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第七章~狂眼~


「――っ、こりゃ凄ぇ」


 広い部屋の壁一面が巻き上げられると、その下には壁掛けのようにおびただしい数の武器が並んでいた。


 圧巻とも言える光景に、龍は驚嘆の言葉を発せずにはいられなかった。


「……ねぇ、ここの予備電源ってタダじゃないの、解ってるわけ?」


「知るか」


「でしょうね。ま、減るもんじゃないからいいんだけど」


 呆れたように呟くと女は壁に沿って歩いて行く。龍は一切の抵抗も感じずそれに続く。


 しかし、重大な事実を忘れてはいるのではない。自分は今、大企業である心-ココロ-テクノロジー管轄の地下に不法侵入している。


 普通に犯罪であり、仮にも相手側の人間である彼女に遭遇してしまった。


 いつ突然振り向き、脳天を貫かれるか解ったものではない。龍はなびく白い頭を観察しながらそう考えていた。


「あんた、どんな武器が欲しいわけ? それとも能力?」


 能力を備えることが出来るというのは初耳だった。単に叢が教えてくれなかっただけか。


「世界を征服する力を欲す」


 冗談である。


「いいわ。世界中の脳を支配する能力にするわね」


 冗談では済まされない話になってしまっていた。


「待て待て嘘だ。つか何でそんな核よりも悍ましい兵器があんだよ、お前らが使えよ」


「誰にも使えないわ。これは失敗作。アストラルハーツの本質知ってんでしょ?」


「知るか」


 嘘でしょ? と女は疑念の視線を向ける。その目は苛立ちこそ僅かな一片もなかったが、探るような困惑するような色をしていた。


「アストラルハーツってのはね、心の変換器よ。そしてそれは等価交換である……ここまで言えば解るんじゃない?」


「……」


 龍の頭上にはてなマークが三つくらい浮かんでいた。


「チッ……だから! 世界中の人間の脳を支配出来るくらい価値のある記憶や感情なんて存在しないって言ってんのよ! ……頭沸いてんじゃないの?」


「あー……はいはい、理解しました理解しました」


 龍は荒っぽく頭を掻く。要領を得ないが、舌打ちされてまで説明して欲しい話でもない。


「つまりあれだ、強力過ぎてMPが足りないんだろ?」


「少し違うけど、そういうこと。人間を遥かに超える力はオススメしない。剣だとか、銃だとか……実際あるものを具現化する力が燃費的にいいわ」


 女は唇に指を当て、品定めするように辺りを見渡す。一、二歩進んだ場所にあった剣を掴んだ。



「これなんかどう? 『シャドウイーター』、離れてこれを突いても、空間を破って狙った相手の体に刺さるの」


 早速、人知を超えている代物を提供してきた。空間を破るとは一体全体どういう理屈だ。


 心をデジタル化してしまう時代だ。現代の科学技術の粋を集めれば可能なのだろうか。


「一突きたったの記憶一年分くらい。自分の過去一年の消失で相手の未来永劫を消滅させるんだから、お買い得よ」


 女は吐き捨てるように言う。過去を消すことに、人の未来を奪うことに、何の抵抗もない。


 彼女は笑っている。


 剣をくるくると弄び、愉悦に歪んでいた。人を平然と殺めてきた顔……いや、違うか。


 龍は嫌な汗を感じた。肌を撫でるような感覚がぞくり、ぞくりと体を冷やす。


 ――その感覚に高揚している狂った自分がいた。


「却下だ。出来るだけ消費が少ないのを頼む。……そうだな、消費しなくとも使える武器とかねぇのか」


「炎を纏う剣だけど、そのままでも普通に戦えるってやつ?」


「ああ」


 ちょっと待ってなさい、と女は部屋の反対側まで歩いていき、物を探し始めた。


 暇になった龍は近くの武器の収められた壁を見る。斧や鎌、手の平サイズの機器など様々な種類のものがある。


 恋の『蒼天』とやらもここから奪った武器なのだろうか。


 思慮にふけていると、突然、全神経がある一部分に集中する。理由は解らない。言えることは一つだけ。


 ――魅力された。たった一つ、異質な存在感を放つ武器に。


 それは龍だけが感じることかもしれない。他の誰かに言っても、数多ある武器の一つに過ぎない、気のせいだと言い切られるだろう。


「……ねぇ、四つくらい候補を持って来たんだけど」


「これは?」


 龍は女が手に持つ武器など意識にも止めず、目の前のそれについて質問する。


 黒い柄に宝石のように並ぶ白い目貫、鞘は柄と同じ黒色の一見、普通の日本刀だった。


「これ? 『折れない』日本刀よ、折れそうになったら心を消費して頑丈になるだけの刀。ひひひ、しょぼいでしょ?」


 確かに。人間支配や空間破壊を聞いた後では劣るどころか勝負台にも上がれない。


 折れない――か。龍の頭にその言葉が強く響く。


 この刀は折れない、絶対に。


「この俺は死なない、絶対に……ってな。ククク……」


「はぁ?」


「こいつに決めた」


 龍は手を伸ばすと、刀を掴み手中に収める。慣れた手つきで刀を一回転させると腰の辺りに携えた。


 いつの日か剣を振るった時期があったのだろうか。


 今の龍の感覚は疑いなく頭は覚えてないが、体は覚えている、だった。


「あんた……本当に面白いわね。ぞくぞくしちゃう」


「あぁ、感謝するぜ。良かったらお前の名前、教えてくれ」


「……デュオネ。本名じゃないのが残念だけど」


 ありがとうな、と最後に視線を交わす。どこか寂しそうだったのは気のせいだろう。


 龍は壊れたエレベーターの前で立ち止まる。見回したが、階段がなかったのだ。デュオネに聞くという手段もあるのだが、これ以上の迷惑は無用だ。


 来たときとは反対に、ワイヤーを利用し上ることにしよう。


 そう覚悟を決め、龍が跳び移ろうとした、その時だった。


「待ちなさい」


「悪ぃ、デートに遅れる」


「聞け」


「……はい」


 威圧感に怯んだ龍は縮こまりながらデュオネの前に立つ。


「……私はあんたに武器を提供した。無論、敵だと解っていて。それは何故?」


「この俺がイケメンだからか」


「違う。あんたに……組織の敵であるあんたに、強くなって欲しかった」


 それはどういう意図を含んだ言葉なのか、イケメンを否定されたことと同じく、龍には理解しがたいことだった。


 だが思う。彼女は、彼女も自分と同類で……心-ココロ-テクノロジーを良くは思っていないのではないか、と。


「私は刺激的な日常を望んでる。だから今日はとても楽しい日だった」


 デュオネは手を胸の前で重ねると、優しい笑みを浮かべた。感情に浸り、思いを回顧しているのだろう。


 そしてゆっくりと龍に近づく。頬は上気しており、彼女は今にも沸騰しそうなことに龍は気づいた。


「だから、その締めに……ほら、あれよ……お、お礼が……、欲しいのよ」


「お礼、か」


「……ねぇ、私……どう? 髪色はこんなんになっちゃってるけど、顔や体には自信……あるのよ……」


 恥ずかしそうに俯く彼女は一拍置いて、言葉を紡いだ。


「だ、抱いてみない?」


「……」


 言い終わると、デュオネはきゅっと唇を噛む。告白の返事を待つ乙女の姿だった。


 もっとも、内容はもう少しアダルトになってはいるが。


「はぁ……まどろっこしいな、素直に抱いてくれとは言えないのかよ」


「言えない……わよ」


「――っ」


 龍の口が無理矢理塞がれる。おとなしそうだったキスは急に激しさを増し始める。


 満足したいと訴えるかのように舌が侵入し、龍の口の中を蹂躙する。


 頭がぼうっとする。デュオネの赤い顔は興奮してきている証し、それは龍も同じだった。


 こんな情熱的なキスは未だかつてやったこともなければ、見たこともない。


 龍は白い髪を優しく撫でる。ただ愛しい。ただ愛らしい。


 自分は世界一幸せだろう。こんなにも可愛い女の子にキスをされているのだから。


 そして何より、こんなにも可愛い女の子に。


「ちゅ」




 ――命を奪われようとしているのだから。




 瞬間、立ち昇るような殺気を感じた。慌てて跳び退こうとしたが、両腕で頭を押さえられ、口を吸われている。


「んぶぁぁっ!?」


 デュオネの硬いハイヒールの爪先は狙い澄ましたように龍の腹を捉えていた。


 バネ仕掛けに弾かれたように龍の体が跳び、服が地面を擦る音をひきずりながら荒れた床の上を転がる。


「んちゅ……凄い味がした。男の子って感じ」


「うぐぅ、この俺が油断するとは……まあ、濃厚なキスも出来たし良しとするぜ」


「気持ち良かったでしょ?」


 デュオネの口づけを想起し、にんまりと笑いながら龍は膝をつき立ち上がる。


 予想は間違いではなかった。警戒はしていたが少し緩めてしまったのだ。


 色気に騙されるは男の性なのだと内心言い訳をしつつ、龍は刀を握った。


「敵がなんだのと嘘を並べてこの俺を誑かすとは……素晴らしい趣味してるぜ」


「嘘じゃないわ。私は刺激的な日常を求めてる。私はあんたに強くなって欲しい。ひ、ひひひっ……ひひひひひ……待ってたわ、あんたみたいな男をッ!!」


 デュオネが笑う。今までの嘲笑とは一線を画する。欲望に浸り、愉悦に歪み、快楽に乾き、僥倖に揺れ、欣快に濡れ、体が潤されていく。


 その狂喜は天涯に渦巻くように響き渡り、部屋の空気を振動させる。


「ひっ、ひゃっはははははは! ヤるのぉ! 私と! あんたで! 最っっっ高の殺し合いぃぃぃいいい! ひーっひっひ!」


 愉快だ。愉快だ。愉快だ。愉快だ。愉快だ。愉快だ。乱れた長い髪の向こうでデュオネの眼光が残忍にぎらつく。


「ふぅ……可愛い鳴き声しやがって。堪らねぇぜ」


 龍は目を背けるように視線を落とした。口に手を当て、残った彼女の感覚を探る。


 狂った女のキス。悪魔の口づけとは紛れもなくこのことに違いない。


 体が震えていた。


 逆らい難い衝動のようなものが体中を駆け回る。龍の眠った狂気が呼応するかのように鎌首をもたげる。


「……ッ、クククッ……お望みどおり始めるか、なァ、愛してやるから来な、デュオネ!」


「ひひっ、その言い草最高ぉぉおお! いいよぉ、あんた……私のために死ねぇぇええ!!」


 部屋が浅く振動する。大きく仰け反ったデュオネの目が龍を見下ろしていた。


 そして彼女が視線をほんの少し動かした途端、龍の体は高速で地に叩き伏せられた。



「が……はぁっ……!」


 何が起こったのか瞬時に理解することが出来ない。例えるならば見えない鋼鉄の壁が上から落ちてきたような痛みと重さ。


 呆気なく地に沈んだ龍の体めがけて、デュオネは容赦なく硬いハイヒールで蹴りを入れた。


 靴が奏でる音色にいっそう笑みを浮かべてデュオネは起き上がるように催促する。


「ひひひ、ほら、ほら! 起きなさいよ……まだまだ楽しまなきゃいけないんだからね」


 その間も、デュオネは体を繰り返し蹴りつける。何度も何度も執拗に。


 しかし体をわずかにも動かさない龍に嫌な予感を抱く。死んだのではないだろうか。


「……ちょっと、あんた死んでないわよね。私が見てきた中で一番理想な男なんだから、もう少しだけ楽しんで逝きなさい」


「っはぁ、はぁ……そいつは光栄なこった」


 良かった。生きてた。


 その生を確認したデュオネはひときわ暴力的に龍の背を踏みつけた。


 龍は悲鳴も呻きもあげなかった。もはや声などあげられる状態ではないのか。


 それはそれで面白くない。この行為の面白さは痛みに耐える姿を拝むことではない。


 蝕むような疼痛に耐え切れず、涙を流しながら、顔をぐちゃぐちゃにしながらも、懸命に許しを乞う姿が美しいのだ。


 そして、その美しい人間を(こわ)すことこそが何よりも至福なのだ。


「何よ、その目……」


 龍の双眸がデュオネを睨んでいた。その直情的な殺意を浮かべた眼は、彼女の目の前にあった。


 反射的にデュオネはその顎を蹴り上げんと足を動かす。龍はそれを見切ると、その身をひねり、流れるように日本刀を横薙ぎに振るう。


「ちぃっ……」


 斬撃は空を薙ぐ。


 デュオネは勢いよく後退し、迫る刃を逃れた。が、龍はそれすら追う鋭い槍のように日本刀を突き出していた。


 彼女の顔が険しい憤怒を覚える。狂おしい眼がどす黒く唸ったかのように見えた。


「死ね!!」


 デュオネが死を口にした直後、重い衝撃を横から受けた。車に衝突されたなんて度合いではないほどの威力。


 後頭部から硬い壁に叩きつけられる。壁に並べられた多くの武器が外れ、地面に散らばり音をたてる。


 全身から力が抜ける。


「まだまだ終わりじゃないわよ! 私に刃を向けたこと……贖罪しろぉぉおおッ!」


 ぐいっと体が引っ張られる。というよりは背中を押されるといった感覚で宙を飛行する。


 反対側の壁が迫る。また激突する――と衝撃に備えるも寸前で体は急停止し、今度は上へと吹き飛ばされる。


 天井に杭で打ちつけられたように丸屋根にひびが入る。


「――――――っが!」


 かつて感じたことのない痛みが身を襲う。


 流石にやばい。


 ふらりと龍は羽が折れた烏のように落下する。


「あ~あ、私を怒らせないでよ……殺しちゃったじゃない。ま、愉しかったしいいわ。ひひ」


「っ……あぁ? 誰が……誰を殺したって? ぐぅ……よく聞こえねぇし、死人は見当たらねぇ……なぁ、がはぁっ!」


 乱れた体勢を刀で支えて踏ん張るも、黒みを帯びた赤い血液を吐き出した。


 対するデュオネの表情からは笑みが消えていた。


「……あんた、本当に人間なわけ? 怪物?」


「神にも魔人にもなった記憶はねぇな……それに、念動力扱う女にそう、言われても……な……くぅ」


「はん、テレキネシスってやつ? 私のは違うわ、もうちょっと簡単な仕組みよ」


 デュオネは龍を見下ろしほくそ笑む。月波恋の笑みが温かい太陽ならば、デュオネの笑みは黒い太陽だ。


 太陽の癖に何も照らさない。黒いから照らせない。ただただ全てを無差別に、己と同じ色に染め尽くす。


 どこかで聞いたことのあるような話だった。


「教えて欲しい? 教えて欲しいわよね? 靴舐めてでも教えて欲しいわよね? 教えてあげてもいいわよ。ひひっ、その代わり――」


 龍は抜刀せずに一歩踏み込み、刀の柄を突き出す。不意を突けると思ってのことだ。


 口を開いていたデュオネは慌てたように後ろに下がる。が、龍はそれを逃がさない。


 疾風のようにさらに低く迫ると右手で彼女の胸倉を掴んだ。



「くっ……離せ!」


「嫌だな。この俺が女相手に手加減すると思うなよ?」


「ひひ、だからあんたは最高なのよ。あと……離せって言ってんでしょうが……」


 デュオネがふいっと視線を横に逸らす。照れたわけではなさそうだ、などと考えた刹那、またあの見えない何かが横から龍に衝突する。


 予想はしていた。いつこれが強襲してもいいように足に力を入れて踏ん張るも抗えない。


 圧倒的な力。


「はっ、なるほどな……」


「っ!」


 龍は胸倉を掴んだ手を離さない。所詮、筋力は平凡な女でありこの握り拳は解けない。


 ――簡単な仕組みよ。


 デュオネの能力。龍には一つの疑惑、仮説が生まれていた。もしもそれが正ならば対策は容易だ。


 案の定、龍は不可視の力に逆らえずに吹き飛ばされる。ただし今までとは違う、可愛い連れが一名いるのだ。


「空のひと時を楽しもうぜ!」


「く、くそっ……離せッ!」


 その言葉を無視し、龍は空中で体勢を立て直す。地につく直前にデュオネを下にして、押し倒すように倒れ込んだ。


「っ、う……」


 女の体にはきつい衝撃がデュオネに響く。組み伏せるような体勢にすることに成功した。


 龍は身を起こそうとしたデュオネの肩を体重をかけて押さえてやる。


 力強く握って振り回した彼女の服、よくよく見れば胸部がはだけて扇情的な気分にさせてくれていた。


 龍はずいっと顔を近づける。逃がさないという意志を見せつけるために、自分の顔しか視界に映らないようにするために。


「さてさて、セクシーなお誘いに答えて……何回か犯してやるか。なァ、嬉しいだろ?」


「ひ、ひひっ、人生最大の屈辱よ……! 殺してやる……殺してやるッ! そこをどけぇぇえッ!! 殺す! 殺す! 殺す! 殺して殺して殺してやるわッ!!」


 デュオネは当然、身を守ろうとひたすらに暴れ出す。龍は彼女の顎をしっかりと掴み、さらに顔を近づけた。


「熱~いキスからスタートだ。ほら、足掻くなら足掻け」


「……っあ、あああああああッ!! 死ね死ね死ね死ね! ひ、ひひ、ひ……ああああッ!!」


「どうした? 簡単で容易でシンプルな能力を使わないのか? それこそ簡単に容易にシンプルにこの俺を殺せるだろうに」


 首を龍に固定されたデュオネは先程から狂ったように視線を右へ左へ向けていた。


 予想はほぼ的中だろう。


 念動力が脳を使用し、他人の行動を操るものならば、デュオネの力は“眼”を使用する。


 詳しい概容までは解らないがそれで正解のはずだ。


 至った理由は一つだけ。


 デュオネの瞳の動きだった。彼女の眼はいつもこちらを向いていた。思春期の乙女のように龍を視界から外さない。


 が、実はその眼は龍を追いかけていたのではなかった。逆に龍がその視線を追いかけさせられていたのだ。


 龍が衝撃で飛ばされるときには、デュオネは既にそっちを向いていた。


 一度囚われれば、死者の如く視線の方角へ強制的に送られる。鬼畜な葬送だった。


「はぁ、はぁ……」


 こうしてデュオネの視界の動きを最小限にしたことで龍は無事であり、新たに解ったことも出てきた。


 ――この力は“点”で発動しているのではない。


 首の動きは止められても、目線の動きは止められない。だからもしも、目の焦点が合った場所に対象を送る技だったならどうしようもなかった。


(とは言え……)


 顔を真っ赤にして叫び、興奮するデュオネの背中に手を回す。ぴくりと体を反応させ、ぎろりと恐ろしい双眸で睨む。


 恥ずかしがっているように見えるのはご愛嬌。演技とはいえしっかりと楽しんでおこう。


 龍は華奢な体に手を沿わせていく。背中から徐々に下へ、柔らかな膨らみを通り太ももを撫でる。


「っ……殺す」


「くく、やってみろよ」


 弱々しい声に挑発し返していると、太もも付近にに何か硬く四角いものに指が当たる。


 見つけた。


 龍はデュオネに感づかれる前にそれを鷲掴みにして、強靭な握力で破壊した。


「なっ……」


「ほら、横を向け」


 顎を掴んだ手をひねり、無理矢理に横を向かせる。デュオネの視界から外れるも、自分が吹き飛ぶことはなかった。


 叢は万が一、敵と出会ったときのために言っていた。


『どれほど強大な力だろうと、アストラルハーツ本体はただの機器であるのが大多数だ』



 つまりはそれがアストラルハーツのもつ弱点なのだ。龍の持つような刀はある意味でその弱点を克服していると言えよう。


 何にせよ、龍は無事にデュオネのアストラルハーツ破壊に成功したのだ。


「はい終了。武器も手に入れたし楽しかったぜ、デュオネ」


「……」


 組み伏せた状態を解き、龍は立ち上がる。


 立ち去ろうとするが、龍の腕がか弱い力で掴まれていた。


「……っ、何で……」


 龍の腕を握るデュオネの指先に力が込められる。引き止めるにはあまりにも頼りない握力だった。


 それを振り払いはしない。あの狂乱に満ちた姿はどこにもなく、妙に逆らいがたい弱さがあったからだ。


「どうして殺さないって顔だな。ま、なんだかんだ可愛い女には甘いってことだ」


「そうじゃない……」


「はい?」


 龍がまるで意味が解らないと言った風な返事をすると、デュオネはふて腐れたようにそっぽを向いた。


「……あんたに期待した私が馬鹿だったわよ、死ね」


「?」


「行け。一刻も早く。ここから出てけ。逝ってこい、馬鹿」


「その逝くは意味が違うぜ」


 龍は首を傾げた。彼女の口調が少し柔らかくなった気がしないでもなかったからだ。


「じゃあな、次会ったらデートでもしようぜ」


「ひひひ、なんか笑っちゃう。これ、敵同士の会話じゃないんじゃない?」


「仲間になるフラグだな」


「ない。私はあんたを殺す。屈辱は殺生で返さないと」


 卑しい笑みで殺害予告をされてしまった。恐ろしいがまた期待で胸が落ち着かなくもある。


 龍は携えた刀を握った。『折れない』刀か……しかし地味な能力である。だが、それでこそ龍の考えに準じていた。


「ねぇ、名前教えなさいよ」


「この俺の名前か? 天羽龍……正義の味方さ」


「そ、ぶっちゃけどうでもいいんだけど。ひひっ」


 おい。


 龍がつっこむも、後ろを向いた彼女から返事はない。……もう声をかけるなとデュオネの背中が語るようだった。


「……ありがとな」



 佇む彼女を一瞥してから、壊れたエレベーターの通り道を見上げてみる。


 先が見えない。ここへ突き落とされたかと改めて思うと、ふつふつとある感情が湧き出る。


 ――帰ったらまず香織にメイド服を着せて跪かせるか。


 龍はそんな馬鹿なことをわりと真剣に考えていた。



   ◇



 男が去ったそこは水を打ったように静寂が訪れていた。散乱した刃物やひび割れた壁、中心にそびえるは不気味な柱。


 その異形に白髪の女がしな垂れかかっていた。


「……何なのよ、あの男」


 デュオネの脳を侵食するかように埋めるのはそのことばかりだった。他の感情など押し退けてしまう。


「……」


 慌ただしく階段を下りてくるいくつかの足音が聞こえた。


 それはあっと言う間にこの場所まで下りてきて、柱に寄り添うデュオネを見つけるなり、周囲を見渡す。


「っ、大丈夫ですか! デュオネの(あね)さん! 侵入者がいるとの情報で……」


 そこで言葉がつまる。部屋の現状から争いが起こったのは明確だったからだ。


「ああ、来たわよ。遊んでやったら死んじゃった、ひひっ」


「それでは……死体は?」


「死体ぃ? あんたグチャグチャにした人間見たいの? 見たいのね。見たいのよね?」


「え――」


 どちゃり、と不快な音が聞こえた。血で作られた小さな泉に上半身のなくなった男の胴体が倒れ込み、肉の焼き焦げた臭いが広がる。


 生き残った男たちの喉から悲鳴が響き渡り、デュオネから必死に逃げ始める。


「ひひ、凄くいい香りね……。死体の腐った臭いの次に素晴らしいわ」


 言いながらデュオネはしなやかな指先を閃かせると、その指先から電流が(ほとばし)る。


 逃げ惑う哀れな鼠に向かって電気の塊を横薙ぎにするように水平に飛ばした。


「ぐあっ……!」


 追突した電気の塊は爆ぜるように巨大な火花を散らし、男たちを粉々にした。


「かなり強力ね……新しいアストラルハーツはこれにしてやろうかしら」


 眼で行動を支配する能力『ブラックエンペラー』は彼に壊されてしまった。


 デュオネにとっては、敵を主人の目線一つで行動する奴隷に堕とすような感覚で、なかなか愉しい能力だったのに。


 しかし、龍に弱点を突かれてしまった。あのような乱暴な方法で視界を制限されるとは思ってもみなかった。


「あんなに近くまで顔寄せられたら……逸らせないわよ」


 まただ。


 あの男のことを、あの男が覆いかぶさってきたことを考えると、変な感じがする。


 無性にイライラする。全てを破壊したい衝動に駆られてしまう。憂さ晴らしに部下を殺しても晴れなかった。


「意味、わかんない……」


 デュオネは絡みつくように残っていた電流を、糸屑でも捨てるように振り払った。



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