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虹色の鉱石

作者: 一条 灯夜

 コンクリート打ちっ放しの、メインの講義棟から離れた研究棟。流行のテーマは、新しく出来たハイテクセンターへと、カタカナ大好きなネーミングセンスの大学職員の手で移されている。

 残っている研究室は……。まあ、華はないと自覚しているけどな。

 ただ、小奇麗な場所にあまり魅力を感じない俺には、こういう場所の方が好きだった。

 五階――最上階の地質学研究室へと、講義から戻れば……。


 俺の持ち込んだ毛布に包まり、窓際の机兼作業台で佳織がうたた寝をしていた。灰色の毛布に包まった、痩せ型でギリギリ耳が隠れるくらいの髪の二十二歳は、ちょっとだけ……本当にちょっとだけは、猫っぽい。

 猫耳でもつけてやろうか、と考えた所で――実際問題として、俺の私物にもこの研究室の備品にもそんなモノは無いんだが――、佳織がむくりと起き上がった。

「あーさ」

 思わず噴き出してしまった。

「十時四十分は朝じゃない」

 一限の講義だけ受けてきた俺が、参考書とノートを自分の席のファイルボックスに投げ入れて答える。

「文隆が、昨日むちゃするから~」

 甘ったるい声に、ふん、と鼻で笑って返す。

「お前、研究室の外でそういうこと言うなよ。今、ここで、俺しかいなっから冗談だってわかるけど、聞く人によっては大学で問題行動したように思われるからな」

「分かってるよ」

 佳織が伸びをすると、肩に掛かっていた灰色の毛布がズレ落ちそうになったので、慌てて手を伸ばして受け止めた。

「ナイスキャッチ」

 両手の人差し指で俺を指さした佳織の額を軽くつつく。

「俺の私物を、床に落とそうとして悪びれもせずに返すな」

「昨日、就職活動で栃木だったからさ。移動で、意外と時間掛かったし……」

 ニャーとでも鳴きそうな口の形を見て、俺は上手く返事出来ずに口を閉ざした。



 地質学の研究室に所属している、と言うと、最近は地震とか火山について訊かれることが増えたように思う。俺は院への進学が決まっているけど、例に受けた就職活動の合同企業説明会でも、専門を言ったら東海地震について話題を広げられそうになってしまったし。

 地質学は、実際には他にもかなり広い分野にまたがった学問だ。利益に繋がるような部分では、鉱床とかそうしたものの成り立ちから、調査手法なんかを研究したりもするし、逆に層序学みたいに地層の出来た順序を明らかにすることで、土地の状況を調べたりもする。岩石の成り立ちを研究したりもするし、化石なんかを調べる古生物学なんかもここに入ってきたりする――尤も、最近では、考古学系統以外にも、生物系や化学系との連携がかなり必要な分野だけど――。

 華がない、なんて台詞は、同じ学部の他の研究室の奴等に散々言われた。ついでに言うなら、俺の専門の古生物学は、就職に有利でもない、とも。

 でも、好きなんだから仕方が無いと思う。

 ま、バイトしながら生活費切り詰めながらでも博士課程まで行って、学芸員か大学の講師になれれば大金星。違う分野への就職も止む無し、ってとこだけど。


 ただ、佳織は――。

「って、お前! また素手で鉱石を」

 佳織が突っ伏していた作業台にあったのだろう、鉱石を摘まんで日に翳して見せてきた。鉱石の表面を漣のように……いや、オーロラとも似た、虹色の光の帯が揺らめいて流れた。

「ラブラドル長石。いい感じで磨けたと思わない?」

 確かに、佳織の石を見るセンスは良いと思う。宝石といっても、全てが同じ組成でも結晶構造でもないため、ひとつひとつに癖のようなものがあるんだけど、それを上手く見極めて加工できている。

 いや、でも……。

「学術的な意味はあんまり無いけどな」

 そう、そこが問題だ。ディスプレイする分にはいいが、高い鉱石の原石を買っても、俺達は分析が第一だし。

 佳織は……、どちらかといえば、三年のプレゼミの時から消去法の選択のような形でこの研究室にいる。今でこそ、お互いの距離感がつかめてきているから、住み分けのようなものが出来ているのでいいけど、根本的には俺達は見ている先は違っていた。

「ど~しよっかなー。私」

 俺と佳織の間にあった虹色の鉱石が外され、佳織のやや薄い色の虹彩の複雑な色味が迫ってくる。


「そろそろ決めろよ。院試の後期、出願忘れないようにも」

 保留というよりは、逃げるような返事を返す俺。


 全ての可能性は、まだ残っているとでも言うかのように、作業台の上の虹色の鉱石が午前の日の光を浴びて輝いていた。

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