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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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89/202

【ファンタジー】天国のゆりかご

 俺の名前は、山田太郎。享年七十五歳。昨日まで、地上で生きていた。そして、今日、ここにいる。天国だ。


 死んだ瞬間は、あっけなかった。心臓発作だった。苦しかった。でも、すぐに楽になった。そして、気がつくと、真っ白な空間にいた。体が軽い。痛みもない。そして、体が小さくなっていた。


 俺は、鏡を見た。そこには、赤ちゃんの姿があった。俺の顔だが、赤ちゃんだ。体も、赤ちゃんのサイズ。服は、白いロンパース。柔らかくて、心地よい。


「ようこそ、天国へ」


 声が聞こえた。振り返ると、白い服を着た女性が立っていた。穏やかな笑顔だ。


「あなたは?」

「私は、ガイドです。あなたを案内します」

「ここは、天国なんですか」

「はい。正確には、天国の中継地点です」

「中継地点?」

「はい。ここで、しばらく過ごしていただきます。赤ちゃんの姿で」

「なぜ、赤ちゃんなんですか」

「生まれ変わる前の、準備期間です。この期間、あなたは赤ちゃんとして、のんびり過ごします」

「生まれ変わる?」

「はい。やがて、地上に戻ります。新しい人生を始めるために」


 俺は、驚いた。生まれ変わり。輪廻転生。本当にあるのか。


「どのくらい、ここにいるんですか」

「それは、人によって違います。数ヶ月の人もいれば、数年の人もいます」

「何をするんですか」

「のんびり過ごすだけです。遊んで、食べて、寝て。赤ちゃんとして、幸せな時間を過ごします」


 ガイドは、俺の手を取った。そして、歩き始めた。俺は、よちよち歩きで


ついていった。赤ちゃんの体は、歩きにくい。でも、不思議と楽しかった。


 ガイドは、俺を広場に連れて行った。広場には、たくさんの赤ちゃんがいた。みんな、白いロンパースを着ている。遊んでいる赤ちゃん、寝ている赤ちゃん、泣いている赤ちゃん。様々だった。


「ここが、あなたの居場所です」

「みんな、死んだ人なんですか」

「はい。みんな、地上での人生を終えて、ここに来ました」

「でも、赤ちゃんの姿ですね」

「はい。この期間、みんな赤ちゃんです。年齢も、性別も、関係ありません」


 俺は、周りを見回した。確かに、様々な赤ちゃんがいる。でも、みんな同じように見える。白いロンパースを着た、かわいい赤ちゃんたち。


「さあ、他の赤ちゃんたちと遊んでください」


 ガイドは、俺を広場の中に押し出した。俺は、戸惑いながらも、歩き始めた。すると、一人の赤ちゃんが近づいてきた。


「こんにちは」


 赤ちゃんが、普通に話した。俺は、驚いた。


「え、喋れるんですか」

「もちろんです。僕たちは、赤ちゃんの姿ですが、記憶も、知識も、そのままです」

「そうなんですか」

「はい。僕の名前は、佐藤次郎です。享年八十歳」

「俺は、山田太郎。享年七十五歳」

「よろしくお願いします」


 次郎は、手を差し出した。俺は、握手をした。小さな手だが、しっかりしていた。


「ここに来て、どのくらいですか」

「僕は、もう三ヶ月です」

「三ヶ月。長いですね」

「いえ、あっという間です。ここは、時間がゆっくり流れますから」

「何をして過ごしているんですか」

「遊んでいます。他の赤ちゃんたちと」


 次郎は、広場の奥を指差した。そこには、滑り台やブランコがあった。赤ちゃんたちが、遊んでいる。


「行きましょう」


 次郎は、俺の手を引いて、遊具のところに連れて行った。俺は、滑り台に登った。そして、滑り降りた。楽しかった。七十五年ぶりの滑り台だ。


 次に、ブランコに乗った。次郎が、押してくれた。高く、高く、揺れる。風が気持ちいい。俺は、笑った。こんなに楽しいのは、久しぶりだ。


 遊んでいると、他の赤ちゃんたちも集まってきた。みんな、笑顔だ。俺は、彼らと遊んだ。鬼ごっこ、かくれんぼ、だるまさんが転んだ。子供の頃にやった遊びを、また楽しんだ。


 しばらくして、鐘の音が聞こえた。次郎が言った。


「お昼の時間です」

「お昼?」

「はい。食事の時間です」


 俺たちは、広場の隅にある建物に向かった。中に入ると、大きな食堂があった。たくさんのテーブルと椅子が並んでいる。赤ちゃんたちが、席に座っている。


 俺も、空いている席に座った。すると、テーブル上に料理が現れた。魔法のようだった。料理は、豪華だった。ステーキ、サラダ、スープ、パン、デザート。すべてが美味しそうだ。


「いただきます」


 俺は、フォークとナイフを手に取った。しかし、赤ちゃんの手では、うまく使えなかった。次郎が笑った。


「最初は、みんなそうです。でも、すぐに慣れますよ」

「そうですか」


 俺は、何とかフォークでステーキを刺した。そして、口に運んだ。美味しかった。柔らかくて、ジューシーだ。俺は、夢中で食べた。


 食事が終わると、また鐘の音が聞こえた。次郎が言った。


「お昼寝の時間です」

「お昼寝?」

「はい。ここでは、一日三回、お昼寝をします」


 俺たちは、別の建物に向かった。中に入ると、たくさんのベッドが並んでいた。ふかふかのベッドだ。赤ちゃんたちが、ベッドに横になっている。


 俺も、空いているベッドに横になった。柔らかくて、気持ちいい。すぐに眠くなった。そして、深い眠りに落ちた。


 目が覚めると、夕方だった。窓の外が、オレンジ色に染まっている。俺は、ベッドから起き上がった。他の赤ちゃんたちも、起きている。


 次郎が、俺に声をかけた。


「よく眠れましたか」

「はい。ぐっすりでした」

「それはよかった。では、夕方の散歩に行きましょう」


 俺たちは、広場の外に出た。そこには、美しい庭園が広がっていた。花が咲き、木々が茂り、小川が流れている。まるで、楽園のようだ。


 俺たちは、庭園を歩いた。小川のほとりに座って、水を眺めた。魚が泳いでいる。鳥が歌っている。すべてが平和だ。


「ここは、本当に天国ですね」


 俺が言った。次郎は、頷いた。


「はい。ここは、苦しみも、悲しみもありません。ただ、幸せだけがあります」

「でも、やがて、ここを離れるんですよね」

「はい。生まれ変わる時が来ます」

「寂しくないですか」

「少し。でも、新しい人生が待っています。それも、楽しみです」


 俺たちは、しばらく庭園で過ごした。そして、日が暮れる頃、広場に戻った。


 夜になると、また鐘の音が聞こえた。次郎が言った。


「夕食の時間です」


 俺たちは、食堂に向かった。夕食も、豪華だった。魚料理、野菜料理、ご飯、味噌汁、デザート。和食だ。俺は、懐かしい味を楽しんだ。


 夕食が終わると、また鐘の音が聞こえた。次郎が言った。


「お風呂の時間です」


 俺たちは、浴場に向かった。中に入ると、大きな浴槽があった。温かいお湯が満ちている。赤ちゃんたちが、お湯に浸かっている。


 俺も、お湯に浸かった。気持ちいい。体の疲れが、溶けていく。俺は、目を閉じた。幸せだった。


 お風呂から上がると、また鐘の音が聞こえた。次郎が言った。


「就寝の時間です」


 俺たちは、寝室に向かった。ベッドに横になり、目を閉じた。すぐに眠りに落ちた。


 こうして、俺の天国での生活が始まった。毎日、遊んで、食べて、寝て。単純だが、幸せな日々だった。


 ある日、俺は広場で一人の赤ちゃんに出会った。女の赤ちゃんだった。彼女は、一人で本を読んでいた。


「こんにちは」


 俺が声をかけると、彼女は顔を上げた。


「こんにちは」

「本を読んでいるんですか」

「はい。地上での思い出を振り返っています」

「思い出?」

「はい。ここでは、地上での記憶を自由に見ることができます。この本は、私の人生の記録です」


 彼女は、本を見せてくれた。そこには、彼女の人生が写真のように記録されていた。子供の頃、学生時代、結婚、出産、老後。すべてが、そこにあった。


「素敵ですね」

「ありがとうございます。私の名前は、鈴木花子です。享年六十五歳」

「俺は、山田太郎。享年七十五歳」

「よろしくお願いします」


 花子は、微笑んだ。俺も、微笑み返した。


「あなたも、思い出を見てみてはどうですか」

「どうやって?」

「簡単です。心の中で、思い出を呼び出すだけです」


 俺は、目を閉じた。そして、心の中で思い出を呼び出した。すると、視界に映像が現れた。俺の子供の頃だ。母と一緒に公園で遊んでいる。懐かしい。


 次に、学生時代の映像が現れた。友人たちと笑っている。楽しかった日々だ。そして、結婚式の映像。妻の笑顔。美しかった。子供が生まれた日。初めて抱いた時の感動。すべてが、鮮明に蘇ってきた。


 俺は、涙を流した。嬉しかった。人生は、幸せだった。後悔もあったが、それ以上に幸せだった。


「ありがとうございます、花子さん」

「どういたしまして」


 それから、俺と花子は、よく一緒に過ごすようになった。思い出を語り合い、遊び、笑った。花子は、優しい人だった。


 ある日、花子が言った。


「太郎さん、もうすぐ私、生まれ変わるみたいです」

「え?」

「ガイドが教えてくれました。来週、地上に戻るって」

「そうですか」


 俺は、寂しかった。花子との時間は、楽しかった。でも、別れの時が来た。


「寂しいですね」

「はい。でも、新しい人生が待っています」

「どんな人生になるんですか」

「わかりません。でも、楽しみです」


 花子は、微笑んだ。俺も、微笑み返した。


 一週間後、花子が広場を去る日が来た。みんなが、見送りに集まった。花子は、みんなに挨拶をした。


「みんな、ありがとうございました。楽しい時間でした」


 そして、俺のところに来た。


「太郎さん、ありがとうございました」

「こちらこそ」

「また、いつか会えるといいですね」

「ええ、きっと」


 花子は、ガイドに連れられて、広場を去った。俺は、花子の後ろ姿を見送った。寂しかったが、同時に、嬉しかった。花子は、新しい人生を始める。それは、素晴らしいことだ。


 それから、また時間が過ぎた。俺は、天国での生活を楽しんでいた。新しい友人もできた。毎日が、幸せだった。


 ある日、ガイドが俺のところに来た。


「太郎さん、そろそろあなたも、生まれ変わる時が来ました」

「え?」

「はい。来月、地上に戻ります」

「そうですか」


 俺は、様々な感情が混ざった。嬉しさ、寂しさ、期待、不安。すべてが、心の中にあった。


「どんな人生になるんですか」

「それは、わかりません。でも、あなたにとって、最適な人生が用意されています」

「わかりました」


 俺は、残りの時間を大切に過ごした。友人たちと遊び、思い出を語り合い、天国での日々を楽しんだ。


 そして、ついに出発の日が来た。みんなが、見送りに集まった。次郎も、そこにいた。


「太郎さん、お元気で」

「次郎さんも」

「また、いつか会いましょう」

「ええ、必ず」


 俺は、みんなに別れを告げた。そして、ガイドに連れられて、広場を去った。長い廊下を歩き、大きな扉の前に立った。


「この扉の向こうが、新しい人生です」


 ガイドが言った。俺は、深呼吸をした。そして、扉を開けた。


 まばゆい光が、俺を包んだ。そして、意識が遠のいていった。最後に聞こえたのは、赤ちゃんの泣き声だった。自分の声だった。


 俺は、生まれ変わった。新しい人生が、始まった。天国での思い出は、心の奥底に残っている。そして、いつか、また天国に戻る日まで、この人生を精一杯生きよう。そう、俺は思った。


 しかし、天国での物語は、まだ続いていた。次郎は、まだ天国にいた。彼は、俺が去った後も、毎日を楽しんでいた。


 ある日、次郎は広場で一人の赤ちゃんに出会った。男の赤ちゃんだった。彼は、隅で一人で座っていた。寂しそうだった。


「こんにちは」


 次郎が声をかけると、赤ちゃんは顔を上げた。


「こんにちは」

「一人ですか」

「はい」

「僕の名前は、佐藤次郎です。一緒に遊びませんか」

「僕は、田中一郎です。ありがとうございます」


 次郎と一郎は、一緒に遊び始めた。滑り台、ブランコ、鬼ごっこ。一郎は、最初は遠慮がちだったが、徐々に笑顔になっていった。


「楽しいですね」


 一郎が言った。次郎は、頷いた。


「はい。ここは、楽しいところです」

「僕、地上では、あまり楽しくなかったんです」

「どうして?」

「孤独だったんです。家族もいなくて、友人もいなくて」

「そうでしたか」

「でも、ここに来て、みんなに会えて、嬉しいです」


 一郎は、涙を流した。次郎は、一郎の肩に手を置いた。


「大丈夫です。ここでは、みんな友達です」

「ありがとうございます」


 それから、次郎と一郎は、親友になった。毎日、一緒に遊び、一緒に食事をし、一緒に眠った。一郎の表情は、日に日に明るくなっていった。


 ある日、広場に新しい赤ちゃんがやってきた。たくさんの赤ちゃんだった。みんな、不安そうな顔をしていた。次郎と一郎は、彼らを迎えに行った。


「こんにちは。ようこそ」


 次郎が言った。新しい赤ちゃんたちは、驚いた顔をした。


「ここは、どこですか」

「天国です。ここで、しばらく過ごします」

「天国?」

「はい。楽しいところですよ」


 次郎と一郎は、新しい赤ちゃんたちを案内した。広場、遊具、食堂、寝室、浴場、庭園。すべてを見せた。新しい赤ちゃんたちは、徐々に笑顔になっていった。


「ここは、本当に素敵なところですね」


 一人の赤ちゃんが言った。次郎は、微笑んだ。


「はい。ここで、のんびり過ごしてください」


 こうして、天国の赤ちゃんたちは、毎日を楽しんでいた。新しい赤ちゃんが来ては、去っていく。そして、また新しい赤ちゃんが来る。それが、天国のサイクルだった。


 ある日、次郎のところにガイドが来た。


「次郎さん、そろそろあなたも、生まれ変わる時が来ました」

「え?」

「はい。来週、地上に戻ります」

「そうですか」


 次郎は、一郎に伝えた。一郎は、寂しそうだった。


「次郎さん、寂しくなります」

「僕も、寂しいです。でも、一郎さんも、いつか生まれ変わります」

「はい」

「それまで、ここで楽しんでください」

「わかりました」


 一週間後、次郎が広場を去る日が来た。みんなが、見送りに集まった。一郎も、そこにいた。


「次郎さん、ありがとうございました」

「こちらこそ。一郎さん、お元気で」

「はい。次郎さんも」


 次郎は、ガイドに連れられて、広場を去った。一郎は、次郎の後ろ姿を見送った。涙が流れた。でも、笑顔だった。次郎は、新しい人生を始める。それは、素晴らしいことだ。


 それから、また時間が過ぎた。一郎は、天国での生活を楽しんでいた。新しい友人もできた。そして、ある日、一郎のところにガイドが来た。


「一郎さん、そろそろあなたも、生まれ変わる時が来ました」

「はい」


 一郎は、みんなに別れを告げた。そして、ガイドに連れられて、広場を去った。長い廊下を歩き、大きな扉の前に立った。


「この扉の向こうが、新しい人生です」


 ガイドが言った。一郎は、深呼吸をした。そして、扉を開けた。まばゆい光が、一郎を包んだ。そして、意識が遠のいていった。


 一郎は、生まれ変わった。新しい人生が、始まった。今度は、孤独ではない。家族がいる。友人がいる。愛がある。一郎は、幸せだった。


 天国では、今日も新しい赤ちゃんたちが到着している。そして、のんびりと過ごしている。遊んで、食べて、寝て。単純だが、幸せな日々。それが、天国のゆりかごだ。


 ある日、広場に一人の特別な赤ちゃんがやってきた。彼女の名前は、エミリー。享年百五歳。天国で最高齢の赤ちゃんだった。


 エミリーは、広場に到着すると、周りを見回した。そして、微笑んだ。


「ああ、懐かしい」

「懐かしい?」


 近くにいた赤ちゃんが聞いた。エミリーは、頷いた。


「はい。私、実は二回目なんです」

「二回目?」

「はい。前回も、ここに来ました。百年前に」

「本当ですか」

「はい。その時も、赤ちゃんの姿で過ごしました。そして、地上に戻りました」

「すごいですね」


 エミリーは、広場を歩き始めた。すべてが、記憶通りだった。滑り台、ブランコ、食堂、寝室。何も変わっていない。


 エミリーは、一人の赤ちゃんに話しかけた。


「あなた、新しく来たの?」

「はい。昨日、到着しました」

「そう。ここは、いいところよ。楽しんでね」

「ありがとうございます」


 エミリーは、天国での生活を再び楽しみ始めた。前回の経験を活かして、他の赤ちゃんたちを助けた。新しく来た赤ちゃんたちに、天国の過ごし方を教えた。


 ある日、エミリーは広場で一人の赤ちゃんに出会った。その赤ちゃんは、泣いていた。


「どうしたの?」


 エミリーが聞いた。赤ちゃんは、顔を上げた。


「地上に戻りたくないんです」

「どうして?」

「怖いんです。また、苦しむのが」

「そうね。地上は、苦しいこともあるわ」

「だったら、ここにいたいです」

「でも、それはできないわ」

「なぜ?」

「それが、ルールだから。みんな、やがて地上に戻る。そして、新しい人生を生きる」


 赤ちゃんは、また泣き始めた。エミリーは、赤ちゃんを抱きしめた。


「大丈夫。地上は、苦しいこともあるけど、幸せなこともたくさんあるわ」

「本当ですか」

「本当よ。私、百五年生きたの。その中で、たくさんの幸せを経験したわ」

「どんな幸せですか」

「家族の愛、友人との笑い、美しい景色、美味しい食事、温かい抱擁。すべてが、幸せだったわ」


 赤ちゃんは、涙を拭いた。


「そうですか」

「ええ。だから、恐れないで。地上に戻って、新しい人生を楽しんで」

「わかりました」


 赤ちゃんは、微笑んだ。エミリーも、微笑み返した。


 それから、エミリーは天国で多くの赤ちゃんたちを助けた。彼女の優しさと知恵は、みんなに愛された。そして、ある日、エミリーのところにガイドが来た。


「エミリーさん、そろそろあなたも、生まれ変わる時が来ました」

「はい」


 エミリーは、みんなに別れを告げた。そして、ガイドに連れられて、広場を去った。長い廊下を歩き、大きな扉の前に立った。


「この扉の向こうが、新しい人生です」


 ガイドが言った。エミリーは、深呼吸をした。そして、扉を開けた。まばゆい光が、エミリーを包んだ。そして、意識が遠のいていった。


 エミリーは、また生まれ変わった。三度目の人生が、始まった。今度は、どんな人生になるだろう。エミリーは、期待に胸を膨らませた。


 天国のゆりかご。それは、死者が生まれ変わる前に過ごす、穏やかな場所だ。そこでは、赤ちゃんの姿で、のんびりと過ごす。遊んで、食べて、寝て。単純だが、幸せな日々。


 そして、やがて時が来ると、地上に戻る。新しい人生を始めるために。天国での思い出は、心の奥底に残る。そして、その思い出が、新しい人生を支える。


 天国のガイドたちは、今日も新しい赤ちゃんたちを迎えている。そして、優しく見守っている。彼らの役割は、赤ちゃんたちが幸せに過ごせるようにすること。そして、地上に戻る準備をさせること。


 ある日、ガイドのリーダーであるミカエルが、部下たちを集めた。


「みんな、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

「今日は、大切な話があります」

「何でしょう」

「新しいシステムが導入されます」

「新しいシステム?」

「はい。これまで、赤ちゃんたちは無作為に地上に戻っていました。しかし、これからは、彼らの希望を聞いて、最適な人生を用意します」

「それは、素晴らしいですね」

「はい。赤ちゃんたちに、どんな人生を望むか聞いてください。そして、それを実現できるように調整します」


 ガイドたちは、新しいシステムを実行し始めた。赤ちゃんたちに、どんな人生を望むか聞いた。ある赤ちゃんは、芸術家になりたいと言った。ある赤ちゃんは、科学者になりたいと言った。ある赤ちゃんは、平和な人生を望んだ。ある赤ちゃんは、冒険に満ちた人生を望んだ。


 ガイドたちは、それぞれの希望を記録した。そして、地上に戻る時、その希望に合った環境を用意した。芸術家を望んだ赤ちゃんは、芸術的な家庭に生まれた。科学者を望んだ赤ちゃんは、教育熱心な家庭に生まれた。平和を望んだ赤ちゃんは、穏やかな地域に生まれた。冒険を望んだ赤ちゃんは、多様な経験ができる環境に生まれた。


 新しいシステムは、成功だった。赤ちゃんたちは、自分の望む人生を歩み始めた。そして、幸せになった。


 天国のゆりかごは、今日も機能している。死者が到着し、赤ちゃんの姿で過ごし、そして新しい人生に旅立つ。それが、永遠のサイクルだ。


 ある日、広場に一人の特別な赤ちゃんが到着した。彼の名前は、アダム。彼は、地上で初めて生まれた人間だという伝説の存在だった。そして、今、何千年もの人生を経て、再び天国に戻ってきた。


 アダムは、広場を歩きながら、感慨深げに言った。


「ああ、何度来ても、ここは変わらないな」

「アダム様、お久しぶりです」


 ミカエルが、アダムに挨拶した。


「ミカエル、元気だったか」

「はい。アダム様も」

「ああ。今回の人生は、長かったな」

「千年でしたね」

「そうだ。でも、あっという間だった」


 アダムは、ベンチに座った。そして、遠くを見つめた。


「ミカエル、人間は進歩したか」

「はい。科学技術も、文化も、大きく発展しました」

「そうか。それは、喜ばしいことだ」

「しかし、まだ争いもあります」

「争いか。それは、人間の性だな」

「そうですね」


 アダムは、ため息をついた。


「次の人生では、平和のために働こうと思う」

「それは、素晴らしいです」

「ああ。もう、争いは見飽きた」


 アダムは、天国で数ヶ月過ごした。そして、ある日、ミカエルのところに来た。


「ミカエル、そろそろ地上に戻りたい」

「もうですか」

「ああ。やるべきことがある」

「わかりました」


 アダムは、広場を去る準備をした。みんなが、見送りに集まった。アダムは、みんなに挨拶をした。


「みんな、ありがとう。また、いつか会おう」


 そして、ガイドに連れられて、広場を去った。長い廊下を歩き、大きな扉の前に立った。


「この扉の向こうが、新しい人生です」


 ガイドが言った。アダムは、深呼吸をした。そして、扉を開けた。まばゆい光が、アダムを包んだ。そして、意識が遠のいていった。


 アダムは、また生まれ変わった。新しい人生が、始まった。今度は、平和のために働く人生だ。アダムは、決意を胸に、新しい世界に踏み出した。


 天国のゆりかご。それは、永遠に続く。死者が集まり、癒され、そして新しい人生に旅立つ。そのサイクルは、決して終わらない。俺、山田太郎も、いつかまた天国のゆりかごに戻るだろう。そして、また赤ちゃんの姿で、のんびりと過ごすだろう。その時を、楽しみにしている。


 しかし、天国にも、時には特別な出来事が起こる。ある日、広場に一人の赤ちゃんが到着した。彼女の名前は、ルナ。享年五歳。天国で最年少の赤ちゃんだった。


 ルナは、広場に到着すると、泣き始めた。大きな声で泣いた。ガイドが、ルナを抱きしめた。


「大丈夫よ、ルナ。ここは、安全な場所よ」

「ママ、ママ」


 ルナは、ママを呼び続けた。ガイドは、困った顔をした。通常、天国に来る人々は、地上での記憶を持ちながらも、受け入れることができる。しかし、ルナは幼すぎた。理解できなかった。


 他の赤ちゃんたちが、ルナのところに集まってきた。みんな、心配そうだった。一人の赤ちゃんが、ルナに話しかけた。


「こんにちは、ルナちゃん。僕の名前は、ケンタだよ」

「ママは?」

「ママは、地上にいるよ。でも、大丈夫。ここには、たくさんの友達がいるよ」

「友達?」

「そうだよ。僕たちと一緒に遊ぼう」


 ケンタは、ルナの手を取った。そして、滑り台のところに連れて行った。ルナは、最初は怖がっていたが、ケンタが一緒に滑ると、少し笑った。


 それから、ルナは徐々に天国に慣れていった。他の赤ちゃんたちと遊び、食事をし、眠った。でも、時々、ママのことを思い出して泣いた。その度に、みんながルナを慰めた。


 ある日、ガイドがルナのところに来た。


「ルナ、特別なプレゼントがあるの」

「プレゼント?」

「ええ。ママに会えるわ」

「本当?」


 ルナの目が輝いた。ガイドは、ルナを特別な部屋に連れて行った。そこには、大きな鏡があった。鏡の中には、ルナのママが映っていた。ママは、地上でルナの写真を見ながら泣いていた。


「ママ!」


 ルナは、鏡に駆け寄った。しかし、触れることはできなかった。ガイドが言った。


「ルナ、ママには見えないわ。でも、ママの様子を見ることはできるの」

「ママ、泣いてる」

「そうね。ママは、ルナのことを、とても愛しているのよ」

「私も、ママを愛してる」


 ルナは、鏡に向かって叫んだ。しかし、ママには聞こえなかった。ルナは、涙を流した。ガイドが、ルナを抱きしめた。


「大丈夫よ、ルナ。いつか、ママもここに来るわ。その時、また会えるから」

「本当?」

「本当よ」


 ルナは、ガイドの言葉を信じた。そして、天国での生活を続けた。ママに会える日を楽しみに。


 ルナが天国に来てから一年が経った。ルナは、すっかり天国に慣れていた。友達もたくさんできた。毎日、楽しく過ごしていた。


 そして、ある日、ガイドがルナのところに来た。


「ルナ、そろそろあなたも、生まれ変わる時が来ました」

「え?でも、ママは?」

「ママは、まだ地上にいるわ。でも、あなたは新しい人生を始める時が来たの」

「ママに会えないの?」

「今は会えないわ。でも、いつか必ず会えるから」


 ルナは、悲しかった。でも、わかっていた。これが、運命だということを。ルナは、みんなに別れを告げた。そして、ガイドに連れられて、広場を去った。長い廊下を歩き、大きな扉の前に立った。


「この扉の向こうが、新しい人生です」


 ガイドが言った。ルナは、深呼吸をした。そして、扉を開けた。まばゆい光が、ルナを包んだ。そして、意識が遠のいていった。


 ルナは、生まれ変わった。新しい人生が、始まった。今度は、長い人生になるだろう。そして、いつか、ママと再会できる日が来るだろう。ルナは、それを信じていた。


 天国のゆりかごでは、今日も様々なドラマが繰り広げられている。喜び、悲しみ、出会い、別れ。すべてが、そこにある。そして、それぞれが、新しい人生に向かって歩んでいく。


 ガイドたちは、今日も働いている。赤ちゃんたちを見守り、支え、そして送り出す。それが、彼らの使命だ。


 ある日、ミカエルは一人で庭園を歩いていた。そして、ベンチに座った。長い間、ガイドとして働いてきた。何千年も。何万人もの赤ちゃんたちを見送ってきた。


「疲れたな」


 ミカエルは、呟いた。すると、後ろから声が聞こえた。


「お疲れ様です、ミカエル」


 振り返ると、大天使ガブリエルが立っていた。


「ガブリエル、久しぶりだな」

「はい。様子を見に来ました」

「ありがとう」

「少し、休んだらどうですか」

「いや、まだ仕事がある」

「でも、あなたも休息が必要です」

「そうだな」


 ミカエルは、立ち上がった。そして、ガブリエルと一緒に歩き始めた。


「ミカエル、あなたは素晴らしい仕事をしています」

「そうかな」

「はい。多くの魂を導いてきました」

「でも、まだ終わらない」

「それが、永遠の仕事だからです」

「そうだな」


 二人は、しばらく庭園を歩いた。そして、ミカエルが言った。


「ガブリエル、人間は変わると思うか」

「どういう意味ですか」

「争いをやめて、平和に生きられるようになると思うか」

「それは、難しい質問ですね」

「そうだな」

「でも、私は信じています。いつか、人間は変わる。愛と平和を選ぶ日が来る」

「そうか」


 ミカエルは、微笑んだ。


「俺も、そう信じよう」


 二人は、広場に戻った。そこでは、赤ちゃんたちが楽しそうに遊んでいた。笑い声が、響いていた。ミカエルは、その光景を見て、心が温かくなった。


「ここは、いい場所だな」

「はい。永遠の希望の場所です」


 天国のゆりかご。それは、希望の場所だ。死者が癒され、新しい人生への希望を得る場所。そして、その希望が、地上を照らす。

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