24、精霊と魔王の存在
過去編です。少し残酷なシーンがあります。
苦手な方はご注意ください。
少年は次代の騎士隊長と言われるほどの実力を持っていた。
オルも目をかけていて、少年も彼から教えられた技術をしっかりと吸収していった。
少年の黒に近い灰色の髪は魔力の高さを示していたから、少しばかり精霊の恩恵の力を持っていても注目されることはなく、今回の遠征部隊に参加していた。
そしてこの時の事を、オルは生涯悔やむこととなる。
オル達は運良く、行商中のムスクとメリッサに合流する事し、道中立ち寄った村々で魔物の噂がなかったかと聞いたが、特に魔物に襲われた事もなく、むしろ魔物の姿を見なくなったという。
そして、ムスクとメリッサの子を紹介される。
母親から受け継いだであろう緑の瞳と、精霊の強い加護を持つ白金の髪を持つ少女、五才のミラを。
「騎士のお兄ちゃま!こっち!こっちなの!」
「待ってミラちゃん!危ないよ!」
白金の髪をなびかせて走るミラを見て、俺は自然と顔をほころばせた。
少年は騎士団の中では最年少だ。すっかりミラに懐かれたらしい。
姪という存在にまだ慣れないが、ミラは素直で可愛らしいため騎士隊のアイドル的存在になりつつある。
魔王の存在は不明だが強い精霊の力を持つミラに何かある気がして、隊員の一人に王都へ連絡してもらい、しばらくムスク兄の近くに居ることにした。
俺の勘が当たらん事を祈るしかねぇな…。
はしゃぐミラと、その様を温かく見守る兄夫婦を見て、何かあれば必ず守ろうと強く思う。
自分ならそれが出来る。そう思っていた。
「騎士のお兄ちゃまも、お友達作らないの?」
「どういうこと?」
「この子たち、お友達になってくれたのよ?お兄ちゃまもできるのよ?」
「!?」
ミラに集まる鳥や小動物達。それらは目に知性を宿しているのが見えた。
強い力を感じる。もしや…
「精霊…?」
戸惑う少年に笑顔のミラ。ムスクの妻メリッサが慌ててミラのそばに駆け寄る。
「ミラ!それはダメって言ったでしょ!」
「え…だって、おかあさんがいる時ならいいって…」
「今はダメなの!今は……」
背中を冷たい汗がつたう。
ここに集まりすぎた精霊、強い力。
魔物が出なくなった…のではなく、出られなくなった、だとしたら?
「義姉さん、何か知っているのか?」
「…騎士隊の方から精霊の加護を受けている人達が殺されている…という話を聞いて、私の村に伝わる話を思い出したの。
精霊の加護を受けた人間が殺されると、精霊の嘆きが世界に広がるわ。嘆きは負の力になって魔物に大きく影響するの。強い力を持つ精霊は感情に流されることはない。でも加護を持つ人間には別よ」
「なら義姉さんも…」
「私の力は大した事ない。でも、ミラは別よ。この子は精霊に愛されし子。白金の髪を持つ、精霊の愛し子なのよ…だから、この子に何かあったら…危ないっ!!」
突然叫ぶと、メリッサはミラと少年を突き飛ばした。
そしてメリッサはぐらりと揺れて、そのまま倒れこんだ。
何だ?
何があった?
何かを感じたが、避けるので精一杯だった。地面を見ると、黒い長い杭のようなものが刺さっている。
「おかあさん?どうしたのおかあさん?」
泣きながらミラがメリッサに駆け寄る。それを見ている少年。倒れたメリッサから広がる血。
我に返って、とっさに周りの気配を探るが何もなかった。
騎士隊も。
乗ってきた馬も。
ムスク兄も。
生きているものは何もなく、ただ赤い絨毯が広がっているだけ。
そして聞こえてくる、冷たく、昏い、地の底を這うような呻き声。
「…おい!少年!意識はあるか!」
「…はい!」
震えていたが返事はしっかりしていた。さすが高い魔力を持つだけはある。
今は逃げるしかない。ミラを抱えると、直感で方向を定めひたすら走る。
これが……魔王なのか……?
なぜ逃げられたのか。それは俺にある神の加護を最大限に活用したからだろう。
血まみれのミラを抱え、少年と二人で『精霊の森』に逃げ込む。
当初から、ここを拠点にすると決まっていた。
もう少し早く来ていれば…いや違う、きっと来れたのはこの三人だけだった。幸運の神の呼びかけは、逃げ出してからしか聞こえなかったからだ。
聖域と呼ばれる場所に来て、やっと一息つく。
少年はがくりと膝をつき、ミラは呆然と血にまみれた手を見ていた。
「おかあさ…おかあさん…ミラが…ミラが呼んだから…」
「ミラ?どうした?」
「ミラが…おかあさん…ミラのせいで…」
「ミラちゃん、ミラちゃん違うよ」
「ああああああああああああああああ!!」
少女は絶叫した。
それは母を失った悲しみではなく、憤怒の叫びだった。
過去編は次回で終わります。




