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とようけ!  作者: SuzuNaru
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第十八話 真異のこと 中編

 ベッドに入ったら目覚まし時計をセットして、朝が来ることを祈りながら目を閉じるのが優奈の習慣だった。十一歳の誕生日から四年三ヶ月が過ぎた今日まで、きっともう二度と朝は来ないと何度も諦めかけたが、その度に(……絶対なんとかなる!きっと大丈夫だよ!)という根拠のない不思議な気力が湧いてきて、優奈は毎晩不安と戦いながら眠りについた。そして、決まった時間に目覚めることで優奈の身体は昼夜を判別していたが、この規則正しい睡眠こそが、昼間の無い生活の中で優奈の健康を維持するために欠かせないことだった。

 しかし、どうしてか哲が訪れた日からその気力はなりを潜め、この三日間優奈は睡眠不足が続いていた。それは気力を出すべく不安の質が変わったからに他ならないが、目下のところ優奈を悩ませているのは、「土曜は夜遅いから、たーっぷり昼寝しといてくれよな!」という哲の言葉だった。

(はぁ……そんな気軽に言われても……)

 四年に及ぶ規則正しい生活で強固な概日リズム(生物時計)を鍛え上げた優奈にとって、昼寝は難題だった。優奈は昼過ぎにベッドに入ったが、眠ようと思えば思うほど目が冴えてしまい、午後二時を回った時点でついに眠るのを諦めた。優奈はもうどうとでもなれと思いながら、本でも読もうと電気をつけた。そして、ふと机に目を向けた時、優奈の頭に一人の少年の顔が浮かんだ。

(……)

 優奈は机の上の写真を手に取り、そのままベッドへ引き返した。実のところ、哲が置いていったその写真こそが優奈を睡眠不足にした張本人だが、さすがに三日間眺めて慣れたのか、今は緊張せずに写真の中の由之真を見つめることができた。

(……何着てこっかな……やっぱ制服?……ううん、こないだ買ったワンピにしよっかな……)

 などと考えている内に気持ちがとても軽くなり、優奈はゆっくり目を閉じた。そして自分の中に住んでいるもう一つの魂に心で囁いた。

(……一緒に寝るの……たぶんこれで最後だね……おやすみ………)

 哲達の調査により、製材所を営む博子の実家で管理していたくすのきの古木が、二〇〇二年六月十日に落雷の被害にあっていたことが判明したのは昨日だった。当時の記録によれば樟の古木は三分の二が焼けただれ、資材にならないと判断した博子の兄がそのまま切り倒してしまっていた。博子は実家が災いの原因であることに大きなショックを受けたが、哲は相変わらず気さくな口調で言った。

「なーに、誰が悪いってわけじゃねえから、気にするこたぁねえよ。……ただ、そん時まだ木が生きてたってだけのことさ」

 それを聞いた直後、優奈の胸に堪え難い哀しみが満ち溢れ、優奈は両手で胸を押さえながら頬を濡らして嗚咽した。しかし、すぐにその哀しみの中に他の感情が割り込んできて、それが眠る時の根拠のない不思議な気力と似ていることに気付いた時、優奈は自分が独りではなかったことを知った。

 そして、そんなことを思い出しながら穏やかに意識が遠退き、目覚めた時には午後七時を少し回っていた。晩御飯までまだ間があったが、空腹を覚えた優奈はパジャマのまま部屋を出た。すると一階から美味しそうなカレーの匂いが漂ってきて、優奈はお腹を鳴らしながら階段を降りた。しかし、キッチンでカレーの味見をしている見知らぬ少女を見て、優奈は目をぱちくりさせながら呆然と立ち尽くしてしまった。

(………誰?)

 見知らぬ少女は優奈の気配に気付き、にこやかに微笑んで言った。

「あ!もうすぐできますから!」

(……いや、そーじゃなくて……)と思いつつ途方に暮れていると、すぐにリビングから博子が現れたが、優奈の疑問には答えてくれなかった

「ああ、優ちゃん。今起こしに……あら、着替えてきたら?」

「……」

 確かに自分はパジャマのままなので、とりあえず優奈が無言で頷いた時だった。

(……えっ!?)

 突然廊下に光りが差し込み、優奈はハッと振り返った。そしてトイレのドアを閉める光る少年の後ろ姿を見た途端、優奈はドタバタと階段を駆け上がり、階段の上から博子を呼んだ。

「おっ、お母さん!……ちょっと来てっ!はやくっ!」

 博子は苦笑しながら「……ごめんね、ちょっと待っててね」と照に言って二階へ上がった。そして博子が部屋に入るなり、優奈は眉間に皺を寄せて抗議した。

「もうっ!なんで来てるって教えてくんないのさ!?」

 博子は苦笑を浮かべて弁解した。

「だって、優ちゃんが寝てから電話が来たんだけど、優ちゃんぐっすり眠ってたし……寝てるなら起こさないでって巫女さんが言うから、起こさなかったのよ」

「……巫女さんって……もしかして、あの子?」

 すると博子は嬉しそうに捲し立てた。

「そーなのよ!あの子ね、哲さんのお孫さんの照ちゃんって言うのよ。優ちゃんのサポート係の巫女さんなんだって!そんで後ろにいた子が由之真くんで、優ちゃんビックリするわよ!あのね、照ちゃんと由くん……」

「ちょっと待ってよお母さんっ!」

 迎えに来るのは早くても午後十時過ぎという約束であり、優奈は思わず博子の言葉を遮った。

「もう……すぐ行くの?……お父さんは?」

 博子はすぐに優奈の不安を察して答えた。

「……ううん、大丈夫!まだ行かないわ。予定通り十時過ぎに迎えが来るって。……お父さんは巫女さんが来た時、先に出かけたんだけど……やっぱり起こした方がよかったわね。ごめんね優ちゃん」

「……ううん」

 とりあえず慌てる必要がないことに安心した優奈は、最大の疑問を尋ねた。

「じゃあ……なんでこんなに早く来たの?」

「ああ……なんかね、少しでも一緒にいて慣れた方がいいんだって。あと、晩御飯作りに来てくれたのよ!地鶏のチキンカレーだって!」

(……晩御飯?……地鶏??)

 これ以上考えてもしかたないので、優奈は普段着に着替えてからいそいそと髪を整え、サングラスをかけて一階へ降りた。すると今度はキッチンが明るくなっていて、優奈は食器棚の陰から恐る恐るをキッチンの奥を覗いて首を傾げた。

(……なんで?)

 光る少年がサラダの盛り付けをしている光景を、優奈はどう解釈して良いかわからなかった。しかし、とにかく挨拶をしようと優奈が気合いを入れた時、また博子がリビングから現れた。

「あ、優ちゃん!こっちこっち!」

「!」

 優奈と少年は同時に博子を見た後、少年が優奈に顔を向け、優奈も少年を見た。ところが少年の胸の光りをまともに見てしまった優奈は、思わず顔を背けてしまった。そこへ博子の後から出てきた照が、ポケットから小さな手鏡を出して言った。

「優奈さん、まだ眩しいならこれで由ちゃんを見てください」

「……」

 優奈は一瞬自分を見てどうするのかと思ったが、すぐに「ゆうちゃん」が少年のことであると気付き、言われたとおり鏡越しに少年を見た。

「……あっ!」

 鏡の中の由之真が光っていないことに驚いたが、それよりも白いエプロンを掛けてサラダボールを持って立っている由之真がなんだか滑稽で、優奈は我知らず微笑んでいた。すると鏡の中の由之真も微笑んだので、気恥ずかしさを感じた優奈は咄嗟に目を逸らしそうになったが、その前に由之真が口を開いた。

「はじめまして、由之真です」

 その声は想像していたよりも落ち着いた男子の声であり、優奈は振り返ってから少しどぎまぎと答えた。

「……えと……は、はじめまして、優奈です」

 そして、今度は照が右手を差し出してにこやかに言った。

「はじめまして!優奈さんのサポートを任された、石狩照です。今日はよろしくお願いします!」

「……よろしくお願いします」と照の手を握った直後、照の眉間から白い光りが放たれ、優奈は咄嗟に手を引っ込めた。照は不思議そうに自分の手を見ている優奈に尋ねた。

「もしかして、光りました?」

 優奈は無言で頷き、無意識に半歩下がりながら怪訝そうに尋ねた。

「……なんで……光るの?」

 照は一瞬きょとんとして、一度由之真を見てから答えた。

「私が光ってるんじゃなくて、真異のせいでそう見えるんですけど……お爺ちゃんから、聞いてませんか?」

 光りについて何も聞いていない優奈は、不安げな目で博子に尋ねた。

「……何か聞いた?」

「ううん……お母さんはなんにも……お父さんはどうか知らないけど……」と博子は軽く首を振り、照を見つめた。まさかと思いつつ、照はもう一度優奈に尋ねた。

「じゃあ……真異のことも、聞いてないんですか?」

「……まことって?」

「……」

 優奈達が今夜のことを何も知らされていないと確信して、一瞬照は途方に暮れかけた。照の役目は優奈を由之真に慣れさせることと、今夜の複合儀式で優奈が怯えぬよう精神的にサポートすることだったが、儀式は優奈が何も知らなくて良いほど安全なものではなかった。しかし、サラダボールを持って苦笑を浮かべた由之真を見た照は、今すべきことを思い出した。

「……えっと、真異っていうのは草や木の魂です。……でも、まずカレー食べましょう!お口に合えばいいんだけど、ウチの特製チキンカレーです!……その後で、いろいろちゃんと説明しますから!」

(……!)

 優奈は少しはぐらかされた気がしたが、それよりも光りがいつの間にか少し弱まっていることに驚き、思わず振り返ってまじまじと由之真の顔を見た。由之真は薄く微笑み、優奈にサラダボールを差し出して言った。

「中辛です」

 優奈はサラダボールを受け取って答えた。

「……うん」



 焼きたてのナンで食べる地鶏のチキンカレーは、優奈がいままで食べたカレーの中で一二を争うほどだった。緊張したのは最初だけで、生来のポジティブさを発揮した優奈は、気兼ねなく食事とお喋りを堪能した。年齢が近い照とすぐに打ち解け合い、好きなドラマや映画の話しで盛り上がり、博子は物静かで穏やかな由之真が気に入って、ずっと由之真に話し掛けていた。そして食事が終わる頃には、由之真の光りは裸眼でも耐えられる程度になり、優奈はサングラスをテーブルに置いて言った。

「ふぅ……ごちそーさまでした!お母さんのカレーより美味しかった!」

「あらひどい!……フフ、でもお母さんもそう思うわ」

「フフフッ!」

(……よし)

 優奈の真異を由之真に慣れさせるという目的の一つを達成した照は、微笑み合う二人を眺めながら次の目的に向けて気合いを入れた。そして優奈が食後の紅茶を入れている間に、照は廊下で哲に確認の電話を掛けた。

『ああ、真異のこたぁ言ってねえよ。言って三日も怖がらせたってしょーがねえし……こないだは途中で泣かれちまってな、少し落ち着いてからの方がいいって思ったのさ』

 それは予想通りの答えだったが、照は不満げな声で文句を言った。

「……だったら、そーゆーことは先に言ってよ!こっちにだって、いろいろあるんだから!」

『ハハッ、わりぃわりぃ!』

 照は薄く眉間に皺を寄せ、小さく吐息をついてから尋ねた。

「……じゃあ、どこまで話していいの?」

『あー……まあ、テキトーに頼むわ。あんまビビらせねえくらいでな!』

(それが難しいから聞いてんのさ!)と思いつつも、哲の気軽な口調を「気張り過ぎるな」という助言と受け取り、照は少し肩の荷が軽くなった気がした。

「テキトーって……フフ、わかった!テキトーに話すね。……じゃあお爺ちゃん、頑張ってね!」

『おうっ、お前らもな!大士郎は十時半頃そっちに着く。何かあったらまた電話くれ。じゃあな!……ピッ』

 照は一度深呼吸してから、玄関へ向かった。玄関には家から持参した鉢植えがあり、照は大事そうに鉢植えを抱えてリビングへ戻った。そしてそれをそっとテーブルに置いてから、きょとんと見ている優奈達に言った。

「紹介します!……祖母が育てた子で、ククちゃんと言います」

「……ククちゃん……」

 それは高さ四〇センチ前後の、ほのかに木の香りを放つ瑞々しい若葉の苗木だった。博子はてっきり観葉植物と思っていたが、優奈は一目で樟の苗木であることに気付き、どうしてか一遍で気に入ってしまった。そして、木に対して今まで一度も感じたことのない親近感を抱き、我知らず葉に触れようと手を伸ばしていた。しかし「あっ!」という照の声に、慌てて手を引っ込めた。

「……触っちゃだめなの?」

 照はキッチンの由之真に尋ねた。

「由ちゃん……優奈さん単独なら、ククちゃんに触っても平気だよね?」

 由之真は小さく頷いてから答えた。

「単独なら大丈夫」

「……」

 優奈が葉に触れると、まるで可愛い子猫に触れているような愛おしい気持ちが胸に広がり、優奈は思わず尋ねていた。

「ククちゃん……もらえるの?」

 一瞬照は、素直に「いいえ」と答えようと思ったが、その問いをこれからの説明のきっかけにすることにした。

「えっと……この子は憑代よりしろの子で、今夜優奈さんの真異をこの子に移すんです」

「……じゃあこの子は……どうなるの?」

「この子は大地に根を張って、優奈さんの真異と一緒に生きるんです。ずっと……何百年も……」

(……何百年……ククちゃん凄い……)

 照は微笑む優奈を見て、思い切って切り出した。

「でも、それで終わりじゃないんです」

「……」

 途端に優奈と博子の口元から笑みが消えたが、照は間を置かず真っ直ぐ優奈の目を見て続けた。

「優奈さんの真異を移すだけだったら、今すぐここでできるんですけど、もう一つしなきゃいけないことがあって……そのために、今から真異のことを話します」

 優奈は既に真異という言葉に対して警戒をゆるめていたが、薄く微笑みつつも目だけは真剣な照の言葉を受け止めようと、照から目を逸らさず率直に尋ねた。

「……何があるの?」

 照は優奈が入れてくれた紅茶を啜り、一拍おいてから答えた。

「……さっきちょっと言いましたけど、私達は草や木の魂のことを……真に異なると書いて真異って呼んでいます。まあ、呼び方はどうでもいいんですけど……大事なのは、どんな真異もくっつき合う性質があるっていう、真異の特徴なんです」

「……木とか草の魂が……くっつき合うの?」

 照はにこりと微笑んで答えた。

「そうです。くっつくってより、寄り添い合うって言った方が正しいかもしれません。普通なら、自分の身体を無くした真異は、近くの木や草に入ります。だから一つの木に幾つかの真異が住んでたりするけど、別に珍しいことじゃありません。でも、どこにも入れない迷子の真異もいるんです」

 照の説明を聞きながら、優奈は哲の言葉を思い出していた。

「……哲さんが……迷った魂が住みやすい場所に、勝手に入るって言ってたけど、そのこと?」

 照は腕を組み、少し考えてから答えた。

「んー……そうですね。勝手にって言うより、そういう性質なんですけど……その迷った魂がどうなるかは聞いてませんか?」

 優奈も腕を組んで、その時の事を思い出そうと目を閉じたが、代わりに博子が答えた。

「……ちゃんとお祓いしなきゃならないって、哲さん言ってなかった?」

「あ、言ってた……かも」

(……お爺ちゃん、テキトー過ぎ……)と思いつつ、照は哲が端折った部分を埋めた方が早いと悟った。

「その通りなんです。大きな真異は、祓わないと迷ったままになります。だから迷わないようにお祓いするんですけど……迷ったままになってると、どうなっちゃうかは聞いてませんよね?」

「……うん」

 照は両手を挙げて、二人に手のひらを向けた。

「こっちが迷った真異で、こっちにも迷った真異がいるとします。……で、さっき言った真異の性質は何ですか?」

「え?……くっつき合う……」

「そう!」と大きく頷き、照はパンッと両手を合わせて続けた。

「更に他の真異もくっついて、またくっついて、迷子の真異はどんどん大きくなります。そしていつか土地の神様と同じくらい大きくなり過ぎた真異は………」

 照は手を合わせたままテーブルをトンッと叩いて、二人の目を交互に見て言った。

「……土地のバランスを崩して、災害を招きます」

(災害!?)

 ここまで博子は違和感なく照の話しを聞いていたが、唐突に現れた災害という言葉に戸惑い、不安げに尋ねた。

「災害って……どんな災害なの?」

「いろいろです……地盤が緩んで崩れたり、沢山雨が降ったり……土地が痩せるから、そこに住んでる植物とか昆虫や動物達、もちろん人間にも影響があります……」

 そして優奈と博子の表情が強張ったところで、照はにこやかに付け足した。

「でも大丈夫です!ホントは全然平気ですから!」

「……?」

 照はテーブルを両手でゆっくりさすりながら続けた。

「もしバランスが崩れても、地主が……土地の神様が助け合って、元の状態に戻ろうとするんです。だからよっぽどの事が無い限り、放っといても数年でバランスは直るんですけど、そうならないのが一番いいからお祓いするんです」

 優奈は一度吐息をついてから尋ねた。

「そっか……ただ迷わないようにってだけじゃなくて、迷って大きくならないようにってこと?」

「そーです!」と大きく頷きながら、これで真異について概ねわかってもらえたと判断した照は、今夜の複合儀式の説明に入った。

「それで……このククちゃんに優奈さんの真異を移すのが『神削ぎ(かみそぎ)の儀』って言うんですけど、今日は神削ぎと同時に『大祓い』をします!」

(……おおばらい……)

 照はククと優奈を指さし、次に自分の胸を指さしながら言った。

「……優奈さんの真異をククちゃんに移す時なんですけど……いままでずっと入っていた真異が出て行く時、優奈さんの魂に隙間ができて……そこに他の迷子の真異が入ろうとするんです」

「えっ?……他の真異って……別な真異がいるの?」

「はい、真異はどこにでも沢山います。でも気配しかわからないから、どこにいるかさっぱりわからないんです。そもそも気配がわかる人もあんまりいないし、由ちゃんは祓うのが嫌いだから見つけても祓わないし……とにかく、神中り以外で真異を見つけるのって大変なんです」と肩を落としつつ、照は残った紅茶を飲み干してから続けた。

「……でも神削ぎの時だけは、明かりに集まる蛾みたいに寄ってくるんです。お爺ちゃんが言うには、いままで真異が入っていた魂は、他の真異も入りやすいからだそうです」

 優奈は胸に手を当て、一度ククを見てから尋ねた。

「……他の真異が入ったら、どうなるの?」

 それは当然の質問だったが、実のところ、説明しながら照は悩んでいた。本来神削ぎの儀は神中り用の儀式ではなく、大祓いを目的とした『囮祓い(おとりばらい)』という儀式の一つであり、優奈の真異を移す方法は他にもあった。しかし、恐怖心さえ克服できれば神削ぎの儀は他の方法より、時間的、経済的、身体的な負担が軽いので、何はともあれ優奈の不安を払拭することが第一と判断した照は、微笑みながら答えた。

「……入らないから、大丈夫です!神削ぎの儀はあっという間に終わるし、魂の隙間はすぐに埋まりますから。……その短い間に集まってくる真異を祓うのが、大祓いなんです」

 優奈と博子は同時にほっと安堵の吐息を洩らしたが、まだ話しは終わっていなかった。

「ただ、万が一大祓いを擦り抜けた真異がいた時は、優奈さんにお祓いしてもらいます」

「!?……私がお祓いするの?」

 照は表情を変えずに、微笑んだまま続けた。

「はい……そうはならないと思うけど、あくまでも万が一の時です。でも心配しないでください。やり方はチョー簡単だから!」

 照は立ち上がり、「由ちゃん、バッグ開けるねー」とキッチンに声を掛け、由之真が頷いてからバッグを開けた。そして白い和紙に巻かれた一本の錆びた稲刈り鎌を取り出して、少し得意げに言った。

「由ちゃんの破魔刀はまがたな!これ振るだけで、オッケーです!」

「……それだけ?」

 照は破魔刀を優奈に見せながら、明るい声で答えた。

「はい、それだけ!……いま触ると優奈さんの真異に影響あるといけないから、お爺ちゃんの指示が出たら渡します。使い方は簡単!こっちに来るな!って思いながら、二三回軽く振るだけです。……できますよね?」

「……うん、できると思う!」という優奈の返事に覇気を感じた照は、破魔刀をバッグにしまい、腕時計を見てから言った。

「……以上で打ち合わせ終わりますけど、何か質問ありますか?」

「はい!」と二人が同時に手を挙げたので、照は苦笑しながら優奈に言った。

「はい、優奈さん」

 優奈はちらとキッチンに目をやってから尋ねた。

「あの、……真異を移す時ってどうするの?」

「少し触るだけで、痛くも痒くもないはずです」

「……そうなんだ……あと、どこでやるの?」

(!……お爺ちゃん、マジでテキトー過ぎ!)

 場所さえ知らされていないことに、照は呆れて思わず由之真を見た。しかし由之真は、苦笑を浮かべて肩をすくめただけだった。

「えっと……うちの神社の裏山です。だからホントは今日、優奈さんをうちに呼びたかったんですけど、うちは真異用の結界があるから……終わったら寄ってくださいね。他はないですか?」

 聞きたいことは山ほどあったが、これ以上聞いておくべきことは無いと判断して、優奈は博子に譲った。

「……うん。お母さんは?」

「あ、あのね……私は何したらいいのかしら?」

 照は腕を組みながら博子がすべきことを考えてみたが、現場で取り乱さないで欲しいこと以外は思い付かなかった。しかし、できるなら自分も何かしたいという気持ちを察して、違う言葉で答えた。

「……そうですね……二回分の着替えと、雨具を用意してください。……あとはなるべく落ち着いて、優奈さんの傍にいてください」

「わかったわ!」

「他にはありませんか?」

「ええ、ないわ」

 照は軽く吐息をついてから、由之真を見た。すると由之真が太巻きを巻ながら軽く頷いたので、きちんと説明できたことに満足した照は、優奈達に向き直って朗らかに言った。

「……よしっと!じゃあ、大士郎さんが来るまであと一時間くらいあるから、テレビでも見ながらリラックスムードで待ちましょう!あ、優奈さん、紅茶もう一杯いいですか?」

「うん!じゃあ入れ直すね」

 優奈はシンクでティーポットを注ぎながら、五本目の太巻きを巻き終えた由之真にそっと声を掛けた。

「……由くん」

「はい」

「……由くんは、宇宙人じゃないよね?」

 由之真は横を見て、たっぷり五秒考えてから真顔で答えた。

「わかりません。でも父さんと母さんが地球人なら、地球人だと思います」

 優奈は吹き出すのを必死で堪えながら、「……そう」とだけ答えたが、そのボケているのかどうかわからない由之真の答えは、今後の優奈の人生の中で幾度も優奈を笑わせることができる答えだった。



つづく

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