三十二幕:過去追想
「時にリルよ。その赤龍が行きそうな先に心当たりはないのか?」
なんの策も弄さず、あてずっぽうに飛び出してここまで来た喬が今更ながらに問う。
リルは少し考えるそぶりを見せたのち、
「アルスは……いつも炎での治療を終えると、湖で身を清めていたはず、です」
「湖か……この辺りで一番近いのは和陽湖かのう。とりあえずは、そこに向かってみるかえ?」
喬は二人に問うが、他に手がかりが何もない以上、満場一致で和陽湖に向かうこととなった。
「二人とも、なかなかよい飛びっぷりじゃの。飛ぶ前はあんな震えていて可愛かったんじゃがのう」
可愛い、という単語を聞いてリルは顔を赤くする。相手はただの女好きだ。そんな言葉に惑わされるな!
最近、アヴルや喬など、女好きが周りに増えている気がするんだが。
「着いたぞ。ここが和陽湖じゃ」
言われ、下を向く。なるほどこれは大きいな。日本で言う琵琶湖辺りだろうか。
「降りると危険を伴う。故、捜索は空から行う。少しでも違和感を感じたら直ちに報告するのじゃ、よいな?」
喬がいつもとは違う、真面目な顔で言う。二人は強く頷くと、それぞれ三方に進んでいった。
赤い龍の影がないか、湖に気を張っていると、リルが独り言ともとれる、とても小さな声で喋りだした。
「アルス……私の憧れだった、赤龍王。近くにいるはずなのに、手が届かない。その背中をどんなに追いかけても、追いつけなかった。人間と龍では元々の能力に差があるのかもしれないけど、それでも、少しでもいいから、アルスに近付きたかった。そんな中、突然いなくなっちゃって。煙のように掴むこともできないまま、そのままどこかへ飛び去っちゃった。そんなアルスが、再び私の前に現れるかもしれない。そう思うだけで俄然やる気に満ち溢れてくる。待ってて、必ず探し出して見せるから」
決意を固めたリルの顔はアルテアやジュペンで見た、任務を全力で全うしようとする騎士のそれだった。
それにしても、アルスが見つかったら、俺リルに用済みだ、って放棄されそうで怖い。まあリルはそんなことしないと信じているが。
直後エリナの叫び声が聞こえたかと思うと、湖に大きな水柱が吹き上がった。
なんかエリナがやられ役の地位を確立してきている気がする…




