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異世界転生で召喚された私がチート能力を貰って仲間と共に魔王を倒しに行く物語(ところでこのチート能力、どうやって使うんですか……?)

作者: 陽ノ下 咲
掲載日:2026/02/21

 題名でお気付きかと思うが、私は異世界転生者である。


 生前によく読んでいた、“なろう系”というやつだ。

 トラック、神様、チート能力、魔王討伐。

 まさか自分が、そんなテンプレートのど真ん中に叩き込まれるとは思わなかったけれど。



 十七歳の夏。蒸し暑いアスファルトの匂いと、遠くで鳴いていた蝉の声。茹だるように暑い道を汗をかきながら歩いていた時。

 視界の端に、猛スピードでこちらに突っ込んでくるトラックが見えた。


 うわ、こんなこと、現実でもあるんだな。


 そんな冷静な感想を最後に、私は死んだ。




 そして、目を開けると、真っ白な空間に立っていた。


 床も天井も境界もない、光だけで出来た世界。

 その中心に、ふわりと浮かぶ少女がいた。


 銀色の髪、透き通るような白い肌、宝石みたいな瞳。


 見た目はどう考えても五、六歳前後。その姿は幼い少女だった。

 けれど、“器”がそうなだけで、彼女の本質はこの世界そのものなのだということを、その抗いようのない気配によって理解させられた。


『ようこそ、選ばれし者よ』


 声は可愛らしいのに、やたら荘厳だった。


 ヒェェ、これ異世界に転生する前によくあるやつじゃんっ!

 召喚された女神様に能力とかもらうイベントでしょ?え、まじ?やばっ!めちゃくちゃ興奮すんだけど……!

 え、てか女神様、幼女なの!?……お声もお顔も、すごい可愛いんだけど……!


 内心でひたすら興奮している私を他所に、女神様は言った。


『そなたに力を授けてやろう。万象を覆す、最強の力じゃ。ゆえに、扱いを誤れば世界すら滅ぼしかねぬがの』

『ただし。その力、そなた一人では発揮できぬ』

『最初に出会う仲間。その者と心を通わせ、共に在ることでのみ真価を現す力じゃ』

『まずは仲間を見つけよ。話はそれからじゃ』


 うわあ、これ、異世界転生お馴染みの、チート能力じゃん!

 まさかチート能力を貰える日が来るなんて……!


 そう思ったけれど。


 私に与えられたチート能力、果たして最強と言えるのだろうか。

 一人で使えない時点で、だいぶ不便なのでは……?


 とはいえ断る選択肢もなく、私は頷いた。


 その瞬間、その場から落下するかの様に、身体が一気に下へと落ちた。


 ……ところでやっぱり、あの超絶可愛いロリっ子女神様はロリ(ババ)ァというやつなのかな。なんか喋り方、それっぽかったもんな。


 落下する感覚とともに暗転する視界の中、そんなことを頭に浮かべてしまっていた。 

 我ながら、なかなか肝が据わってるなと感心しながら、私は意識を手放した。



 そして次に目を覚ました時、私は草原に立っていた。


 青い空。

 遠くに見える石造りの城壁。風に揺れる金色の麦畑。


 ここは魔法と魔剣が存在する世界、アルベルト王国。


 どうやら私は、女神に選ばれ、魔導士としてこの世界に再構築されたらしい。


 近くの川面を覗き込み、自分の姿を確かめる。

 そこに映っていたのは、明るいオレンジ色のショートカットに白い肌、澄んだ水色の瞳をした、十五、六歳ほどに見える美少女だった。


 え、これが、私……?ヒェッ!可愛いっ!!なんか自分じゃないみたい!


 そう思いながら、視線を下に下げて、自分の身体を確認する。動き易くて可愛らしさも備わった軽やかなローブを着ていて、テンションが上がった。

 けれど非常に残念ながら、前世で密かに気にしていた幼児体型だけは、今世でもほとんど変わっていなかった。


 ぐぬぬ……、そこは変わらなかったかぁ……。


 私は、小さく唇を噛み締めた。


 ふと、いつの間にか手に持っていた、見覚えのない木製の杖に気がついた。先端には透明な水晶がはめ込まれている。


 試しに意識を集中させると、胸の奥から熱がせり上がってきた。それと同時に、言葉が零れる。


「……炎よ」


 杖の先から、赤い火球が生まれる。

 びゅん、と一直線に飛び、草むらから跳び出したスライムを焼き払った。


 ぷしゅう、と蒸気を立てて消える魔物。


 え、やば……!魔法すごいっ!楽しい!!


 炎だけじゃない。

 風を呼べば刃のように鋭く空気が裂け、水を生めば鞭のようにしなり、光を纏えば身体を包む防御膜になる。


 テンプレ万歳!

 ロリっ子女神様、どうもありがとうございます!ロリ婆ァなのかななんて考えてごめんなさい!


 感動に震えながら、私は街道を進んだ。

 道中、スライムや牙を剥いた小型の魔獣が何度か襲ってきたが、魔法で難なく撃退できた。


 ただし。


 “あの能力”は、まだ使えない。


 使い方も分からないし、一人では発動不可らしい。


 ほんとに最強なのだろうか。


 女神様を疑ってる訳では無いけれど、内心でそんなことを思いながら、私は道を進んだ。




 やがて、石造りの小さな村が見えてきた。


 藁葺き屋根の、木組みの家々が並ぶ。


 辺りから聞こえてくる、家畜の鳴き声と、土の匂い。畑では村人たちが黙々と鍬を振るっている。

 子どもたちは井戸の周りではしゃぎ、老婆が穏やかに軒先で洗濯物を干していた。


 とってものどかで良いところだなぁ、と思って辺りを見回して。


 そして私は、畑の中央で鍬を握っている、”彼”を見つけた。


 ごく平均的な身長。筋肉は程よくついているが、過剰なほどではない。

 この国ではごく一般的な茶髪の髪は短く整えられ、肌は日々の畑仕事で、陽に焼けていた。

 目元は涼やかだが、その顔立ちは特別派手な造形ではない。


 とても素朴な見た目をしているその男性は、無表情に、淡々と土を耕していた。


 けれど、女神様に選ばれた魔導士の私には分かった。


 彼だ。


 彼こそが、この世界を救う為に選ばれた勇者様だ。



 そして、それとはまったく関係のないところで、私の胸に衝撃が走った。


 え、待って……、無理、しんどい。


 超絶好みなんですが……っ!!

 なに、あの素朴で落ち着くお顔立ち。


 好き……♡めちゃくちゃ好き♡


 前世の私は、なろう系は所謂読み専というやつで、それとは別に、密かに好きなキャラの二次創作の小説を書いていた。

 自分で書くほど好きなのに二次創作のみにどっぷり沼れなかったのは、私以外に彼を推している同志が一人も居なかったためだ。


 私の最推しは、某人気RPGに登場する、いろいろな村でその顔を使いまわされているモブキャラの、村人Aだった。


 他に同志が一人も居なくとも、私は彼が好きだった。

 台詞も設定も無いキャラだったから、私は彼の人生や言葉遣いを想像しながら、同志ゼロのまま、彼との夢小説を書いて、投稿し続けていた。


 勇者様を一目見た瞬間、どこか村人Aを思わせるその爆メロ激エモなモブ顔に、一気に心を掴まれた。


 見えない何かに導かれるように、私は恋に落ちてしまった。


 私の心臓がギュンギュン暴走している中、勇者様がこちらを見た。

 黒い瞳は静かで、深く、揺るがない。


 勇者様が、丁寧に鍬を置くと、こちらへ歩いてくる。

 歩き方に無駄がなく、地面を踏みしめる一歩一歩が、妙に安定している。

 近づいてくると、彼が纏う、静かな威圧感に気がついた。

 纏うオーラが、彼がただの農民ではないことを如実に物語っている。


「女神が選んだ魔導士というのは、君のことだな」


 勇者様が低く、落ち着いた声で話しかけてきた。


「はい、その通りです。初めまして、勇者様」


 どうにか平静を装って、私がニコリと微笑みながら返すと、


「お告げを聞いて、君が来るのを待っていた」


 勇者様はスンとした表情を一切変えることなく、真面目な声でそう言った。


「俺はいち早く農作業に戻りたい。着いて早々で申し訳ないが、そういう訳だから、早速魔王を倒しに行こう」


 その言葉に、私は顔がだらしなくニヤけてしまわないよう表情筋を必死に固定しながら、内心ではひたすら悶えた。


 ああ、……だめだ、無理、好き、尊い……♡

 この朴念仁感、ほんとにメロすぎるのですが♡農作業最優先とか、最高かよぉ……♡

  

 だが、彼のその瞳の奥には、確かな覚悟があった。


 彼の瞳が、本気で魔王を倒すつもりでいることを、雄弁に物語っていた。


 その瞬間。村の外れから、悲鳴が上がった。


「魔物だ!」


 振り向くと、巨大な獣人型の魔獣が柵をなぎ倒していた。

 全身が毛に覆われ、目は赤く光り、牙からは涎が垂れている。


 村人たちが逃げ惑う。


 勇者様が即座に動いた。

 畑の端に無造作に置かれていたどこからどう見ても勇者の剣であろう、その剣を手に取ると、鞘から刃を抜く音が、鋭く空気を裂いた。

 そして素早い動きで畑を蹴り、一直線に魔獣へ向かった。


 その時、魔獣が跳躍した。

 私は、咄嗟に杖を掲げた。


「風よ!」


 刃のような突風が、魔獣の体勢を崩した。

 その隙に、勇者様が懐へ潜り込む。


 無駄のない踏み込みで、横一閃に、銀色の軌跡が走り、血飛沫が舞った。

 だが魔獣は倒れない。

 咆哮とともに、巨大な前脚を振り下た。

 勇者様が弾かれ、地面を転がる。


 まずい。


 私は光を呼んだ。


「守れ!」


 勇者様の周囲に、淡い光の壁が張られる。

 魔獣の二撃目が、光の壁に弾かれた。

 勇者様の目がこちらを捉え、わずかに、頷いた。

 その瞬間、私の背筋がゾクリと震えた。

 勇者様が立ち上がり、低く構える。


「今だ」


 勇者様の言葉を聞いた瞬間、私は炎を最大出力で放った。

 巨大な火柱が魔獣を包み、激しいうなり声が響く。

 そして、勇者様の一撃が、喉元を正確に断ち切った。


 魔獣は崩れ落ち、動かなくなった。



 一瞬の静寂の後、村人たちの安堵の声が辺りから聞こえてきた。

 私は荒い息を整えながら、勇者様を見る。

 勇者様は剣についた血を払い、何事もなかったかのように鞘へ戻した。

 その仕草に、思わず胸が熱くなった。


 戦いの高揚か、恋によるものか、分からない。けれど、きっと両方だろうと思った。


 そしてふと、女神様が言っていたことを思い出した。


 ーー最強の能力は、最初に出会った仲間と心を通わせ、共に在ることでのみ真価を現す。


 今、目の前にいるこの人だと強く確信した。


 けれど。

 ……その力、どうやって使うんですか、女神様。


 胸の奥に、微かに何かが脈打つ。

 まだ目覚めない、何か。


 勇者様が、私の方を見る。


「いい魔法だな」


 そう言って、ほんの少しだけ微笑んでくれた。


 ヒェ……、待って、無理♡結婚しよ♡


 突然の供給にくらりと眩暈を催した私をよそに、勇者様は一瞬でいつもの無表情に戻した。

 前をゆく勇者様を後ろから見つめながら、私は思う。


 これは、なかなかに前途多難な旅になりそうだ。

 この恋も、使い方の分からない最強チート能力も。



 こうして、魔王討伐の旅が始まった。




 街道は整備されている場所ばかりではなく、ぬかるんだ山道や、霧に包まれた森を越えることもある。

 魔物の数も、最初の村の周辺とは比べものにならない。


 角を持つ巨大な猪型の魔獣。空から急降下してくる翼竜。夜になると群れで現れる骸骨兵。


 けれど、勇者様は強かった。


 正面から来る敵には真正面から斬り込み、横合いからの奇襲にも即座に反応する。


 無駄な動きがなく、ただ淡々と、確実に急所を断つ。


 私は後方から炎や風で援護し、時には前に出て光の防壁で勇者様を守る。


 戦いの最中、ふと目が合う瞬間がある。


 その一瞬だけで、次に何をすべきか分かる。


 ……これ、もう夫婦では?でへへ……♡


 そんな事を考えてしまった。




 三つ目の街は、海の見える港町だった。


 潮風が吹き抜け、白い帆船が並ぶ桟橋。

 市場には魚がずらりと並び、威勢のいい声が飛び交っている。


 その広場のど真ん中で、事件は起きた。


「おい、そこの兄ちゃん!」


 振り向けば、筋骨隆々の大男がいた。

 肩幅は私の倍、腕は丸太のようで、背には巨大なハンマーを背負っている。


 戦士様だった。


 そして彼はなぜかいきなり、勇者様に腕相撲を挑んだ。

 理由は、なんとなく強そうに見えたかららしい。


 テーブルを挟み、向かい合う二人。


 勇者様はいつもの無表情。

 戦士様がニヤリと笑う。


「いくぞ!」


 掛け声と同時に力がぶつかる。


 ……はずだった。


 一瞬。

 本当に一瞬。


 勇者様の腕が、ス、と動いただけで、ドン、と音を立てて戦士様の手がテーブルに叩きつけられた。


 一気にざわめく広場。と、私の心臓。


 え……かっこよっっっ!!

 無駄な力みゼロ、重心のブレ皆無、可動は最短距離、しかも表情筋は完全に平常運転。

 何もしてませんけど?みたいな朴念仁の真顔で物理法則だけ味方につけてるの、反則級のギャップ萌えなんですが……。


 ああもう好き……♡この人、いったいどこまで好きにさせれば気が済むの……♡

 


 ドコドコと激しく心臓を打ち鳴らしながら内心で勇者様を褒め称えている私をよそに、戦士様は目を見開き、やがて豪快に笑った。


「お前、顔は地味なくせに、すげえのな!気に入ったぜ!俺も連れていけ!」


 その勢いのまま、戦士様は仲間になってくれた。


 豪快で明るく、よく食べ、よく笑い、よく喋る。

 大きなハンマーを振るう姿はまさに豪傑。


 魔物の群れを前にしても一歩も退かず、「どけぇぇぇ!」の一声とともにまとめて薙ぎ払う。


 旅の空気が一気に賑やかになった。


 *



 五つ目の街へ向かう山道の途中。

 薄暗い森の中で、私たちは騒ぎを聞いた。

 

 そちらを伺うと、数名のゴロツキが、一人の女性を取り囲んでいるのが見えた。


 助けなきゃ。


 咄嗟にそう思って杖を構えた、その瞬間。


 女性が動いた。


 長い脚がしなり、身体が宙を舞った。

 回転しながら放たれる蹴り。


 まるで前世で見た新体操の演技のように、流れるような動きで次々とゴロツキを沈めていく。


 最後の一人が地面に崩れ落ちた時、彼女は軽く髪を払った。


 彼女は踊り子様だった。

 しなやかな肢体。くびれた腰。艶やかな黒髪。

 目元は涼やかで、微笑みは柔らかい。

 色気と優しさを兼ね備えた、とても美人なお姉様。


 私が呆然としていると、踊り子様は私に微笑んだ。


「助けに入ろうとしてくれたのでしょう?その心が嬉しいわ」


 ……いや、何も出来ず、見てただけですけど。


 だがその後、彼女は自ら仲間に加わると申し出てくれた。


「私も共に戦うわ。あなたたちとなら、きっと魔王を倒せるもの」


 こうして私たちは四人になった。


 勇者様との二人旅は、正直役得だったから、大変な中でも幸せを感じていた部分もあった。


 けれど、やっぱり背中を任せられる仲間が多く居るというのはとてもありがたい事だと思った。



 戦士様が前衛でハンマーを振るい、勇者様が的確に斬り込み、踊り子様が素早く攪乱し、私は魔法で支援する。


 四人での連携は、驚くほど噛み合った。


 巨大な岩石巨人との戦いでは、戦士様が足止めし、踊り子様が死角へ回り込み、勇者様が核を斬り、私が炎で焼き尽くした。


 勝利の後、肩で息をしながら笑い合う。


 背中を預けられる仲間がいる。それが、こんなにも心強いとは。


 ……けれど。


 私は、踊り子様が勇者様に微笑むたび、内心ヒヤヒヤしてしまっていた。


 踊り子様は女の私でもついぼんやりと見惚れてしまうほどに、本当に美しい。

 妖艶で大人の色気があって、しかも心優しい人だった。

 こんな人と一緒に旅をしていたら、勇者様が惚れてしまうのではないかと、内心でかなり心配になってしまった。

 

 けれど勇者様は、驚くほど無反応だった。

 まあ、かといって、私に靡くそぶりも全く無いのだけれど。


 勇者様はいつも平常運転で、誰に対しても変わらず無愛想で朴念仁で、そして真面目で真摯な素敵な人だった。


 だから私は、勇者様に全く興味を持たれない理由が、私のつるぺたな身体が原因では無い事が分かっただけ、よかったと思うことにした。


 違うの!私はスレンダーなんですっ……!




 ある夜。

 焚き火を囲み、皆が眠った後、私は一人、空を見上げていた。


 空には、きらきらと星が瞬いている。


 胸の奥が、微かに熱を帯びる。

 あのチート能力は、まだ、使えない。


 けれど四人で力を合わせ、強敵を倒したあの瞬間。

 ほんの一瞬だけ、胸の奥が共鳴した気がした。

 勇者様の剣が振り下ろされる直前、何かが、重なったような、そんな感覚があった。


 これは、もしかすると。


「……条件は、最初に出会った仲間」


 視線の先には、焚き火の向こうで眠る勇者様。

 静かな寝顔。けれど、気配はわずかも緩んでおらず、剣の柄に添えた指は、いつでも目覚められる位置にある。


 無愛想だけど、真っ直ぐで、不器用で、そしてとても強い人。


 私は、小さく息を吐いた。


 魔王の城は、もう遠くない。


 そしてきっと。

 あの能力が目覚める時も、きっとそう遠くはない。


 そんな予感がした。






 ついに、魔王城へ辿り着いた。


 黒い岩山の頂にそびえるその城は、空を覆う暗雲と同じ色をしていた。

 塔は天を刺すように高く、壁面には無数の亀裂が走っている。


 まるでこの世界そのものが、長い年月をかけて削られてきた証のようだった。


 門は開いていて、不気味なほど、静かだった。


 魔物の咆哮も、衛兵の姿もない。風が吹き抜け、鉄の門が軋む音だけが響く。


「何で魔物が一体もいねぇんだ……?罠か?」


 戦士様が低く呟き、ハンマーを構え、踊り子様は足音を消し、影のように周囲を警戒する。


 勇者様が無言のまま、一歩踏み出した。


 その背中は、これまでの旅よりもさらに大きく見えた。


 城内は広く、天井は高く、赤黒い絨毯が玉座の間へと続いている。

 燭台の炎は青白く揺れ、空気は重い。


 それでも、敵は現れなかった。


 私たちは、何の妨害も受けることなく、最奥へ辿り着いてしまった。


 そして。


 巨大な玉座の上に、それはいた。


 魔王。


 漆黒の鎧のような皮膚、背には歪な翼が生え、額からねじれた角が伸びている。

 瞳は深い紫に光り、こちらを見下ろしていた。


「よく来たな、人間どもよ」


 声が、空間そのものを震わせる。


 その瞬間、今まで城内に魔物がいなかった理由を私は否が応でも理解した。


 全てがここに集約されている。


 魔王から溢れ出る魔力は、圧倒的だった。

 空気が重くなり、膝が笑う。


「下がるな!」


 勇者様の声が飛んだ。

 その一言で、私は我に返った。


 戦いが始まった。


 先陣を切ったのは、戦士様だった。咆哮とともにハンマーを振り下ろす。


 だが魔王は片手でそれを受け止めた。

 衝撃波が広がり、床が砕ける。

 踊り子様が死角へ回り込んで、鋭い蹴りを叩き込む。

 しかし、まるで岩を蹴ったようにびくともしなかった。

 勇者様が跳躍し、剣を振り抜き、銀の軌跡が走る。

 けれど魔王の指先がそれを弾いた。

 金属音が響き、勇者様が吹き飛んだ。


「勇者様!」


 私は光の防壁を展開し、落下を受け止める。

 魔王が腕を振るい、黒い魔力が奔流となって押し寄せる。

 炎で相殺しようとするが飲み込まれ、風で逸らしても、魔王の強大な魔力の前では何の意味も無かった。


 正に異次元だった。


 それまでの魔物など、全く比べものにならない。

 四人で連携しても、傷一つまともにつけることが出来ない。


 戦士様が膝をつき、踊り子様の息は荒く、勇者様の額から血が流れる。


 それでも、立つ。


「……まだだ」


 勇者様が低く言う。

 その声に、私は胸が締め付けられた。


 負けられない。


 私には、チート能力がある。

 この時のために、女神様から賜った、最強の力だ。


 私は叫んだ。


「勇者様、魔王を倒す為に、力を貸してください!」


 勇者様は、即答した。


「ああ、当たり前だっ!」


 その声は、これまでで一番力強かった。


 私は祈った。


 けれど、……何も起きない。

 光も、衝撃も、奇跡も。


 ただ、目の前には圧倒的な脅威があるだけだった。


 魔王の魔力が、再び高まる。

 ああ、終わる。そう思った。


 その瞬間、頭の中に女神様の言葉が蘇った。


 ーー『最初に出会った仲間と心を通わせ、共に在ることでのみ真価を現す力じゃ』


 そして私は、唐突に、まるで何かに導かれるように、それに気付いた。


 最初に出会った仲間は、勇者様じゃない。


 もっと前。勇者様と出会うもっとずっと前から、私はその存在に向かって、語りかけていた。


 笑い、嘆き、恋し、迷った時も、ここまでずっと、その全てを見守ってくれていた。

 当たり前過ぎてここまで気が付かなかったけれど、今この時も、私達の戦いをずっと追ってくれている存在。


 それは、この物語を、読んでいる“あなた”だ。


 そちら側から来た私だからこそ、その存在に気が付く事が出来た。


 気づいた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。


 私は、あなたに協力を願う。


 どうか、

 このまま、読み進めてほしいと。




 その文字が、世界を書き換えた。


 瞬間、眩い光が玉座の間を包みこんだ。

 魔王の身体が、粒子となって崩れ始める。


「な、に……?」


 魔王の声が掠れる。

 抗う間もなく、その存在は光に溶け、消滅した。

 訪れた静寂。


 魔王の気配は完全に消えていた。



 うわ、なんて事だ!

 一か八かの賭けだったが、まさか成功してしまうとは……。


 とんでもない展開に、私は乾いた笑みを浮かべた。


 だって、流石にこれは、酷すぎる。


 これまでの長旅も、魔物との戦いで積み上げてきた経験値も、先ほどまでの魔王との激しい死闘も、全てを嘲笑うかの様な強制エンド。


 この能力は、私があなたに協力を願い、あなたが読み進めてくれることが現実になるという力だ。

 確かに、全てを覆すほどの最強の力だけれど、こんなのチート能力どころか、むしろ禁じ手と言っていい。


 その強すぎる能力のおかげで、魔王は突如として、この世から姿を消してしまった。


 けれど、たとえこの能力が、これまでの旅の全て無意味とするほどの強い力だったとしても、私はこの長旅が意味の無かったものだなんて、まったく思えなかった。


 戦士様の豪快な笑いも、踊り子様の優しい微笑みも、勇者様の不器用な背中も、そしてあなたがここまでずっと私たちの旅に寄り添い続けてくれていたことも、全部、確かにそこにあったから。


 私は、見えないあなたへ頭を下げた。

 本当にありがとうと、感謝を込めて。


 そして、突然姿を消した魔王に、ポカンとしている仲間達に声をかける。


「魔王はこちらからは見えない仲間のおかげで、消滅しました。もう二度と現れません。みなさん、お礼を言ってください」

「……え、ほ、ほんとに?」

「消えたのか?あの魔王が……?」


 戸惑っている仲間達に、笑顔で頷いた。


「礼はどうやって伝えればいいんだ?」


 勇者様がいち早く状況を理解して、いつもの無愛想な表情のまま、そう聞いてきた。


「その場でお礼を言えば伝わりますよ。こちらからは見えないですが、あちらからはずっと見えていますから」


 そう言うと、「そうか」と頷いた。


「ありがとう。本当に助かった」


 そう、あなたへお礼を言った。


「ありがとうございます。この世界が救われたのは、あなたのおかげです」

「恩に切る。本当に助かった。俺たちが死なずにすんだのは、あなたのおかげだ」


 踊り子様と戦士様も、勇者様に続いてこちらからは見ることの出来ないあなたへ、心からのお礼を伝えた。


 こうして、魔王討伐の旅は、あなたの協力によって、終焉を迎えた。




 それから五年が経った。


 私は旅から帰ってからずっと勇者様の村で暮らしている。


 畑は相変わらず広く、麦は揺れ、空は青い。

 勇者様は今日も黙々と鍬を振るい、私は隣で汗を流す。


 とても平和な日常だ。



 ……ところで。


 この五年間、私と勇者様との関係がどうなったかと言うと、それはもう、これっぽっちも、1ミリだって進展していなかった。


 時折様子を見にきてくれる踊り子様や戦士様が呆れてしまうほどに、勇者様は恋愛ごとに無縁だった。


 私、結構分かりやすくアピールしてると思うんだけどな……。

 なんだったらこの前、内心で思ってるだけじゃ駄目だって思って、遂に勇気を出して、「好きです」ってちゃんと言葉にして、彼に伝えたんだけどな。


 だけどそれも、仲間としての好きだと捉えられて、「ああ、俺もだ。君も、他の仲間たちのことも、かけがえのない大切な存在だと思っている」と真顔で真摯に返された。

 私はその親愛の言葉がとても嬉しかったので、つい、「嬉しいです……!勇者様、これからも一緒に、畑仕事、頑張らせてくださいね!」と言ってしまった。


 嬉しいです、勇者様っ!

 でも違うの!そうじゃないの!……だけど、そんなところも好きですっ♡


 そんなふうに頭を抱えて悩んでいた矢先のこと。

 旅の途中で村に立ち寄ったスキル鑑定士様から、勇者様が生まれつき“恋愛回避”というペナルティスキルを持っていると知らされた。


「生まれ持ってのスキルは他の何よりも強いですから、手の打ちようがないです。ですので、勇者様は恋愛関係のことは、今後も諦めるしか無いですね……」


 衝撃の事実に驚きの表情を浮かべる私の横で、顔色ひとつ変えることもなくスキル鑑定士様の言葉に頷く勇者様に、私の胸が性懲りも無くドキドキと高鳴った。


 何その無表情……。ねえ、勇者様いま何考えてんの。どういう表情なんですか、それ。はぁぁ、好きだなぁ……♡


 やっぱり私、どうしても勇者様との恋を、諦められない。

 だってこんなにも好きなのだ。諦められる訳が無い。


 内心でそんなことを考えている私に、スキル鑑定士様は意味ありげにこちらを見て微笑んだ。


「……本来であれば、ですがね」


 私は小さく頷いた。 

 まさに、その通りなのである。


 だってあなたの協力があれば、どんなに辛い状況も、絶対に叶わない恋だって、必ずハッピーエンドにする事ができるのだから。


 だから、私は最後にもう一度だけ、あなたの力を借りたいと思った。


 こんなトンデモ展開を、途中でやめる事なく最後まで見届けてくれた、あなたに協力して欲しいと願った。


 もしも私に協力してくれるなら、どうかそのままスクロールして、この物語のオチを読んで欲しい。



 瞬間、眩い光が辺り一面を包み込んだ。


 勇者様が、急にこちらを見る。

 そして、その爆メロなお顔が私の顔へと近づき、彼はそっと目を閉じた。

 次の瞬間、彼の唇が私のそれに優しく重なった。


 へ……?


 いきなりの展開に頭がまったく追いつかない。

 いつもは何かある度に、勇者様について早口で語ってしまう私の脳内が、今は、一瞬で真っ白になった。


 ちゅっ。


 可愛いリップ音とともに唇が離れる。


 唖然として彼を見上げる私に、勇者様はこれまで見たことのない、蕩けるような笑みを浮かべて言った。


「なあ……、俺と結婚してくれないか?」


 瞳はうっすら潤み、耳は赤く染まっている。

 初めて見る彼の姿と、その言葉に、私はただ驚くことしかできなかった。


 いや、待って……、ほんとに待って。


 これは、私があなたに願った展開ではない。


 確かに勇者様とキスしたいとか、結婚したいとかは、これまで何度も思ってきた。

 なんせ私は前世で推しとの夢小説を書いていた人間だ。今世でも妄想くらいはしてしまう。


 だけど、私はそれを叶えたいと、あなたに願ってはいない。


 だって、あなたに願ってしまえば、それは絶対に叶ってしまうから。


 そんな形で勇者様と恋をして、結婚するのは違うと思った。

 だから私は、それを願わなかった。


 私が願ったのは、勇者様のペナルティスキルを打ち消すことだけだったはずだ。


 なのに、どうしてこんなことに……?


 混乱する私に、勇者様が覗き込むように顔を近づけて言った。


「君さ……、異世界転生者だよな」

「え……?」


 まさか彼の口からそんな言葉が出るとは思わず、私は目を見開いた。

 彼はその反応を見て、嬉しそうに続ける。


「俺も異世界から来たんだ。……さっきペナルティスキルが解けた時に、思い出した」


 どうやら、あなたの協力でスキルの打ち消しは無事に完了したらしい。

 それを聞いて、まずは、ほっと胸を撫で下ろした。


「良かった!解けたんですね」


 そして問題は、その前の言葉だ。


「あなたも異世界転生者なんですか?」


 勇者様は少し恥ずかしそうに頬を赤く染め、眉を下げて微笑んだ。


「ああ。……俺の元いた世界は、RPGの中だった。そこで俺は、全く目立たないモブだったんだ」


 その言葉に、私はハッとする。

 勇者様は懐かしそうに目を細め、穏やかに続けた。


「だけど一人だけ、そんな俺をずっと推してくれていた子がいた。……俺はその子が気になって、いつしかその子のことを好きになってた」


 そこで一度言葉を区切り、少し悲しそうな顔をする。


「……だけどモブの感情なんて、ゲームにとってはバグでしかない。すぐに運営から修正が入った。……それでも忘れられなかった。想いは消えなかった。……その想いと修正の影響が、転生した時に“恋愛回避”のペナルティスキルとして残ったみたいだ」


 彼の話を聞きながら、私は涙が溢れそうになっていた。

 彼の大きな手が優しく肩に触れる。


「その子と君のオーラが同じなんだ。……なあ、ただのモブキャラの村人Aを、ずっと一人で推してくれていたあの子は……、君だよな?」


 その言葉に、私は声が出せず、涙を零しながら小さく頷いた。

 すると、私を包み込むように彼の腕が優しく背中へ回り、次の瞬間、ぎゅっと強く抱きしめられる。


「……好きだよ。ずっと君に会いたかった」

「私も……、ずっと好きでした」


 震える声でそう伝えると、彼は少し身体を離し、じっと私を見つめた。


「……過去形?」


 少し拗ねたような表情が可愛くて、胸がきゅんと鳴る。


「いいえ。前世のあなたも、今世のあなたも、大好きです」


 すると勇者様は瞳を潤ませ、幸せそうに微笑んで、もう一度私の唇を塞いだのだった。




 その後。

 彼から身体を離した私は、先ほどあなたに託そうとしたオチを改めて確認した。

 するとそれは、勇者様の願いによって上書きされ、書き変わっていた。


 え、ほんとにいいのかな、これ。


 ほんの一瞬悩む。

 そしてすぐに、欲望が勝った。


 ……うん、いいよね!


 私は改めてあなたに願う。


 どうかそのままスクロールして、この物語の本当のオチを読んでほしいと。




 こうして。


 魔王は倒れ、世界は平和になり。

 私は当然、勇者様からのプロポーズに、大きく首を縦に振って頷いたのだった。


 めでたしめでたし♡






本作を見つけてくださり、お時間を作ってお読みいただき、誠にありがとうございます!


本作は、読者様巻き込み型の話を書けないかと考えたことがきっかけで出来ました。

読者様を巻き込むメタ展開を主軸に、魔王討伐、異世界転生、主人公とヒーローの恋愛、ハッピーエンド…、私自身が好きな要素をいろいろ詰め込んで出来たラブコメディーは、書いていてとても楽しかったです。

読んで下さった方も、展開をお楽しみ頂けていれば、とても嬉しく思います。


この他にも、恋愛ものの長編や短編を何作か書いております。もし興味を持っていただけましたら、ぜひそちらもご覧ください。

 

最後になりますが、ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました!また他の作品でもお会いできれば嬉しいです。


陽ノ下 咲


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