混乱
シンには絶対に幸せになって欲しかった。
こんな箱庭の中の狭い世界ではなく、明るい日差しの下で。
シンの耳がピンと張り、尻尾が毛羽だっている。
手触り悪そう、とついつい現実逃避的な思考が脳裏をよぎる。
しばらく触っていないから、禁断症状が出たのかも。
そんな場違いなことを思ってしまっているユーリにかまわず、ため息をひとつ吐き、シンが言葉を発する。
「今までずっと一緒に居たから、ね。ユーリの考えてそうなことは大体分かってるよ」
話し出した声音は、もういつものシンのものだった。落ち着いていて、柔らかい。
耳や尻尾だけじゃなくて、この優しい声が自分に語りかけてくれることにも、日々安心感があった。
この声が、ユーリがこの世界に居てもいいと、言ってくれている気がした。
ユーリの感慨とは別に、言葉が続いていく。
「大方、自分が傍にいると僕のためにならない。僕が幸せになれない。……そんなところ?」
ビクッと体が震え、俯く。
完全に見透かされている。
シンはユーリの反応を見て、いっそう確信を深めたようだった。
「それが理由なら、尚更従うつもりはないよ」
何故自分なんかに執着するのだろうか。
ユーリは不思議でならなかった。
離れた方が絶対に良いし、自分なんかと違って、シンなら何処にいっても大丈夫だと、確信している。
それなのに、何故……。
「さっきも言ったけど、僕はずっとユーリと一緒にいる。最期まで、ずっとだよ」
……最期まで?
「な、んで、そこまで……」
ユーリは訳がわからず、ひたすら混乱していた。
ここまで強固に異を唱えられるなんて、思ってもみなかった。
シンは本当に優しい。
横暴な振る舞いや言動も、反抗期すらなかったのだ。
だから、最初こそ嫌がって拒否したとしても、最終的にはユーリの言うことに納得してくれるものとばかり思っていた。
それが、
「本当に、分からないの?」
ふぅ、と息を吐いて言われた言葉にも、まるで見当がつかない。
「……」
「鈍いとは思ってたけど、まさかここまでだったとは、ね……」
シンの言いたいことが全く分からなかった。
う~んと一度唸ったシンの次に放たれた言葉は、ユーリにとって全てを覆されるようだった。
「僕はずっと、ユーリが好きだよ。もちろん育ての親としてじゃなくて、伴侶としての意味で」
「……!!!」
言葉にならなかった。
青天の霹靂。その言葉以外ない。