序章
その夜路地裏で見かけたのは、ごみ箱の陰に小さな体を更に縮こませ蹲っていた、小さな存在。
薄汚れていたが、栗色の頭にペタリと伏せたふさふさの耳。お尻のあたりには尻尾が見え隠れしている。
まだ幼いと思われる獣人の子供だった。
只人と獣人が混在して久しいこの世界だが、未だに、獣人に対して差別的な人々が多数派を占めていた。
見た目もそうだが、成長の仕方に違いがあるのも原因の一つで、獣人は幼児期が短く、青年期が長い。
また、男性であれば腕力も只人より強い。
そしてなにより、寿命が違うことが只人に忌避されるのだった。
だから異端とされ、いわれのない差別を受け続けている。
しかし、彼女は獣人に対して差別的意識は持っていなかった。
何故なら只人でありながら、白髪に近いプラチナブロンドと透き通るような白い肌色、そして金色の瞳を持つ彼女もまた、茶色系の髪色と黄色の肌の人々が殆どの中にあって異端とされていたからだった。
だから、躊躇わずその場に膝をつき、その子供に声をかけた。
「……どうしたの?」
反応が無いので、少し間をおいてもう一度。
二度目はもう少しだけ声を大きくしてみる。
「……どうしたの?大丈夫?」
ぴくっと僅かに耳が反応し、獣人の子供がおずおずと顔をあげた。
現れた瞳には恐怖の色が滲んでいたが、そのままじっと目を合わせているうちに、彼女を見あげた表情が徐々に安堵に変わっていくように見えた。
獣人の子供は意を決したように口をパクパクさせるが、音にはならなかった。
紡がれなかった言葉は空気中に霧散した。
その子供は困惑したように小さな手で喉に触れ、必死の表情で再びパクパクと口を動かした。
しかし、やはり声なき声は音にはならず、子供の瞳には悲しみの色が広がり、顔が歪む。
表情や仕草を見ている限り、声がでないのは生来のことではなく、突発的なことのように思えた。
彼女もとても困惑したが、やはり恐怖に怯え、震えている子供をこのままにはしておけないと思った。
そして、獣人の子供が彼女に対して恐怖心を抱かないなら、自分の狭い住居に連れて帰ることにした。
「もう、大丈夫だよ。一緒に来る?」
俯いてしまった獣人の子供に、手を差し伸べながら言った彼女の顔を見つめ、子供はおずおずと腕を伸ばし、小さな手でその手を掴んだ。