋っているようだったが、何一つとして聞き取れない。
きっと、死なないでとか言ってるのかな?
でも、その願いは叶わないよ。
ごめんね。
口が動いたか、喋れたかわからないが、そう思いながら、俺の意識は消えた。