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36、魔法使いの謀

森の家に魔法使いのクラウス様が来たのは、その日の夕方でした。

オルさんはクラウス様に、呪いを解く方法は他に無いのかと詰め寄り困らせています。マール様は呪いの進行を精霊王様に止めてもらったらしく、朝よりも顔色も良くなってきました。


「すみませんミラさん、僕は大丈夫ですよ。ケヴィの側にいれば呪いの進行を止めていられる。精霊の森にいれば良いだけです。無理して呪いを解かなくても良いのですよ」


「嫌です!!」


なぜ、マール様は私を守って、それだけで良いなどと言えるのですか。そんな、そんな事、良いわけがないです!!

そうです。キ、キ、キスなんて、そんなの大したことありません!!


「そ、そうですか?医療行為のようなものとはいえ、口移しで聖女の精霊力をのせながら薬を飲ませるなんて、難しいと思ったんですけど……」


…………医療行為?


「他にも方法があるはずですし、探してからでも……」


「いいえ!これはわたしも薬師見習いとしてやるべき事です!頑張ります!」


呆然とするマール様、オルさんは苦虫を噛み潰したような顔をしています。

クラウス様は、額に手を当ててため息をつきました。


「クラウス様?」


「そんなんじゃダメだよミラちゃん。君はマールが好きなんじゃないの?」


「す、すすす好きって……」


「なぜこの呪いを解く方法が聖女じゃないとダメだと思う?こんなことマール以外に出来るの?」


「そ、それは……」


「クラウス、もういい」


オルさんがため息をついてクラウス様を止めます。私はどうすれば良いのか分からず黙ってしまいました。クラウス様に言われて自分の浅はかな考えに気づきました。

聖女の行う行為が、ただの医療行為であるはずがありません。マール様も「医療行為のようなもの」とぼやかして言ってました。

俯く私をマール様がよしよしと撫でてくださるので、だんだん自分が情けなくなってきます。


「俺はクラウスと王都に行く。他の方法を探してみる。満月の次の日に戻るから、それまでに二人で話し合え」


「オルさん……」


「ミラ、しっかりやれよ。行くぞクラウス!」


「え!俺来たばっかりなのに!エンリさんに会いたいだけじゃ…「行くぞゲス魔法使い!」ひどい!!」


オルさんはクラウスさんを抱えると、さっさと出て行ってしまいました。

取り残される、マール様と私。


「……とりあえず、夕飯にしますか」


「……はい」







何だかすごく久しぶりのような気がする、この家のベッド。

夕飯でも私達はほとんど話さず、今日は早めの就寝となったのですが……


分からないです。


シロさんがいるとはいえ、私はマール様とここで二人で暮らしていました。二人で、です。

一体私はどうやって暮らしていたのでしょうか……分かりません。


コンコンとドアをノックされ、思わず飛び起きます。


「は、はいぃ!!」


「ミラさん、少し良いですか?」


「はい!どうぞ!」


ドアを開けたマール様は、慌ててガウンを着る私を見て優しく微笑む。


「慌てなくて良いのに……ごめんね寝るところでしたよね」


「大丈夫です。どうしたんですか?」


「うん。僕の気持ちをちゃんと言おうと思ってね」


「え?」


窓から注ぐ月明かりに、マール様の銀髪は照らされてとても美しくきらめきます。綺麗に整った顔は甘く微笑みを浮かべ、そっと私の頬を撫でる手は温かく安心するものでした。


「ミラさん」


「はい」


「僕はあなたの事が好きです。僕がただの下級騎士で、あなたの遊び相手であったあの日から、僕はずっとあなたを想って生きています。一目会った時から、僕はあなたの虜なのです。

勇者なんて飾りのようなものです。地位も名誉も有って無いようなものです。

それでも、僕はあなたの側に居たい」


マール様は頬を撫でていた手を下ろし、私の目をしっかりと見ました。紫の瞳は熱を孕み、私の体にもその熱が伝わってくるような気がします。


「あなたが知識を望むなら師として導きます。

知識の宝庫である王都の学園に連れて行くことも考えています。

私はあなたの望むことを望むものを与えたい。

師であり、恋人であり、いずれは伴侶となりたい。

我儘だと分かっています。それでも僕は……」


マール様は苦しそうに顔を歪めます。私はそんなマール様の手に自分の手を重ねます。


「……愛しています。ミラ」


絞り出すように発した言葉は、私の心に突き刺さりました。私は涙が溢れ、マール様の胸に自分の顔を押し付けます。


「ミ、ミラ!?」


「マール様!マール様!私はずっとお慕いしていました!

私の初恋は騎士のお兄ちゃまです!

その記憶がなくても、髪や目の色が違っても、ここで会ったあの日に私は恋をしたんです!

もしまた記憶がなくなっても、必ずまたマール様に恋をします!

好きです!大好きです!」


一気に言い切って、恐る恐るマール様を見上げると、耳まで真っ赤になったマール様がものすごく小さな声で「ありがとう」と言って、そのままバタバタと部屋を出て行ってしまいました。

ぶつかる音とか、何かが割れる音がしてますが、「大丈夫ですから部屋から出ないで!!」とマール様が叫んでいます。


私はそのままベッドに横になって、先ほどの自分の言葉を反芻し、ひたすら羞恥に悶えながら眠れぬ夜を過ごすのでした。








お読みいただき、ありがとうございます。

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