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「そんな物は捨てておけ」と言われた贈り物を、遺失物として届け出ました

掲載日:2026/11/01

 王宮の遺失物管理局は、地下一階の、日の当たらない端にある。


 私、カミラ・ローゼンは、そこで三年間、拾得物の受付をしてきた。傘、手袋、懐中時計、ときには入れ歯。持ち主が現れるまで、台帳に記して、番号札をつけて、棚に並べる。地味な仕事だけれど、落とし物を探しに来た人が「あった!」と笑う瞬間が、私は好きだった。


 その午後、受付の呼び鈴が鳴った。


 顔を上げると、婚約者のセドリック・アルバーン公爵令息が、カウンターの向こうに立っていた。後ろに、金髪の令嬢を連れている。


「カミラ。少し話がある」


「お仕事中です。何のご用件でしょう」


「婚約を解消したい。こちらのクラリッサと結婚することにした」


 局の奥で、同僚たちの手が止まる音がした。


 クラリッサ嬢が、小さく会釈した。悪びれた様子はなく、むしろ得意げだった。


「理由をお聞きしても?」


「君は地下の仕事ばかりだ。公爵夫人にふさわしい、華やかさがない。母上も、前から言っていた」


 セドリックは、懐から小さな布袋を取り出して、カウンターに置いた。


「あと、これだ。婚約の証として贈った品を、持ってきた。返してくれ」


 私は、袋を開けた。中には、エメラルドのブローチが一つ、入っていた。


 アルバーン家の家宝。代々、当主の妻が受け継ぐと言われる、緑の石だ。一年前の婚約式の夜、セドリックが「君に」と言って、私の襟元につけてくれたものだった。


「返却ですか」


「ああ。クラリッサに渡す」


「承知しました。受領書をお書きします」


「いや、待て」


 そこで、セドリックは、ふっと眉をひそめた。


「やはり、使い古した物は縁起が悪いな。クラリッサには新しいものを贈る。……そんな物は、捨てておけ」


 私は、ペンを持つ手を止めた。


「今、なんとおっしゃいましたか」


「捨てておけ、と言ったんだ。それと、僕が君に贈った物は全部だ。ドレスも、花束の押し花も、手袋も。残りの十一点、すべて処分してくれ。僕はもう要らない」


 彼は、肩の荷が下りたような顔をした。


「分かったな。では、失礼する」


 彼は背を向けて、クラリッサ嬢と腕を組んで、階段を上がっていった。


 私は、布袋を持ったまま、しばらくカウンターに立っていた。


 それから、呼び鈴を鳴らした。


「局長。お手すきでしょうか」


  *


 遺失物管理局の局長、ブランドン・ヘイル氏は、白い口髭を撫でながら、私の報告を聞いた。


「つまり、アルバーン公爵令息は、公の場で、複数の証人の前で、家宝のブローチを含む十二点を、『捨てておけ』と明言したと」


「はい。局員三名と、来訪者二名が聞いています。私の台帳にも、時刻と発言を記録しました」


「ふむ」


 局長は、王宮法典の分厚い一冊を取り出し、ページをめくった。


「拾得物法、第二十一条。『所有者が自らの意思で所有物を放棄したと明らかなときは、その物は無主の物として、管理局が公示のうえ保管する。公示期間九十日のうちに、所有者が放棄の撤回を申し出て、保管料と拾得者謝礼を支払った場合に限り、返還に応じる』」


「はい」


「『期間内に撤回がなければ、所有権は、最初に当該物を受領した者に移る』」


「……私、ですね」


「そういうことになる」


 局長は、口髭の下で、静かに笑った。


「カミラ君。君は、どうしたい」


 私は、少し考えた。


 捨てたければ、捨てればいい。壊して、売って、忘れてしまえばいい。けれど、私は、遺失物管理局の人間だ。


「規則どおりに、手続きします」


「よろしい」


  *


 その日の夕方から、地下の掲示板に、新しい公示が貼り出された。


『放棄物公示

 品目:エメラルドのブローチ(アルバーン公爵家家宝)ほか十一点

 放棄者:セドリック・アルバーン

 受領者:カミラ・ローゼン

 公示期間:九十日』


 公示は、王都の中央掲示板にも貼られた。放棄者の名前が公になるのは、規則だ。


 ほどなく、アルバーン家の周辺で、噂が広まった。


「家宝を、捨てたらしい」


「婚約者に、捨てろと言ったんだと」


「あれは、アルバーン家の当主継承の儀式に必要だろう?」


 そう。ブローチは、ただの宝石ではなかった。アルバーン家の嫡男が、当主の座を継ぐとき、緑の石を襟元に掲げて、王の前で誓いを立てる。それが百年来の慣わしだ。


 セドリックの父、アルバーン公爵は、半年後に隠居を予定していた。


 つまり、あと半年のうちに、ブローチがセドリックの手元になければ、継承の儀式を行えない。


  *


 公示から二週間後、セドリックが、顔を真っ青にして、地下に降りてきた。


「カミラ! あれは、手違いだ!」


「どうされましたか」


「あのブローチは、返してくれ! 僕は、捨てておけとは言ったが、本気じゃなかった!」


「公示期間中の返還には、放棄の撤回の申し出が必要です。書式はこちら」


 私は、書類を差し出した。


「それと、保管料と、拾得者謝礼を、お支払いいただきます」


「保管料? 謝礼?」


「拾得物法、第二十三条。保管料は、品目ごとに日割りで加算されます。宝石類は、評価額の千分の一が一日の保管料です。今回の評価額は、鑑定士の査定で、金貨三千枚。一日あたり三枚です」


 セドリックの口が、ぱくぱくと開いた。


「さらに、拾得者謝礼は、評価額の二割。金貨六百枚。他の十一点は、まとめて金貨二百枚。総額は、本日時点で、金貨八百五十一枚です」


「はっ……はちひゃく……?」


「はい。なお、私は、受領者ですが、同時に拾得者ですので、謝礼は私に支払われます」


 セドリックは、拳を握りしめて、震えた。


「君は、人が悪い! 僕は君の婚約者だったんだぞ!」


「元、婚約者です。そして、放棄を明言したのは、あなたです」


 私は、静かに言った。


「セドリック様。私は、あなたに、一度も嘘をついたことはありません。捨てておけとおっしゃったから、捨てずに、きちんと保管しています。それだけです」


「…………」


「撤回なさいますか?」


 セドリックは、長い沈黙のあと、うつむいた。


「……少し、考えさせてくれ」


「公示期間は、あと七十六日です。保管料は、毎日加算されます」


 彼は、肩を落として、階段を上がっていった。


  *


 それから、一か月が過ぎた。


 セドリックは、結局、撤回の申し出に来なかった。金貨八百五十枚は、公爵家にとっても、決して小さな額ではない。しかも、それを払う相手は、自分が「捨てろ」と言った元婚約者だ。


 彼のプライドは、その金額よりも高かったのだろう。


 代わりに、アルバーン公爵本人が、地下に降りてきた。


 六十代の、背筋のぴんと伸びた老紳士だった。


「ローゼン嬢。愚息の件で、お詫びを申し上げたい」


「公爵閣下。そのような」


「ブローチの撤回を申し出る。保管料と謝礼は、私が支払う。そして」


 公爵は、深く頭を下げた。


「息子の無礼を、父として、心から詫びる」


 私は、頭を下げ返した。


「承知いたしました。手続きは、規則どおりに」


 公爵が差し出した小切手に、私は受領印を押した。


 金貨九百枚。公爵は、保管料と謝礼に、わずかな色をつけてくれていた。


「ブローチは、お返しします。ただ、一つだけ、お願いがあります」


「何かね」


「継承の儀式は、閣下ご自身が、息子さんに、ブローチを渡す形にしてください。放棄したのは、彼です。受け取り直すなら、その重さを、彼に感じさせてください」


 公爵は、少し驚いたように眉を上げ、それから、苦笑した。


「厳しいことを言う」


「遺失物管理局の人間として、物の重さには、うるさいんです」


 公爵は、声を出して笑った。


 その半年後、継承の儀式は、予定通りに行われたと聞いた。ブローチを襟元に掲げたセドリックの顔は、ひどくこわばっていたそうだ。


 クラリッサ嬢との結婚は、継承前に白紙になったという。「家宝を捨てる人とは、その先が心配で」と、彼女の家が申し出たのだとか。


  *


 謝礼として受け取った金貨は、私の貯金になった。


 残りの十一点の贈り物は、公示期間の終了とともに、私の所有物になったが、私は、すべて王都の孤児院に寄付した。ドレスは裁縫の教材に、押し花は図書室の栞に、手袋は冬の寒い日の子供たちの手に。


 ひとつだけ、手元に残したのは、公爵が謝礼とは別に添えてくれた、一通の礼状だった。


 その朝、私が地下の受付に出勤すると、カウンターの上に、見慣れない札が置かれていた。


 遺失物の番号札。


 名前の欄に、こう書かれていた。


『拾得物:カミラ・ローゼン 拾得者:ヨハン・ケラー 持ち主:募集中』


 私は、札を手に取った。


 後ろから、同僚のヨハンが、そっと顔を出した。保管庫係で、いつも大量の傘を整理している、無口な青年だ。彼の耳は、真っ赤だった。


「その……三年前、君がこの局に来た日から、ずっと拾いたかった」


「拾得物は、持ち主が現れるまで、局で保管する決まりですが」


「うん。だから、持ち主が名乗り出るまで、僕が保管しても、いいかな」


 私は、笑ってしまった。


「持ち主は、私です」


「え?」


「落とし物の持ち主は、本人以外にいません。私は、自分で自分を拾いに来ました。……だから、名乗り出ます」


 私は、番号札の隅に、ペンで一行、書き足した。


『返還請求者:カミラ・ローゼン 保管者:ヨハン・ケラー 保管期間:生涯』


 ヨハンは、札を読んで、傘の山の前で、へなへなとしゃがみ込んだ。


 地下の遺失物管理局には、今日も、いろんな落とし物が届く。


 持ち主が現れるまで、ていねいに保管するのが、私たちの仕事だ。


 私自身の持ち主は、もう、見つかった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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息子と一緒にカミラの悪口言ってたっぽい母親も今頃小さくなってそう。
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