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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ダンジョンの奥底で追放された俺は、遭難した初心者冒険者と共に出口を目指す

作者: 鴇田紅輔
掲載日:2026/03/28

「悪いがお前とはここまでだ」

「は? なに言ってんだよ」


ここはダンジョンと呼ばれる未開の迷宮。四方は岩と闇しかない洞穴の奥地。人間はおろか魔物すら見当たらない世界から隔絶された場所。そんな状況下でまさか本気で言っているとは思わず、俺は呆れるように笑いかけた。しかし返って来た沈黙とじわじわと首を締め付けるような空気感がその考えが間違いであることを突きつけた。


「……え、本気?」


その返事もまた沈黙であった。俺はこんな未開の土地の奥底で突然、パーティからクビを宣告された。


「俺たちが道を見失ってから3日が経った」

「ああ、だから一緒に俺ら4人で力を合わせて一刻も早く抜け出そうって話だったろ? そんでようやく探知魔法が地上までの道を捉えられるかもって話だったろ」

「ああ、それでさっきルートが判明した。だけど想像以上に時間が掛かりそうで食料が足りないんだ」

「……おい。まさかそれが理由か?」

「ああそうだ」


クビを宣告してきた重厚な鎧の剣士の男はきっぱりと言ってのけた。そんな俺たちのやりとりを気まずそうに横目でこちらを見ている魔法使いの女、申し訳なさそうに頭を下げている僧侶の女。なるほど誰が抜けるかは既に決まっているという訳か。


「一応聞いておくがなんで俺なんだ?」

「総合的に判断した結果だ。磁場が乱れてコンパスが効かないこの空間、探知魔法が使える魔法使いは必須、万が一の回復魔法を扱える僧侶も必須。あとは対魔物のための戦力だが、それは最悪俺でなんとかできる」

「…………」

「だから悪い!ここでお前とはお別れだ!」

「そんなこと納得できる訳……なっ!?」


抗議しようと一歩前に出たその瞬間、目の前の3人は光に包まれて消えた。クソ、転移魔法か! こいつら俺に黙って事前に仕掛けてやがったな。流石にこれで出口までは飛ぶことはないだろうが見失った。


「追放……というか遺棄だろこれ」


ぽつりと呟く。おもむろに背負っているリュックを漁るが、あるのは僅かな食料と飲み物だけ。そんな状況でダンジョンの奥底を彷徨うこととなってしまった。何の気配もない闇の中を俺は歩き始める。




――世界にはダンジョンと呼ばれる奥深い迷宮が幾つも点在している。迷宮ができた理由は厳しい自然によるものだったり、未知の技術で造られた旧文明の遺跡だったり、魔物の巣窟であったりと様々だ。しかしいつの時代もそんな危険地帯を冒険する者たちは後を絶たない。それは名誉のためなのか、隠された財宝のためなのか、はたまたロマンのためなのか。各々が各々の理由を抱え、危険を顧みず未知の荒野へと足を踏み出していく。


「……そしてその末路がこれ、か」


一人になってどれくらい経ったかは分からない。数時間しか経ってないかもしれないし、もしかしたらもう何日か過ぎてるかもしれない。陽の光が届かないため体内時計は完全に破壊されている。


「食料も完全に尽きたし本格的にマズいぞこれは」


気合いで行けるとこまで行くしかない。既に一人になってから立ちはだかる崖を3つ越え、谷を2つ下ったが一向に状況が変わる様子はない。どこまで歩いても岸壁、岩が転がる足元、そしてつららのように垂れ下がった鍾乳石の天井。転がる石と砂利に足を取られて倒れ込む。


「いってぇ……!」


地面に突っ伏したまま立ち上がれない。駄目だ。もう身体が動かない。それに拍車を掛けるように冷たい岩肌が更に体力を奪っていく。どうしようか。最後の力を振り絞って立ち上がるか? だがそうしたところでどうせ長くはあるけない。それならばここでじっとして誰かが来るのを待つ方が望みがあるかもしれない。


(いや………望み、あるか?)


人間どころか魔物すらいない場所に誰かがやってくるなんてことはあるのか? 静寂が恐怖となって俺の心を蝕んでいく。これが絶望という奴か。俺は少しでも気持ちを抑えるためにゆっくりと瞳を閉じる。そのときだった。


ガラガラガラ……


遠くの方で何かが崩れ落ちる音がした。ただの岩の崩落かと思ったが違う。なにか大きなものが這うように動いている音だ。この音は間違いない。


「魔物だ……!」


奇跡が起きた。歓喜に沸き上がった俺の身体は信じられないほどに軽かった。すぐさま立ち上がり、床に落ちた剣を手に取る。そして物音の方へ駆け出した。絶対こいつ倒して食料にするぞ! 脚はふらつきながらもしっかり地面を蹴っている。腕はもう感覚がないが剣はしっかりと握られている。見えてきた。デカい。巨大ミミズだ。


「バアアアアアアアアアアアアア」

「うおおおおおおおおおおっ!!!」


ミミズは俺の存在に気づくなり金管楽器のチューバを100倍重厚にしたような爆音で咆哮しながら突っ込んできた。俺はそれに負けないくらいの声で叫びながら剣を振り下ろす。次の刹那、目の前の巨体はバラバラに切り刻まれた。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!」

「ぎ、ぎゃああああああっ!!?」


断末魔を上げながら細切れになっていく魔物……ん? なんかもう一つ声が聞こえて来たな。って、よく考えてみれば倒すことだけ考えて突っ込んだけど、着地のこと考えてなかった。まずい受け身を取る余裕がない。そのまま俺はごつごつとした岩肌に大根おろしの要領でスライドするように激突した。


「えええええええっ!!? だ、大丈夫ですかっ!!?」


突っ伏した俺に向かって悲鳴を上げながら小柄な女が近づいてくる。格好からして魔法使いだろうか、本来は真っ白だったであろう装束が土や砂で随分と汚れている。こんな場所に望んで来るような人間なんて居る筈ないし、遭難してここに辿り着いたのだろうか。


「に、ニンゲン……オンナ……?」

「ああ! 落下で頭を打ったせいか発言がゴブリンみたいに……!」


失礼な。頭は打ったが思考は正常だ。ただ空腹と出血と全身の骨がちょっとずつ折れて呂律が上手く回っていないだけだ。


「早く回復魔法かけますから! えいっ!」


身体が優しい光に包まれて傷が塞がっていく。だが回復魔法では腹は膨れない。見た目はどんどん万全になっていくのに依然として地面に突っ伏したままなのは、いささかシュールな光景だ。


「あ、あれちゃんと効いてる筈なのに……? もしかして死……」


魔法使いの女は徐々に声を震わせながら回復魔法を使い続けている。いや事情を知らなければただ怖いだけか。それに魔法を使う魔力も限りがある、無駄遣いは止めなければ。


「いや大丈夫。死んでない、生きてる。傷もこの通り癒えて元気いっぱいだ」

「え? でもじゃあなんで倒れたままなんですか……?」

「ここ暫く何も食べてなくて起き上がる力がないんだ」

「ええっ!!? そんな身体で私を助けてくれたんですか!?」


助けた……? ああなるほど。彼女はあの魔物に追われていたのか。俺としては食糧確保のために倒しただけだったんだけど、結果的に助ける形となったようだ。むしろ魔物を連れてきてくれたから感謝したいのはこっちの方だ。謙遜ではなく本当に。


「それよりも食べ物を恵んでくれぇ……」

「あ! そうですね。私もこのダンジョンで迷子になってて余裕はないんですけど、こんなものでよければ」


情けない声で懇願する俺に彼女は携帯食料を手渡した。主に干し肉でできた簡素ながらも身体を動かすために必要な栄養素が詰まった上等なものだ。助かった。動物性のエネルギーが全身に染み渡っていく。俺はそれを飲み込むとよろよろと起き上がった。


「改めてありがとうございます!私、ホミー・キアルです」

「俺はラッシュ・スラ―だ。礼は要らないというか、食料を恵んで貰って感謝したいのはむしろこっちだ。……さてと今のうちに処理しないとな」

「処理……?」


首を傾げるホミーを横目に俺はおぼつかない脚で巨大ミミズの死骸に近づく。都合よくバラバラになってるからやりやすいな。断片のうち比較的綺麗なものを選んで俺は氷属性の魔法で凍らせていく。戦闘ではもっぱら剣を主体とした近接戦がメインの俺だが、こうして多少の魔法は使える。


「な、何をしてるんですか……!」

「保存食の確保だよ。アンタも冒険者なら聞いたことあるだろ、食える魔物もいるって」

「知ってますけど! でもこういう地下に棲む魔物って、処理が難しいから基本は捨てるようにって」

「教科書通りの説明だな。だけどその通りだ。土を食い破って生活している地中に棲む魔物は体内に泥が溜まって上手く処理しなけりゃとても喰えたモンじゃあない。だから上手く処理してやるのさ」


説明しながらリュックに入りきらない肉片を集める。俺ら冒険者はギルドからスキル用の魔法を選んで身に着けることが出来る。戦闘に役立つ者から生活の支えになるものまで用途は様々。そしてかなり強力なものも多い。

そして俺はここで料理スキルを使用する。これは魔力を消費することで食材に適切な処理と調理を行うことができるスキルである。俺はこれを中々に鍛えているため、処理が難しい巨大ミミズの肉もこのように食用足りうるものに早変わりだ。続いて俺は鮮やかなピンク色に輝いている厚切り肉に火属性魔法で炙っていく。数分焼いてやればこんがりと焼けた食べごろだ。見た目だけみれば太いソーセージみたいだ。


「美味しい……。弾力はゴムみたいですけど、噛めば噛むほど旨味が出てきます!」

「よし上手く出来たみたいだな。俺も食おっと」


リュックは収納スキルがあるとはいえ容量は無限ではない。入りきらない分は今ここで食ってしまおう。それに携帯食料で身体が動くようになったとはいえまだ空腹が完全に癒えた訳じゃない。俺たちは炙り焼きのぷりぷりの肉にかぶりつく。


「それにしてもこのスキル、もしかしてラッシュさんって料理人なんですか」

「いやまさか。見ての通り剣士だよ」


舌鼓を打ちながら尋ねて来たホミーに俺は剣を見せながら答える。


「え? それなら戦闘用のものを磨いた方が良いんじゃ……。付けられるスキルだって限られてますし」

「ん~確かに戦闘用のも便利だけど、魔物中にはスキル無効化してくる奴も割といるし、そこでスキルに頼った戦闘をしてると勘が鈍るかもだから好きじゃないんだよなぁ」

「ということはさっきの剣術は全部身体能力ってことですか? す、すごい……」


彼女はキラキラとした視線を向けてくる。仲間にこんな辺境で捨てられた身としては眩しすぎるぜ。それなりに焼いていたはずの肉は綺麗さっぱりなくなり、いよいよ脱出再開だ。と、その前に俺は彼女に聞きたいことがあった。


「……それにしてもホミーさんだっけ? アンタ、どうしてこんな場所まで? 言っちゃなんだけどこんな奥底まで来るような装備でもなさそうだし」


彼女の装束は高価で上質なものではあるが、買おうと思えばその辺の装備店でも買えるものだ。言ってしまえば初心者がよく分からないまま良さそうなものをとりあえず着ました、という感じの装備である。


「そ、それは……。私こういった大きなダンジョンに入るのは初めてで……急に現れた魔物に驚いて逃げるうちに道を見失って、そしたらこんな誰も居ない場所まで……」

「逆によく無事にここまで来れたな……。それで仲間とかは?」

「いえ一人で入りました」


初心者のソロ潜入か。無謀だがあるあるっちゃあるあるだな。逆にある程度慣れてる奴の方が怖くてそんな真似できない。


「因みにスキルは? まさか付けてないなんてことはないよな」

「付けてはいるんですけど……憧れてる武器の種類の専用スキルで、今はその武器持ってきてないので使える状態ではないです……」

「実質持ってないのと同じじゃねーか! 夢とロマンはダンジョンにあるから家に置いていけ!」

「す、すみません……!」

「はぁ……なるほどな。とりあえずお試し気分でダンジョン入って、無事遭難して死に掛けてたって訳か」

「……その通りです」

「典型的な初心者のやらかしだな。ダンジョンは一歩踏み入れば準備が万端でもすぐに死に繋がる環境。そんな場所に気軽に入るなんて自殺行為、よく後絶たないもんだ。運が良かったな」

「うう……」

「あっ、別にアンタに怒ってるわけじゃない。ビジネスのためなんだろうが『ダンジョンで一攫千金♪』みたいなノリで広告やってる国や協賛の企業が悪い。アイツらのせいでダンジョンにお手軽感が出て、結果死ぬ初心者が相次いでるんだよ」


今は空前のダンジョン探索ブームだ。探索用の道具や装備は売れ、宿屋や飲食店も繁盛し、遭難者を助ける救助隊の需要も高まる。結果として迷宮がある地域の経済は潤う。だがそれは大勢の無知な冒険者たちを生贄にしたものだ。俺にはこの構図がどうもグロテスクに見えて気に食わなかった。まぁ無知でダンジョンに挑む方も挑む方なので積極的にどうこうする気はないが。


「俺はそろそろ行くつもりだけど、ついて来るか? アンタもここ出たいだろ」

「も、勿論です! その……ご迷惑にならなければ」

「迷惑か迷惑かじゃないかで言えば正直迷惑だけど、一人じゃ帰れないだろアンタ」

「はい……ご迷惑になりますがよろしくお願いします……」


別にそうじゃなくても助けたとは思うが、あんな形で追放された俺が遭難者見捨てられる訳ないだろ。それに前提として携帯食料くれた恩もあるしな。……辺りを見渡す。取り敢えずは巨大ミミズが這って来た軌跡を辿ればいいだろう。少なくとも人間も魔物も居ないこの一帯からは抜けられる筈だ。俺たちは果てのない岩のトンネルを歩み始めた。


「そういえばラッシュさん。ラッシュさんはどうしてダンジョンに挑んでるんですか?」


暗い道中、ホミーがぽつりとつぶやいた。別に大した理由もないんだけどまぁさっき変に講釈垂れてしまった分、答えるのが筋か。


「俺はこの生き方が一番合ってるからそうしてるだけだよ。純粋に腕が立てば活躍できるしな」

「へぇ~そうなんですね! じゃあ一人で潜っていらっしゃるのもスタイルに合うからですか?」

「違う、このダンジョンの途中で突然パーティから外されたんだよ。だから一人でこんなとこで彷徨ってたんだ」

「ええっ、そうなんですか!?」

「指令のリーダー役一人、探知一人、回復一人で戦闘員の俺の四人で潜ってた。だけど途中で遭難して、数日してようやく脱出の目途がついたってときに食料が足りないから外れろってさ」

「そんな……酷い……」

「とはいえ生きて帰るためには仕方ないって奴だ。ダンジョンの探索ってのはそんだけ過酷なんだよ。冒険者は時に非情さも求められる、本来はそういうシビアな職業なんだよ」

「た、達観してますね。死ぬ可能性が高い中で見捨てられたようなもんなのに許すなんて……」

「え、いや普通に許してないぞ」

「へ?」

「俺が無事帰ったら真っ先にアイツぶん殴ってやる。顔の原型が残らないほどに……!」


硬く握りしめた拳がぎちぎちと音が鳴る。危険地帯で見捨てやがって。生き残るための合理性があることと、それを感情が許すかは話が違う。少なくとも泣きべそかかせるぐらいにはボコボコにしなきゃ気が収まらん。


「あは、ははは……やっぱりそうなんですね」

「当ったり前だろ。アンタが来てくれなきゃ確実に死んでたくらいにはギリッギリだったんだから」

「そうだったんですか?」

「ああ。料理スキルで処理できる食材が増えたところで、そもそも喰うモンがなきゃ意味ないし」

「私びっくりしました。料理スキルってあんなに便利なんですね。私てっきり料理人しか使わないものかと思ってました」

「直接戦闘には関わらないから確かにマイナー気味だけど、サバイバルって意味では取っといて損はないな。鍛えれば毒虫だって解毒処理して食えるようになる。あとはサバイバルで言うなら収納スキルも良いぞ。こっちは有名だけど」

「ちょ、ちょっと待って下さい。さらっと言いましたけどラッシュさんスキル二つ持ってるんですか?」

「二つだけじゃないぞ。基本地味なサバイバルで便利って奴ばっかだけどな。今は料理に収納、それから水中呼吸とショートスリープと記憶力向上かな」

「いくつ持ってるんですか!? 普通スキルって一つですよね!? それこそ超難関で一流の証とも言われるギルド特別証を発行して貰えるような実力者でなければ……。って、そういえばあんな大きなミミズを一瞬でバッサリと斬って……あれ、もしかして」

「ああ持ってるぜ特別証を4枚。生憎家に置いてきてるから見せられないけど」

「す、凄い人に助けてもらってしまった……」

「まぁそんな凄い人は死に掛けてたんだけどな」


それぐらいここは常に死と隣り合わせということだ。食料も確保してある程度の道筋も立ったとはいえ確実に帰れるとは限らない。二つの足音だけが聞こえる鍾乳石の洞窟を歩き続ける。




「逆にこっちから聞くけどアンタはなんでダンジョンなんかに潜ろうとしたんだ? 装備といいアクセサリーといい出自はかなり裕福とみたが」


無鉄砲に挑もうとする人間は大まかに二種類。貧しい出自で一攫千金を求めてか裕福な出自で刺激を求めてかが多い。ホミーのように若くして高価な装備に身を包んでいるのは大概後者だ。でもそんな資金があるなら雇われの冒険者が複数人同行するのが普通だ。それなのに彼女はどうしてたった一人なのだらおうか。


「そうですね。私の実家はギルドに傷薬を収めている薬品店です。ご存知ですか?」


ああ、大通りの一等地に本店のあるデカい薬品店か。確か規模的にも国外にも進出してる超大手だったはずだ。家の大きさでいえば下手な貴族の家を凌ぐレベルなんじゃないか? 続けて彼女はゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


「私、病気で亡くなった母の形見をさがしているんです」

「母の形見?」

「はい。私の母は元々冒険者だったんで、小さい頃よく冒険した場所を話してくれたんです。私は懐かしそうに話す母の顔が大好きで、気が付いたら私も冒険に憧れるように……」


穏やかな表情でホミーは語り始めた。


「母は代々家で伝わる剣を使って戦っていたらしいのですが、ダンジョンで魔物と戦ってる最中に剣を落としてしまったみたいなんです。そのダンジョンというのがここでして」

「なるほどな。それがここに挑んだ理由か」

「はい。母は既に病気で亡くなっているのですが、剣を手元に戻してあげたいなと」

「じゃあもしも剣が見つかれば冒険はやめるのか?」

「いえ母の剣はあくまで目標の一つみたいなもので、冒険をやめる気はないです。色んな各地の秘境やロマンを感じていたいんです。……まぁ実家からはいつも止められていましたが」

「そうだろうな危険が多いからな。まともな家ならそうする」

「……ですよね。そしたら先日、実家から『もう勝手にしろ』って言われちゃって。実質勘当宣言されてしまって」

「…………」

「まぁ兄や弟がいますから跡取りに的には問題ありませんし、家の言いつけを守らずに冒険の準備ばかりしていましたから仕方ありませんよね」

「はぁ、それで後に引けなくなって単独で目的のダンジョンに潜入か。準備してきたという割になんとも残念だな」

「で、ですよね……」


なるほどな。彼女は家から追放された形になるのか。ホミーは困ったような笑みを浮かべながら俯いた。それから目元を小さく腕で拭うと力強く言った。


「でも私。母の形見も見つけて、ちゃんと冒険者として生きて行けるようになって家を見返せるようになりたいんです! 」

「家を見返してやりたい、か。はは、見かけというか雰囲気に見合わず中々ハングリー精神に旺盛だな随分と」

「……といってもやる気だけあって、ラッシュさんの言う通りで無茶して遭難してしまったんですけどね」

「まぁ知識も実力も心がけも全然足りてないからな」

「うっ!」

「でも十中八九死ぬような目に遭っときながらまだやる気ある奴なんてそういない。そんな馬鹿は冒険者向いてると思うぜ俺は」

「ば、馬鹿……褒めてくれてるんですか?」

「半分半分だ。馬鹿みたいな準備で挑んでるのは事実だしな」

「うう……次からは段階を踏みつつ、もう少し簡単なところを複数人で挑むようにします」


ホミーはしみじみと噛みしめるように言った。それから少し考えるような間を一瞬置き、改めて俺の方を向いた。


「あの……今回は無事出ることに集中するとして。今度一緒に探索してくださいませんか? このダンジョン」

「断る」

「ええっ!!?」

「俺は物探しに向いてる魔法は持ってない。もっと向いてる奴に頼むべきだな。効率も悪けりゃ、潜る時間が伸びて危ないし」

「ああ凄い。ぐうの音も出ないほどの正論で、勢いで深く考えずにお願いした私が凄く恥ずかしい」

「まぁそうだな。直接探すのは手伝えないがこっから出るまでの間、冒険者としての力をつけてやる。俺の目を盗みながら色々勉強しろ。それが俺に出来るのはそれぐらいだ」

「……え?あ、ありがとうございます……!」

「そもそも偉そうなこと言ってるが、俺だってアンタがいなきゃ死んでた身だ。多少の手伝いをしたい気持ちはある」


とはいえ無事に出られなきゃここまでのやり取りも無意味だけどな。巨大ミミズが掘った空洞も終わり、再び鍾乳石が上からも下からも生えている石の密林に戻って来た。違いを上げるとすれば、ちらほらと魔物の気配が感じることだ。


「ようやっと生き物の棲むとこまで上がってこれたって訳か」


取り敢えず食料不足という近々の危機は去った。だが脱出するまでは何が起こるかは分からない。それに魔物が居るということは俺たちも奴らに狙われるということだ。むしろここからが本番だ。改めて気を引き締めて歩き始める。




そして数日後。ようやくコンパスがまともに動く地帯まで戻ってくることが出来た。こうなればもう出口は近い。


「ラッシュさん! 準備出来ました!」

「おお、いつしか結界の張り方も上手くなったな。最初はボロ雑巾と見間違うくらいの信じられないボロボロさ具合だったのに」

「あ、あれはもう忘れて下さい……」


魔物除けの結界。まともに張れないと野営している間に襲われる危険性が上がるためダンジョンを潜る上で必須の技であるのだが、彼女の結界は当初絶句するぐらい酷かった。まぁこれも初心者あるあるなんだが。


「距離的に明日には地上に帰ってこれるかもしれない」

「え、本当ですか!?」

「ああ。上手くいけばだけどな。もちろん無茶はせず、余裕がなければもう一泊しよう。食料も余裕はある」

「いやぁ~凄いですよね本当に。あんな大きな魔物が次々細切れになっていくの。もう血の雨が炸裂するショッキングな光景にも慣れましたよ」

「それはなにより。だけど帰り際が一番危ないから気を付けろよ」

「確かにさっきラッシュさんが毒蛇を真っ二つにした勢いで、毒を作ってる臓器も斬っちゃって辺り一面に毒霧が広がって死にかけましたしね私たち」


じろりとした視線が俺に向けられる。あれは完全に俺の不注意だった。ホミーが毒無効の魔法を持ってなければ、二人とも終わっていた。それにしてもホミーもこの僅かな間に冒険者ぽくなってきたというかダンジョンに染まってきたな。これが良い事なのか悪い事なのかの明言は避けよう。


そして一晩明け、いよいよ直接出口を目指す歩みが始まった。ここまでくれば辺りの雰囲気も変わってきており、鍾乳石ではなくごつごつとした岩肌が並ぶ道になっていた。


「この辺りはもうなんとなく覚えているが、勘とスキルに頼り過ぎるのも駄目だからな。慎重に地図とコンパスを見ながら進むぞ」

「分かりました!」


それから歩くこと数時間。今日中に出口まで行けると判断した俺たちは最後の小休憩をしていた。ここで体力を回復したら一気に踏破する。焦りは禁物だが早く出るに越したことは無い。滞在しているだけで何が起こってもおかしくない場所だからな。


「さてとじゃあ行くか。……ってどうしたんだ」

「あれ、見えますか?」

「ん?」


ホミーが洞窟の遠くを指さした。チカチカと何かが光っているように見える。ガラス片か金属か……いや違うな。


「これ……母の形見かもしれません」

「は? 何言ってんだ。勝手に行くな!」


ふらふらとよろめきながら走り出した彼女を止めようとしたその瞬間だった。丁度横から何か黒い影が飛び込んでくるのが目に入った。


「クッソ……ッ!」


俺が目の前の背中を突き飛ばすのと同時に、大口を開けた爬虫類が弾丸のように真っ直ぐ飛び込んできた。食べるというよりかも削るという表現が正しい威力でそいつは、丁度彼女が立っていた場所にあった俺の右半身の一部を食いちぎった。


「ラッシュさん!!」

「はぁ……はぁ……大丈夫だ」


ホミーの悲痛な叫び声に俺は両膝と左腕で身体を支えながら答える。勿論大丈夫ではない。振り返り再び獲物を見定めた爬虫類は、人間の倍くらいの大きさで妖しく光る瞳をぎょろぎょろと動かしている。


「す、すみません。私どうして……あんなこと」

「目が合った人間の精神を乱して捕食する、そういう生体の奴だ。謝ることは……ない」


激しく狼狽して頭を抱えている彼女を諭す。こいつは幻光蜥と呼ばれる大きなトカゲに似た魔物だ。目から精神を乱す光を出す特徴があり、精神攻撃に対する対策が疎かになりがちな新米冒険者を狙う初心者殺しの代名詞だ。


「ギ……ギギ……?」

「はぁ、はぁ……へへ。なに笑ってんだ」


嘲るように妖しく光る瞳が歪む。流石は初心者狩りを生業としている性格の悪さだ。癪に障る。だがこいつは上層に棲む決して素の能力としては大したことのない魔物だ。利き手が使い物にならなくなった程度で覆る力関係だと思うなよ。俺は剣を左手に持ち替え、力を込める。右脚は攻撃が掠っているが左脚は万全だ。問題ない。地面を蹴る。


「バアアアアアアアアアアアアア」

「なっ……!!?」


その瞬間だった。爬虫類を斬りかかる寸前、地面から更なる襲撃者が現れる。巨大ミミズだ。最初に倒した奴よりも更に大きい。普通こんな出口付近に現れない筈なのに。なんでだ……?


「はっ。まさかアレの親とかか?」


その巨体はニタニタと笑っていた爬虫類の魔物を丸呑みにし、そのまま俺にも襲い掛かる。なんとか身体を捩らせて直撃は避けたがそれでも数メートル吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。


「……がッ!!?」


視界がチラつく。焦点が合わない。マズいな脳震盪に加えて骨折でまともに身体が動かない。はぁ、全くダンジョンってのは何が起こるか分からないな。ずるずると巨体がゆっくりと這う音が近づいてくる。飛ばされた勢いで剣を落としたらしい。本格的にマズいな。


「ホミーいるならさっさと離れろ! そんで救急隊を呼んでくれ。それまで持ちこたえる」


無論持ちこたえるのなんて無理だろう。目の前の奴は俺を本気で殺しに来てる訳だからな。まぁやれるだけやるか。動きもしない手足に力を込めようとしていると、俺の前に立ちはだかるように人影が降り立った。


「何言ってるんですか生きて帰りますよ! 私のせいで死なせる訳ないじゃないですか」

「馬鹿、アンタのせいじゃない。そんな回復中心の魔法じゃそいつは倒せないぞ。早く逃げろ」

「……私、元々は魔法使いになるつもりじゃなかったんです。本当は母と同じくバッタバッタと魔物を倒すようなそんな冒険者になりたかった。でも理想と現実は違って、前線が怖くて結局回復補助の魔法使いになりました」

「何言って……」

「でも憧れは捨てきれなくて、だから私のスキルは"これ"なんです」


ホミーの右腕に握られているのは俺の剣だ。こいつは威力と切れ味は抜群だが重くて簡単には扱えない。彼女の筋力なら持ってるだけでも結構大変だろう。でも彼女の声は自信に溢れていた。そして次の瞬間、襲い来る巨大ミミズはバラバラに斬り裂かれた。


「ありがとうございますラッシュさん。この冒険で私はダンジョンの怖さ、楽しさを知ることができました」

「これは剣術スキル、か。確かにこれがあれば扱いづらい剣でも問題ないな。そういえばある種類の武器に絞った専門スキルとか言ってたっけか。マジで剣持たずに剣術スキル付けてるとは……な」

「す、すみません……」

「まぁたまにはロマンも役に立つ……ってもんだな」


俺は溜め息混じりに笑うと、ホミーは得意気に微笑んだ。


「へへへ、さぁ帰りましょう!」

「……ああ」


その後、俺は彼女に回復魔法を掛けてもらいながらなんとか出口に辿り着くことが出来た。とはいえ重症はその場の魔法では治し切れず、すぐに入院することとなった。暫く開けていた家の様子とかも気になったが、命あっての賜物だし大人しく従った。




それから一週間後、退院した俺が病院を後にしようとするとホミーが入り口で待っていた。そういえば良い所のお嬢だったな。ダンジョン内の装備しか見たことなかったけど、全身どれも高そうで上品な服装だ。


「ラッシュさん退院おめでとうございます!」

「おお、どうも。というかわざわざ来てくれたのか?」

「そりゃそうですよ。……家追い出されて暇ですし」

「そういえばそうだったな」

「でも取り敢えず、近場の初心者向けの薬草とか木の実とかそういう採集の依頼を取り付けることできましたよ」

「お~、よかったよかった。俺も最初はそういうのから始めたからなぁ」


そんな他愛もない雑談をしていると、見知った顔がこそこそと足早に通り過ぎたのが見えた。身体は既に万全だ。逃がさない。


「ぐえっ!!? お~、ラッシュ! 無事帰れて安心したぜ!」

「どの口が言ってんだおい!」

「ら、ラッシュさん? このお方は?」

「おうダンジョン内で俺を追放にした糞野郎だ。お陰で死に掛けたんだぞこっちは」

「ま、待ってくれよ! 結局食料的に4人分は保たなかったし、一人切り捨てなきゃってなったら一番生存能力高いお前になるだろぉ!? 仲間を信頼した上での判断なんだって」


よくもぬけぬけと。だからといって切り捨てられた側として納得いくわけないだろうが。握りこぶしを固く握りしめる。


「ま、待ってくれって! 分かった分かった入院費持つから許してくれって!」

「駄目だ」

「駄目ぇ!!? あ、ああそうだ。帰還パーティやろうとしてんだ、お前の分奢ってやるから。勿論入院費とプラスアルファで」

「飲みの席で水に流そうとしてるだろお前。それに俺の追悼も兼てたんじゃないだろうな」

「ぎ、ギクゥ……! なんで分かったんだ」

「過去二回あったからな同じこと」

「二回も追放されてたんですか……」


ホミーが憐みの視線を向けてくる。凄い可哀想な人みたいだな俺。いや実際かなり可哀想だぞ。なんか益々ムカついて来たな。


「お、おおそうだそこのお嬢さんの分も奢るよ。ああ安心して他の二人は女の子だから」

「初対面の相手に助け舟出すなよ」

「ま、まぁラッシュさんも落ち着いて。その後のことは一旦酒の席に行ってから考えたらどうでしょうか」


なんでこいつの肩を持つんだ。……って、そうか。俺がパーティ外されてなければホミーはあのまま遭難し続けてた訳だから間接的な命の恩人なのか。くそ、分が悪くなってきた。


「ったく、分かったよ。行くからにはアホみたいに飲んでやるからな。ホミーも遠慮するなよ」

「はい勿論です」

「よ、よっしゃじゃあ行こう。飲み屋はあっちだ」


調子のよく笑った奴の肋骨を小さく小突く。こうして舗装された石畳の街に俺たちは消えていく。果てしなく高い夜へと落ちていく黄昏時の空の下で。

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