僕のはなしを、きいてくれる? episode003
週に一度の休みといえば、趣味のゲームを一日中することが多い僕だけど、
コレじゃいけないと思い、出かけることに決めた。
何があるってわけじゃないんだけど、なんだか春はウキウキする。
どうせだから、近所の桜でも見に行こうと思い、神田川まで歩くことにした。
鼻歌で、スピッツのチェリーを口ずさみながら歩いていると、
何だか急に季節はずれのチェリーが食べたくなった。
都電の学習院下駅の近くにあるスーパーだったら
春でもチェリーを買えるだろうと思い僕は店に行った。
2階の果物売り場に着くと、案の定、チェリーがあった。
お金に困っているわけじゃないけど、衝動買いをするのには少々高い。
でも、気持ちはもう、チェリーを食べたがってる。
どうしようか、しばらく首をひねっていると、声が聞こえてきた。
「ねえねえ。オヂサン。僕たち、私たちのはなしを、聞いてくれる?」
いつものが始まった、と思いつつチェリーの方を見ると
繋がったふたつのチェリーが僕の方を見ていた。
『チェリーと話しをしたこと、ないんだけど大丈夫なんだよね?』
「うん。僕たち、私たちのはなしを、聞いてくれればいいよ。
それよりも、僕たち、私たちを良く見て!チェリーじゃなくて、さくらんぼって書いてあるでしょ!」
『あ、そっか、それはごめんね、さくらんぼさんたち。
でも、チェリーとさくらんぼってどこか違うの?』
「チェリーと言ったら、やっぱりスピッツだし、さくらんぼと言ったら、大塚愛ちゃんでしょ!」
『ああ・・・。って答えになってないような・・・。』
「冗談だよ、オヂサン。シャレが通じないなぁ。
チェリーって言ったら、アメリカンな感じで、さくらんぼって言ったら日本って感じでしょ。
アメリカンさくらんぼとは言わないし、山形チェリーとは言わないでしょ?」
『うーん。説得力があるような、ないような・・・。』
「ま、深く考えないでいいよ。
ところで、オヂサンは、僕たち、私たちを買おうかどうしようか、迷ってたでしょ。」
『うん。なんだか無性に君たち、チェリー・・・じゃなくて、さくらんぼを食べたくなったんだ。』
「それって、けっこう珍しいよね。僕たち、私たちって、生で食べることって少ないよね?
食べる時って、缶詰のシロップ漬けになってるものじゃない?」
『そうだね。たとえば、ファミレスのパフェに乗っかってたり、クリームソーダに沈んでたり・・・。
なんか、添え物っていうか、おまけっていうか・・・。』
「そうなんだよ。僕たち、私たちはおまけになっちゃうことが多いんだ。
赤くて、小さいから、色どりのいい飾りにされちゃうんだ。
人によっては食べないってことも多いしね。」
『もったいないね。と、いいつつ僕も気分によっては残しちゃうけど・・・。』
「いいんだ。僕たち、私たちは、見た目で楽しんでもらえればね。見た目はかわいいでしょ?
かわいいから、歌の題材になったりするんだよ!」
『うんうん。ふたつ繋がった形がかわいくてね。
そうそう、双子ちゃんのことをチェリーに例えたりもするよね。』
「そうだね。それに経験のない男の子のことを、チェリーボーイって言ったりね、ふふふ。」
『・・・・・・・・。あ、いや、経験がないわけじゃないんだよ。
でも僕も長いことチェリーだなって思ったりして・・・。』
「ゴメンね。オヂサンにとってはデリケートゾーンだったんだね。」
『いや。いいんだ。僕にもいけないところがあるから・・・・。』
「・・・・。」
『ごめん。ついつい暗くなってしまったね。
そういえば、黄色いさくらんぼっていう歌もあったよね。
わ~かいむすめが、うっふん♪なんてね。なつかし~~~~。』
「僕たち、私たち・・・・。知らない。やっぱりオヂサンはオヂサンなんだね。」
『ち、違うって!俺たちひょうきん族でやってたのを覚えてて・・・・。』
「ひょうきんぞく??なにそれ?」
『・・・・・。』
「・・・・・。」
『あの・・・。』
気がつけば、チェリーは・・・さくらんぼはただのさくらんぼに戻っていた。
僕が錯乱している間に・・・・。
なんちって・・・。
そろそろ彼女が欲しいな・・・。さくらんぼみたいにふたりでひとつみたいな・・・。
肌寒い風が吹く中、2分咲きの桜を見ながら、ひとりそう思った。
ヘタと種でいっぱいになったプラスチックのケースを手に持ちながら・・・。
つづく。