9、王女様
王女様の名前は、シャルロッテ・ツヴァイ・エルトーデ。
最新の王国史に載っている絵姿は、淡く微笑む優しげなお姫様という感じでしたが……地面に転がりうめいている王女様は、つり上がった目に怒りをたたえて私を睨みつけてます。
薬師様がさりげなく間に立ち、視線から私を隠してくれました。ちょっと怖かったのでありがたいです。
「まぁ、処分は一度置いときましょう。ミラさんの体調が心配なので、とりあえずここから出ますか」
「え?王女様達は…」
「ほっときゃいいだろ。『王家』には知らせを出したしな」
オルさんの『王家』という言葉に、王女様は体をビクつかせました。
「ひと晩たてば迎えも来るでしょう。彼らは優秀ですから」
王女様を冷たく見る薬師様の、こんな顔を見たのは初めてです。端正なお顔がまるで人形のように見えます。恐ろしく冷たいお顔です。
「さ、行きましょう!」
怯えた私に気づいた薬師様は慌てて笑顔を見せると、私の手を引き洞窟の外へと歩き出しました。
握った手は大きく、あたたかい体温を感じます。
「男性と手をつなぐ」という状態に気づき慌てましたが、危ないからとそのまま歩くことになってしまいました。オルさんはなにやら荷物を持っていて、私と手をつなぐ薬師様に殺気を飛ばしてました。
洞窟は深いものではなかったようで、5分ほど歩くと外に出られました。
ホッと息を吐くと、はたと気づきます。
「薬師様!シロさんが!」
「シロさんならほら、そこにいますよ」
薬師様が私の後ろを指差します。振り返るとそこには一頭の大きな真っ白な狼が居ました。馬三頭分ほどの、大きな大きな狼です。
「え、えええぇぇぇぇ!?」
「グルルル…」
目を細めて喉を鳴らすシロさんは、大きくなっても子犬のシロさんと仕草が変わってなくて微笑ましい気持ちになります。そっと胸毛を撫でると、ちょっと硬い毛の中にフワフワな毛が生えてて、ついついモフモフする手が止まりません。これはこれでいいですね。
「さすがミラさん、この姿のシロを見て怖がらないとは……オルなんて初めて見た時、怖がってシロに攻撃しようとするから大変でしたのに」
「うるせーな!」
恥ずかしそうなオルさん。
なんだか薬師様といる時のオルさんって、ちょっと子供っぽい感じがして可愛いです。言うと絶対怒られるから言いませんけど。
「ここは王都から馬車で半日ほどの所です。ハルノ村からは一週間というところですかね」
「こんな遠くまで…どうやって…」
「今日は王都に宿をとりましょう。シロの足ならそんなに時間はかからないですから」
薬師様は颯爽とシロさんにまたがると、私を引っ張り上げて前に座らせます。
うう…また密着が…顔が赤くなるです…
オルさんは薬師様の後ろに時間をかけながら、なんとか乗りました。
山道も王都までの林や草原も、あっ……という間でした。
シロさんは精霊ですから、精霊の力を駆使して揺れることなく快適な状態で運んでくれました。
オルさんは始終顔を青ざめさせてましたが。
それにしても、薬師様達はこんな遠くまでどうやって来れたのでしょう。そしてあの結界を壊した力を薬師様はどうやって…。
考え込む私の頭に、ポンとあたたかい手が置かれます。
「ミラさんは聡いですからね。王都の宿でちゃんと説明しますよ」
耳元で話す薬師様の甘い声は、いつもと違い少し固い気がします。
後ろから私を抱き寄せる(シロさんは揺れないので必要はないと思うのですが)薬師様に顔を向けようとした時、薬師様が私の顔を前にそっと向けました。
高い壁が横に長く続き、圧倒的な迫力を見せています。
これを人が作り上げたのでしょうか。壁の所々に損傷が見られ、十年前の戦いの激しさを物語るようです。私は幼かった為、本で読んだことしかありませんが、実際見ると心に迫るものがあります。
砦のような門には、入場を待つ馬車が並んでいます。
「到着しましたよ。ここが王都です」
まだ村に帰れません…(薬師様の過去を出すという都合上)