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第一章~平常~


 ――人間とは何か。そう聞かれたら俺はこう答えるだろう。世界を支配している存在だと。


 人間以外の生物は人間の身勝手に振り回される。食用に殺され、材に使われ、娯楽に利用され、人間を脅かそうものなら根絶させられるだろう。


 それは当然の世界なのだ。愚民のためだけに、今まで築き上げた地位を降りる大名など居やしない。


 ――では人間である事の絶対条件は何か。そう聞かれたらどう答えるだろう。


 生きている事か? 言葉を話す事か? 秩序を守る事か? 同じ人間を殺さない事か?


 はっきりとは解らない。納得のいく答えが見つからない。


 だが何となく思う。


《感情》をなくした人間は……本当に人なのかどうか、と。 うっすらとしていた意識が鮮明になっていく。耳に聞こえるのは独特なチャイムの音、授業終了の合図だった。


 それに合わせ周りが怒濤のように騒がしくなっていく。どうやら本日最後のチャイムだったようだ。


「あまり寝れなかったな……」


 誰に言うのでもなく天羽 (てんばりゅう)は呟いた。


 とは言ってみたものの別に眠たかった訳ではない。単に授業を真面目に聞くのが面倒だっただけであり、顔を伏せて寝るくらいしかすることがなかったのだ。


 はぁ、と息を吐きだるそうに立ち上がり、鞄を乱暴に掴みざわつく教室を後にする。


「……んでぇ~、そのオヤジがまじキモくて~」


「キャハハ! ウケるぅ~」


「おい! カラオケ行こうぜ! 先輩が超可愛い女の子誘ってるってよ!」


「ちょ、待てよ! 置いてくなよっ」


 玄関へと続く廊下は教室よりも騒がしい。他のクラスの奴が混じるからだ。それに加えて狭いときてる、邪魔で邪魔で仕方がない。


「うぜぇ……」


 何度も肩同士がぶつかる。苛立ちを隠さず口に出し、反発するように肩で邪魔者を押しながら道を開けていく。


「ッて、おいおい何だテメェ。随分と喧嘩売った歩き方だなぁオイ」


 当然絡まれた。面倒だ。が、くるりと振り向き顔を見せた途端にそこにいたグループから笑いが溢れてきた。


「おっ、こいつあれじゃね? 今どき《装置》付けてないっていうあの……」


「うわっまじだ! まだ居たのかよ、馬鹿みてぇ!」


 辺りはぎゃはははと下品な笑いに包まれる。本当に楽しそうで何よりだ。


 馬鹿笑いを続ける彼らに背を向け龍は再び歩き出した。相変わらず何なのだろうか、この感覚は。彼らにどれだけ虚仮にされようが全く腹が立たない。


 いや、それは解りきった事だった。この後どんな言葉を投げかけられたところで、表情一つ変わらないだろう。


「幸せだな、お前らは」


 これからどうするか。帰るのも良し寄り道も良し、時間はまだたっぷりとある――


 まだ続いていた笑い声を耳にそんな事を考えていた。


 ――豊かな国、日本。この国は数年前から凄まじい勢いで発展していた。医療や学問、もはやどの分野であろうと世界一、二を争うほどだ。


 世界は日本を中心に回っている――そう唱えたお偉いさんも居るらしい。


 日本の飛躍的な発展、そのきっかけは誰もが知っている。


 心-ココロ-テクノロジー。その昔に立ち上がった会社。その驚愕のキャッチフレーズにより、登場して瞬く間に知れ渡ることとなった組織だ。


『あなたの心、買い取ります』


 初めて聞いたときには実に興味を持ったものだ。しかしどれだけインパクトがあろうが所詮宣伝文句、実際は何の商売なのかと思ったのだが。


「まさかそのままだとはこの俺も思わなかったぜ」


 心-ココロ-テクノロジーは文字通り《心》を買い取る。感情、記憶、意志……それを金に換えてくれる。


 話によれば、とある研究者が感情や記憶をデータ化し、保存することに成功したらしい。その研究者が現社長な訳だ。


 実際問題、感情や記憶を抜き取るなんて出来るのか。膨大な費用がかかるのではないか。人体への影響は如何に。様々な憶測が飛び交った。


 そういう意味では拍子抜けだっただろう。《心》を抜き取る方法は至極簡単だった。


 さも鏡に映すように、バーコードを読み込むように、携帯電話程の大きさの《装置》を体の何処かへかざすだけで良いのだ。



 抜き取られた《心》は会社へとデータ送信され換金される。因みに内容により額も変わってくるそうだ。


 深い悲しみ、激しい憎悪、一生の思い出、愛し合った日々。自分にとって印象深いものほど高くなる。


 ――もはや心は、一概に自分の中に存在するとは言えなくなった。思い出は、資産に変わる。それどころか、忘れたくとも忘れられなかった悲しみすら、忘れることでお金になる。


「えらい時代になったもんだ」


 龍は通っている学校を遠目に呟いた。今日は缶コーヒーがとてつもなく苦い。


「カッコつけて無糖なんざ買うもんじゃないぜ」 まだ半分も残ったままの缶コーヒーをごみ箱へ落とした。

 ごみ箱の中で缶の中身が流れ出す光景を微かに笑い、改めて自動販売機の前に立つ。


 財布の中身と自動販売機の品揃えを同時に確認すると、あることに気づいた。


「……やっぱしいらね」


 まだ口の中に無糖コーヒーの苦味が残っていた。それを味わうってのもありだろうと思ったからだ。


 因みにこの結論に達したのは財布の中に紙幣はおろか、百円以上の小銭が無かったという事実とは全く関係はない。


「はぁ……」


 もし、俺以外の人間だったならば……この《落胆》という感情を金に換え、缶コーヒーを買うことが出来てしまう。


「っ、馬鹿か。そんなことしてまで欲しくねぇよ」


 今の世の中、感情や記憶を抜くことを躊躇う人などいない。負の感情なんかは特にだ。


――俺は違う。そうは思わない。確かに負の感情ってのは忘れたい、抱いていたところで辛いだけ。だが、その辛さは本当に消してもいい感情なのか?


「人間らしさに欠けるというか何と言うか……」


 龍がいるクラス……いや、龍が在籍する高校で《装置》を身につけていない者は彼を除きいない。


 先程絡んできた生徒達はとても楽しそうだった。当然だ、悲しむ事がないのだから。どれだけの悲劇に遭遇しようが涙は流れない。過去に縛られている者などいない。


――とてつもなく気味が悪い。


 缶コーヒーを捨てた事を地味に後悔しながら龍は家へと歩いて行った。


 これから起こる事態など、知るよしもなく――


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