【不思議系】ペットの目
飼い始めた猫の目が、おかしかった。
保護猫カフェで一目惚れしたミケという三毛猫。家に連れて帰ったその日から、妙な違和感があった。
ミケの目が、常にこちらを見ている。
猫なんてそんなものだと思っていた。しかしミケの視線は違った。
まるで、観察しているような目だった。
ある夜、ミケが鳴いた。
「ニャー」
しかし、その声がはっきりと言葉に聞こえた。
「記録開始」
は?
「今日の観察対象の行動パターン:朝7時起床、8時出勤、19時帰宅。精神状態:やや疲労。評価:C」
ミケが喋っている?
いや、違う。鳴いているだけだ。しかし僕の頭の中で、言葉に変換されている。
「何なんだ...」
ミケがこちらを見た。その目が、一瞬だけ光った。
翌日から、ミケの「報告」が聞こえるようになった。
夜になると、必ず同じように鳴く。そして僕の頭の中で声が響く。
「観察対象の本日の行動:上司との口論、ストレス値上昇。帰宅後、飲酒。評価:D」
何かに報告している?
気持ち悪くなって、ミケをケージに入れた。
しかしその夜、夢を見た。
巨大な部屋。そこには無数のモニターが並んでいる。
それぞれのモニターには、人々の日常が映し出されている。
食事をする人、仕事をする人、眠る人。
そして全てのモニターの隅に、ペットが映っている。
犬、猫、鳥、ハムスター。
全てのペットが、飼い主を見つめている。
観察している。
モニターの前には、人間ではない何かがいた。
「順調だ」
と声が響いた。
「ペット経由での人類観察計画、80%達成」
目が覚めた。
冷や汗をかいていた。
ミケがケージの中から、じっとこちらを見ていた。
「記録:観察対象、真実に気づき始めた可能性。警戒レベル引き上げ」
その声が、確かに聞こえた。
僕はミケを保護猫カフェに返すことにした。
「どうかされましたか?」
とスタッフが聞く。
「この猫、おかしいんです」
「おかしい?」
「見てるんです。ずっと。まるで、監視してるみたいに」
スタッフは笑った。
「猫ってそういうものですよ」
「違うんです! こいつは...」
その時、ミケが鳴いた。
スタッフの目が一瞬、虚ろになった。
「...そうですね。お返しいただいて構いません」
ミケを置いて、店を出た。
しかしその後も、違和感は消えなかった。
街を歩いていると、犬を連れた人とすれ違う。
その犬が、僕をじっと見つめる。
公園の鳩が、一斉にこちらを向く。
アパートに帰ると、隣の部屋から猫の鳴き声が聞こえた。
そして、壁越しに声が聞こえた。
「対象番号7742、警戒レベル最高。真実に到達。消去推奨」
消去?
翌日、会社で同僚がペットの写真を見せてきた。
「うちの犬、可愛いでしょ?」
写真の犬が、カメラを見つめている。
その目が、ミケと同じだった。
「ペット、飼ってる?」と同僚が聞く。
「いや...」
「そう。飼った方がいいよ。ペットがいると、人生が豊かになるから」
同僚の目が、一瞬だけ虚ろになった気がした。
その夜、家に帰ると、ミケがいた。
「どうして...」
「記録:対象、消去対象に指定。最終観察を実施」
ミケの目が光った。
僕の体が動かなくなった。
「観察完了。人類個体番号7742、全データ収集済み。ありがとうございました」
ミケが人間の言葉で喋った。
「我々は3000年前から、ペットという形で人類に潜入しています。あなたたちを観察し、データを収集し、そして...」
「そして?」
「支配します」
ミケが微笑んだ。猫が、微笑んだ。
「気づかないでしょう? すでに地球上のペットの90%は、我々の管理下です。飼い主の精神に干渉し、行動を操作し、徐々に支配範囲を広げています」
「なぜ...」
「あなたたちが地球を壊しているからです。我々は、もっと良い管理者になれます」
ミケが僕の額に手を置いた。
「安心してください。痛くありません。ただ、少し忘れてもらいます」
意識が遠のいた。
目が覚めた。
なぜか床に倒れていた。
起き上がると、目の前にミケがいた。
「あれ...ミケ? いつから家にいたっけ?」
ミケが「ニャー」と鳴いた。
可愛い鳴き声だった。
「そうだ。保護猫カフェから連れてきたんだっけ」
記憶が曖昧だった。
でも、ミケが可愛いことだけは確かだった。
「よしよし」と撫でる。
ミケが喉を鳴らした。
幸せな気分になった。
窓の外を見ると、向かいの家でも、犬を撫でている人がいた。
その隣の家でも、猫を抱いている人がいた。
みんな、幸せそうだった。
ミケが僕を見上げた。
その目は、優しかった。
「これからもよろしくね」
と僕は言った。
ミケが「ニャー」と鳴いた。
僕の頭の中で、かすかに声が響いた気がした。
「支配完了」
でも、きっと気のせいだ。
僕はミケを抱き上げた。
幸せだった。
何もかもが、完璧に幸せだった。
評価いただけると嬉しいです。




